見渡す限りの真っ赤な世界。周囲に乱立する木々は一様に似た姿であり、舗装された石畳は真っ赤な落ち葉で埋もれている。
迷宮八階層。通称、紅葉山は延々と続く山道を進んでいく階層であった。一見すると三階層の街道と似ていると思うかもしれないが、実態は大きく異なる。というのも景色に擬態した凶悪な魔物が潜んでおり、探索者たちに容赦なく襲い掛かってくるのだ。
彼らは決して群れることはないが個々の強さが高く、生半可な探索者では太刀打ちできないほどだ。また、日が暮れると凶暴化する特徴があり、もしも日が落ちる前にセーフエリアへ到達できなければ、夜な夜な寝首を掻かれることは間違い無しであった。
「ええ景色やな〜」
「同意がね! アカズキもそう思うでよ?」
「もちろん! オレは赤色が好きだからね、めっちゃいい景色だと思うぜ?」
ぴゅうと吹く秋風にも似た冷涼な風が、落ち葉をふわりと攫っていく。その様子をなんとなしに見ていたシアンは前方で会話をする三人へ顔を向けた。
黎明隊のメンバーであるマルとジェイの他に、一人の少年がいた。赤い髪に赤い瞳。そして、よく日に焼けた褐色の肌を隠すように朱色の甚平を纏っている。
彼の名前はアカズキ。マルが剣道部で知り合った友人らしく、今回の迷宮探索に楽しそうだからという理由で加わった変わり者だ。なお、戦闘においては優秀とマルからお墨付きを貰っており、彼女からは信頼されている。
シアンは未だにアカズキの活躍を見ていないが、黎明隊の中で最も優秀だと思っているマルが連れてきた人物なので、不安に思うことはなかった。
しばらく道なりに進んでいると、アカズキが右手を上げ、魔物がいると知らせてきた。シアンたちは即座に陣形を取り武器を構えるが、やはりと言うべきか敵の姿は見当たらない。
「どこにいるでよ?」
「【索敵】に引っかからんとか、反則やろ。なんでアンチスキル持ちやねん……」
「ほら、そこの木だよ。というか、その木が魔物だよ」
「……どれがや? 木しかないでよ?」
首を傾げるマルと肩を落とすジェイを他所に、シアンはアカズキが指差した楓の木へと『電撃』を放った。すると、甲高い不協和音が鳴り響き、命中した木が肥大化したかと思えば巨大なカマキリへと変貌したのだ。
紅葉の葉のように真っ赤な身体は腹部や足に花弁のような装飾があり、まるで燃えるように赤いハナカマキリのようだった。しかし、大きさが尋常ではなく体高三メートルはくだらないほどに巨大だ。
その風貌にシアンは少し驚き、マルとジェイはあんぐりと口を開けて分かりやすいほどに驚いた。
「でかー⁉ 予想以上にでかいでよ⁉」
「あかん、ワイ虫苦手やねん⁉ 特に口元が⁉」
「とりあえず、オレが片付けるぜ!」
意気揚々と飛び出したアカズキが赤い大地を疾走する。そして、翅をマントのように広げて威嚇をする魔物、マンティス目掛けて跳躍をした。
「かかってこいやあああ‼」
あまりにも無防備であり自分から餌になろうとしているとしか思えない行動だ。しかし、シアンは何か考えがあるのだろうと思い、アカズキを見守ることにした。
跳躍したアカズキを捉えるように、マンティスが自慢の鎌を振り下ろし彼の両腕を鷲掴んだ。普通ならば、そのままへし折られるか千切られるところだろう。だが、アカズキはギャリギャリと金属音にも似た音を立てながらも、マンティスの凶刃に耐えたのだ。
「ハハハハ! 案外大したことねえなあ‼ オレは知ってるぜ? カマキリの握力は人間大に換算すると、成人男性の約75倍に相当するってなあ‼」
アカズキは楽しそうに笑い声を上げると、雄叫びと共に腕を振り上げてマンティスの拘束を逃れる。その時、シアンは見たのだ。アカズキの両腕が、鮮血のような赤い鱗に覆われている様を。
「だが、人間以上にデカいお前が、オレを傷つけられなかった。つまり、もう勝負は決まってるってことだよなああ‼」
アカズキが身に纏っていた甚平を引き千切ると、彼の全身は膨れ上がり異形の姿へと変貌していった。
少年らしい顔立ちが悍ましさを覚える竜の頭部へと様変わりし、闘牛の如き猛々しい角が天を突く。筋肉質ではあったが、少年の域を出なかった上半身がらこれでもかと分厚い筋肉と周りを傷つけそうなほどに鋭い鱗に覆われていく。極めつけに人間らしかった下半身は剛毛に覆われ、足先は蹄に、腰からは牛を思わせる尻尾が生えてきた。
地獄の死者か、はたまた悪鬼羅刹か。まるで神話に登場するミノタウロスのようなシルエットへと変貌したアカズキはマンティスと同様に巨体であり、鋭い牙が生え揃った口元から火を吹いた。
「んじゃ、殺すゼ?」
ボッ、と空気が爆ぜるような音が響いた時、既にアカズキは拳を振り抜いていた。そして、いつの間にやら殴られていたマンティスの頭部は派手に拉げている。
悲鳴と思われる不協和音を奏でたマンティスが一瞬怯んだ様子を見せたが、即座にアカズキへ反撃をした。自慢の武器である鎌を、目にも止まらぬ速さで振り下ろしたのだ。しかし、アカズキは片手を上げるだけで防いで見せた。
