あれから数時間ほどかけて便利屋とリュウイチがカイザーPMC本社へとたどり着いた頃には、辺りは既にとっぷりと暗くなっており、大半の会社は業務を終了する時間帯であった。
ブラックマーケット行脚に加え、数時間の待機時間もあったのだから、当然と言えば当然であろうが、しかしそこはカイザーPMC。
ブラック企業を超えたブラック企業、ノワール企業とでも表現すべき彼らにそんな常識は一切通用しない。
普段であればドン引きもドン引きだが、この場においては有り難いというものだった。
理事から頂いた、一時的なIDカードを翳し、本社に入って、あの黒い人物は一体何処に居るのかとそこらの社員たちに聞いて回っていると───
「奴に用か。ならば奴はここにはいないぞ」
「え゛」
最終的に辿り着いたカイザーPMC理事にそんなことを言われてしまう。
どうやらあの黒い人物……彼本人が黒服、と名乗っていたらしい彼は、現在ブラックマーケットの一角に自らのオフィスを構えているのだと言う。
「まさかの出戻りだね~」
便利屋の事務所の所在地もブラックマーケットである。
つまりそう言う事であった。
「さ、先にアポを取っておけばよかったわ……」
「ね」
「あわわわわ……ごめんなさい、私が気付いていれば……!」
こういうところはやはり便利屋クオリティ健在であるとしか言いようがない。
まぁやっちまったものは仕方ない、と便利屋達は踵を返す。
「少し待て。貴様らに通達しておかねばならない事があった」
そんな背中に、理事が声をかける。
「貴様らへの依頼、つまりアビドスへの武力行使だがな。無期限に延期される事が決まった。代わりに、貴様らとは我が社の軍隊の予備戦力としての契約を結び直す」
「何ですって?」
「……随分とまた、急ですね」
そう、実に、実に急な話だ。
あまりにも──────怪しい。そう言わざるを得ない。
「安心しろ、追加の金は払ってやる。違約金もな」
「ならばいいのですが……その、何故急に?」
「……貴様らはとっくに理解しているらしいが、
「「「!」」」
橙黄色の光を放つ理事の四つ目が、変装を施されたリュウイチを射抜く。
息を呑む便利屋一同。
どうやらカイザーは、今回の件の異常性について、既に察知していたらしい。
これは、マズいか?
便利屋の間に緊張が走る。
カイザーはブラック企業を超えたノワール企業であり、そうすることが最善であると判断されたのなら、犯罪行為に手を染めることも厭わない、というのは、彼らが便利屋68を雇っていた時点で既に理解できることである。
そんな彼らがリュウイチと言う、キヴォトスそのものを揺るがしかねない爆弾に目を付けた。
その危険性を一瞬で理解した彼女らだったが……
「……アル、了承するべきだ」
「え?」
リュウイチは、そう判断した。
アルは動揺する。
何で、とか。どういう理由で、とか。
そういう言葉が喉までせり上がってきたが、しかしリュウイチの目は極めて真剣である。
「わ、わかりました。契約は無期限延長、ということで。きちんとした書面は、後日お願いします」
「良かろう。ではな」
そうして理事と便利屋の会話は終わり、便利屋はブラックマーケットへ向けて移動を開始する。
「どうして了承すべきだと思ったの?」
アルがその話をようやく切り出したのは、辺りに人影が無い場所へと出た後の事だった。
また、言葉にこそ出していないが、他の三人も同じくどうしてその判断に至ったのかを聞きたそうにしていた。
そんな彼女らの視線を受け、彼は小さな声で答えた。
「現時点で、多分俺達とカイザーは狙いこそ違えど、互いの利益という面で一致できるんだ」
「えーっと、具体的には?」
「私たちは後ろ盾。向こうは主導権、そんなところでしょ?」
「そうだ」
カヨコの発言にリュウイチは頷く。
が、他の3人は不思議顔だ。
ムツキも、軽く理解は出来てそうだがまだ納得できていない、という感じだろう。
「つまり、どういうことなの……?」
「まず大前提として、ここから先、ほぼ確実に大規模な動乱が起こる。これはいいな?」
「うん、まぁ、起こっちゃうよねぇ」
