英集少年院に発生した特級仮想怨霊の呪胎。その緊急事態に対し、生存者の確認と保護という任務を言い渡された虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇の3人は窮地に陥っていた。
穴に飲み込まれて姿を消した釘崎。その捜索をする猶予も与えずに現れた特級呪霊を前に、虎杖も伏黒もなす術がなかった。戦ったところで全滅は必至。ゆえに、虎杖が時間稼ぎをしている間に、伏黒が釘崎を見つけて呪霊の生得領域を脱出する。咄嗟に立てた作戦だが決して悪いものではなかった。
しかし、それでも相手は特級。つい先日呪力に目覚めたばかりでその扱いもままならない虎杖では、呪霊の遊び道具にしかならなかった。
生き様で後悔はしたくない。そう決めて呪術高専に編入したというのに、今の虎杖の胸中を埋め尽くすのは後悔の念ばかりであった。
(「正しい死」か? じゃねぇよ、甘えんな)
痛みと後悔、そして死への恐怖。あらゆる負の感情が湧き上がってくる。
(それでもこの死が正しかったと言える様に。―――ならば)
だとしても。虎杖悠仁は呪術師なのだ。負の感情こそを呪力に変えて立ち上がる。
(憎悪も、恐怖も、後悔も―――全て、出し切れ。拳に、のせろ!!)
その決死の覚悟で放った突きすらも、呪霊は嘲るような笑みを崩さずに受け止める。
「クソッ!!」
もはやこれまで。その瞬間、響き渡るのは玉犬の遠吠え。釘崎を連れて伏黒が領域を脱出したという合図だ。
事前の取り決め通り、虎杖は肉体の制御を手放す。眼前の特級を相手にできるのは、同じく特級に位置づけられる存在しかいないと分かっているから。無論、虎杖がいつでも肉体の制御を奪い返せるという前提があっての行為ではあるが。
虎杖の顔に入れ墨に似た独特の紋様が浮かぶ。同時に、特級呪霊は、目の前の玩具から立ち昇る呪力が今までのそれとはまるで異なっていることに気が付いた。
「つくづく、忌ま忌ましい小僧だ」
呪いの王・両面宿儺。その圧倒的な存在感に、先刻までは虎杖を弄んで愉しんでいた呪霊は怯えて動くこともままならない。
だがしかし。宿儺がいかにして虎杖たちに嫌がらせをしようか考えを巡らせ始めたのと同時に、呪霊の生得領域に侵入してきた気配がひとつ。
その気配はまっすぐに宿儺たちのいる場へと突っ切ってきた。
「間に合っ…てはないよなぁ~、これ」
気配の主は男の呪術師だった。身長は180cmほど。衣服には特徴的な渦巻き模様のボタンがつけられており、呪術高専所属であることを示している。さらには服の上からでもわかるほどに鍛え抜かれた肉体。
五条悟ほどではないが、この時代におけるトップクラスの術師だろう。宿儺から見ても、平安時代でもやっていけそうなレベルの強者だ。
「アンタが両面宿儺か。……で、そっちのがこの領域のヌシってわけだな」
「解」
乱入してきた術師に返答することなく斬撃を放つ。
怯え切った特級呪霊が突然の行動に驚愕して十数メートル後退ったが、宿儺は気にも留めない。
どうでもいいのだ。ただでさえ呪霊は血肉が残らないから斬っても退屈。少しばかり呪力量が多いだけで目を瞠るような術式を所持している様子もない虫ケラなど、もはや宿儺の興味の対象ではなくなっていた。それよりも今はこの呪術師だ。
「あっぶねえな! いきなりかよ!」
(防いだ! 否、俺の斬撃に拳を叩きつけて弾いたのか!)「……貴様、名は何だ?」
飛ぶ斬撃に対して術師がとった行動はなす術なく死ぬでもなく、回避でもなく、防御。よもやあの程度でやられるほど脆弱とまでは思っていなかったが、自身の斬撃を捉えて弾くとは。宿儺の興味は益々掻き立てられる。
これほどの強者を前にしては、つい宿儺のテンションも上がるというもの。瞬く間に失われた右手の指と左手首から先を反転術式で再生する。
「人に名前を訊くときは自分から名乗るのが礼儀なんじゃねーの?」
「ぬかせ。先ほど貴様自身が言っていただろう」
「そういやそうだったな。……城崎丈だ」
「あのガキと女を殺すつもりだったが、予定変更だ。まずは貴様を捌くとしよう」
