呪術師Xの正体は子ども。
夏油は親友である五条のことを信頼している。彼の持つ六眼も、呪術に関しては疑う余地のない高性能センサーのようなものであると理解している。
そのうえで、告げられた事実は俄かには信じ難いものだった。
「その辺の子どもに残穢をつけて、
「ないな。その子どもが今も発し続けている呪力はXのものと完全に一致してる」
冷静に考えてみればおかしな話だ。反転術式を扱えるほど呪力操作に長けた術師が、現場に残穢を残すだろうか。今現在も、追跡できてしまうほどに分かりやすく呪力を発するだろうか。
「妙な点はいくつかあるが、Xの正体が子どもだとすれば辻褄は合うか」
「だな。追うぞ」
2人はほぼ同時に同じ結論を導き出した。
呪術師Xの正体は、才能はあるが呪術界の知識はない一般人の子どもだ。これは最早確定事項とみなしていいだろう。
人混みを縫うようにしてXを追う。この雑踏の中では姿を視認することはできないし呪力での探知も容易ではないが、こちらには五条がいる。一度捕捉すれば見失うことはない。Xとの距離はせいぜい300mほど。すぐに追いつけるはずだ。
雑踏を抜けると、そこは住宅街であった。帰宅途中のサラリーマンや学生もまばらにいるが、人の絶対数は少ない。Xの位置は先ほどまでよりも把握しやすい。六眼を持たない夏油にも、手に取るようにわかる。
「私は路地を回って前から。悟はこのまま」
「オーケー」
手短に方針を共有し、夏油は路地裏を通って3軒先の住宅の前に回り込む。
Xは挟み込まれたことに気づいたらしく、足を止めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
伏黒甚爾に星漿体暗殺依頼を請けさせないために、2人の最強をさらなる最強に押し上げる。そう決めてからの城崎は、以前にもまして活動的になった。
これまでは家や幼稚園の近辺で目についた呪霊を祓うだけだったが、自分から呪霊を探しに出るようになった。さらには高専関係者に捕捉されるよう、残穢を敢えて消さないという小細工を弄する。
呪術高専東京校の位置は知っているため、電車やバスを乗り継いで自ら出向くこともできなくはない。しかし、呪術高専は表向き宗教系の私立学校を装っている。未就学児が1人で訪れるのは不自然極まりない。
そこで、高専関係者に自分自身を見つけさせるという方針をとった。
残穢を残したまま活動すれば、正体不明の呪術師として高専の調査対象になるだろう。正体を特定するために調査に訪れた術師に接触して、高専に連れて行ってもらうというのが望ましい。
このときに注意すべき点として、呪詛師扱いされる可能性を下げる必要があること。呪霊討伐と並行して呪霊の被害に遭った怪我人を治療することで、悪意を持った人物ではないと暗にアピールした。
唯一の誤算は、呪霊を見つけたら即座に祓って即座に退散することを徹底していたため、非術師が城崎を子どもだと認識できなかったことだろう。これが分かっていれば、もっと早く高専は呪術師Xの正体を特定できていたはずだ。
兎にも角にも、城崎の目論見は成功した。高専所属の術師が調査に訪れ、残穢を辿って見事、城崎のもとへ到達したのである。
その高専所属の術師が、最強コンビに他ならないということは城崎も全く予想していなかったことではあるが。
(うっわ五条悟と夏油傑じゃん! てか実際に対面するとデカいな…)「えーっと、俺に何か用ですか?」
前方には、長髪を結って一房だけ垂らした前髪が特徴的な夏油傑。後方には、浮世離れした白髪と濃いサングラスが目を引く五条悟。まだ15、6歳だというのに、既に180cmを超えていそうな長身に見下ろされると威圧感が凄まじい。
「用も何も、ここ最近呪霊を祓って回ってたのはお前だな? ガキンチョ」
五条の質問は遠慮というものが一切なく、とても6歳児にかける言葉遣いとは思えないものだった。否、これは質問ではなく単なる
「傑、ビンゴだ。コイツがXで間違いない。呪力も残穢と一致してるし、何より…」
五条は一度言葉を切った。
「反転術式のタネがわかった。生得術式にデフォルトで反転術式がついてるタイプだ。そのうえで、天与呪縛によって反転術式で
「「!!」」
その発言には、夏油だけでなく城崎も驚いた。夏油のは目の前の少年が非常に稀有な才能を持っていることへの純粋な驚きだが、城崎は少し違う。