「そうなったとき、俺らの立場は……正直、ヤバいんだよ」
戦争の火種を抱える、ただの小悪党ども。
現状、便利屋の評価はそこへ着地する。
便利屋は実力派集団で、リュウイチに至ってはゲヘナ風紀委員長以上のバケモノ級と、戦力だけはなまじ揃っているが……それだけだ。
本来ならば生徒を守る立場となる所属校、つまり便利屋の場合はゲヘナがそれに当たるが……その助けを得ることはできず、連邦生徒会に関しても犯罪者である便利屋は完全に敵。
シャーレの先生は完全な中立であるが……完全に味方にしたところで、便利屋を助けられるだけの力を持っているのか甚だ疑問であるし、先生に付き従うアビドス連中は十中八九敵と言っていい。味方と言うには抵抗がありすぎる。
つまり、周囲を見渡した時、便利屋とリュウイチには味方がいないのである。
「完全に孤立無援。俺達は俺達だけで大戦を生き延びなきゃならなくなる」
そんなのは、まず無理と言っていい。
巨大戦力同士が、自分たちを中心に衝突しているのに、そこからうまく逃げおおせようなど。
「そして、俺達を中心に戦乱が起これば、真っ先に狙われるのは、俺じゃない。お前たちだ」
「「……ッ」」
もしもリュウイチが一人だけだったならば、何とかなったかも知れない。
だが、便利屋+リュウイチをセットで考えると、途端に話は変わる。
リュウイチが強大であることなど、誰もが知っているはずだ。
そうなった時、リュウイチを攻略するために取ることが出来る手段で、最も手っ取り早く、そして効果的なのが……
「人質、だねぇー」
「…………つまり、そういう事だ」
仮にリュウイチに自分のいう事を聞かせたいのならば、リュウイチを直接叩くより、便利屋を狙う方が圧倒的に楽なのである。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、とあるが……馬どころか、各勢力の精鋭部隊が直接来るのであれば、便利屋はもはやお荷物とさえ化す。
そんな状況下でリュウイチが単独で便利屋を完璧に守れるかと聞かれれば、それは恐らく否。
「だから、どんな形であれ、味方は欲しい。逃走経路の確保、物資の補給、単純な援護……何でもいい。バックアップを得られるなら、藁にでも縋りたいのが今だ」
事実、味方の有無は戦場において非常に大きな意味を持つ。
大規模な戦闘が予想されるなら、それは猶更だ。
だが、その上で。
「それはカイザーじゃなきゃダメなの? 絶対裏切るでしょ、アイツら」
「ぜぇ~ったい、どっかのタイミングで私たち、拘束されちゃうよね~」
実際のところ、カイザーはそういうことをする。
便利屋が雇われた時の最初の仕事だって、カイザーの期待通りの働きが出来なかった、ヘルメット団の討滅である。
使えないと分かれば即座に切る、法律なんて必要とあれば幾らでも犯す。
仁義もクソもない。利益こそが最優先。それがカイザーだ。
「ど、どうしてそんなことが分かるのよ?」
「それは連中の狙いが俺にあるからだ」
要するに。
今回の大騒乱の予感を感じ、そして今自らと契約関係にいるリュウイチこそがその中心であると察したカイザーは、
どの陣営も、狙いはリュウイチ。
そしてリュウイチは、単独でもバカげた強さを誇る怪物である。
戦場を引っ掻き回すには足り過ぎたポテンシャルを持つわけだ。
そんなリュウイチを意のままに動かすことが出来るのなら。
戦場を意のままに操ることが出来るのなら。
目も眩むような莫大な利益を作り出すことも、それに付随するであろうその他の副産物も、会社にとって大きなプラスになる。
無論、その可能性は100%ではない。
だがしかし、0%でもない。
であるなら、巨大な資本を持つカイザーにしてみれば、やるだけやってみるだけの価値はある。
成功すればよし、失敗しても、まぁ致命的にはなるまい。
であるのなら、やらない理由はない、という事だ。
「いや、それは分かったのだけれど……それと私たちを裏切るのに、どんな関係があるのよ?」
「……社長。今の話、
「え……? なかった、と、思うけど……」
