で? どれが実在する記憶なんです?   作:RGNGNO

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リュウイチの記憶が事実か否かについて

 アビドス襲撃を改めて行うか否か。

 その話題が浮上したのは、翌日の朝食の食卓であった。

 先日の一件は便利屋とリュウイチに小さくない禍根を残していたからこそ、普段はこういう会議に場でも軽薄な言動を隠さないムツキも、真剣に議論へ参加していた。

 

 とは言え、話す事はそこまで多くはない。

 便利屋68は受けた依頼を必ず実行する。

 そういうスタンスで今までやって来た以上、いずれ便利屋68がアビドスを滅ぼす事は、半ば確定している事であった。

 その上で、リュウイチがそれをどう思うのか、そして、本当に今、アビドスを滅ぼしてもいいのか。そこが論点だった。

 

「俺としては別に、どっちでも構わん。アルの判断に委ねる」

 

 リュウイチは議論の末、長い沈黙を保った後に腕組みをしてそう言った。

 

 先日の邂逅から十時間以上が経過し、すっかりと頭を冷やして気持ちの整理もつける事ができたリュウイチの精神は、このアビドスに訪れた当初以上に凪いでいたが故に。 

 今のリュウイチには、やれと言われれば誰が泣き喚こうが、誰が絶望の淵に叩き落とされようが、確実にそれを遂行するだろう、という。

 そんな確信を便利屋の4人へ直感的に抱かせるような、スゴ味に溢れていた。

 

 もしもここでアルが作戦を実行すると言ったのならば、アビドス高校は文字通り一瞬で崩壊し、瓦礫はそのまま広大な砂漠の一部と化すだろう。

 それが可能なだけの戦闘力が男子生徒たるリュウイチにはあったし、便利屋の4人もそれを重々承知していた。

 更に言えば今はここにいないアビドスの面々とて、リュウイチの事を知っているのだとすれば、それは十分に理解しているはずだ。

 

 アルがやると言えば、アビドスは滅ぶ。

 アルが首を振れば、アビドスはまだ滅ばない。

 リュウイチの言葉一つで、話はここまで単純なものに変化した。

 

「……もちろん、依頼を受けた以上は、私たちはそれを達成する必要があるわ」

「じゃあ、やっちゃう?」

 

 ムツキが問う。

 その表情に浮かぶのは好戦的な笑み。

 ムツキが求めるのは面白さだ。

 だからこそ、ムツキはアルについて行っているし、アルに従っている。

 アルの決断ならば、当然ムツキに否やは無い。

 

「でもそれ以上に、私たちが大事にするのは仲間と仁義よ。私は、今ここでアビドスを滅ぼしてしまったせいで、リュウイチが後悔するなんて事にはなって欲しくないの」

「……だったら、どうするつもり?」

 

 カヨコが問う。

 その表情に浮かぶのは、一抹の憂い。

 結果的に流されるように便利屋の課長になってしまった彼女であるが、便利屋と、そしてリュウイチと一緒に馬鹿をやる現状を悪し様に思ってはいない。

 むしろ居心地がいいとすら思っている。

 だからこそ、アルには曖昧なその場凌ぎの判断でなく、出来る限り冷静かつ合理的な判断をして欲しかった。

 

「情報を……そう、情報よ。情報を集めましょう。そうしないと、話は進まないわ」

「あ、アル様が、そう仰るのなら……」

 

 ハルカが言う。

 ハルカは狂信者だ。或いは、他者依存の権化と言っても良いかもしれない。

 常にネガティブで、オロオロとした言動が原因となり、凄惨ないじめを受けていた彼女には、とにかく自信というものがない。

 だから、そんな境遇から助けてくれたアルに狂気的なまでの忠誠心を持っていて。

 アルが黒と言うのなら彼女にとっても黒で、アルが白と言うのならそれは彼女にとっても白。

 アルの決定に逆らうなど、そもそもそんな発想すら彼女は持ち得ない。

 

「……昨日の一件で色々とあったけど……それでもわからない事は一点のみよ。リュウイチがアビドスに居たのか、そうでないのか。それだけ」

「そうなる、な。……少なくとも俺の記憶では、俺はアビドスに居た記憶は無いわけだが……ああも明確な証拠を見せられてしまうとな……自分の記憶だというのに、信用できん」