「まずは、なんてねーよ。オメーはここでぶちのめす」
並みの術師や呪霊ならば対峙するだけでも心が折れるほどの、両面宿儺による殺害予告。それを受けてもなお、城崎の表情は揺るがない。むしろ、宿儺が放つ圧に真っ向から圧をぶつけ返している。強者同士の、呪力すら用いないやりとり。どちらか、或いは両者が均衡を破ればすぐに殺し合いが始まる一触即発。
均衡を破ったのは、宿儺でも城崎でもなく、呪霊だった。
呪力を放出し、2人の強者を砲撃する。宿儺は腕を振って呪力砲を叩き落とし、城崎は俊敏な動作で回避した。
「無駄な横槍を入れるな。興が削がれる」
目の前の食材をどう調理するか思案していた宿儺にとって、虫ケラの邪魔など不愉快でしかない。
苛立ちを露わにした宿儺が睨み付けた瞬間、呪霊は縦に両断される。再生することもできず消滅していく呪霊の胸から指を抜き取り、そのまま取り込んだ直後、突き刺さる気配に宿儺が選択したのは迎撃。
城崎の拳が頭部に突き刺さる寸前に、目にもとまらぬ速さで上をとった宿儺の蹴りが炸裂する。これを読んでいたのか、城崎は空いた左腕で完璧にガードしてみせた。両者、術師にとって最大の急所である頭部狙い。城崎は一刻も早く宿儺を封じ込めるために、宿儺は意趣返しのために選択した攻撃だ。
一瞬の攻防ののち、呪霊の消滅に伴って生得領域も解ける。当然だが、周囲の被害など考慮しない宿儺は好きに暴れる。伊地知が張った帳も既に上がっているため、城崎は対応する側になる。自然、後手に回らざるをえない。
釘崎を乗せた車を見送ってから外で待機していた伏黒が見たのは、少年院の壁が崩れて2人分の人影が飛び出してくる光景だった。
1人は虎杖の肉体を一時的に乗っ取った宿儺。もう1人は、伏黒もよく見知った人物だった。
「城崎先輩!!」
「伏黒!離れてろ!!」
呪術高専東京校4年・城崎丈。一般的な呪術師としては最高の階級である、1級に属する術師だ。東京校には複数の特級術師が所属してはいるが、彼らを除けば東京校の最高戦力といってもいい。
指示通りに、伏黒は即座に距離をとった。元から100メートルは離れていたが、その3倍は後退し、グラウンドの端まで移動。特級と1級の戦闘に巻き込まれれば、近接が不得手な伏黒では何もできないだろう。
「馬鹿みてぇに建物壊すんじゃあねえよ」
瓦礫に城崎が触れる。忽ち、元通りに壁が修復された。
(触れたものを修復する術式――! 術式そのものに面白味はないが、相当な出力だ)
宿儺はほんの一回見ただけでも、城崎の術式について瞬時に分析を行う。多くの強者と相対し、その全てで勝ち抜いてきた宿儺には呪術に関する知識が豊富にある。平安の世でも、似た術式を扱う敵はいた。
しかしながら、城崎がやってみせた修復はこれまで見てきた中でも最速。かなりの呪力量と呪力出力がなくてはここまでのパフォーマンスは不可能だ。宿儺の口がますます吊り上がる。
宿儺が放つ圧力が高まる。それを感じ取った術師たちの行動は速かった。
「鵺!」
「冗談じゃあねえ!」
伏黒は飛行できる式神を召喚し、上に飛び乗る。城崎は宿儺に向けて走り出し、距離を詰める。が、間に合わない。
「領域展開―――」
閻魔天の掌印。これから行使する術名の詠唱。
それらにより顕現するは万死の厨房。
「【伏魔御廚子】」
「先輩!!」
「来るな!」
距離をとっていた伏黒は宿儺の領域に飲み込まれることはなかった。どうにか鵺で接近しようとするが、それは止められる。実際、宿儺が領域を展開しきるより早く、城崎を回収して領域外に逃げられるほど鵺は速くない。
ならば、領域が展開された直後に外殻を破壊するしかない。領域は閉じ込めることに特化した結界。故に、外側からの攻撃に弱い。これはそれなりの呪術師歴を持つ者にとっては常識だ。高専では、領域を使える呪霊と遭遇した際の対応策の1つとして教えてもいる。いくら両面宿儺の領域といえど、外側から玉犬や大蛇で攻め立てれば破壊は可能だという目算はあった。しかし、事態は伏黒の予想を遥かに超える。
(外殻が……ない!? しまった!)
