東方仗助の能力を持って呪いの世界を生きる   作:大腿四頭筋

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第8話 天与②

「どういう意味だ」

 

 暗殺依頼を請けなければ死ぬことはない。それはまるで、甚爾が暗殺に失敗して逆に殺されると言っているようなものだ。

 

 甚爾は自尊心を捨てた。自分も他者も尊ぶことのない生き方を選んできたはずだった。

 だがしかし、会ったばかりの少年に侮られているかのような発言をされては、さすがの甚爾も聞き逃せない。

 

 夕方のファミリーレストランに似つかわしくない殺気が発せられる。城崎は蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解したが、ここで引くわけにはいかない。だが迂闊な発言はこの暴君を怒らせる。慎重に言葉を選んで発する。

 

「あなたが本気で暗殺に徹すれば、まず間違いなく成功するでしょう。でもそれは、現時点の五条悟と夏油傑を相手取った場合の話です」

「続けろ」

 

 甚爾は低い声を洩らした。言いたいことは山ほどあったが、それは飲み込む。まずは城崎の真意を測ることを優先する程度には冷静だった。

 

「あの2人は現時点でも1級術師の中で最高峰の実力がある。でも、あなたのようなイレギュラーには後れを取る可能性があります。俺があなたの存在を2人に知らせれば、それだけで暗殺の成功率は下がるでしょう。警戒している2人を―――特に六眼を掻い潜ることはあなたでも至難の業のはずだ」

「警戒されている前提なら、それはそれでやりようはあるぜ」

「警戒されていれば、確実に勝てないという話です」

「……」

 

 会話の主導権を城崎に握られていることには気づいていた。そのうえで甚爾は聞くことを優先した。いざとなれば城崎を消すことなど甚爾にとっては朝飯前だが、そうなると後が面倒だ。

 城崎の話しぶりからして五条と夏油とは面識があるようだ。このファミリーレストランの防犯カメラには城崎と連れ立って入店する甚爾の姿が映っている。その後に城崎が姿を消せば、真っ先に甚爾が疑われる。警察組織に追われるのも厄介だが、呪術師に顔が割れるのも避けたかった。

 

「彼らが反転術式や領域を会得すれば? 俺たちじゃあ思いもつかないような拡張術式を開発するかもしれませんよね? その先にどれほどの成長を遂げるかは予想もつかない。そうは思いませんか?」

「……できたらの話だろ」

「俺はできると信じてますよ」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 2006年5月。

 城崎が9年後に高専入学すると決まってからおよそ3か月の間、彼はほぼ毎週末、高専を訪れていた。総監部との縛りに反しないようにという理由だけではない。城崎自身にも目的があった。

 

その目的とは―――

 

 

 

「待て待て待て!! もう6回だぞ!!」

 

 五条が両手を前に突き出し、後退りする。その隣には地面に突っ伏して沈黙する夏油もいる。彼らをここまで追い詰めるほどの存在、それは他でもない城崎丈であった。

 

「はい? 10回でも20回でも余裕って言ってたのは誰でしたっけ?」

「俺だけど! …いや傑も言ってたろ! おい起きろ傑!!」

「……」

「寝たフリしてんじゃねえ!!」

 

 狸寝入りを決め込む夏油を揺さぶる五条に、城崎がゆっくりと迫る。

 

「次、いきますよ」

「まっ―――」

 

 五条の制止の声は最後まで紡がれることはなかった。なぜなら、城崎の拳が五条の腹を貫通したからだ。

 拳を引き抜く。五条の腹部にはテニスボールほどの直径の穴が開いており、そこから血が流れだす。膝をつく五条。口からも血が流れる。誰がどう見ても致命傷。呪術師であっても、これだけの負傷なら3分ともたないはずだ。

 

「……ク、ソ………」

 

 悪態を吐く間にも、五条の身体からは血が、そして命が流れ出していく。とうとう意識を保てなくなり、その眼から光が失われる。だがしかし。

 

「1分経過」

 

 そう呟くと同時に、城崎が五条に触れる。次の瞬間には、まるで最初から傷などなかったかのように穴が塞がる。しかし、周囲の地面を染める赤色が先ほどの光景が事実であることを物語っていた。

 肉体に何の問題もないとはいえ、五条も人の子。1日に7度も死にかけては、いくら呪術師として幼少から訓練を受けてきた彼でもその精神的疲労は測り知れない。夏油と並んでグラウンドに突っ伏す姿を見て、この2人が呪術界最強のコンビだと信じる者はいないだろう。それほどにくたびれた雰囲気を醸していた。

 

「さて、次は夏油さんの番です」

 

 危なげなく五条を治療した城崎は、夏油に向き直る。その表情も声も平坦で、人の肉体を傷つけることに一切の躊躇がない。高揚している様子でもない。ただやるべきことを淡々とこなすだけ、という意思が現れている。