「リューくん……」

 

 そう言ってため息を吐くリュウイチの目元には、薄らとではあるが確かなクマが刻まれていた。

 

 自らの記憶が、『存在しない記憶』だった可能性がある。

 そして、その確率は非常に高い。

 リュウイチは確かに自らの気持ちに整理をつけ、冷静さも取り戻した。

 だからこそ、冷静に、客観的に。自らの記憶は信用ならないと。結論付けてしまった。

 

 記憶とは、人格である。

 生まれてから今までの経験の積み重ねが。記憶の貯蓄こそが。

 個人の人格を作り上げているのだ。

 それはアルも、ムツキも、カヨコも、ハルカも。アビドスの面々や、先生だって変わらない。

 それ以外の人間だってきっとそうだ。

 

 であるのならば、今の橺山リュウイチは一体何なのだろうか?

 存在の不確かな記憶を植え付けられたかも知れない橺山リュウイチは、本当に橺山リュウイチであると言えるのか?

 

 そして、もし自分がアビドスで暮らしていた記憶を思い出したとして。

 それは────どちらの橺山リュウイチなのだろうか?

 アビドスで生きていた橺山リュウイチなのか? 便利屋と共に過ごした橺山リュウイチなのか?

 それとも……その二つのどちらでもない、新たな橺山リュウイチが生まれるのだろうか?

 今ここで思考を繰り返している橺山リュウイチは、たちどころに消えてしまうのだろうか?

 

 無駄に冷静になってしまった脳は、そんな残酷な問いをリュウイチに叩き付けていて。

 リュウイチは今、平気に振る舞おうとはしているものの、存外に参ってしまっていた。

 

「……すまんな。本当に、迷惑をかける」

「いいよ、別に。……私たちも、リュウイチのおかげで助かってるし」

「そーそー! お互い様ってやつだよ! ね、アルちゃん!」

「そうね! ……いや本当に、リュウイチがいなかったら今頃野宿生活とかでも全然おかしくなかったんだから……もうあの頃に逆戻りは嫌よ私……」

「りゅ、リュウイチさんが来る前は、や、野草が主食でしたからね……」

 

 実際、便利屋68の資金繰りは、リュウイチのおかげで何とかなっている感はある。

 そもそもとして比較的高い戦力を保有していた便利屋メンバーだが、そこにリュウイチが加入した現在の強さは鬼に金棒というか、どちらかと言えばリュウイチが鬼で、金棒が便利屋というか。

 何にせよ、圧倒的な能力を保持するようになった便利屋はより有名になり、より高額な依頼をより多く受ける事が出来ていて、その報酬で得た金も、リュウイチが割としっかり管理してくれるお陰で、便利屋のお財布事情は劇的な成長を遂げていた。

 ……まぁ、それでもたまにやらかして素寒貧になりかけるのが便利屋クオリティなワケであるが。

 

「で? 話を戻すけどさ。情報を集めるって言っても、どこで何を集めるつもりなの?」

「そ、それは……えーっと……」

「んー……今ってさ、つまりアレでしょ? さっきアルちゃんも言ってたけど、リューくんが数ヶ月以上前に、アビドスに居たかそうじゃないのかが問題なワケでしょ?」

「それで、向こうにその証拠っぽいものがある、と」

「……そ、そうよ! 証拠よ! 証拠を見つければいいんだわ!」

 

 ガタリと音を立て、アルが立ち上がる。

 

「リュウイチ! あなたって、ブラックマーケットで活動してたのよね!?」

「あぁ、まぁ、そうだな。俺の記憶が確かなら、1、2年くらいは名もなき凄腕の傭兵として、ブラックマーケットで活動して……それなりに有名だったな」

「そして、私たちもその噂を聞きつけてあなたを見つけ出した……だったら!」

「確かに、リュウイチの傭兵時代の事を知ってる人がいてもおかしくないよねぇ〜?」

「……成程ね」

「さ、流石です、アル様!」

 