六眼は呪力や術式といった呪術にまつわる情報を観測できるという破格の性能を持つとは知っていたが、まさか天与呪縛まで見抜けるとは思わなかったからだ。六眼であればそれすらも簡単に暴いてしまえるのか、得た情報をもとに五条悟が推察したのかまでは分からないが。いずれにせよ、六眼もそれを持つ五条も呪術に愛されていると思わずにはいられないほどだった。
「私は夏油傑。君の後ろにいる白髪のお兄さんは五条悟というんだ。君の名前を教えてもらってもいいかな」
夏油はしゃがみこんで城崎と目線を合わせ、努めてにこやかに話しかける。
「城崎、…城崎、丈です」
絞り出した声は震えていた。五条と夏油はそれを、いきなり大柄な黒ずくめの男2人に囲まれたことによる怯えだと解釈した。弱者生存を掲げる夏油は言わずもがな、性根がクソガキな五条ですら、夜道で子どもを追いかけ回したことへの罪悪感が湧き上がってきた。
実際には、勝手に覗き見した天内理子を除けば初めて出会う原作キャラがほかでもない最強コンビであることへの感動や、改めてこの世界が『呪術廻戦』だと認識して今後の過酷な運命に対する緊張と決意やらが綯い交ぜになった感情を押し隠しているだけなのだが。
なにはともあれ。
ここに、のちに呪術界を牽引する2人の最強と、その術式を以って呪術界に革命を起こす少年との邂逅が果たされたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
庵歌姫。呪術高専東京校4年生の彼女は、1級昇格を目指して日々任務に邁進していた。とはいっても、ここ2年ほどは呪力も身体能力も成長に翳りが見えてきている。
多くの呪術師が2級や準1級で頭打ちになるが、彼女も例にもれずといったところだ。もともと生得術式が戦闘向きでないこともあり、1級昇格が無理だと納得することは簡単だった。
だからといって任務で手を抜くようなことはしない。与えられた任務は実直にこなすし、報告書の作成といった事務仕事だって可能な限り手伝う。自分にできることをできる範囲でやることが、彼女の呪術師としての矜持だった。
この日も、歌姫は任務に出ていた。北関東のとある山村に出現した三級呪霊の討伐任務。2級呪術師である彼女はこれまでも似たような任務をこなしてきた。今回もさほど難易度は高くない―――はずだった。
現れたのは、蜘蛛に似た体躯に狼に似た頭部を備えた呪霊。報告にあったものと寸分たがわぬ姿だ。この任務における討伐対象を前に今一度気を引き締め、いつものように呪霊を祓うつもりだった。
(蜘蛛に似てるってことは糸とか出してくる可能性があるわね。捕まったらマズそうだし、飛び道具には警戒をしなきゃ)
呪霊は人が抱く恐怖の感情に呪力が積み重なって生まれる。おそらくは蜘蛛の呪霊だろう。尻から粘着性の糸を射出してくると推測し、射線に注意しながら戦うプランを組み立てていく。
生意気な後輩達には弱い弱いと言われるが、これでも代々続く術師家系の生まれなのだ。直接戦闘に秀でていなくとも、三級呪霊の祓除くらいこなしてみせなくて何が2級術師か。
蜘蛛型呪霊は8本の脚で這いまわり、歌姫への距離を詰めようとする。当然だが、相手の得意な戦い方に付き合う理由はない。歌姫は俊敏な動きで一定の距離を保ちながら、巫女装束の袂から取り出した呪符をばら撒いていく。
呪符というからには呪いが籠っている。呪霊が触れると反応して爆発するというシンプルな機構だ。使い捨ての呪具だしそれなりに出費も嵩むが、歌姫は重宝している。
「グオオオオ!!」
狙い通り、蜘蛛型呪霊は仕掛けた呪符の一つを踏んで爆破される。狼に似た口からは、苦痛の呻き声が上がった。一撃で祓うには至らなかったが、8本ある脚のうち3本を吹き飛ばした。さらには胴体を傷つけることにも成功した。あと2発ほど食らわせれば祓えるだろう。
(よし、この調子で―――)
歌姫が勝利を確信したその時。
呪霊は首をもたげ、天を仰いだ。
「アオオォォーーーーン」
遠吠え。
狼は“パック”と呼ばれる血縁のある群れで生活する。遠吠えにはパックどうしが縄張りを主張しあう目的でなされるものもあるが、もう一つの目的は―――。
歌姫の周囲にある茂みが、一斉にガサガサと音を立てた。そこから現れ出たのは、この呪霊によく似た姿をした呪霊の群れ。正確な数は分からないが、それが逆にその多さを物語っている。
(仲間を呼んだ!? この数…一体一体は弱くてもこれじゃ……!)
