で? どれが実在する記憶なんです? 作:RGNGNO
驚愕、混乱、疑念、敵意。
それらの感情が綯い交ぜになった視線が、トリニティの少女に集中する。
「……え? え? どうしたんですか皆さん? トリニティの話とはいえ、皆さんもロイヤルガード様の名前くらいは……聞いたこと、あります……よね?」
少女は自らを取り巻いている現状に気が付くと、顔色をサッと青く染めて。
焦りの感情を強く滲ませながら、周囲を見渡して問いかけた。
しかし、誰もその言葉に応答する事はない。
先生も生徒も無言を貫くままに、疑念や困惑の色を強めるばかりだ。
トリニティの少女は救いを求めるようにリュウイチの方を見るが、当然、リュウイチはロイヤルガードなんて言葉に聞き覚えが無ければ、トリニティと関わりを持った記憶も無い。
リュウイチが何を言えるはずもなく、トリニティの少女はいよいよ涙目になってしまった。
「“……えぇと、ちょっとごめんね”」
完全に孤立してしまったトリニティの少女。
そこへ救いの手を差し伸べたのは、やはりと言うべきか先生だった。
「“ヒフミ、その……ロイヤルガードっていうのは、リュウイチ君の事で間違い無いんだね?”」
「は、はい! 間違いありません! リュウイチ様の他に男子生徒も居ませんし……」
「“って事だけど……”」
「ん。そんなわけない。だってリュウイチ先輩は、ずっとアビドスにいた」
「えぇ!? で、でも! リュウイチ様はずっとティーパーティの護衛として……!?」
チラリとカヨコがリュウイチを見るが、リュウイチには首を横に振ることしか出来ない。
勿論、そんな事はカヨコとて理解している。
何ならついさっき、リュウイチが2年以上前からブラックマーケットで活動していたことは事実として確定させたばかりである。
だが、目の前で必死に『ロイヤルガードのリュウイチ様』の存在を訴える少女が嘘を言っているとも、やはり思えなかった。
それに────
「えーっとえーっと……ホラ! これを見てくださいよ!」
そんな台詞と共に、少女は自らのスマホを突き出した。
皆の視線が画面に集中する。
「……マジか……!」
そこに写っていたのは、間違いなくリュウイチだった。
ただし今のような地味な格好ではなく、金銀の煌びやかな細工で飾り立てられた甲冑の上に真紅のマントを巻いた、まさに騎士とでも表現すべき格好の、だ。
また、その背景もどことなく豪華さを感じられる作りであり、そこがトリニティの、それも格式高い場所なのであるのだと察せられる。
「わ〜! すご〜い! リューくんカッコいい!」
「ん。リュウイチ先輩がカッコいいのは当然。それはそれとしてその写真は後で欲しい」
「言ってる場合じゃないでしょう!? いいい、一体何がどうなってるって言うのよー!?」
白目を剥いたアルが叫ぶ。
それを言葉にした人物こそアル一人であるが、それこそがこの場の総意である事に違いない。
一体、何がどうなっているのか?