 事実、それは名案であると言えた。

 現状でリュウイチが自らの記憶を信用できないのは、向こうに証拠があるのに対し、こちら側に証拠が無いからだ。

 ならば、こちら側の記憶が正常であるという証拠を見つければいい。

 ひどくシンプルかつこれ以上無いほどの力技であるが、これ以上無いほどの有効打であることに疑いの余地は無い。

 

「んじゃあ……行くか」

「ええ! そうと決まれば早速出発よ!! 一時、ブラックマーケットへ帰還するわ!!」

 

 おー、と。

 皆で拳を振り上げてから会計を済ませ、その足ですぐにブラックマーケットへと向かう。

 ブラックマーケットと言うのは、いわば連邦生徒会の管理外にある治外法権の無法市だ。

 非合法な品の取り引きや違法行為を企業や部活単位で行っており、その規模は学園自治区数個分にもなる。

 また、様々な理由で学校を追われた生徒達の受け皿のような場所でもあり、便利屋68とリュウイチも、普段はこの場所で生活していた。

 何ならリュウイチにとっては自らの庭とすら言えるほどに馴染んでいた。

 

「それじゃあ、早速証拠探しだけど……手っ取り早いのは聞き込みよね。リュウイチ、あなた顧客リストとか持っていたかしら?」

「持ってるぞ。……まぁ、一応ではあるが」

 

 リュウイチが手元のスマホを操作すれば、過去に仕事を受けたことのあるクライアント達の連絡先や住所が表示される。

 その数はゆうに200件を超えており、名もなき傭兵時代のリュウイチが、どれだけ評判であったかが伺える。

 

「とは言え、このうちの幾つにまともに通じるかはサッパリわからないんだがな」

「何なら全部ニセモノってこともありそうだよね〜」

 

 ブラックマーケットの人間は基本的に後ろ暗い事を抱えている。

 探られて痛い腹があるのだから、出来る限り足がつかないようにするのは当然の事であり、こう言った住所や連絡先も、その時限りの一時的なモノである可能性は非常に高いと言えた。

 

「……片っ端から当たってみるか」

「それしかないね」

 

 実際のところ、それしかないのが現状であった。

 リストの住所へ歩きながらリストにある電話番号やメールアドレスへと手当たり次第に連絡を取りつつ、突っかかってくる不良やチンピラどもを蹴散らして、インタビューという名の尋問も行ってゆく。

 

「な、名もなき傭兵ぃ……? た、確かに聞いた事はあるけどよぉ……最近は活動してないらしいし……最近はどっちかっつうと、便利屋とかリュウイチとかの方が……」

「まぁ、そうだろうね。ご苦労様」

 

 パァン。

 破裂音が響き、意識を失った不良生徒がアスファルトの地面へ倒れ伏す。

 先程からずっとこの調子だ。得られる情報といえば、そんな有名な傭兵がかつて居たことと、今では便利屋やリュウイチの方が有名であるということ。

 肝心な部分である、『いつから名無しの傭兵は活動していたか』という情報は今のところ入手できていない。

 

『お掛けになった番号は、現在使われておりません』

「……またハズレだ。これで83件目。どいつもこいつも面倒なことしやがって」

「さっき行った事務所も、タダの廃ビルだったしね〜。みんな嘘しか書いてないんじゃないの? それ?」

「リュウイチさんに嘘をつくなんて……ゆ、許せません……潰さないと、叩き潰さないと……」

「待ちなさいハルカ。潰すにしても情報を聞き出してからよ」

 

 そして、かつてのクライアントを探る方針も、上手くいっているとはお世辞にも言えなかった。

 ちゃんと連絡の通じるものを書いている人間の方が珍しい事は理解していたつもりだったが、しかしまさかここまで嘘ばかり書かれているとは思わなかった。

 

「……これは、一切の情報を手に入れられない可能性も考慮しなくてはな……」

 

 リュウイチの心の中で不安が踊る。

 これらの連絡先や住所が、全てリュウイチの記憶との整合性をとるために用意されたニセモノであり、本当はこのリストにいる顧客が一切存在しない、という可能性が脳裏に過ぎったからだ。

 名もなき傭兵の名声がここまで広まっている以上は元々リュウイチがここにいた事は確定的な事実であろうが、しかしそれにしては具体性にあまりにも欠けるのも事実。

 

 俺を洗脳した人間が、そういう噂を流布しただけなのでは……?

