後輩に騙されて【攻撃禁止の呪い】に侵された俺は『召喚術式』と『強化術式』を組み合わせた新戦法を生み出して再起する。 作:いか
――ついに、俺はここまで来た。
70年前、地球に突如として現れ始めた『ダンジョン』とそこから得られた素材によって作成された『魔道具』の存在によって世界の様式は一片した。
だがダンジョン内には大量の『魔獣』が生息しており、地球では考えられないような魔境が広がっていた。
その危険地帯に赴き、宝物を回収する者たちを『探索者』という。
「それでは、これより人類の最高到達点である『始まりの塔』の第80階層へ挑む彼にインタビューをしていきましょう」
地球に最初に現れたダンジョンは、その形状から『始まりの塔』と呼ばれている。
人類は、現在81階層まで到達している。つまりこのダンジョンの80階層を突破するということは、人類の最高到達地点に並ぶということを意味していた。
「それでは『
カメラマンが俺にレンズを向け、インタビュアーがマイクを持って俺に近付いてくる。
「頼むから集中させてくれ」
ここは『始まりの塔』の80階。存在するのはゲートだけでダンジョン内とは違って魔獣の類は出現しない。だからこうして一般人が普通に出入りできる。
だが、今から人類最高到達点に挑む俺からすれば邪魔者でしかない。そもそも取材の許可なんて出してねぇし。
「そう言わず一言だけでも」
そう言ってマイクを差し出して来た女は、マイクに乗らない小声で俺に囁いてくる。
「好感度上げといて損はないと思いますけど? ダンジョン内の様子は中継されるわけですし」
ダンジョン内では配信するヤツが多い。元はダンジョンの調査用の記録だったが、配信としての需要が高く、今では配信による活動をメインの収入源としている探索者も多い。
自動で対象の映像を撮ってくれるそれ用の魔道具も開発されるほどだ。
俺は配信活動には興味はないが、ダンジョンという場所の記録が多くの人を知るべきだと思っているからいつもダンジョンに行くときは配信していた。
「消えろ」
睨みつ啓馬と、カメラマンとインタビュアーの身体がビクリと震えた。青ざめた彼らは互いに頷いてそそくさと階下に続く階段を降りていった。
「ったく、いつも人っ子一人来ねぇクセに」
始まりの塔は、階下のゲート内で条件をクリアすることで次の階層のゲートを通過することができるようになる構造だ。
80階層の通過権限を持ってるのなんて俺を含めて世界に5人もいない。一般人にとっちゃここは観光地くらいの意味しかない。それでも80階分も階段を昇ってくるヤツはかなり稀だ。
やっと一人になれたと思ったのも束の間、入れ替わるように足音が上がって来る。
「頼仁さん、お久しぶりです」
「おぉ、啓馬か」
笑顔で俺に挨拶した男に俺も笑みを返す。
「久しぶりつっても一カ月くらいだろ?」
「そうですね。79階層突破のお祝いの時も連絡しましたから」
啓馬自身も探索者としてそれなりの腕で、この始まりの塔も60階層くらいまでは攻略済みだ。俺に良いことがあるといつも連絡してくれるできた後輩でもある。
「なんだ、激励しに来てくれたのか?」
「当たり前じゃないですか。先輩が人類最高の探索者に肩を並べようとしているんですから」
そう言って啓馬は小瓶を1つ差し出してくれる。
「僕のギルドで造った新作の『魔力回復薬』です。先輩には万全に挑んで欲しいですから、入る前に飲んで魔力を最大にしておいてください」
「いいのか?」
「もちろん」
「そんじゃあありがたく使わせてもらうわ」
俺は啓馬から渡された小瓶の中身を飲み干す。それを見た啓馬は薄く笑っていた。
「ふぅ……それじゃあ行ってくるわ」
「はい。配信見てますね」
「おう」
予定していた時間になった。俺は『始まりの塔』の80階層に続くゲートに入った。
◆
全100階層からなるこの塔は、階層ごとにまったく違う景色を見せる。71~80階層までは火山地帯。
『お、始まった』
『マジで楽しみ』
『人類最高峰の配信』
『コメントに反応したことないヤツの配信5万人以上見てるってマジ?』
配信の面倒な点はこのコメント欄だ。配信用の魔道具にデフォルトで付いていて、魔力を通じて俺の視界に現れる。最小設定にしてるがそれでも邪魔だな。
