第4話 因果干渉
廉直女学院。都内某所にある由緒正しきミッションスクールだ。
校門脇には守衛の詰所があり、学生や教職員といった関係者や、理事会が発行する許可証を携帯したもの以外は敷居を跨ぐことは許されていない。
厳重な警備だが、呪術師にとって侵入はそう難しいことではない。城崎丈少年(6歳)にとっても、警備の目を掻い潜ることは容易かった。
別に、変態行為を働こうなどとは考えていない。精神年齢は19歳プラスアルファであるため、女子校に潜り込むことに罪悪感を覚えなかったわけではないが。
(確か天内理子は現在中学1年生……だったはずだ。こっからじゃあ教室は見えないが、音楽の時間には礼拝堂へ向かう……来た!)
廉直女学院中等部では、音楽の授業は音楽室か礼拝堂で行われる。事前の下調べにより、これから天内理子の所属クラスは礼拝堂で音楽の授業を受けることは分かっていた。狙い通り、天内理子が現れる。
特徴的なヘアバンドとおさげ髪からして、彼女が天内理子で間違いないだろう。クラスメイトと談笑しながら、礼拝堂へと向かっている。その姿は、何の憂いもなく中学生活を楽しんでいるように見える。
だが、城崎は知っている。天内理子は自分がいずれ天元と同化する運命であると知っていることを、知っている。
天元と星漿体の同化周期は決まっており、あとわずか4ヶ月ほどだ。当の本人もそれは分かっているはずだが、見ている限りはとてもそうは思えない。分かっていてなお、今を精いっぱい楽しもうとしているのだ。その笑顔の裏には、どれほどの悲痛な覚悟が隠されているのだろうか。
今日ここを訪れたのは、この先どうすべきか決めるためだ。
もうすぐ、『呪術廻戦』における最大の分岐点ともいえる懐玉・玉折編が始まる。何の罪もない女子中学生とその付き人が殺されることに端を発し、多くの悲劇の導火線に火がつけられることになる。
よりよい未来のためには、悲劇を防ぐべきだろうか。しかし、余計な介入をすることで却って悪い未来が訪れる可能性も考えられる。そもそも、多少呪術の才能があるというだけの子どもが1人で、何か変えられるだろうか。
そうした悩みを抱えて今日まで生きてきた。だから、天内理子を実際に見てから決めることにした。
幼い頃から、同化の運命を知って生きてきた少女。
それをおくびにも出さず、屈託なく笑う少女。
……もっと生きたかったと願いながらも、金のために殺される結末が待っている少女。
そんな結末、到底受け容れられない。
今までここが漫画の中だと、どこか遠い世界のことのように考えていた。実際に呪霊と対峙しても、原作の出来事は自分の与り知らぬことであると、目を逸らしていた。
しかし、今まさに生きている天内理子を見て、城崎丈の決意は固まった。この世界が残酷な運命を決めていたとしても。凶悪な敵が命を弄び、壊そうとも。この拳で敵を打ち倒し、壊されても直してみせる。それが茨の道を征くことになろうと、この決意だけは曲げない。
「それに、東方仗助ならそうするよな」
と、茂みの中でぼそりと呟いた瞬間。
「こら、そこで何してる?」
「げぇっ」
用務員らしき初老の男性に見つかり、城崎は脱兎のごとく逃げ出した。
「待ちなさい! …って、子ども!? 脚速いな!!」
呪力強化を全開にして一目散に校門を目指す。非術師が相手なら、大人と子どもの体格差や身体能力差といった要素など簡単に覆しうる。あっという間に廉直女学院の敷地外へと逃亡を成功させた。
それはそれとして、6歳にして女子中学校不法侵入者となってしまうとは。そもそも見つかる前から不法侵入者ではあるのだが。
「やれやれだぜ」
溜息とともに思わず漏れたのは、そんなフレーズだった。
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呪術高専東京校の教師にして1級術師・夜蛾正道には悩みの種が2つあった。
1つは、自分が担任を受け持つ問題児たち。五条悟、夏油傑、家入硝子の3人の学生だ。
数百年ぶりに生まれた六眼と無下限呪術の抱き合わせにして既に呪術界最強の呼び声高い、五条悟。
呪霊操術により1人で一級や準一級を含めた呪霊の大軍を使役できる、夏油傑。
