狭間の島のテンペスト   作:卍錆色アモン卍

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12氷の世界

 

 一面真っ青な、しかし神秘的でもある世界。そこは一言で言えば氷の洞窟であった。

 天上を覆う分厚い氷は滑らかであり、まるでさざなみのようなうねりを見せては、大地を形成する氷もまた波打っている。

 そんな洞窟内には氷しか存在せず、氷点下に達するほどの極寒の地だ。しかし、氷そのものが青く発光をしており、視界が悪いということはなく、むしろ絶景が広がっている。

 迷宮九階層。通称、氷の洞窟はまるで時が止まっているかのように静かであった。探索者自身が発する音と、九階層に潜むクレイフィッシュと呼ばれる魔物の音だけがこの世界を支配する。

 もしも冷たく、無機質で、孤独な世界を求めるのなら。九階層は持ってこいの階層といえるのかも知れなかった。

 

 

 

 白い息を吐いたシアンは、襟巻を持ち上げて口元を隠した。そして、チャラチャラと雪駄を鳴らしながら前方を見据える。

 そこには襟巻とスパッツを身に着けたマルがいた。相も変わらずミニ着物姿だが、そこは女性特有のこだわりがあるのだろう。また、マルの隣にはジェイがいる。彼は特に変化はないが、心なしか着膨れているようにも見える。恐らく、彼なりに防寒対策をした結果なのではないだろうか。

 

「ひえ〜、寒いでよ〜‼ 早く身体を動かしたいでよ〜‼」

「あかん、耐寒ポーション飲んどるのにクソ寒いで⁉ これマズいで⁉」

「さっきからうるさいぞ」

「まあまあ、シアンさん落ち着いてくださいまし」

 

 声を上げてまで身体を温めようとする二人にシアンは呆れるが、隣にいたローズに窘められた。なお、彼女も寒そうにしており、いつもの豪奢なローブに加えてマフラーとグローブ、おまけにスノーブーツまで身に付けている。もしかしたら、四人の中で最も重武装かも知れない。

 

「そういうシアンは、寒くないがね?」

「クソ寒い」

「痩せ我慢か〜い!」

「そりゃそうだろ」

 

 他愛もない会話をするシアンたちだったが、ジェイの【索敵】に反応があり、すぐさま戦闘態勢をとる。

 シアンが周囲を見渡すと、青く発光する幻想的な氷の壁に無数の穴が開いていることに気付いた。

 

「たしか、九階層はクレイフィッシュが出るんだったがね。きっと空を泳ぐ魔物でよ!」

「せやな、ここはワイの狙撃に任せてや!」

「なんか勘違いしてないか?」

 

 マルとジェイが疑問を浮かべた表情でこちらへ振り向いた瞬間、無数の穴から魔物が這い出てきた。

 外に飛び出した黒真珠のような目玉。水晶のように透明度の高い外殻。そこから透けて見える内蔵器官。

 嫌悪感すら感じる外見をした魔物、クレイフィッシュは無数にある歩脚を忙しなく動かし、長く伸びた触覚と巨大な鋏を大きく持ち上げた。

 

「いやザリガニやんけ〜⁉ フィッシュ要素どこやねん⁉」

「きっと、これは別の魔物でよ‼」

「ジェイさん、マルさん! ザリガニは、英語圏でクレイフィッシュと呼ぶんですわよ!」

「そうなん⁉」

「知らんかったでよ⁉」

 

 実は数時間前まで知らなかったシアンは、さも知ってましたと言いたげな表情で口を開いた。

 

「クレイフィッシュは冷気魔法を扱うぞ。それに、倒した時に自爆するから気を付けろ」

「打ち合わせ通りだがね、了解でよ!」

「ちと焦ったけど、やったるで!」

「頑張りますわ!」

 

 シアンを含めた面々は気合を入れると、早速行動を起こした。

 

 

 

 波打つ氷の大地は滑りやすく、雪駄を持ってしても走り辛い。マルは一瞬眉をひそめるが、すぐさま身体を慣らしクレイフィッシュ目掛けて突貫した。

 前方に三匹のクレイフィッシュ。彼らの口元から冷気を纏った光線が放たれるが、マルは刹那の見切りで避け続ける。やがて、彼らのうちの一匹に狙いを定めた。

 