「私たちはいらない子って事だね~? じゃあ、カイザーは私たちをどう使うと思う?」
「…………あっ」
そう、カイザーとしては、リュウイチさえ動かせればいいわけだ。
だったら、使えない便利屋の最適な使い道は───
「悪趣味なリモコン、とでも言ってやろうか?」
人質にして、リュウイチの首輪にする。
それ以外の使い道はないだろう。
「なっ、ななななっ……!!」
「ゆ、許せません……! そんな、そんなこと……! こ、こここ、殺さなきゃ、潰さなきゃ……!」
「待てハルカ。別に絶対にそうなるってわけでもない」
踵を返し、カイザーPMC本社の方へ戻ろうとし始めるハルカを止めるリュウイチ。
「来ると分かってれば、警戒はできる。最悪は、防ごうと思えば防げるはずだ。泥船だって、沈むと分かってさえいれば取れる対策もある」
「にしても、じゃないのぉ? 他の所に後ろ盾を頼むのじゃダメ? それこそ、シャーレとか」
ムツキがシャーレを提案する。
彼女としては、絶対に裏切るカイザーに頼るよりかはそっちの方がいいんじゃない? という、そういう意図での発言だった。
しかし、それに否を突き付けたのは、カヨコだった。
「シャーレは、ダメ。シャーレ自体は絶対中立なんだろうけど……所属生徒は、そうじゃない」
シャーレは学校の枠を超え、どんな生徒だろうと加入させることが出来るとか言う、バカげた権限が渡されている。
そして、シャーレの戦力は、そんな各学校の生徒達。
つまり、全員敵である。
シャーレの後ろ盾を求める?
後ろ盾どころか、怪物の口の中へ自ら身投げするようなものだろうに。
「あ、うん。ダメだね」
そのことを理解したのか、真顔でそういうムツキ。
「その点で言えば、カイザーは現時点では完全な敵じゃないし、あくまでも利益最優先だから、交渉の余地もある。……正直、他の勢力でこの二つを満たすところが思いつかないんだよな」
「……成程、そう言う事だったのね…………」
納得したように頷くアル。
「まぁそれでも、カイザーがロクでもない事には変わらない。……味方は、これから作っていくしかない」
「そうなるね」
「くふふ、現状は笑えないけど、それは何だか面白そうだね?」
「ひ、ひぇぇ……」
と、そんな会話をしながら、我々はブラックマーケットへと向かい───
辿り着いたのは、一晩宿を取って次の昼であった。
「よ、ようやくついたわね……」
「ここのオフィスの最上階だとさ」
「PMCの理事から話は行ってるらしいし、さっさと行こう」
建物自体はぼろっちい癖に妙に真新しいエレベーターに乗り込み、最上階へ。
そして、唯一あった扉の前に立ち、アルがノックしようとした、その瞬間であった。
「ふざけないで!!!」
「「「「「!!?」」」」」
扉の中から、怒気に満ちた叫び声が轟いた。
明らかに尋常でないその声に対し、行動をとったのはカヨコとリュウイチ。
強引に扉を開け放ち、それぞれの武装を構え、標準する。
すると、部屋の中に居たその生徒もこちらの存在に気付き、盾とショットガンを構え───
その青と黄のオッドアイと、リュウイチの目が合った。
「……小鳥遊ホシノぉ!?」
「その声、リュウイチ!? 何で!!?」
お互いの存在に驚きを露わにするホシノとリュウイチ。
「おっと、私のオフィスで戦闘はどうかご遠慮ください」
そして、そんなホシノの背後で、デスクに座りながらこちらに武装解除を要求するのは、全身を黒で包んだ異形、黒服と名乗る男であった。
「リュウイチ、どうしてここに……!? っていうか、その格好は……」
「いろいろ事情があってな。そこの黒服さんに話を聞きに来た。そういうお前は何のために来たんだ」
「それは──────」
「守秘義務は、守っていただきたいものですね」
2人の会話に、黒服が割り込む。
そのタイミングで後ろから他の便利屋メンバーも入って来るので、リュウイチはカヨコと一緒にその後ろへと控える。
代表して口を開くのは、アルだ。
「どうも御足労いただき、ありがとうございます。お久しぶりですね」
「えぇ、お久しぶりです、黒服さん、でよろしいのでしょうか」
