「やっ………………べぇ……ッ!」
斯くして奇妙な協力関係が構築された数時間後。
事務所へと戻っていた便利屋メンバーとリュウイチは、とんでもない事実に直面していた。
「うわぁ……これ……うわぁ……」
「ひえぇ…………」
「すごーい、いろんなリューくんがいっぱーい……いや、ちょっと、これは……?」
「な、なななななななななななな…………ッ!!」
各々が覗き、戦慄するのは己のスマートフォン。
正確には、そこに表示される無数の椚山リュウイチの写真であった。
それも、この場にいる、傭兵としての姿ではない。
どれもこれも映っている場所から恰好まで、完璧に異なっているものだ。
ロイヤルガードと呼ばれたあの格好で優雅に跪く写真をはじめ。
和服に身を包み、刀を携えるリュウイチ。
燕尾服をビシッと着こなし、メイドたちに指示を下すリュウイチ。
黒いスーツにサングラスをかけ、マフィア然とした姿で街を駆けるリュウイチ。
如何にも悪そうな格好で銃を担ぎ、破壊の限りを尽くすリュウイチ。
警察の制服を身に纏い、ビルの合間を駆けるリュウイチ。
特殊部隊の装備を身に着け、犯罪者と対峙するリュウイチ。
軽く画像検索をかけるだけで、それだけの多彩なリュウイチが画面を彩った。
コスプレイヤーのブログかな?
そんなことをつい思ってしまうレベルであるが、笑っていられる場合ではない。
「いくら何でも、居過ぎじゃないのよーッ!!?」
アルの叫びはこの場にいる全員の総意と言って差し支えない。
あまりにも多すぎる。それはリュウイチの数と言うのもそうであるが、リュウイチと関りを持っていたであろう生徒の数もだ。
リュウイチの立場は写真によってまちまちであるが、どこぞの組織に所属しているか、一目で読み取れるようなものも決して少なくない。
あのアビドスの面々のような生徒たちが何百人単位でいる可能性がある。
そういう可能性が浮かび上がるだけでも恐ろしいというのに、それ以上に恐ろしいのは───
「……なんで、意見の対立が起こっていないの…………?」
並べられたリュウイチたちは、リュウイチがこの世にただ一人しかいないというのなら、当然ながらそれぞれ相反するものだ。
写真から想像できる立ち位置を考えると、どれもこれも矛盾していることは自明。
しかし、それらはやはりどれも実在しているものとして扱われており、誰もがその写真が真実であると主張し、それらが公然の事実として主語られている。
にも関わらず。
少なくともインターネット上では、対立が起こっていない。
それこそアビドスと便利屋の間で行われたような、リュウイチの所属を巡る論争が。
検索欄に椚山リュウイチと打ち込むだけで、これだけの相反した情報が溢れるというのに。
これは明らかにあり得ない事だった。リュウイチがすごい人物であり自校の誇りであると持ち上げられている分、それは尚更。
しかし、今の便利屋とリュウイチであれば、現状、何故ネット上の騒ぎに発展していないのかという理由だけは、感覚的に理解できた。
これは単純に、
誰も彼も、この異常事態を把握しておらず、リュウイチが自校の生徒であって揺るがないと確信しているからこそ、誰も波を荒立てない。
しかし、もし他の生徒達がこの状況を把握すれば、してしまえば──────
「ヤバいどころじゃないね、これ……」
「大惨事キヴォトス大戦……マジで起こるかもしれんぞ……?」
「ちょおっとどころじゃなく、笑えないかもぉ……?」
緊急事態も緊急事態。
トリニティとゲヘナとか、もはやそんなステージでもなくなった。
キヴォトス全土だ。ミレニアムも、百鬼夜行も、山海経も、そしておそらく連邦生徒会さえも。
この件には首を突っ込んで来る。確実に。そう、確実にだ。
ムツキの笑顔が引きつり、額に冷や汗が浮かぶ。
「あ、アル様ぁ……」
「はわ、はわわ……」
普段から青白い顔色をいっそう真っ青に染め、ハルカが救いを求めるようにアルを見る。
しかし、当のアルは白目をむいて混乱している真っ最中である。