 体長は一メートルほどだろうか。股下にも届かない高さの獲物であり、マルはこのような相手を斬った試しがない。だが、そこは技量で補うとして彼女には考えがあった。

 

「『わたしの得物は、鋭くも熱いでよ……』」

 

 マルの発した【言霊】によって彼女に抜かれた大太刀の刀身はキラリと光り、それと同時に赤熱しては炎に包まれる。マルは自らの得物をちらと見やると、眼前にまで迫ったクレイフィッシュへ逆袈裟斬りを放った。

 切っ先が氷の大地を溶かしながら、クレイフィッシュの頭部を斜めに斬り上げる。僅かな抵抗はあれど、刀身が血で汚れることもなく物静かに勝負は決した。

 

 マルは自爆するクレイフィッシュには目もくれず、次の獲物へと襲い掛かった。彼女は冷気の息を吐かれようとも炎の大太刀で切り開き、水晶の如き鋏で襲われようともその腕ごと切り飛ばしたのだ。

 段々と息が切れてくるが、それ以上に楽しい。マルは大太刀を振るたびにそう思う。彼女が剣道部に所属したのも、体を動かすことが好きだったからだ。だが、いつからか刀を振る楽しさに取り憑かれた。やがて、斬ることの楽しさに取り憑かれた。

 もしかしなくても、部長のせいかも知れない。マルはそんなことを考えながらも、クレイフィッシュを斬り続けた。

 

 

 

 和弓を強く引き絞り、狙いをつけたクレイフィッシュ目掛けて矢を放つ。矢の挙動を安定させるために姿勢を保ち、残心を意識するジェイは命中を見届けるよりも先に、二射目を放った。

 立て続けに放たれた二射はクレイフィッシュをいとも容易く貫き、冷気の爆発を起こさせる。ジェイは喜ぶのも束の間、腰の背に吊り下げた矢筒より矢を取り出しては弓に番えた。

 

「〈ヘイル・オブ・ソーンズ〉」

 

 そして、魔法を唱え、射る。凍える世界を翔ける矢は一匹のクレイフィッシュに命中し、『トゲの雨』を降らした。冷気の爆発が発生するよりも先に、棘が四方八方に飛び散ったのだ。

 その結果、近くにいたクレイフィッシュは次々と自爆し、たったの一射で計四匹を仕留めることに成功する。ジェイはその事実にやりぃ!と声を上げて、自らを鼓舞した。

 

「負けてられへんでぇ!」

 

 ジェイの前方では演舞のように舞い踊るマルが、次々とクレイフィッシュを片付けていっているのだ。はたまた後方ではシアンとローズが協力をして、巣穴と思われる穴から這い出てくるクレイフィッシュたちを処理し続けているのだ。

 ジェイは己が地味な役割だと自覚している。己が地味な存在だということも自覚している。だが、決して要らない存在ではないことも、自覚している。

 かつては冴えない存在であり、必要ともされていなかったジェイではあるが、この世界では違う。マルやシアンを始めとした多くの人に認識され、求められているのだ。ジェイの世界はどこまでも色付いており、彼はいつまでも続いて欲しいと思っていた。

 そんな世界を守るためなら、いくらでも努力をしよう。いくらでも笑おう。でも、時折立ち止まり、休息をしよう。

 彼はもう、過去を振り返らない。上を向いて生きると決めたのだ。

 

 

 

 右手より放たれた『灼熱の光線』が大気を焼き焦がしながらも、三匹のクレイフィッシュを貫いた。どうやら火魔法は有効打となり得るようで、ローズは溌剌とした様子で高笑いをする。

 

「おーほっほっほ! わたくしの力、存分に魅せてあげますわ!」

 

 上機嫌なローズは左手に『火球』を生み出した。轟々と燃え盛る球体は眩い光を放っており、今にも破裂しそうだ。

 ローズは最もクレイフィッシュが密集している地点へ狙いを定めると、火球を放った。

 

 重力に逆らい、真っ直ぐに飛んでいく火球は一匹のクレイフィッシュに直撃し、即座に爆炎の花を咲かせる。巣穴から這い出て来て折り重なっていたが為に、纏まっていた彼らは瞬く間に消し炭となっていた。