 

 そんな想像がいよいよ現実味を帯び始めていた。

 だが、非常に幸運なことに、リュウイチのその心配は杞憂で終わることになる。

 

『あー、もしかして名無しの傭兵さん? 何だって今更連絡を?』

「っ!」

 

 繋がった。

 それを理解した瞬間、便利屋のメンバーに緊張が走る。

 全員が息を潜め、固唾を飲んでリュウイチを見守った。

 

「あー、何です。こちらの方で特殊な出来事がありまして。少々確認したい事が出来ました。あぁ、そちらに不都合な事は何一つありませんので、ご安心を」

『まぁ、傭兵さんにはお世話になったし、答えられるなら答えるけど……』

「ありがとうございます。それでは早速お聞きしたいのですが……そちらが俺に依頼をしたのって、いつ頃の時だったでしょうか……?」

『え? あー……』

 

 ほんの一瞬。

 されど何分にも何十分にも感じられるような、沈黙の時間が訪れる。

 心臓が高鳴り、じっとりした嫌な汗が流れた。

 

『……1年前?』

「!!」

 

 出た。証拠だ。

 いや、この場合は証言だろうか。

 何にせよ、リュウイチはこの場に、少なくとも1年以上前から存在した。

 その事実が、今ここで証明された。

 

『いやもっと前だったかな……でもまぁ、それくらいじゃない?』

「……ありがとうございます。もう一つ、俺に依頼をしようと思ったキッカケは?」

『えぇ? まぁ、なんか最近、大企業相手にしても戦えるような凄腕の傭兵がいるって聞いたからだけど……傭兵業は今もやってるの?』

「ええ、まぁ。リュウイチに名義は変えましたが」

『あっ、君がそうだったの!? へぇ、生徒だったんだ……』

「生徒になったのは最近ですがね。……今回は本当にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

『ああ、うん。頑張ってね。色々と』

 

 プツリ。ツー、ツー、ツー。

 電話が切れた事を確認して、大きく安堵の息を吐く。

 そうして便利屋の方を向いて笑顔を見せれば、便利屋の面々もその表情を明るく変えた。

 

「で、出たの!? 言った!? ちゃんと!?」

「録音! 録音できてるよね!? 大丈夫!?」

「言った! 録音もできてる!」

「ぃやったぁーっ!!」

 

 満面の笑みを咲かせたムツキがリュウイチに抱きつき、アルとカヨコが安心したようにホッと息を吐いて、ハルカも実に不器用ながら喜びを露わにする。

 今ここに、リュウイチの記憶の正確さは立証されたのだ。

 であるのなら、リュウイチの記憶は洗脳によって植え付けられたものなどではないし、橺山リュウイチは間違いなく橺山リュウイチその人だった。

 便利屋とリュウイチの認識は、何一つとして間違っていなかったのだ。

 

 

 ……が、それはあくまでも、リュウイチがかつて名もなき傭兵で活動していたと言う証明以外にはならない。

 その事に真っ先に気付いたのは、やはりと言うべきか一番冷静だったカヨコだ。

 

「……待って。それじゃあ何だけどさ……アビドスにあったっていう証拠は、何? ってか、そもそも……リュウイチが誰かに記憶を弄られてるっていう可能性は、まだ否定できてないんじゃないの?」

「え?」

「…………あ」

 

 4人の感情が、まるで冷や水をぶっかけられたかのように冷え込んでゆく。

 そう言えば、そうだ。そう言えば、そうだった。

 

 リュウイチの記憶の正確さは証明された。

 リュウイチがかつてこの場で、名もなき傭兵として活動していた事も、分かった。

 

 ただ、それは何の解決にもなっていなかった。

 今回の確認で分かった事は、アビドスの主張と全く矛盾しない。

 

 アビドス勢の主張はこうだ。

 リュウイチは、今の2年生が入学した後、今年の入学式よりも前の間にアビドスから消えた。

 だからリュウイチがアビドスの事を覚えていないのは、リュウイチが偽の記憶を植え付けられているからだ。

 