 

「……わかったよ」

 

 寝たフリも限界だと思ったのか、観念したように息を吐き、夏油が立ち上がる。彼ももう6度死にかけてはそのたびに城崎に治されており、顔色は頗る悪い。

 

「じゃあ、1分経ったら治すんで。それまでは全力で反転術式を回してください」

「…やれやれ、簡単に言ってくれるね―――」

 

 返事を聞かず、城崎の拳が夏油の腹を貫いた。

 

 

 

 城崎が毎週高専を訪れる目的、それは、五条と夏油に反転術式を習得させること。

 反転術式を習得すれば、純粋に死亡率が下がる。それに加えて術式反転を使用できるようになり、戦術の幅は倍以上に拡がる。

 

 それだけではない。

 これは城崎自身の経験から得られた事実だが、反転術式を習得すると通常の呪力操作技術も向上するのだ。呪術に覚醒した瞬間から反転術式を使用できていた城崎は、反転術式から逆算する形で呪力操作を身に着けた。五条たちの腹部を拳で貫けるほどの攻撃力も、高い呪力操作技術によるものだ。

 

 五条悟と夏油傑という最強の2人を、更なる最強に押し上げる。

 

 伏黒甚爾は勝算のない勝負は挑まずに徹底して避ける男だ。星漿体暗殺の報酬がよかろうと、自身が死ぬリスクが高いと判断すればそもそも依頼を請けない可能性が高い。

 そう踏んで、城崎は2人に反転術式を習得させる補助を申し出た。

 

 2人に反転術式を習得させるといっても、生半可な方法では無理があると分かっていた。

 超感覚派の家入曰く、反転術式のコツは「ひゅーとやってひょい」。だが、他者の感覚を自分に落とし込むのは類稀なセンスを持つ2人でもそうそうできるものではない。これまでも反転術式を試そうと、自分で切傷をつけてみたりしたのだが、一度も成功した試しはない。

 

 そこで城崎が提案した方法は、死にかけるほどの傷を負わせるというもの。本編において五条悟は、伏黒甚爾に殺されかけたことで反転術式に開花した。乙骨憂太のように自分ではなく仲間が死にかけたことで反転術式に目覚めた例もあるが、あれは変幻自在の呪力を持つ里香がいたからこそだ。

 軽傷ではダメだ。死を実感するほどの重傷でなくては、反転術式を習得できない。だからこうして何度も、2人の腹をぶち抜いては1分経つたびに治しているというわけだ。

 

 これだけの反転術式を何度も行使してもなお、城崎の呪力が切れる兆候はない。

 生得術式にデフォルトで反転術式が組み込まれている城崎は、反転術式においてのみ両面宿儺をも凌ぐ。さらには「自分自身を治療できない」という天与呪縛によって底上げされた他者への治療効率は、失った部位を瞬時に治せるほど高いレベルにある。城崎は更に、「反転術式の出力は両手で触れた場合に限る」という縛りを自らに科した。これにより、城崎の治療能力は本家クレイジー・ダイヤモンドと遜色ないパフォーマンスを発揮する。

 

 こうした理由で、城崎丈は最小限の呪力消費で他者を瞬時に治療できるのだ。腹部の穴を塞ぐことすら、自己補完の範疇である。

 

 何はともあれ。

こうして五条と夏油に反転術式を習得させようと試みている。何度も死にかけては蘇生されるというのは相当な負荷だ。しかし、呪力の扱いは向上しているが反転術式の習得までには至っていない。

 

「うわ、スプラッターじゃん。丈もそろそろ休んだら?」

 

 夏油を瞬く間に治療した城崎の背後から、家入が声をかけた。

 グラウンドに撒き散らされた血に、普段から治療で見慣れているはずの彼女も顔を顰める。寧ろ、顔色一つ変えずにこの惨事を生み出した城崎が如何に狂っているかが分かるというものだ。

 血だまりに沈む同級生たちを拾い上げた枝で突っつく家入も、一般的な基準でいえば狂っているのだが。

 

「俺は平気です。でも2人は流石にもう限界かもしれませんし、訓練は終わりにしましょうか」

「みたいだね。というかここまでやって平気なの普通に引くんだけど」

 

 反転術式は呪力どうしを掛け合わせるという過程を踏む以上、消費呪力は最低でも通常の2倍だ。

 他者の致命傷を計14回も治しておきながら、城崎には疲弊した様子がない。それは家入の持つ常識の外側にあるものだった。

 

「こればっかりは術式と…天与呪縛の影響ですかね。通常の呪力よりも、反転術式の正のエネルギーのほうが扱いやすいんです」

「死ぬ寸前までいって反転術式を無理矢理覚えさせるなんてよく考えつくよね。毎回思うんだけどさ、人生2周目とかだったりしない?」

「なんですかそれ」(やべえ、鋭い……)