貴重な反転術式の使用者においても特に限られた他者の治療を可能とする、家入硝子。
3人とも呪術高専開校以来の天才として、1年生ながらその名を轟かせている。……轟かせているのが“悪名”でもあるから悩みの種なのだが。
さらにタチの悪いことに、この3人は夜蛾の言うことは多少素直に聞き入れる。それゆえに、上層部からは3人を御せるのはお前だけだと来年度の担任も任され―――もとい押し付けられることが確定している。
とまあ、これが悩みの種その1だ。その2は何かというと―――
「正体不明の呪術師ぃ?」
五条悟はその端正な顔を歪めながら、くだらないとでも言うように天井を見上げた。
「机に脚を乗せるな、悟」
「はいはーい」
夜蛾に注意されても肩をすくめてどこ吹く風。見かねた夏油が話を戻した。
「最近、都内で呪霊を祓い続けているという例のやつですよね」
「そうだ。残穢からして全て同一の人物によって祓われているとみて間違いない」
「呪霊を祓うだけなら別にほっといてもいーでしょ。害がないどころか世のため人のためになってるんだし」
「そういうわけにもいかん。今は呪霊に向いている矛先が、今後人間に向かないとも限らんからな」
そう、ここ半年ほど都内で呪霊を祓っている正体不明の呪術師の存在。それが夜蛾の悩みの種その2であった。
厳密には、その呪術師を調査せよという上からの圧が悩みの種といったほうが正確だ。
「行いが善だからといって、許認可なしに呪術を行使すれば規定上は呪詛師だからな。総監部は現在、件の術師を呪詛師認定するかどうか測りかねている。そこでお前たちには、その呪術師…Xとしようか。Xの正体の特定任務を言い渡す」
「!」
夏油は分かりやすく、呪詛師認定というワードに反応した。
呪術は非術師を守るためにあると信じている夏油は、呪霊を祓っている例の術師にはどこか親近感を抱いていた。
それを呪術規定に反しているからといって、それだけで呪詛師扱いしようとする総監部のやり方は気にくわないが、それを言ったところで何かが変わるわけでもないので今は内心に押し留める。
「その調査、私も行かなきゃダメなんですかー? コイツらだけで十分でしょ」
指令に異を唱えたのは家入。彼女の指さす先にいる「コイツら」とは無論、五条と夏油である。彼女の言うことももっともで、ただでさえ危険度の低い調査任務にわざわざ3人も駆り出す必要性があるのか、という話だ。五条も夏油も同様の疑問を抱いている。
「……これは上で止められている情報だが、Xが助けた非術師の証言によれば『怪我を治してもらった』そうだ」
「!!」
「反転術式…それもそのアウトプットですか」
「へえ、面白そうじゃん」
呪術師として相当な才能を持つ五条と夏油だが、反転術式の習得には至っていない。これまでも練習はしてきたのだが、成功したことは1度もない高等技術だ。特級術師の九十九由基は使えるという話だが、面識がないので真相は知らない。
さらにはそのアウトプットとなれば、家入硝子にしかできない超高等技術。総監部が呪詛師認定をチラつかせているのは、稀有な才能を確保するためでもあるというわけだ。
夏油がクラスメイトたちの様子を窺うと、ついさっきまでやる気が全く無かった五条も家入も興味深そうに夜蛾の話を聞いている。夏油としても、任務だからという義務感以上に他者を治療できる術師X個人への興味が湧いてきた。
「任務の概要は以上だ。詳細は同行する補助監督から聞くように。
……では、心して臨め!!」
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「つってもさぁ、俺と硝子はいなくてもいいんじゃね?」
「まだ言ってるのか、悟」
3人並んでXの残穢を辿る道中、文句を垂れ始めたのはやはりというか、五条だった。
「確かに俺もXとやらに個人的興味はあるけどよ、広範囲を捜索するんならそれこそ傑の呪霊操術で一発だろ」
現在は夏油の手持ち呪霊にXの残穢を覚えさせ、街じゅうを探索している。3人で手分けして探すなどというオーソドックスな手段を用いずとも、こちらのほうが遥かに高効率だった。