 それに対して、今回分かった事はどうだろう。

 リュウイチは、少なくとも1年以上前から名もなき傭兵として活動を続けていた。

 そして、数ヶ月前に便利屋と出会い、リュウイチとして在り方を得た。

 

 この二つを総合するのなら、リュウイチはちょうど1年ほど前、現2年生が入学した後に何者かによって洗脳され、自らの在り方を失って名もなき傭兵として活動していた。

 そして便利屋と出会い、リュウイチとしての在り方を取り戻した。

 

 たったそれだけ。

 状況は何も変わっていない。

 ただこの1年間が保証されたと言うだけで、それより前のことなど一切証明されていない。

 

「何ならだけど……さっきの人が嘘をついてないだなんて、誰がわかるの?」

 

 それも、そうだ。

 先程電話に出た人物が、1年前の事を証言したとして。

 それは果たして、本当のことなのか?

 その人物こそがリュウイチの事を洗脳した黒幕でない事を、何を以て証明するというのか?

 

 何も解決していない。

 そう、まだ何も解決していないのだ。

 リュウイチはアビドスに居たのかも知れない。

 リュウイチは何者かに記憶を弄られてるのかも知れない。

 その可能性を、未だに否定できてはいないのだ。

 

 振り出しからは、ほんの少しだけ前進できた。

 ただ、それだけ。それ以上ではない。決して。

 

「…………」

 

 沈黙が訪れる。

 そこに、先程までのお祝いムードは欠片も無い。

 むしろ上げて落とされた分、先程よりもより暗く、そして苦しい空気が、辺りを支配していた。

 

「……調査を続けましょう」

 

 沈黙を破ったのは、アルだ。

 

「振り出しではないわ。ええ、決して振り出しではないの。だって、あったじゃない。リュウイチの痕跡は」

 

 そうだ。それは、間違いない。

 具体性に欠ける情報ばかりだし、誰が本当の事を言っているのかもわからない。

 それでも、リュウイチの存在は……否、名もなき傭兵の存在は、確かにここにあった。

 それは確かだ。

 

「それに、そのリストだって。まだまだ残っているのでしょう? だったら、他に繋がるところがあるかも知れないわ! 直接会える人だっているかも知れない!」

 

 それも、事実だ。

 実際にこうして、たった一つだけだが、それが本当かどうかも分からないが。

 一つ、繋がった。

 だったら、可能性は未だに捨てたものではない。

 

 まだ絶望をするには早い。

 希望を捨てるのにも早すぎる。

 決して振り出しに戻ったわけじゃない。

 あと一つ。あと一つでも具体的なリュウイチの痕跡を見つけられれば、話は大きく変わってくる。

 

「行くわよ! 皆! こんな所で下を向いてる場合じゃないわ!」

「……そうだな。そうだ。まだまだ、終わったわけじゃないもんな」

「くふふ〜! やっぱりアルちゃんサイコ〜!」

「どっ、どこまでも、お供しますぅ〜!」

「……はぁ」

 

 便利屋とリュウイチに、再び気力が灯る。

 まだ終わっていない以上は、やれる事はあるのだ。

 

 それから。

 便利屋とリュウイチはより苛烈に、そしてより迅速に行動した。

 その辺にあった軽トラも強奪し、より効率的に。

 そうして─────

 

「……ああ、名もなき傭兵さんですか。ええ、ええ。勿論取り扱っておりますとも。それで? 一体どの情報をお知りになりたいので? 勿論、価格は要相談ですがね……」

 

 最終的に、『金もあるんだし情報屋に聞いた方が早いんじゃない?』というカヨコのあまりにも真っ当すぎる気付きに、アルは今までの苦労は何だったのかと白目を剥いた。

 そして滅茶苦茶あっさりと2年以上前から活動をしているという情報を得て、これにはリュウイチも安堵より先に天を仰ぎ、カヨコは溜息を吐き、ハルカは自決未遂を起こした。

 ムツキだけがおもしろそうに笑っていた。

 

 これぞ便利屋クオリティ。

 シリアスも辛気臭いムードもなんか知らぬ間に吹き飛ばしてしまう、便利屋68だからこそ起きる事態であった。

 

「……まぁ、そうなったらそうなったで、今度はじゃああのアビドスの痕跡は何だったのかって話になるんだけどね」

 