宿儺は結界を閉じずに領域を展開できる。これでは、外側からの破壊というローリスクかつ確実な方法がとれない。狼狽える伏黒の目の前で、必中効果により城崎に超高密度の斬撃が降り注ぐ。本来であれば原形を留めることすら不可能なほどの斬撃の中、城崎が吼える。
「ドラララララララララァッ!!!」
目にも留まらぬ
「ドラァ!」
「―――!?」
宿儺は掌で拳を受け止めようとしたが、ガードしきれず殴り飛ばされる。城崎はさらに距離を詰め、ラッシュで宿儺を追い込んでいく。
基本的に、領域内での戦闘は領域の主にとって有利な要素が多い。環境要因による基礎ステータスの向上、相手に絶えず襲い掛かる必中効果。それらの要素を除いても、宿儺の格闘技術はずば抜けている。加えて、宿儺自身の呪力量と出力が莫大なために純粋な殴り合いですら最強と言っていい。
その宿儺を、城崎が押している。これは見ていた伏黒にとっても、宿儺自身にとっても驚愕の事態だった。
(いくら指3本とはいえ、この俺が肉弾戦で押されるとはな。先ほどまでは全力ではなかったか)「ククッ」
領域の範囲を半径100m、地上のみに絞ることで、斬撃の密度を上げる。それに応じて城崎のラッシュも烈しさを増していくが、ついに斬撃が届く。
「クハハハハ!!」
城崎丈のピンチ。伏黒恵は、これを指をくわえて見ていられるような性格ではない。
「脱兎!」
大量の式神を召喚し、目くらましと時間稼ぎに使う。閉じない領域だからこそ、外から内側に干渉できるという弱点を利用したのだ。とはいえ、脱兎では領域に入ったそばから破壊されていく。
(それでいい、宿儺の意識を少しでも散らせれば―――!)
「影を媒体にした式神か。多彩だが、これでは宝の持ち腐れだな」
「?」
脱兎では目くらましにもならなかったが、宿儺の意識を向けさせることには成功した。その隙を見逃す城崎ではない。
「余所見してんじゃあねえ! ドララァ!!」
伏黒に意識を向けた程度で、宿儺が致命的な隙を晒すはずもない。余裕をもって城崎の打撃をガード―――したはずだった。
拳が宿儺の腕に当たった瞬間、黒い火花が奔り、空間が歪んだ。ガードに使った右腕が弾け、宿儺の身体は十メートル以上吹き飛ばされた。
王の領域が崩壊する。
(ここで黒閃を決めてくるか!)「やるな!」
「そりゃどーも!」
黒閃直後、術師はゾーン状態に入る。洗練された呪力操作は更に滑らかに、出力も上昇する。更には領域が崩壊した宿儺は術式が一時的に使用困難に陥っている。
宿儺は考える。
奥の手はあるが、領域で仕留めきれなかった以上、現在の自分ではこの呪術師には勝てないだろう。癪に障るが、まあいい。力を取り戻したときのメインディッシュが五条悟だとすれば、此奴は前菜といったところ。いずれ殺すことには変わりない。
(思わぬ収穫も得られたしな)
「?」
伏黒恵に僅かに視線を向ける。本人は何故見られているのか理解できていないようだが、警戒を解かずに構えたままだ。
気絶していた虎杖悠仁がそろそろ目覚める気配がする。そうなれば、意図していた嫌がらせも果たすことなく、再び封じ込められる。それは業腹だった。
だから、最後に最大の嫌がらせをすることにした。
「ケヒッ」
自身の胸部に手を突っ込み、まるでなんてことないように心臓を抉り出す。実際、宿儺にとっては生命を脅かすほどの負傷ではない。場合によっては、虎杖悠仁相手に有利な縛りを結ぶための材料にもなりうる。
さらに駄目押しとして、抉り出した心臓を握り潰す。
「オメー本当に性格悪いのな」
「それが呪いだろう?」
「違いねえ」
もうまもなく、肉体の制御権は虎杖悠仁に移る。右腕を敢えて治さず、心臓も潰した。できうる限りの嫌がらせをしたつもりだったのだが、城崎には狼狽える様子はない。それを怪訝には思いながら、宿儺は自身の生得領域に引き戻された。
「虎杖!」
「伏黒……すまん」
「謝るな。俺はお前を助けたことを後悔なんてしていない」
「…そっか。お前も釘崎も、五条先生…は心配いらねぇか。長生きしろよ」
心臓と右腕を失い、それに伴う失血。僅かでも言葉を交わせただけでも奇跡といっていいが、それでも限界を迎え、虎杖は地面に倒れ伏す。
「おい、終わったような雰囲気を出すんじゃあねえ。縁起でもない」
「……アレ? 生きてる」
城崎の術式はクレDの能力とは微妙に違いますが、その辺の具体的な設定は追々。
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