「はい、かまいませんよ・そして、まずは謝罪を。すみません。こちらで時間を調節できれば良かったのですが……まさか、ブッキングしてしまうとは」
「いや、こちらこそ申し訳ありません。確認を怠っていたし……失礼な入室になりました。場所が場所です。何か起こってからでは遅いと思って、つい社員が先走りました。ごめんなさい」
「いえいえ、どうかお気になさらず」
会話をしている最中も、黒服の表情は動かない。
というよりあの白いひび割れは、顔に見えているというだけであって、顔はないのだろう。
恐ろしいポーカーフェイスもあったものだ。
「お話し中でしたようですので、一旦外しましょう」
「いえ、その必要はありません。今からあなた方としたい会話は、彼女にも聞いて欲しいものですし……」
「ッ」
黒服がホシノを見ると、ホシノは実に忌々しそうな表情を作る。
「……その話を聞いてから、改めて彼女と話をした方がいいと、そう判断しました」
再び、顔らしき部分がこちらを向いた。
「有難うございます。ではまず、彼……椚山リュウイチについて、現在そちらはどれほど把握しておられますか?」
「少なくとも20以上の椚山リュウイチについて、ネット上で確認した程度ですね」
「!?」
黒服は淀みなくアルの質問に答える。
そんな黒服の答えに反応を示したのは、ホシノだ。
「20以上……!? 一体、何を……!?」
「スマートフォンで調べてみると良い。面白いぞ」
リュウイチの言葉にスマートフォンを取り出し、検索を始めるホシノ。
その横で、会話は再び進められる。
「申し訳ありませんが、情報量自体はあなた方の持つそれと変わりません。むしろそれ以下かも知れませんね。……ですが、あなた方の知りたいことは、そこではない」
「えぇ。推論でも、仮説でも、何でも構いません。お話を伺いたいんです」
「ふむ………………」
黒服が考え込むような素振りを見せる。
「……わかりました。この問題は私にとっても死活問題と言って差し支えありませんので。対価は要求いたしません」
「有難うございます」
「構いません。私の見解で事態が解決に向かうのであれば、何よりですので。さて、それでは早速まいりましょうか」
■
まず、便利屋68がリュウイチさんを発見した時を振り返りましょう。
非常にざっくりとしたものにはなりますが……要するに、名前も、顔も、記憶も失い、名もなき傭兵として戦い続けていたリュウイチさんと接触した際、あなた方はリュウイチさんの頭上に浮かぶヘイローらしき影を発見。
それを本人に伝え、鏡を見せたところ、リュウイチさんは自らの生徒としての在り方を見出され、椚山リュウイチとしてこのキヴォトスに生まれた、と。
…………ホシノさん、主張は分かりますが、一旦落ち着いて。話が進みませんので。
さて、何であれ、そうして椚山リュウイチは、唯一にして無二の男子生徒として、このキヴォトスに生まれ落ちたわけですが……皆様もご存知の通り、現在、このキヴォトスには多くのリュウイチさんの痕跡が残っています。
リュウイチさんが名もなき傭兵として活躍していた時期と被るにも関わらず、大量に。
ミレニアムの執事、トリニティのロイヤルガード、ゲヘナの混沌王、百鬼夜行の剣聖、山海経の龍、アビドスの神帝、ヴァルキューレの英雄……そして、ブラックマーケット最強の傭兵。
そのほかにも何人かいらっしゃるようですが……今は割愛しましょう。
所属校も立場も、当然バラバラですが、しかし共通項はあります。
『最強』という立場にある事と、唯一の男子生徒であるという事。どのリュウイチも、この二点は譲っていません。
そう考えると、今のあなたの変装は完璧なものと言って差し支えないでしょう。
……さて、ここまでの情報が、現時点で観測された事実ですね。
ではこれより、私の仮説、推論をお話しします。
まず、結論から述べますと。今回の一件は現在のリュウイチさん……つまり、最強の傭兵としてのリュウイチさんを起点とした、世界の異常、と私は考察します。
順を追ってお話ししましょう。
まず、最初に現れた名もなき傭兵。