 尋ねた情報屋は一つではない。

 お金もあるし、念の為にと3件ほど尋ねてみたのだが、やはりその3件全てで2年以上前からのリュウイチの……名もなき傭兵の活動を確認できた。

 2件目の情報屋に至っては写真まで付いてきたのだからもはや疑いようは無い。

 リュウイチはアビドスになど行っていなかったし、数ヶ月前に便利屋に見つかるまで、ずっとここで名前を持たないまま、名もなき傭兵として活動していた。

 

 であるのなら、アビドスにあるあれらの痕跡は、全て向こうの用意した虚偽……という事になるのだろう。

 だって、こっちには証拠だけでなく、記憶までセットであるのだから。

 

「そうなんだよなぁ……偽物だったで済む話ではあるんだが、アレが偽物であるとも到底思えんのだよなぁ……」

 

 そう、リュウイチが引っかかっているのは、そこだった。

 アレが偽物であるとは、到底思えない。

 更に言えば、リュウイチという名前を知っていたことも非常に謎なのだ。

 

 だって、その名前は存在しなかったはずなのだ。

 データベースにも存在しなかったはずだし、当然便利屋だって、それ以外の人間だって、リュウイチ自身すら、その時は橺山リュウイチという名前を知らなかったはずなのだ。

 橺山リュウイチの名前が、存在が確定したのは、便利屋がリュウイチを見出したあの瞬間だ。

 あの瞬間に、橺山リュウイチという存在はようやくキヴォトスに認められたのだ。

 

 それは情報屋から得た情報からも、リュウイチ自身の感覚と記憶からも、確実なものであると言える。

 

 で、あるならば、何故?

 何故、ホシノやその他の生徒にリュウイチとの日々の記憶が残っているのか?

 何故、アビドスの校舎にリュウイチの私物だったであろう物が残されているのか?

 何故、何かしらの会報にリュウイチの名前が載っていたのか?

 

 その部分が明確な『謎』として、リュウイチを苛んでいた。

 

「世界のバグ、あるいはエラー……」

 

 ぐるぐると堂々巡りを繰り返し、いよいよ脳が煮詰まって来たあたりで、数日ほど前に邂逅したあの極めて怪しい真っ黒黒すけの言葉がリフレインする。

 バグ、エラー。プログラム上の誤り、欠陥、不具合。あるいはシステムの異常動作、動作不良。

 どちらにせよ、正常ではない状態を指す言葉だ。

 そして現状も、どちらも正しいと考えるのなら、少なくとも正常とは言い難い状況にある。

 もしかしたら、その部分が何か関係するのかも知れない。

 

「あの人物と再度会えれば、何か進展があるのか─────?」

 

 便利屋には聞こえないほどに小さく、口の中で消えてしまうような独り言を呟く。

 

「あああぁああああああああああああああぁっっ!!?」

「いぃっ!?」

「何!?」

「ひぃい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

 その直後の事だった。

 突然、とんでもなく大きな声が近くから響いて来る。

 丸2日ほどかけて行われたブラックマーケット行脚に疲れ果てて微睡に浸るか、残された謎を受けて思案の海に沈んでいた便利屋とリュウイチは、突如として現実に意識を引き戻される。

 そうして声のした方を見てみれば─────

 

「げぇっ……!?」

「嘘でしょ、追いかけて来たの!?」

「……面倒な事になった……」

 

 そこに居たのは、間違いなくアビドスの面々と先生、そして……知らん人が1人。

 この場にあまりにもそぐわない白地の制服と腕に刺繍された校章を信用するのならば、トリニティの方から来た子だろう。

 そして、どうやら便利屋とリュウイチを指差して叫んでいたのは、どうやらその子であるらしく────

 

「リュウイチ様!? リュウイチ様じゃないですか!? 何でこんなところにいるんです!? ナギサ様やミカ様がとっても心配していらしたんですよっ!?」

「「「「……………………はぁ!!?」」」」

 

 突如として放り込まれた特大級の爆弾発言に、リュウイチ本人はおろか、便利屋にアビドスの面子、更には先生までもが目を剥き、そして叫んだのだった。




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