「……さっきよりもつええナ。意外と余裕無いかモ」
急に弱気を吐いたアカズキ。だが、大口を開けて火炎を放射し、マンティスが怯んだ隙に大地を強く踏み締めた。そして、猛烈な勢いで体当たりを繰り出したのだ。
派手に吹き飛ばされたマンティスはいくつかの木々をへし折りながらも着地をするが、既にアカズキが眼前に迫っている。すぐさま襲い掛かろうとするマンティスだったが、強く握りこんだ両拳を大上段から振り下ろしたアカズキに叩き潰されたのだった。
初戦闘を終え、一段落したシアン一行は先ほどと同様に紅葉狩りをしながら道を歩いていた。
周囲を見渡すシアンを他所に、残りのメンバーたちが楽しげに会話を交わす。
「アカズキはん、強いやんか〜! やっぱ剣道部はちゃいますなあ!」
「ハハハ! これが剣道部の強さだぜ!」
「剣道部は全然関係なかったでよ⁉」
「それはそうと、アカズキの固有スキルはなんなんや? もしかして、【竜化】とかかいな?」
「ま、そういうもんだよ」
「はえ〜、カッコええなぁ〜!」
大はしゃぎのジェイが騒ぎ立てる中、シアンは疑問を持ったのでアカズキへ問いかけることにした。
「アカズキは武器を振るうのか? 見たところ、ステゴロのようだが」
「ああ、普段は刀を振ってるよ。でも、魔物相手なら技なんて必要ないだろ? だから派手に暴れてんのさ!」
「わたしも普段は刀でよ。魔物相手だから、大太刀を振るってるだけがね」
「え、そうなん⁉ じゃあ二人とも本気じゃないん⁉」
「そういう訳じゃないぜ? ただ、オレはコッチの方が性に合ってるかなあ〜」
「わたしも本気でよ。でも、どっちが好きかと言われると、刀かな。だって軽いし」
まさかの新事実にシアンはジェイと共に驚いた。それと同時に剣道部は優秀な人材が多いのかな、と疑問を浮かべる。
シアンはもしも知り合いがいたら迷宮探索に誘ってくれと二人にお願いをした。すると、二人は了承してくれたのだ。
「いいぜ! 迷宮も中々面白いしな」
「だったら、今度はイナリを誘うがね!」
「いいじゃん、あいつはちょっと癖あるけど、結構強いぜ?」
「なんやなんや、楽しみやんか〜〜‼」
またもや話が盛り上がりを見せたが、シアンは何かを聞き忘れている気がした。しかし、思い出した時でいいかと楽観視をする。忘れたということはそこまで重要ではないと判断をしたためだ。
アカズキが手を上げ、先ほどと同様に魔物が潜んでいることを知らせてきた。その時、ジェイが声を上げたのだ。
「あっ⁉ そういえば、アカズキはなんで敵の位置が分かるんや⁉」
「そういえばそうだかね‼」
「……重要なことを忘れてたな」
シアンを含めた黎明隊が取り乱す中、アカズキがあっけらかんと言い放った。
「匂いだよ。カマキリが異様に甘い匂いを発してるんだ」
「なるほど、匂いなんか!……ワイは全然分からへんわ」
「わたしも鼻は利かないでよ」
「マンティスの【擬態】よりも、レベルの高い【索敵】なら補足できるらしいが誰も超えられてないな。これは誤算だぞ」
当然ながら迷宮の階層が深くなればなるほど、難易度は上がっていく。シアンはいずれ情報の有無で痛い目を見ることになりそうだと考えると、より慎重になるべきかと思案した。
「今回はわたしたちで戦うでよ。アカズキはそこで見てるがね!」
「おっけ〜」
「よっしゃ、やったるで!」
「ジェイ、虫が苦手だからといって目を瞑るなよ」
「分かっとるわ⁉」
軽口を叩くシアンだったが、各々の準備が済むとマンティスと思われる楓の木に『冷気光線』を放った。すると、不協和音を奏でながらマンティスが姿を現したのだ。
「『わたしに、斬れぬものなどないでよ!』」
「マルが本気やな! なら援護するで! 〈エンスネアリング・ストライク〉!」
「俺も援護しよう。〈レイ・オブ・フロスト〉」
ジェイの『絡みつく打撃』とシアンの『冷気光線』がマンティスへ襲い掛かる。だが、マンティスは右前足の鎌で『絡みつく打撃』を、左前足の鎌で『冷気光線』を防いでみせた。
「凄いなぁ〜。けど、それは悪手やで? マンティスはん!」
マンティスに砕かれた矢が突如として棘で覆われた蔓に変化し、件のマンティスへと絡みつく。続けて、冷気光線を防いだ左鎌が瞬く間に凍りついていった。
「ここまで綺麗に決まるのは珍しいな」
「あとはマルの一太刀で、チェックメイトやで!」
蔓が全身に絡みつき、霜が下りるほどに体温を下げられたマンティスの動きは明らかに鈍かった。そこへマルが辿り着き、情け容赦なく水平斬りを放つ。
偶然、舞い散っていた紅葉の葉ごと大太刀が振り抜かれた。そして、マンティスに背を向けたマルが、刀身を鞘に収める。その瞬間、マンティスの身体は上下に分かたれたのだ。
「切り捨て、御免でよ!」
物言わぬ躯となった魔物の前でマルがドヤ顔で決め台詞を吐く。ジェイとアカズキは歓声を持ってマルを称え、シアンは後方にて腕を組み、うむと鷹揚に頷いていた。