少なくとも、しばらくは使い物になりそうもない。
そんな二人と異なり、冷静とは言えずとも、一定以上の思考能力を保持していたのは、少なくともこの場においてはカヨコ、ムツキ、そしてリュウイチの三名のみ。
早急に対策を練らねばならないと即座に判断した三人は、極めて真剣な面持ちで顔を突き合わせる。
本来ならばリーダーであるアルの復活を待つべきなのだろうが、そうも言ってはいられない。
「やべぇ事態である何て事は数日前からわかっちゃいたが……予想を上回るヤバさだぞ。下手な行動さえできん」
「本格的に動き出す前に念のためって調べておいてよかったね。少なくとも、不用意に出かけちゃって、その場で大乱闘が起こるみたいな事態は防げそうなわけだし」
「まぁね。でも、それは時限爆弾の即時起爆スイッチに気付けただけ。……このままだと、いつか爆発するよ。核爆弾級のが」
リュウイチについて検索をかけるという判断は間違いなく正解であり、この行動が便利屋とリュウイチの寿命を少なからず伸ばすものであったことは確実であった。
しかしカヨコの悲観的な言い分もまた無視できない事実。
「……どう、する?」
何をするか、何をしなければならないのかは既に定まっている。
このリュウイチの大量発生が何故起こったのか、それを調べるのが現状の目的だ。
しかし、このようなそこら中に地雷原が埋まっているような状態……どこにヒフミのような、『自らの学校に居たはずのリュウイチ』を知っている生徒がいるかわからない環境で、リュウイチが下手に動けば全てが終わる可能性がある。
核弾頭が地雷原を練り歩くようなものだ。
「こうなっちゃった以上、リュウイチはもう動かせない。この事務所に待機してもらうしかないでしょ」
「そーするしかないのかなー……リューくん、どう?」
「それが最善手なら、そうすることも吝かじゃないが……それで状況が好転するとも思えないんだよなぁ……」
「だよねぇー」
当人抜きで調査を進めるのが、現状では最も安全と言えるかも知れない。
が、結局のところ、この超常現象の中心はリュウイチにある。
発生の理由はリュウイチで確定と言っていい。
であるなら、終着のカギも確実にリュウイチだ。
リュウイチにしか分からない何か。リュウイチだからこそ起こる何か。
そういう何かがある可能性は、決してゼロではない……どころか、もっと高確率であろう。
何であれ、リュウイチは最前線に立たねばならない。これは確実だ。
「変装とかしてみるか?」
「アリっちゃあアリだけど……ヘイローは隠せない」
「むぅ……」
リュウイチは唯一の男子生徒。
男+ヘイロー=リュウイチの式が、このキヴォトスにおいては成立する。
生半可な変装では、逆に寿命を縮める結果につながるだろう。
「んー……あ、そうだ!」
ふと、ムツキが声を上げる。
何か思いついたのか、二人は彼女へ問いかけようとして───
「ちょっと待っててねーっ!」
まるで風のように、ぴゅーッと事務所の外へと消えてしまった。
あとに取り残されるのは、椅子から腰を浮かせて呆然とする二人と、使い物にならない二人。
隙間風の音が、何とも間抜けに響いた。
「えぇ…………?」
「まぁ、アイツの事だし、何かしら意味のある事なんだろうが……」
いかんせん、ふざける気しかしない。
扉を閉める直前、こちらを見た満面の笑顔がその証左だ。
カヨコとリュウイチは揃ってため息を吐いた。
「ただいまーっ!」
風のように去っていったムツキが、風のように戻って来たのは約2時間後。
すっかりアルも平静を取り戻した……と表現するには、些か難しい状況ではあったが、少なくとも先程よりひどくはなく、ようやくリーダーの指示を仰げるといった頃合いだった。
「ムツキ! 一体どこに行ってたのよ!?」
「お買い物ー! 早速だけどちょっとリューくん借りるね!」
「おぅ?」
大量の紙袋を抱えたままムツキはリュウイチの腕を取ると、別室の扉の中にリュウイチを連れ込んだ。
扉の奥からは楽し気なムツキの声と、困惑気味のリュウイチの声が聞こえて来る。
