狭間の島のテンペスト   作:卍錆色アモン卍

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10ユリ

 

 普段ならば時計塔へ出向いている時間帯。そんな時にシアンはある場所へ向かって歩いていた。行き先はマジカ・マギカの拠点である。

 東地区を歩いてしばらくすると、巨大な石造りの塔が見えてきた。それは無骨な印象を与えると同時にどこか荘厳さを感じさせる外観だ。

 入り口前までやってきたシアンは少しの躊躇いを見せたが、勇気を出して巨大な両扉を押し開いた。

 扉をあけた先に広がる風景にシアンは驚く。というのも、明らかに室内が広かったのだ。外観と内観に大きな認識の齟齬があり、方法は分からないが室内空間を広く変えているのだろうとシアンは考えた。

 

 きょろきょろと辺りを見回すシアンは正面に受付があることに気付き、近寄った。すると、受付担当のローブ姿の男性が話しかけてくる。

 

「本日はどういったご用件でしょうか?」

「あの、ローズさんと、少し話をしたいんですが」

「ローズ様ですね。少々お待ちください」

 

 緊張した様子のシアンは目線が泳いでおり、どうにも落ち着かない様子だ。そう、彼は残念なことに人見知りだった。

 シアンは、こういった時にスマホがあると便利だよなと思いつつも、受付の男性が漏斗状の金属管に話しかける様子を見守る。恐らく伝声管だろうとシアンが当たりをつけて待っていると、受付の男性より今しばらくお待ちくださいと伝えられた。

 

「分かりました。ご親切にありがとうございます」

 

 男性に軽く会釈をしたシアンは近くにあったベンチに座り、時間を潰すことにした。

 

 

 

 うとうととしていたシアンだったが、肩を揺すられている事に気付き、眠気が覚めた。そして、目を開けた時。眩い金髪と勝ち気そうな少女の顔が眼前にあり、思わず驚いたのだ。

 

「うおっ、近いぞ」

「あら、ごめんあそばせ。シアンさんがぼーっとしてたものですから」

 

 いたずらに成功したローズが上品に笑う。シアンはよだれが垂れてないかと心配になり、口元を拭った。

 

「それで、わたくしに何の用ですの?」

「この前、一緒に迷宮に潜っただろ? その、また一緒に潜らないかと思って」

「勿論、構いませんわ! ですがシアンさん……」

「……なんだ?」

「来るのが遅いですわ‼ あれから一週間経ってますわよ⁉ てっきり、忘れられたのかと思ってましたわ‼」

「忘れてた訳じゃない。でも、ごめん」

「別に怒ってる訳ではございませんわ。こうして会いに来てくれたのですから、もうこのお話は終わりでいいですわよ」

 

 初めは大きな声で捲し立てたローズだったが、すぐにいつもの表情へと変わった。シアンは表情が豊かだな、なんて感想を抱きながらも口を開く。

 

「ローズはいつ予定が空いてる? 俺は黎明隊の活動が、基本的に平日の午前中にある。それ以外なら、予定を合わせられるぞ」

「そうですわね……。ぶっちゃけ、わたくしが普段やってることは、魔法の仕様を解明して部長に報告することですから、いつでも構いませんわよ。しいて言うなら、午後でしょうか」

「分かった。それと一つ聞きたいんだが、黎明隊のメンバーと迷宮へ潜ってもいいのか?」

「そちらさえ良ければ、構いませんわよ!」

「了解、そう伝えとくよ」

 

 とりあえず次の迷宮探索の予定を立てたシアンは、世間話がしたいと言うローズに付き合うことにした。そして、幾ばくかの時間が過ぎた頃。二人に声を掛ける人物が現れたのだ。

 

「ローズ、いつまでおしゃべりをしてるのかしらぁ。流石に休憩が長いわよ〜」

「あら、ユリ部長、申し訳ございませんわ。ではシアンさん、またお会いしましょうね!」

「ああ。またな、ローズ」

 

 部長と思しき人物に声を掛けられたローズは見事なカーテシーを見せ、去っていった。シアンは用も済んだことなので帰ろうとすると、かの部長がじっとこちらを見つめていることに気付く。

 

「あなた、黎明隊のシアン君よねぇ。今、時間あるかしらぁ?」

「……ありますが、俺になんの用でしょうか?」

 

 つばの広い魔女帽子を被った妖艶な女性。彼女は艶やかな笑みを浮かべており、しゃなりとした足取りでシアンへ近づいてきた。そして、女性らしい体つきを惜しげもなく晒してはシアンを動揺させてくる。

 

 大きく開けられた胸元から零れそうな豊満な胸。腹筋が薄っすらと浮かんでいる腰回り。そして、肌に張り付くほどにぴっちりとした臀部に、深くスリットが入っては顕になる魅力的な足。

 シアンは気恥ずかしさを覚えると共に、彼女の胸が眼前にあったため思わず顔を上げる。しかし、彼女が色気のある垂れ目でじっとこちらを見つめていたため、今度は横へ顔を反らした。その様子がおかしかったのか、シアンは彼女にクスクスと笑われてしまう。

 

「フフ、随分と可愛らしい子なのねぇ。とりあえず、こちらへ来て頂戴? 待合室があるのよぉ」

「……分かりました」

 

 モデル顔負けの足取りでシアンを先導する彼女は、女性らしい魅力に満ち溢れていた。シアンはいけないとは思いつつも、彼女の腰回りへちらちらと目線を送ってしまう。だが、彼女は打算ありきで話しかけてきたんだと強く思い込むことで、彼は理性を保つことにしたのだ。