「やることなくて暇なんでしょ、てか私もそうだしね~」
家入の言うとおり、五条はこの任務に飽き始めている。持参したニンテンドーDSを開いてゲームをしているという有り様だ。家入は家入で、本日2箱目となる煙草を開封して吸い始めている。術式の制御に一定の集中力を割いている夏油だけが真面目に働いているという構図である。
「……まあ確かに、君たちには荷が重いかな」
「あ?」
一番向いているからとはいえ、自分1人だけが働いて2人は暇つぶしというのは夏油にとっても少々面白くない。そんなイラつきとも言えないような些細な感情から発した煽りは、見事に五条に突き刺さったようだった。
「いいんだよ。夜蛾先生には『2人は呪術師Xにビビッて役に立たなそうなので帰しました』と報告しておくから」
「ビビってねえよ。てか1時間も調査して見つけらんないのは傑の実力不足でもあるんじゃねーの?」
一触即発。
五条と夏油は互いに無二の親友といえるほどの仲だが、時々こうして喧嘩に発展することがある。そうした場合には、下手にその場に留まると巻き込まれる恐れがあるため、家入はさっさと退散するのが常であった。
2人が今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな瞬間、夏油の呪霊が祓われた。
「! 1体祓われた」
「!! どこだ?」
「ここから南西に5km弱。そんなに離れていない。走ろう」
呪霊操術の弱みは、使役する呪霊との感覚共有ができないという点にある。祓われたことは察知できても、何者がどんな手段で祓ったのかまでは分からない。だとしても、これがXの仕業である可能性は大いにある。
一触即発の空気はどこへやら。喧嘩が多い2人だが、同じ方向を向いたときの嚙み合い方は熟練の名コンビさながら。最低限必要な情報を共有し、目的地へ向かって走り出す。
「硝子は!?」
「いつも通りどっか行った! まあ大丈夫だろ!」
体格も良く身体能力に優れる2人が呪力強化をして走れば、5km程度は離れているうちに入らない。2分足らずで呪霊が祓われた地点に着いた。そこに残された残穢は間違いなくXのものと一致しているが―――、
「人が多くて残穢の持ち主がわからないな」
そこは駅前の広場。それほど大きな駅ではないが、今は18時頃とちょうど退勤ラッシュの時間帯だ。おまけに、通りを挟んで向かいには商店街が延びており、買い物客で賑わっている。正確な数は分からないが、ざっと200人以上の通行人がいるだろう。
そのほとんどが非術師だから大した呪力を持っていないとはいえ、集中していても残穢を辿るには骨が折れる。
「悟、見えるかい?」
「ちょい待ち」
五条がサングラスを外し、残穢の持ち主を探る。呪霊が祓われてからまだ3分も経っていない。そう遠くには行っていないはずだ。
六眼。
五条家に遺伝する特異体質で、呪力や術式といった呪術にまつわる情報を見抜くことができる。その性能は尋常ではなく、原子レベルの緻密な呪力操作を可能とするほどだ。見えすぎるために、普段の五条は濃いサングラスで視界をセーブしている。
その六眼をフルに発揮して、残穢の持ち主を特定する。これだけの雑踏に紛れていても、六眼からは逃れられない。
「見つけた! けど……、マジか?」
ほどなくして五条はXを見つけたようだ。しかしその声には困惑が多分に含まれている。
「どうした? Xじゃなかったのか?」
「いや、間違いなくXだ。六眼が見間違えるはずはない。……けど」
「けど?」
五条がこれほど狼狽して言い淀むのは、夏油の記憶にはない。まだ1年にも満たない付き合いだが、彼の性格はよく知っている。相当な異常事態が起こっているかもしれないと気を引き締めた夏油だが、五条の続くセリフは予想の斜め上をいくものだった。
「ガキンチョだ。……呪術師Xの正体は、子どもだ」
「……なんだって?」
城崎丈(6)
昨年(2005年)の有馬記念で4番人気
夏油傑(15)
同級生2人は既に16歳なのに自分だけまだ15歳なのをちょっとだけ気にしている。
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