 

 家入の発言は的を射ていた。彼女も冗談のつもりで言ったので特に追及することはないが、城崎は冷や汗を拭った。

 

「コイツらも縛り結んでまでやるとか変なとこで真面目だよね」

「それだけ反転術式が大事だと思ってるんでしょうね」

 

 この訓練が始まる前、五条と夏油は「訓練が終わるまで城崎に対し防御や反撃をしない」という縛りを結んでいた。訓練は城崎の宣言によってのみ終了させられるため、2人は無抵抗で腹を貫かれ続ける以外の行動ができなかったわけである。

 

「そりゃ反転術式は使えるに越したことはないんだろうけど、そこまでする? 毎週死にかけるとか」

 

 うりゃうりゃ、と突っ伏す2人の頬を枝で突っつく家入。抵抗する気力もないのか、2人ともされるがままだ。

 

「……これは俺の勝手な推測なんですけど」

「?」

「もしかしたら家入さんに楽をさせたかったんじゃあないでしょうか」

 

 城崎の言葉は意外なものだったのか、家入が目を丸くする。

 

「治療の後は煙草の量が増えるって夜蛾先生が言ってました。2人も家入さんのことを心配してると思いますよ」

「この2人が? ないない。自分が強くなることを楽しむバカどもだよ?」

「…かもしれませんね」

 

 そればかりは城崎も反論できなかった。

 とはいえ、城崎の推測もまったくの的外れというわけではない。最近は城崎が手伝うこともあって負担は減ったが、彼が高専にいない平日は家入1人で反転術式による治療をしなくてはならない。まだ10代半ばにして、1日で煙草1箱を余裕で消費する姿を見れば心配くらいするというもの。

 勿論、純粋に強くなるためという動機もあるのだが。

 

 と、そのとき。

 家入の突っつき攻撃になされるがままだった五条が城崎の足首を掴んで立ち上がる。

 

「おわっ」

「よくもやってくれたな、丈!! こっからは俺たちのターンだ!!」

「そうだね。反撃開始といこうか!!」

 

 五条に呼応するように、夏油も立ち上がる。

 

(反撃つっても訓練中はできないはずじゃあ―――)

 

『でも2人は流石にもう限界かもしれませんし、訓練は終わりにしましょうか』

 

「あ」

「オマエが自分で言ったんだ! 油断したなあ!!」

 

 城崎の脳裏によぎるのは、先ほど自分自身で発した言葉。それは訓練を正規の手順で終了させた。こうして五条が城崎の足首を掴んで宙づりにしても、縛りを破ったことによるペナルティが発生しないのがその証拠だ。

 城崎のズボンのポケットから携帯電話が滑り落ちる。連絡用にと、夜蛾に渡されたものだ。

 

「さて、7回も殺されかけた恨みをどう晴らそうか」

「そうだな。ここはやっぱり」

 

 拘束から逃れようと暴れる城崎だが、足首を掴む手はびくともしない。痛みはない。おそらく無下限の応用だろう。

 

「「くすぐりの刑」」

「げ」

 

 身動きの取れない城崎に、魔の手が迫る。

 

「ぎゃはははははっ!! ちょっ、あははっ! 訓練、でしょっ!!」

「うるせえ! 待てっつったのに容赦なく腹パンしやがって!!」

「私達から訓練を終わらせられないのをいいことにね」

「同意っ、あははは!! してた、ははっ! じゃあないですか!! ぎゃはは!!」

「せんせー、五条君と夏油君が年下いじめてまーす」

「こらお前たち!! 何をやってる!!!」

「げぇっ、夜蛾セン!! いじめてねーよ!! 教育的指導!!」

「裏切ったね、硝子!!」

「そもそもオマエらの味方でもないけどねー」

 

 いつの間にか家入が呼んできた夜蛾に追いかけられる2人。五条は城崎を肩車して走り出した。夏油もそれに続く。傍観しようとした家入に向かって、五条と夏油が「裏切り者めー」と叫びながら突撃する。家入は泡を食って、煙草を放り出して逃げる。

 気づけば、夜蛾に追われる五条&夏油(&肩車された城崎)に追われる家入という構図が出来上がっていた。

 

「何をやっているんですか、あの人たちは」

 

 それを教室の窓から眺めるのは、先日呪術高専に入学したばかりの七海建人と灰原雄。反転術式の訓練など通常はお目にかかれるものではない。見て盗めることはないかと考えていたら、なぜか追いかけっこが始まっていた。

 呆れたように肩をすくめる七海に対し、灰原は朗らかな笑みを浮かべている。

 

「そうだね! でも、みんな楽しそうだよ!」

「…まあ、そうですね」

 

 

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