これは世界に現れたエラー、ないしバグです。
そうとしか説明が出来ません。
あなたが一体どのように現れたのかは定かではありません。
無から現れたのか、どこか遠い世界線からはじき出されたのか。
元々生徒としての資格と神秘を持ち合わせていたことに疑いの余地はありませんが……
ただ、どんな形であれ、どんな在り方であれ……確実に、この世界はあなたの存在を認めていなかった。
そこは間違いありません。現状から考えても、揺るぎようのない事実でしょう。
にもかかわらず、貴方はこの世界に存在してしまった。
存在して、その在り方を確定させてしまった。
これが致命的だった……私はそう考えます。
本来なら存在するはずが無かったあなたは、いわば透明人間でした。
文字通りの意味ではありません。世界があなたを認知できなかった、という意味です。
しかしあなたが存在を確定させてしまったことで、世界はあなたを認知せざるを得なくなってしまった。
となると……今まで存在しなかったはずの人物が、いきなり現れた、と。
世界からすればそういう風に認識されるわけです。
そうなると、当然世界は混乱します。
数学的に言えば、完璧に式と解法はあっているハズなのに、何故か解だけが一致していない……そういう状態です。
そして、実際に観測されている以上、解は真であるため、修正のしようがありません。
なので、世界は無理やり辻褄を合わせようとしたのでしょう。
途中式にリュウイチと言う存在しなかったはずの変数を無理やりを捻じ込むことで、現在の解が正しいという事にしようとしました。
…………が、当然、そんなことをすれば大惨事になる事は必定。
その結果が、今でしょう。
リュウイチと言う変数は、過去に一度も観測されていません。つまり、現在に至っても確定しておらず、あらゆる可能性が乱数の中に眠っている状態であるのです。
そのため、現在のリュウイチ……つまり、最強の傭兵、椚山リュウイチが存在しても不自然でないような過去が幾つも重なり合って存在することになっている。
そういうことだと、私は考察しました。
つまり、ホシノさんの言う神帝たるリュウイチや、その他のリュウイチとは即ち、あり得たかもしれない過去。
もし仮に、最初から椚山リュウイチと言う生徒がキヴォトスに存在し、かつアビドスに所属していたのならと言う、存在しないIFの世界線。
そう考えるのが妥当だと、私は結論付けます。
■
あまりにも衝撃的過ぎる内容だった。
世界ぐるみの、辻褄合わせ。
あまりにも壮大で…………あまりにも、現実味がない。
「そんな……そんな馬鹿なことがあってたまるかッ!! だってリュウイチは、リュウイチはァッ…………!!」
ホシノが黒服に食って掛かる。
その気持ちは、便利屋の面々にも察することが出来た。
「あくまでも仮説です。間違っている可能性は十二分にある。ただ、こう考えると、ある程度筋が通るのも、また事実」
「何が筋が通るだ!! 全然通ってないじゃん!! 何だよ世界の辻褄合わせって!!」
それはそう。
それはそう、なのだが…………
この尋常ならざる現状を鑑みるに、絶対に無いとも、言い難い。
「少し落ち着いてくれ、小鳥遊ホシノ」
「リュウイチ…………!!」
「質問があるんだ。聞いていいか?」
「構いませんよ」
黒服はホシノの気迫にも全く動じず、極めて冷静なままだ。
「まず一つ。黒服さんはまるで、世界が意思を持って辻褄合わせをしているかのように言っていたが……実際にそんなことは起こり得るのか?」
「意思を持ってやっているわけではないでしょうが、辻褄合わせは起こり得るでしょう。とは言っても、それこそ物理法則の範疇内のようなものです。分子と分子が結晶を為し、安定な状態を保とするように、世界も安定な状態を保とうとする……そう考えます」
「では次の質問だ。例えば俺が何らかの方法でこの世界から消失したとして、この事態は解決するか?」
「「「「「ッ!!?」」」」」
リュウイチと黒服以外の5人が一斉に息を呑む。
まさかこの男、短絡的な手段を取ろうとしているんじゃ……!