それぞれの陣営がそれぞれ矛盾した記憶を証言し、またそれぞれの記憶の正当性を裏打ちする証拠も持ち合わせている。
であるのなら、それぞれの発言は真実であると捉えるべきなのだろう。
しかし勿論であるが、現実的に考えるのならそんな事があり得るはずもない。
真実はいつも一つ。
その言葉が指し示すのはまさしく真理だ。真実はいつだって一つしかない。
であるのなら、この中にも正しい記憶はたった一つであり、それ以外は偽の記憶になる。
そうなると、当の本人であるリュウイチがそれを真実であると断定し、そして現在もそれを支持している便利屋68の論にこそ真実があると判断すべきだろうが。
────そう結論付けて終わることの出来る範疇は、とっくのとうに超越していた。
「“これはちょっと、マズすぎるかな?”」
先生の頬に汗が伝う。
その他にも、現状を
当然、それはリュウイチも同様だ。
「………………先生。一時休戦を申し入れたい。これはその……あまりにもマズい」
「“そうだね。流石に、話し合いをしなくちゃだね。ホシノ、それで大丈夫?”」
「う、うん……おじさんは……ちょっと混乱してるけど、大丈夫……」
「社長」
「え、ええ……ハルカ、銃を下ろしてちょうだい……」
互いに警戒態勢を解き、向き合う。
その間に流れる空気はやはり穏やかとは言えなかったが、少なくとも前回のそれよりも冷静な会話は望めそうな雰囲気ではあった。
「“……それで、ヒフミ。一応聞きたいんだけど……リュウイチの事は、トリニティの皆が知ってるの?”」
「え? えぇ、まぁ、トリニティで知らない人はいないと思いますけど……」
「“そっかぁ……うん、本格的にマズいかも”」
そう呟いた先生が、タブレットを忙しなく操作する。
どこかと連絡を取っているのか、或いはリュウイチに関する事を調べているのだろう。
「ね、ねぇ? ちょっと私、まだ何がマズいのかよく分かってないんだけど……」
不安げに瞳を揺らしながらそう問いかけるのは、黒髪に猫耳を生やした、赤目の少女だ。
リュウイチの記憶が確かならば、その少女は確か
「えーっとですね、セリカちゃん。要するにですね、今に至るまでリュウイチ先輩に関する便利屋の皆さんとの対立は、こう言っては何ですが、キヴォトスにとっては瑣末な問題だったんです」
セリカの問いに答えるのは、柔らかなベージュ色の髪と圧倒的存在感を放つ豊満、それと手に持ったミニガンが特徴的な、
リュウイチの記憶が確かならば2年生である彼女は、間違いなく状況を理解している側の生徒であった。
「瑣末って……ま、まぁ……何だかこれを認めると負けた気分になるけど、確かに廃校寸前の零細学校と、違法企業の諍いでは……って、まさか……!」
「そのまさかだねぇ〜……トリニティなんていう超巨大組織が、丸ごとこの騒ぎに突っ込んで来るんだったら……どうなっちゃうんだろうね……?」
そう、そこだ。
今この状況で一番マズいのは、そこなのだ。
リュウイチに関する問題が、アビドスと便利屋の間の諍いであったのなら、どうとでも結論付ける事は可能だった。
たとえその結果どちらかが泣き寝入りをするハメになろうが、曖昧なまま有耶無耶にしようが、キヴォトス全体にとって、それは至極どうでもいい悲劇か喜劇の一幕にしかならない。
だが、トリニティなんて超巨大組織が丸ごと介入するのなら話は全く別になる。
三大校にも数えられるキヴォトス有数のマンモス校にして、由緒正しき名門。
キヴォトスの経済にも深く結び付き、連邦生徒会においても一定以上の発言力を持つ。
そんな巨大組織が介入するのだ。
連邦生徒会が。並み居る企業が。学校という学校が。
キヴォトス全体が、注目しないわけがない。
何より恐ろしいのは、リュウイチが単独でキヴォトスを制圧し得るほどの、圧倒的な戦闘力を保有しているという事だ。
リュウイチがロイヤルガードなんて言う役職に就いていたらしい事からトリニティがその事を把握していないわけがないし、何ならトリニティのライバルとして有名な、同じく三大校にして、便利屋68が学籍を置く……つまり、間接的にリュウイチと最も近い位置にあるゲヘナが把握している可能性だって十分にある。
そして双方が譲歩をしあう確率は、現在に至るまでの歴史から鑑みれば絶望的だ。
要するに────
「大惨事キヴォトス大戦ってことかな〜? くふふ〜!」
「全く笑い事じゃないんだけど……」