「え? な、なに? 何してるの?」
「み、見てきましょうか……?」
「…………いや、多分だけど……」
カヨコがその続きを口にしようとした瞬間、扉を開け放ちムツキが出てきたかと思うと、再びバタンと扉を閉めてその前に陣取った。
「ちょっ、ムツキ? 一体どんな状況なの? これ?」
「まーまーアルちゃん、ちょっと待っててよ、すごいのが見れるから」
「か、カヨコ。わかる?」
「予想くらいなら」
「ネタバレ禁止だよ~!!」
一体何なのよー! と喚くアルをムツキがニコニコ眺め始めてから一分ほど経過しただろうか。
ムツキが背中で抑える扉が、コンコンとノックされた。
「あ、準備できた?」
「いや、鏡が無いから良く分からんが……できたと思う」
くぐもった声が扉越しに聞こえる。
「どれどれ……? わー! さいっこう!」
ムツキはちょっと扉を開け、中を確認すると、目を輝かせながら飛び跳ねた。
一体何が扉の奥で……? アルとハルカは固唾を飲む。
「それじゃあ、いくよ?」
ムツキがゆっくりと扉を開く。
すると、その奥から現れたのは──────
バッチバチに女装を決めたリュウイチであった。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!?」
「りゅ、リュウイチ様……ですよね……!? どうしてそんな……!?」
「どう!? すっごい美人でしょ!?」
ムツキの言う通り、女装を決めたリュウイチはちゃんと美人であった。
というかこれは本当に女装と言っていいのだろうか。
男装ではあるのだが、女性が男装してる感じがちゃんとするというか、男装の麗人的なオーラが滲み出ていた。
装いを変え、少々長めの髪の鬘を被り、ほんの少し化粧を施しただけのようだったが、元の素材が良いからか、そこには完璧な痩身長背なメガネ男装美人が出来上がっている。
「……うわ」
思わずカヨコの口から漏れ出たそれは、決してドン引きという意ではない。
むしろその真逆、感心と納得であった。
リュウイチは男子生徒である。
もっと言えば、キヴォトス唯一の男子生徒である。
この一点に限って言えば、どの学校が主張するリュウイチの特徴にも一致する。
逆に言えば、男子生徒で無ければそれはリュウイチではないのである。
勿論そんな単純な話で無いことは明らかだが……少なくとも、男子生徒だからアイツがリュウイチだ、なんて事態には発展しないだろう。
ここまで完璧だったなら、誰も彼を男子生徒だとは思うまい。
「頭いいね、ムツキ」
「ふふーん、まぁね~」
所々に彼女の趣味らしき部分が散見されるが。
まぁ、そこはいい。
少なくとも、模範的な解答例の一つであることに疑いの余地はないのだから。
「…………俺としちゃあ納得できんがな」
「うわ声低っく!」
「一人称変えて一人称! あと口調も!」
「こういうキャラで通せばいいだろうがよ。声に関しては……ぼそぼそ喋ればなんとかなるか?」
「……まぁ、それでいっか」
少なくとも現状では、とりあえずリュウイチがリュウイチであるとバレなければいいのである。
そこまで高度なことを求めるつもりもないというものだ。
「で? まぁカモフラージュの必要性は理解できたから女装とかしたわけだが……こっからどうする? 俺としちゃあ、あの黒いヤツにまた会いに言ってはどうかと思うんだが」
「あぁ……」
「あの人ね……」
世界のバグ、あるいはエラー。リュウイチをそう表現した張本人だ。
確か現在はカイザーPMCと協力関係にあるとか、そういう話だったはず。
彼に再び話を聞きに行くのは、選択肢としては断然アリだ。
「よし、それじゃあ早速行きましょう! 今は一分一秒が惜しいのよ。行動は早ければ早いほどいいわ!」
「ま、そうだね。早速、出発しようか」
と、そうして早速事務所を発つ便利屋とリュウイチであった。
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