『始まりの塔の80階層に行ってくれる探索者なんてめちゃくちゃ珍しいからな。そりゃ同接も増えて当然だ』
『それに今回はこの階層を〝突破〟する配信だろ? そりゃ見るしかねぇだろ』
81階層の侵入権限を得るにはこの階層のボスである、『黒龍』を討伐する必要がある。
「暑っちぃ」
この暑さも、この景色も、今まで何度も見た。この階層には何度も通って、地形を憶え、敵の種類を憶え、環境を調べた。黒龍とだってすでに何度か戦っている。
その上で確信している。俺は今日、この階層を突破できる。
「グギャァ!」
黒龍に向かって一直線に歩くが流石に、魔獣に1匹も出会わないなんてラッキーはないか。
『フレアボアだな。探索者協会付けのランクはB』
『まぁ、工藤にとっては雑魚だろ』
『昨日も配信で倒してたの見てたよ』
『早く本命の黒龍のとこ行ってくれー』
これまで何度も戦って来た相手。負ける気がしない。
「身体強化」
それは『探索者』が有する基本的な能力の一つ。自身の肉体に魔力を巡らせ膂力や速度、硬度を強化する。
70年前までの人類には不可能だった速度で、炎熊の眼前に飛び込んだ俺はその鼻っ柱に向けて拳を突きさ――
ピタッ。
「え?」
拳が止まった。いや、俺が止めたのか? なんだ……なんだこの違和感。
『ん?』
『なにやってんの?』
『肩慣らしの相手にでもする気か?』
『まぁ準備運動は大事だよね』
『でもなんか本人も驚いてなかった?』
なんだ、自分の身体が自分の意志と反するように動いたような……?
「グガァ!」
炎熊が俺に向かって炎を発する爪を振り下ろす。両手を構えてガードするが鋭利な爪と熱によるダメージで服の袖が裂けた。
『おいおい』
『工藤がフレアボアから攻撃食らってるのなんて久々に見たぞ』
身体強化のお陰で大したダメージはないが、ヤバッ、追撃が来る。
「調子乗ってんじゃねぇよ」
二足立ちになった熊のがら空きの腹に向けて拳を突き出す。
しかし……
『マジでなにやってんの?』
『あのさぁ、よくわかんない演技いいって』
俺の拳はその毛皮の数ミリ前で、ピタリと止まる。
「なんだこれ……どうなって……グハッ!」
炎熊に殴り飛ばされた俺は、そのまま数メートル吹き飛んで岩に頭をぶつけた。
おかしい。確実に殴ったはずだ。躊躇う要素なんて何一つなかったはずだ。
「チッ、クソ……」
俺は舌打ちを一つして、ポーチから剣を取り出す。このポーチは魔道具の一つで中の空間が拡張されている。
『剣まで出すのかよ?』
『まぁ剣も格闘も高レベルでできるのは流石だけど』
『なんか様子おかしくね?』
そしてこの剣も魔道具の一つだ。通常の近接武器とは比べ物にならない威力を持つ。
こんな
頭をぶつけた岩を砕けるほどに蹴り、一気に距離を詰める。剣を振り上げ熊の頭を狙う。
ピタ――
「いや、おかしいだろ……」
俺の身体は静止していた。今のは今までの一撃とは明確に違う。岩を蹴った反動で俺は跳躍していたんだ。
『いや、おかしいのお前な?』
『さっさと倒せって』
『人間アピールやめろ』
その運動が急に完全にゼロになるなんてこと……
「ふざけんな、【
術式。それも探索者の能力の一つだ。
『おっ、術式だ』
『格闘に剣術に術式。ほんと弱点ねぇな』
『じゃなきゃソロでこんなとこまでこれねぇよ』
『工藤は炎、水、風、土、雷の全部の属性を扱える』
『練習すりゃ術式は誰でも使えるが、このレベルの術式を全属性使えるヤツはこいつくらいだ』
『流石、ミスター【大器用】』
あらかじめ決められた魔法陣を身体に刻み、それに魔力を流すことで術式は起動する。術式効果に刻まれていれば属性を付与したりもできる。
『でも、やっぱりおかしい』
だが、その水で形成した鎖の一撃すらも――
「そんな……」
ピタリと止まる。
「グラァ……」
無理だ。攻撃できない。勝てない。この状況は……この症状は……『呪い』だ……
『なんか……マジでヤバくね?』
『ビビってんのか? 今まで何匹も倒してきた相手だろ?』
魔力による状態異常。その中でも特に高位のものを『呪い』と表現する。俺の身体強化でも解除できないほどの影響力。
これは間違いなく、呪いの類だ。
いつだ……いつ呪われた? ダンジョンに入ってからこいつが最初の敵だぞ……?