 

 彼女に案内された待合室で、シアンは彼女と向き合う形でソファに座った。大きな魔女帽子を脱いだ対面の彼女は緩く巻いた茶髪を肩に流す。

 

「初めまして。私はマジカ・マギカの部長をやってるユリよぉ」

「どうも、シアンです」

「そう固くならなくたって良いのよ? 同じ転移者で、同じ魔法使いだもの」

 

 思わせぶりな視線を送ってきては微笑むユリ。シアンはこれは強敵だぞ、と気合を入れた。

 

「シアン君は探索者として優秀よねぇ。固有スキルにも目覚めているし。……よかったら、ウチに入らない?」

「俺は、あまり部活動に興味が無いので」

「そう言うと思ったわ。きっと、シアン君は部活動に魅力を感じていないのねぇ。でも大丈夫、私が教えてあげるわ」

 

 ユリが席を立ち、シアンの側へやってきた。そして、隣に腰を掛ける。シアンは香水と思われる甘い香りとすぐ真横にある女性の身体にどぎまぎし、緊張してしまった。先ほど入れた気合など、どこか遠くへ行ってしまったのだ。

 

「ねぇ、シアン君。私は部長だけあってスゴイのよぉ? 今、見せてあげるわ……」

「な、何を……⁉」

 

 太ももを軽く撫でられ、耳元で蠱惑的な声で囁かれる。シアンは今まで以上に縮こまってしまい、長く尖った耳を垂れさせた。しかし、目の前にある机にそっと石版が置かれると、そこに表示されていた内容に驚愕したのだ。

 

  名前 :ユリ

 固有技能:魔法スキル成長率上昇

  技能 :火魔法  6

      冷気魔法 5

      電撃魔法 4

      雷鳴魔法 3

      酸魔法  4

      毒魔法  4

      補助魔法 6

      妨害魔法 6

      巻物製作 6

      鷹の目  5

      夜目   3

      気配遮断 2

      索敵   2

 

「全属性魔法の、使い手だと……⁉」

「フフ、スゴイでしょう?」

 

 そう、ユリは全属性の魔法を扱えたのだ。シアンの固有スキルである【嵐の魔法】はせいぜいが電撃魔法、雷鳴魔法、冷気魔法と少しの妨害魔法などで構成されている。それでも十分強力ではあるが、ユリはその遥か上をいっていた。

 

「私は『火球』『氷の嵐』『電撃』『破砕』『メルフの酸の矢』『吸血の手』『加速』『対人金縛り』と、様々な魔法を唱えられるの。そして、【巻物製作】で魔力を必要とせずに魔法を行使できるスクロールを量産できる。どう? とても魅力的に映らないかしらぁ?」

「素直に驚きました。まさか、こんなにも魔法を覚えられるとは、思ってなかったので……」

「フフフ、魔法を新たに覚えるにはある程度のノウハウが必要になるわぁ。そして、私にはそのノウハウがある。もしもシアン君が新たに魔法を覚えたいのなら、私が手取り足取り、優しく教えてあげてもいいのよぉ?」

 

 ここぞとばかりに体を密着させ、シアンの手を優しく握り込むユリ。シアンは肩に触れる暖かくも柔らかな感触や、隠しもせずにこちらを魅了しようとする怪しげな目線に完敗だった。

 指導方法はともかくとして、魔法を覚えられるのなら所属してもいいんじゃないか。だが、それは己の信条に反する。結局、人間は一人で生きていくことはできないのか……?

 シアンの心はいっぱいいっぱいであった。物事を考えようにも、雑念が入り込み、余計なことばかり考えてしまう。そして、段々と心の余裕がなくなってきていた。

 その時、待合室の扉が勢い良く開け放たれ、ローズが入室してきたのだ。

 

「ちょっとユリ部長! シアンさんと一体何を──一体何をしてるんですの⁉ 今すぐシアンさんから離れなさいな⁉」

「あらぁ、イイところだったのに、残念ねぇ〜」

「シアンさん、大丈夫ですの? この女にヘンなことされてないですわよね?」

「ヘンなこととは失礼じゃない。私はただ、部活動に勧誘してただけよぉ」

「しっしっ! そんなことより、部員に呼ばれてましたわよ!」

「あら、そうなの? なら行かなくちゃ。じゃ、シアン君。またお会いしましょうねぇ〜」

 

 最後にひらひらと手を振り、ユリが去っていった。シアンはどっと肩の力が抜け、ソファに深く腰を掛ける。その隣にローズが座った。

 

「シアンさん、申し訳ございませんわ。ユリ部長は、ああやって男を誑かす魔女なんですの。これまでにも多くの犠牲者がマジカ・マギカに所属させられては、部長の糧になってますわ」

「魔女か……。言い得て妙だな、俺もかなり心を乱されたよ」

「本当に気を付けてくださいまし。ユリ部長は『人物魅了』や『睡眠』『催眠文様』などの心術に長けています。精神が弱っていると、付け込まれますわよ」

「悪魔かな? それはそうと、仕事はいいのか」

「ええ、お昼に提出する書類はもう終わらせましたから」

 

 優秀なんだな。シアンはそうローズに伝えると大きく息をついた。そして、予想以上に疲れたと感じたため家へ帰ることにしたのだ。

 シアンはローズに別れの挨拶を済ませて大通りへ出る。昼時が近いこともあって人通りが多く、どこもかしこも賑わっていた。シアンは屋台で何かを買ってから帰ろうと考えて、日課のように噴水広場の方向へと歩き出した。

 

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