狭間の島のテンペスト   作:卍錆色アモン卍

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1チュートリアル島

 

 真っ暗闇な洞窟が延々と続く、迷宮五階層。普段ならば、あまり人気のないその階層には一人の探索者がいた。

 凸凹とした地面を草履で踏みしめ、バンカラマントと馬乗り袴をなびかせる和風装束の少年。彼は、肩ほどまでに伸びた白髪、きめ細やかな褐色の肌、アメジスト色の瞳、そして長く尖った耳をしていた。

 そんな彼──シアンは突如として立ち止まると、右手を前方に掲げて、魔法を唱える。

 

「〈クリエイト・ウォーター〉」

 

 すると、洞窟内に雨雲が発生し、土砂降りの雨が降り注いだ。

 一瞬にして地面を濡らしたその雨は、洞窟内に潜んでいた魔物を怒らせる。

 

 物静かであった洞窟内がにわかに騒がしくなると、悍ましい叫び声が木霊した。やがて、真っ暗闇の先から無数の足音が鳴り響いてはシアンへと迫ってくる。しかし、シアンは動揺などしていなかった。彼は瞬時に魔法を唱えて、先制攻撃をしたのだ。

 

「〈ライトニング・ボルト〉」

 

 シアンの右手から青白い閃光と共に稲妻が迸り、洞窟内を貫く。瞬き一つの間に放たれた電撃は耳を劈く爆音を伴いながらも、カメラのフラッシュのように洞窟内を照らし出した。

 醜悪な顔をした小柄な人型生物。それはゴブリンと呼ばれる魔物であり、群れをなしてシアンに襲い掛かろうとしていた。しかし、洞窟内を一直線に貫いた『電撃』が幾多のゴブリンたちを絶命させたのだ。

 

 幾匹かのゴブリンを減らしたところで彼らの総数は多く、未だに殲滅までは至っていない。そのため、仲間を殺された残りのゴブリンたちが雄叫びを上げて、シアンへと押し寄せてくる。だが、シアンはそんなことなど織り込み済みだった。

 

「〈スリート・ストーム〉」

 

 先ほどの『水の生成』と同様に分厚い雨雲が洞窟内に発生すると、今度は『みぞれ交じりの嵐』が吹き荒ぶ。それは洞窟内の気温を劇的に引き下げ、地面を凍てつかせた。

 所詮はみぞれの混じった嵐であるため、有効打とはなりえない。しかし、まともに歩けないほどの暴風雨と視界を埋め尽くすみぞれによって、残りのゴブリンたちは足を止めることとなったのだ。

 

「〈シャター〉」

 

 そこへ襲い掛かるシアンの魔法。数体のゴブリンのいた空間が突如として爆発し、彼らを粉砕した。

 身体の節々が折れ曲がり、目玉や舌を飛び出させては、やがて絶命する。シアンの魔法をまともに食らったゴブリンたちの最後は悲惨なものであった。

 

 その後、シアンは残りのゴブリンたちの処理をした。そして、黒い霧となって消えていくゴブリンたちを見送ると、その場に残された黒い宝石、魔石を拾い始める。

 どれもがそれなりの大きさと純度であり、価値が高いことが見て取れる。そのような魔石が沢山あるのだ。シアンは思わずといった様子で微笑んだ。

 やがて、全ての魔石を拾い集めたシアンは踵を返す。彼の手に乗せられた懐中時計は午後一時を指している。既に昼時でありシアン自身の魔力も減ってきているので、一度地上へ帰還することにしたのだ。

 

 真っ暗闇な洞窟の中、一人の探索者の鼻歌が木霊する。時折眩い閃光が迸り、ゴブリンたちの悲鳴が漏れ聞こえるが、やがて静寂が訪れる。

 ここは迷宮五階層。探索者の最初の壁。多くの探索者からは忌み嫌われる階層だが、一人の少年は気に入っていた。孤独で、静かで、光の届かない暗闇であるから。

 

 

 

 等間隔に並んだ、真っ白な石柱。それを通り過ぎると、陽光が燦々と降り注ぐ噴水広場が姿を現した。思わず目を細めたシアンだったが、すぐさま人混みを掻き分けて歩き始める。

 

 町の中心部である噴水広場から、東地区へと向かったシアン。彼の周りには、大勢の人々が行き交っていた。それは奇抜な髪色であったり、長い耳や獣の特徴を併せ持つ者までいる。しかし、この世界にいる者達は皆、地球からの転移者なのだ。そしてそれは、シアンも例外ではない。

 

 おおよそ一ヶ月前。二千人にも及ぶ地球人が、地球と異世界の狭間の世界、チュートリアル島へとやってきた。彼らは女神によって連れてこられ、三年後に異世界へ飛ばされる手筈となっている。言うなれば、チュートリアル島での生活とは、異世界転移への準備期間のようなものだった。

 

 女神は転移者たちにチュートリアル特典なるものを与えた。

 死亡しても期間中は教会で復活する。期間中のみスキルの成長率が常人の数十倍。いずれ固有スキルに目覚める。自宅の貸出。石版通販。

 何故ここまで至れりつ尽くせりなのか。それは女神にしか分からない。しかし、転移者たちは自ずと運命を受け入れていた。彼らは例え自身の名前を忘れてしまっても、魔力のある身体へ変化してしまっても、元の生活に戻りたいとは思わなかったのだ。故に未来に希望を持ち、今を生きる。かつて過ごした故郷に未練はあれど、後悔などない。それが転移者たちに共通する思いだった。