「いや、一択か」
昨日は普通だった。今日はあのインタビュアーとカメラマン、そしてもう一人にしか会ってない。あの一般人2人が呪いなんてものを使えるとは思えない。
なんでだ……啓馬……
俺は炎熊に背を向けて、逃げるようにダンジョンを後にした。
『は? マジで逃げたんだけど?』
『こいつなにしに入ったの?』
『楽しみにしてたんだけど!?』
『時間返せよ』
『なんだったんだこの配信』
◆
ダンジョンから出て配信を終了した俺は、啓馬が社長をしている探索者ギルドの戸を叩いた。
受付に行くとすぐに社長室に通された。
そこには薄ら笑いを浮かべた啓馬の姿があった。
「どうされたんですか? 頼仁さん」
「啓馬、聞いてくれ。おかしいんだ。どうやら俺の身体が呪われてるみたいんだ。で、俺は原因がお前にもらった回復薬以外に考えられない。だからあの薬は市場に出さない方が……」
そこまで言い終えたところが気が付いた。啓馬は俺の話を聞いている間、ずっと笑っていた。
「おい、聞いてんのか?」
「聞いてますよ。無能者」
「は? お前今なんつった?」
「だってあなたって探索者として強いこと以外に取り柄なんてないじゃないですか。でも攻撃不能の呪いに罹った今、あなたはその取り柄すらなくなった」
だから……と、啓馬は馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。
「あなたは今『無能者』になり果てた。それを配信までしてしまったからには枕詞には『無様な』とかがいいでしょうか?」
「お前、最初から態と……」
「当たり前でしょ。ずっとあなたが嫌いだったんですよ。特別な才能もないクセに学生時代からあなたは僕より上だった」
知らなかった、そんなこと思ってたのか……
「ウザいんですよ。同じ日本人で、同じ学校出身で、いつもあなたと比べられる。あなたがいると僕の覇道は霞むんですよ。それにあなたはメディアにもコメント欄にも媚びず、人気なんて無関心のくせに僕よりも目立つ」
「だからって」
「あなただって必要があればダンジョンの魔獣を殺すじゃないか。それとなにが違う? 僕はただ邪魔者を排除しただけだ」
「犯罪だってのは、わかってんだよな?」
「心配しなくとも証拠はありませんよ。この会話も録音盗聴されていないことは確認済みです」
後輩相手にんなことするわけねぇだろ。
「わかった。テメェの性根、叩き直してやるよ」
俺は拳振り上げ、啓馬に殴りかか――
「すぐに頭に血を昇らせる、それもあなたの悪いクセだ」
止まる。
「呪いはダンジョン内外に関わらず発動し続ける。あなたは僕に攻撃できない。いや、むしろ攻撃されていたら暴行罪なのはあなたですし、呪いに助けられてよかったですね」
そう言った瞬間、啓馬の腕から鱗が生えてくる。
それは術式ではない。それを越える特別。俺にはない才能。
「【龍化】。僕の固有能力です。困るんですよ、才能を持たないあなたが僕より上にいるのは」
啓馬の拳が俺の顔面を捉える。鼻っ柱がおられ、俺の身体が社長室の外まで吹っ飛んだ。
「お帰りください。ちなみに今この階には僕しかおらず、節電のために監視カメラは切っていますので、今の僕の暴行罪を証明する証拠もありませんから」