絶対に起こる、と言う保証は無い。
しかし逆に絶対に起こらないなんて保証も無い。
橺山リュウイチという一生徒は、それだけの火種と化したのだ。
「ん。それなら全然問題はない。だってリュウイチ先輩はアビドスの所属だから。あれからちゃんと調べて、決定的な証拠だって手に入れた。それを見たら、みんな納得しないわけにはいかない」
「え、えぇ!? で、でも、トリニティにもリュウイチ様の証拠はいっぱいありますよ!? さっきの写真もそうですけど、映像記録に、議事録に……ほ、他にも多分、いっぱいあります!」
「そんな事を言うんなら、私たちだってちゃんと証拠を集めて来たし、写真だってあるし……何なら、リュウイチだってそれが正しいと証言しているわ!」
更に厄介なのが、そこだ。
どの主張にも、それを裏付ける根拠として十分すぎるだけの証拠が揃っている。
であるのなら、議論で決着をつけようにもその論点はどこまで行こうが『証拠の真偽』に終始する他なく、そしてそれが水掛け論の範疇を外れる事はない。
何故ならば、それらはきっと、その全てが本物なのだから。
となれば、最終的に辿り着くのが何処であるかなど、火を見るよりも明らかだろう。
「……あとさぁ……これ、本当にウチらとアビドス、トリニティだけなの?」
「え?」
全員の視線が、今度はカヨコに集中する。
「他の学校……それこそ、ミレニアムとか百鬼夜行とか……もっと言えばさ、そこらの弱小校とかにもあったりしない? リュウイチの記録」
「……いや、流石にそれは……」
「言い切れる? 無いって」
誰もが答えに困窮する。
その沈黙こそが、答えだった。
決して無いとは言い切れない。言えるはずがない。
辻褄の合わない記憶が2つならともかく、3つ目まで出て来たのだ。
ならば4つ目があるかもしれない。もっとあるかも知れない。
そうなっても、決して不思議ではない。
「“……少なくとも、橺山リュウイチという生徒が存在したなんてデータはどこにもない。それはアビドスとトリニティに限らず、全ての学校でそうだった。今調べたから、そこは確実だよ”」
「で、でも……実際にこうして証拠が……!」
「“うん。でも、他の事実を示す証拠もそれぞれ持っている。そうだよね?”」
先生の言葉に、誰もが頷く。
と言うより、頷かざるを得なかった。
「“だから、現状は証拠じゃ何ともならない。橺山リュウイチが元々どこで何をしていたかなんて、本当のことは誰にもわからないんだ。リュウイチ君だってそうでしょ?”」
「……俺の記憶では、俺はブラックマーケットで2年以上活動していたし、その裏付けも取れた。よその学校に関わった記憶なんて一切無い。が、そっちの提示する証拠が偽物だとも思えない」
「“だから、そこを考えて結論を出すのは、もう無理なんだよ。だって、みんなが正しい事を言っているんだから”」
結論を出すのは無理。
先生はこの場における議論の終着点の存在を、スッパリと否定した。
「じゃあ、どうすれば……!?」
「“考え方を変えてみようよ。リュウイチ君がかつてどこに居たのか、何をしていたか、君たちの主張のどれが正しいのか判断するのはまず無理。だったら、まず考えなきゃいけないのは?”」
「……
「“ご名答。花丸をあげちゃう“」
先生の主張は極めて正しい。
現状、どれだけ議論を重ねようと、誰の主張が正解であるのかを判断するのはまず無理だ。
であるのなら、より根本的な部分を解決するしかない。
というかそもそもの話として、常識的に考えれば同時に複数箇所で同一人物が存在したなど、あり得るはずが無いのだから。そこに存在するであろうカラクリを解明し、解体しない限りはどうしようもないに決まっている。
リュウイチを含めたその場にいる生徒全員が、そこの冷静な判断を失っていた。
その事にただ一人気付き、そして生徒たちに進むべき真の道を示した先生は、正しく素晴らしい指導者と言うに他にないだろう。
「……でも、どうやって?」
「”そこは全くのノープランだから、今から考えるしかないけどね。けど、不毛な言い争いを続けるよりはよっぽど効率的だと思わない?”」
「俺は先生の意見に全面的に賛成だ」
腕を組み、目を瞑ってリュウイチは言う。
「最終的にこの事態どう転ぶ事になるか、現時点ではサッパリ分からん。勿論俺としては、傭兵業を営む現状の維持こそが最良だが……その、何だ。ロイヤルガード? とかになるかも知れんし、アビドスの一員になるかも知れない。争いの火種として幽閉される可能性だって、捨て切れるものではないだろう」