懸念が5人の脳裏にそんな考えが閃光のように浮かび、ダメだと叫ぼうとするが────
「そうはならないでしょうね」
それより先に、黒服によってリュウイチの質問は否定される。
「たとえ貴方が消えたとして……あらゆる痕跡はこの世界に残ります。問題は残ったまま、貴方だけが消える結果になるでしょう。このキヴォトス全ての人間から、あなたの記憶を奪えるのなら話は別ですが……」
そんな方法はない。
黒服は言外にリュウイチへそう告げる。
「そうか……」
「ちょっ、ちょっとリュウイチ!? あなた、何を考えているのよ!?」
「自分だけ消えれば全部解決するとおもっちゃった? そんなの絶対に許さないけど?」
思い悩むリュウイチへ詰め寄るアルとムツキ。
その表情は憤怒のそれだ。
見てみれば、カヨコもホシノも、似たような表情を浮かべている。
唯一ハルカだけは、世界の終りのような表情を浮かべていた。
「確認だ、確認。俺だって、そんなつもりはない。…………だが、本当にシャレにならない状況に陥るくらいなら、そうすることもアリだと考えた」
「無しよ無し!! 絶対なし!!」
全力で叫ぶアルに、全力で肯定を示す便利屋一同。
まぁ、そうだよなぁとリュウイチも内心でそう思っていると、ふと袖が引かれていることに気付いた。
ふと、視線をそちらの方へ向けてみれば──────
「ねぇリュウイチ。私、リュウイチが死ぬんなら、私も死ぬからね?」
完全にハイライトがお亡くなりになったホシノがいた。
瞳孔が完全に開いている。マジのガチだった。
「すんませんでした!!」
そこからずっと謝り倒し、何とか再び黒服へ質問できる状況に戻るの頃には、リュウイチはもうヘトヘトであった。
「はぁ……あー……申し訳ない、待たせた」
「いえいえ、お気になさらず。そんなことよりも、今後は発言には注意することをお勧めしましょう」
「痛いほど理解した。……さて、それで……過去が重なり合う事って、あり得るのか?」
「現状を鑑みるに、あり得る、としか言えませんね」
まぁ、それはそう、という話であった。
「だが、あれらの写真はどう説明するんだ? アレは過去の証明ではないのか?」
「そうとも言えません。世界五分前理論という、世界は5分前に何もかも作られたものだと主張しても、誰もそれを否定することが出来ないという論に基づくなら、過去が重なり合ったタイミングで、辻褄の合うように作られた、と言うべきでしょうか」
「じゃあ、全ての学校の学籍データに俺が登録されていないのは?」
「何らかの事件が秘密裏に起き、あなたの学籍が抹消され、あなたはブラックマーケットに流れ着いた……そういう辻褄合わせの産物であると考えます」
「むぅ…………」
そうなる……のだろうか?
リュウイチはどうにも納得がいっていない様子だった。
他の生徒達も同様だ。
しかしいくら質問しようにも、世界の辻褄合わせである、と答えが返って来るのみ。
「再三申し上げますが、私の仮説はあくまで仮設……他者の意見を求めてもいいかも知れません」
「まぁ…………それもそうか。では、最後に一つだけ、聞いておきたい」
「何でしょう」
「この件を解決するためには、何が必要だと思う?」
「…………ふむ、そうですね」
手を組み、長考する黒服。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………気は、進みませんが…………本当に、進みませんが…………」
そして、実に苦々し気に、彼は言葉を紡いだ。
「『色彩』と、『無名の司祭』。この二つについて、調べてみるといいでしょう。これらに関しては、今は私の口からは語れません」
「…………そうか、わかった」
黒服の回答を受け、リュウイチはアルに目で合図する。
「……実に有意義な話が聞けました。今日はありがとうございました。我々はこれで失礼します」
「こちらこそ。くれぐれも、お気をつけて」
「あぁ。……じゃあな」
そう言って、便利屋たちは踵を返す。
最後にリュウイチはホシノを一瞥し──────そして、便利屋の後を追った。