囲まれた状況に狼狽える間もなく、歌姫を襲う糸の数々。速さはないが、四方八方から放たれれば対処に手間取る。タイミングが微妙にずれているのがいやらしい。
ついには避け切れず、足に被弾する。ダメージらしいダメージはないが、動きが阻害される。動きが鈍ったところを、さらに糸弾が立て続けに着弾する。
(動けない―――)
歌姫の意識はそこで途切れた。
「歌姫先輩!!」
失った意識を再度取り戻した歌姫の視界にまず飛び込んできたのは、大切な後輩である家入硝子の顔だった。普段の飄々とした様子はどこへやら、その表情は焦燥感に歪み、冷や汗を浮かべている。
「しょ…う、こ」
「今治療してますから、気をしっかり!」
自分自身がどうなっているのかはっきりと把握できているわけではないが、大量に血を失ったことはなんとなくわかる。動けなくなったところを、呪霊の攻撃を食らったのだろう。その際に胸部か腹部かあるいは大腿部か……、とにかく致命的な部位に攻撃を受けたようだ。
朦朧とする意識の中、歌姫はなぜか冷静にそう分析していた。
痛みはない。麻酔か、反転術式の効果によるものだろう。死にかけて痛覚が麻痺しているだけかもしれない。
ここは高専の医務室。呪霊の攻撃で死にかけていた歌姫は、偶然任務の帰りに通りがかった術師によって救出され、高専へと運ばれた。帳を降ろす前から呪霊が姿を現したことが幸いして早めに発見されたが、命に関わる重傷である。
呪術師Xの正体を特定する任務、その途中で五条と夏油が喧嘩を始めようとしたために家入はその場を離脱した。適当に喫煙所で時間でも潰すかと思っていた矢先に、夜蛾からの知らせを受けて高専に戻ったのであった。
彼女は現在、歌姫の治療を試みている。自身にできる最大出力での反転術式を両手から放出し、抉られた右わき腹をなんとか治そうとしているが、成果は芳しくない。
(呪霊の残穢がこびりついて治療の邪魔になってる…!)
傷は、ただ物理的に食い千切られたものではない。蜘蛛型呪霊の牙には毒があり、傷口から血管内に侵入して呼吸器不全を引き起こしていた。
反転術式での治療は見た目以上に繊細だ。特に毒物の特定除去は非常に難しく、治療のためにはまず解毒を要する。今回における毒物は呪霊の呪力だから、術師にとって特定することは決して不可能ではない。しかし、負傷から時間が経っていることもあってか、血流にのって呪霊の呪力が全身に回ってしまっている。
わき腹を抉られているため出血量も多い。このままでは1時間ともたず死に至るだろう。
(どうする? 考えろ、考えろ考えろ考えろ!!)
家入の思考が加速する。
繊細な呪力操作を可能とする五条悟なら、歌姫の体内に混じった呪霊の残穢だけをピンポイントで洗い流せるかもしれない。だがそれをすれば、五条の呪力で歌姫の体内を傷つけることになる。
つまり、残穢の洗浄と反転術式による治療は同時でなければならない。
反転術式が使え、そのアウトプットも習得しているのは家入ただ一人。だが家入の反転術式では、患者の体内に入り込んだ残穢を押し流すほどの呪力出力は発揮できない。
(考えろ、出力を上げる手っ取り早い方法―――)
出力を上げる手っ取り早い方法。
それは、呪術師であれば誰もが知っている。
死を引き換えとした“縛り”だ。
家入がその結論に達した瞬間、歌姫が家入の手首を掴む。
「硝子……、わたしはだいじょうぶ、だから……ダメよ…」
その声は弱々しく、息も絶え絶えだ。しかし、有無を言わせぬ圧があった。
自分のために後輩を死なせてなるものかという、先輩としての譲れない一線があった。
「……そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
わかっている。これで命が助かっても、後輩を犠牲に生き延びた歌姫は自分自身を責めるだろう。それでも、選択肢を前にして何もしないでいるなど―――
「硝子~。歌姫まだ生きてる?」
家入が“選ぼうとした”、そのとき。
医務室のドアが開け放たれ、場違いなほど明るい声が割って入った。
「五条…! 今それどころじゃ」
「よしよし、まだ生きてるな」
家入の抗議を無視して、五条は歌姫の様子を確認する。
(コイツ何考えて―――)
前々から性根がクソガキでクズなのはわかってはいたが、空気も読めないのか。今にも死にそうな歌姫を前にして、この調子。五条はなんだかんだ言っても歌姫のことは気に入っているはずだった。生きるか死ぬかの瀬戸際でくらい神妙にできないものか。
「よし、丈! 出番だぞ!!」
家入が文句の一つでも言ってやろうとしたそのとき。五条は医務室の外にいる“誰か”を呼んだ。
「
様々な可能性が脳裏に浮かんでは消えるなか、家入が目にしたのは正気を疑う光景だった。
「は? 子ども?」
医務室に入ってきたのは小学校低学年くらいの少年。服装からして、御三家など呪術師の者にも見えない。
悪ふざけではないと信じたいが、どう見ても一般人の男児を呼ぶ意図がわからない。
「イケる?」
「イケます」
さらに家入は目を疑う光景を見ることになる。
少年が歌姫の傷に掌をかざした、その瞬間。深々と抉られた傷は何事もなかったかのように治癒していた。
「!!」
すぐさま歌姫の呼吸を確認する。安定している。
先ほどまでは呪霊の残穢が原因で呼吸もままならなかったというのに。残穢が綺麗さっぱり除去されていなければこうはならない。
間違いなく、治療は完遂されていた。
「めでたしめでたし、ってやつ?」
医務室には五条の明るい声だけが響いていた。
週2投稿でいこうかと思ったけど、就活が長引きそうなのでしばらくは週1を目指してやっていきます。気長にお待ちいただければ幸いです。
1話当たりの文字数はどのくらいが良いですか?
-
もっと多い(10000字前後)ほうがいい
-
今のまま(5000字前後)でいい
-
もっと少ない(2500字前後)ほうがいい