「“最後の可能性に関しては、私が全力で阻止してみせるけどね”」
「可能性の話だ。……何にせよ、俺がこれからどうなるかは分からないわけだ。そしてそれが俺にとって望ましい結果になる可能性は……まぁ、低いだろうと考える」
リュウイチが便利屋の側に付いている、とか。リュウイチの戦闘力ならどこを相手取っても勝てる可能性は十分にある、とか。そういう話はこの際関係ない。
トリニティの介入を考えれば、やはりどうしても話が大きくなり過ぎる。
そうなればリュウイチに働くと予想されるのは、『大衆の最大幸福』という圧力だ。
キヴォトスに暮らす人間の大多数の事を考えれば、こういう結末になるのが最も都合がいい。
少なくとも連邦生徒会はそう言った論の下、リュウイチに裁定を下すだろう。
そしてそれが『リュウイチを犯罪者のままに放置する』というものである確率は、それこそ天文学的な数値の先にあるものだと予想できる。
「だったら、自分の手で真実を詳らかにするのが最善だろう。……何より、そうして得ることのできた結果なら、俺は俺を納得させることができる」
リュウイチの本音は、最後の一言にこそ集約されていた。
たとえどんな結果になろうと、自分の手で手に入れた真実ならば、それを甘んじて受け入れる。
そうすべきだと思った。そうしなければならないと感じた。
だから、やる。
それだけだ。
「……ねぇ、リューくん」
「どうした、ムツキ」
「
「……………………正直なところを言えば、よくはないかも知れない」
世界のバグ、或いはエラー。
あの黒いのはリュウイチをそう表現した。
その話が本当であるにしても、そうでないにしても。
真実を明らかにするとは、そのバグとエラーを解明するということだ。
では────
その解明の先でこの世界の不具合が修正される事になったとして。
その時、橺山リュウイチという、本来ならば存在しなかったはずの生徒は、どうなるのだろうか?
橺山リュウイチは存在を保てるのだろうか?
橺山リュウイチという名前を保持したままでいられるのだろうか?
そもそも……この世界に存在したままでいられるのだろうか?
勿論、そんな事はわからない。
今のところどんな情報も、確定しているわけではない。
だが、可能性は否定できない。
もしかしたら。
真実など知らない方が、まだ幸せな結末を望めるのかも知れない。
「だが、何もしないのは嫌だ。何も知らないままというのも」
「……そっか」
それきり、ムツキは黙り込んでしまった。
絶妙な角度で顔が隠れていて、表情は読み取れない。
「まぁ、俺としてはそういうスタンスで行くわけだが……アル、そっちはどうだ? お前が降りるというのなら、それでも構わんが……そうじゃないだろ?」
「そうに決まってるじゃないの! あなたを手放すわけにはいかないわ! 私だって協力するわ。そっちの方が、ほんの少しでも可能性が高いなら……!」
拳を握り締め、アルはそう宣言した。
「……うん。おじさん達も、何が起きてるのかは知りたいし……何より、リュウイチを諦めるわけにもいかないしね」
「はい……! 絶対に、私は、もう二度と……!」
「ん。逃がさない」
アビドスの面々も、そう宣言する。
「“ヒフミはどうする?”」
「えぇ!? えーっと、それは、その……いえその、私って普通の学生ですし……だけど、ナギサ様やミカ様の事を考えるなら……でも、それだと……ど、どうすればいいんでしょう!?」
「迷ったときは行動するのが手っ取り早い。やろう」
「“じゃあ、ヒフミも協力してくれるって事で”」
「はい!?」
……トリニティの少女、もといヒフミも、何だかんだやってくれるらしい。
「“それじゃあ、ここにいるみんなで、真実を追求する。そういう事でいいね?”」
先生の確認に、その場にいた全員が頷く。
その心に抱くものや、その目的はそれぞれ違えど。
今このキヴォトスに起きている怪現象を解決する、という。
学校の垣根を越えてただ一つの目標を目指す事を誓ったこの場と、それを取り仕切る先生というこの構図は。
間違いなく、尊いものであった。
「まぁ、それはいいとして……依頼の方はどうするつもり? アビドスを滅ぼすって話だったけど……協力関係、結んじゃったけど?」
「あ」
なお、便利屋クオリティは健在であるものとする。