 

 

 

 軒を連ねる料理店を見て回るシアンは、お目当ての店へとやってきた。瓦屋根が特徴的な、古き良き日本家屋。大きく掛けられた暖簾には『すし屋』と書かれており、昼時を過ぎているおかげか、客足は引いているようだった。

 

 らっしゃっせー! 気前の良い親方の挨拶が店内に響き渡り、シアンは軽く頭を下げる。そして席につくと、親方おすすめのセットメニューを注文した。

 シアンの目の前で一貫一貫丁寧に寿司を握るのは、額に角を生やした赤肌の大男だ。彼もまた転移者である。だが、魔力のある身体へと変化しているため、一目見ようとも判別がつかない。無論らチュートリアル島には転移者しかいないため、異世界人とも言うべき存在ではないことは分かる。しかし、シアンは不思議とそんな気はしなかった。

 

 寿司下駄に盛られた、色とりどりの握り寿司。親方自らが握った寿司はきらきらと輝いているようにも見える。だが、よくよく見れば脂の乗りが非常に良いネタを使っていることに気付けるだろう。

 

 シアンはお絞りでしっかりと手を拭いた後、寿司を横に倒し、ネタに少量の醤油をつけて頬張った。

 咥内に広がる新鮮な魚特有の食感と、癖のない脂身の美味しさにシアンはつい微笑む。彼はゆっくりと食事を楽しむつもりであったが、すぐに平らげてしまう。少し残念な気持ちを抱きつつも勘定をすると、シアンは寿司屋を後にした。

 

 

 

 噴水広場を横切り、西居住区へとやってきたシアンは勾配のある住宅街の中を歩いていた。統一性のない家屋が斜面に建ち並んでおり、迷路のように複雑で、なおかつ狭苦しい道が広がっている。そんな道をずんずんと進んでいくと、女神に与えられた住居が見えてきた。

 小さな茶屋のような外観をした、シアンの棲家。軒先には縁台が置かれ、その脇には日陰を作るように和傘が立て掛けられている。その様はまさに茶屋であり、シアンは時折、みたらし団子を片手にのんびりと時間を潰す時がある。やや古風が過ぎる家屋だが、元日本人としては嬉しいかぎりだと彼は思っていた。

 

 玄関の引き戸を開けたシアンは草履を脱ぎ捨て、居室へと上がった。その際に羽織っていたバンカラマントを適当に放り投げ、腰に吊るしていた巾着袋をちゃぶ台に置く。続けて、畳の上に寝転んだ。

 鼻腔をくすぐる畳の香りと木の香り。そして、物静かな室内に響く古時計の音。シアンの脳裏には在りし日の思い出が蘇る……なんてことはないが、何処か懐かしい思いを抱かざるを得なかった。

 

 ──朝日の上り始めた早朝。肌寒さを覚えながらも、縁側に座り、温かい番茶をひと啜り。ひとたび顔を上げれば、遥か向こうの山の稜線から太陽が顔を出しては、徐々に世界を染め上げてゆく。

 

 シアンの脳裏に見たこともない情景が浮かんでは、霞のように消えていく。これは幻か、夢か、願望か。シアンには分からない事であったが、いつの日かこの目で見てみたい景色だと彼は思った。

 

 しばらくして体を起こしたシアンは「ボード」と唱える。すると、彼の手元に真っ黒な石版が召喚された。

 シアンは巾着袋に手を伸ばしては口を開け、迷宮にて手に入れた魔石をじゃらじゃらとちゃぶ台にぶちまける。次に、魔石を一つずつ石版へ落としていくと、それらは次々と取り込まれていった。やがて、全ての魔石を取り込ませると画面とも言うべき石版の表面にこう表示されたのだ。

 

 +36,000ポイント  計69万2,000ポイント

 

 これは女神によって与えられた石版通販に使用できるポイントである。石版通販とは魔石を換金して物々交換のできるシステムであり、武器や防具は勿論、魔法の道具や食料まで交換可能となっている。シアンの身に着けている衣服や魔法の込められた巾着袋もまた、石版通販で購入したものだった。

 満足げに頷いたシアンは、続けてステータス画面に切り替えた。

 

  名前 :シアン

 固有技能:嵐の魔法 5

  技能 :鷹の目  3

      夜目   4

      気配遮断 2

      索敵   3

 

 表示されたのは名前とスキル。以前の名前はチュートリアル島へやってきた際に忘れてしまったため、シアン自身で名付けている。スキルに関しては経験を積めば自動的に追加されていく仕様で、最大で10レベル。そして、固有スキルはチュートリアル特典だ。

 噂によると固有スキルは自身の望んだスキルが発現するとされているが、シアンはイマイチ納得していなかった。もしかしたら深層心理で嵐になりたい思っていたのかも知れない。もしくは、誰にも縛られない自由を望んだ結果か。よく分からなかったが、【嵐の魔法】はカッコいいのでシアンは良しとしていた。

 

 スキルの成長は無しか。そうボソリと呟いたシアンは石版を放り、再び寝転がる。そして目を瞑ると、昼寝をする事にした。

 迷宮で魔法を多く唱え、昼にご馳走を平らげた。既にシアンは微睡んでおり、やがて数分と経たずに夢の世界へと旅立っていった。

 

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