 断末魔さえ爆音にかき消され、僅かに残った肉片さえ爆風で吹き飛ばされる。おまけに氷の大地が溶け出し、生み出された窪地には水が溜まっていた。

 ローズは再び高らかに笑う。圧倒的な力を手に入れたが故に。

 

「お〜ほっほっほ‼ はあ、素敵ですわねぇ! わたくし、とっても幸せですわぁ……!」

「物思いに耽るのは良いが、戦闘に集中してくれ」

「あら、ごめんなさいな? シアンさん」

 

 言葉を掛けてきた白髪の少年、シアンがマルへ群がるクレイフィッシュを見据えると魔法を唱えた。

 

「〈コール・ライトニング〉」

 

 それは精神集中を必要とする『招雷』だ。

 クレイフィッシュの頭上より落雷が落ち、幾多の冷気の爆発が巻き起こる。その爆発は仲間であるはずのクレイフィッシュたちに少なくない傷を与えては陣形が乱れることによって、マルの負担が多少なりとも軽減をしていた。

 ローズはこれが探索者というものかと納得する。決して一人で問題を解決する訳ではないのだ。メンバー同士で助け合い、数の差で不利であろうと有利な状況へと持っていく。そこには確かな戦略があり、加えて、互いのことを思いやる心があった。

 

 ローズは自身が支配的な性格であることを自覚している。気を付けているつもりであっても、時折相手を見下すような発言をしてしまうのだ。

 そのせいで人間関係に悩むといったことが、かつてはあった。だが、チュートリアル島へ来てからは幾分か和らいだ気がしていた。とある人物に対しては強く当たるが、ローズは概ね良好な人間関係を築いていると自負している。

 ローズが変われたのは異世界という未知の環境と、スキルという未知の力のおかげだろう。誰もが初心者であり、情報を共有するには協力が不可欠。そのおかげでローズは変わることができたのだ。そして、今もなおローズは変わろうと努力をしている。

 

「シアンさん、『火の壁』で纏めて片付けますか?」

「いや、そこまで切迫してないから使わなくていいと思う。ひとまず『灼熱の光線』で様子を見てくれ」

「分かりましたわ!」

「悪いな」

「おほほ! 気にしてませんわよ‼」

 

 申し訳なさそうなシアンへローズは笑いかけると、『灼熱の光線』を唱えた。

 

「〈スコーチング・レイ〉!」

 

 ローズの右手より大気を焼き焦がす光線が三度放たれ、クレイフィッシュたちを死に追いやる。その光線は目にも止まらぬ速さで放たれており、避けるのは不可能と言えるだろう。しかし、狙いをつける必要があるため、かなり気を使う魔法であった。

 これもまた成長の糧となる。ローズはそう自身を奮い立たせると、目の前の課題へ真摯に取り掛かった。

 

 

 

 時は流れ、シアン一行はセーフエリアにて休息をとっていた。彼らがいるのは氷の裂け目の先に広がる、幻想的な空間だ。

 彼らの頭上では、虹色に輝く氷が光を放っており、少し離れた空間に広がる青く輝く湖を照らし出していた。そこにはきらきらと光を放つ魚群がおり、天井より虹色の雫が滴ると我先にと群がっている。

 その様子をぼんやりとシアンが見つめていると、ジェイが口を開いた。

 

「ここはあんまり寒くないなあ。耐寒ポーションも切れるとこやったし、助かったで」

「セーフエリア、様様でよ〜!」

 

 石版通販にて購入をしていた茣蓙を広げて、その上になんとこたつを設置したシアンは、パーティーメンバーたちと一緒にぬくぬくしていた。

 

「見つけられたのも、先人たちのおかげだな」

「ええ、先輩探索者さんたちには、頭が上がりませんわ」

 

 そして、悠々と休息をとる。なお、シアンたちは決して迷宮を舐めている訳ではない。単に効率よく疲れを取ろうとしているだけである。

 

「しっかし、ローズは強いなあ! ワイも魔法を扱えるけど、やっぱし純粋な魔法使いとは違うで!」

「ジェイさんの魔法は、【自然魔法】でしたわよね?」

「そうやで! 月刊チュートに載っとったけど、弓関係のスキルを持ってると生えてくるらしいわ!」

「ちなみに、味方を癒やす魔法は【神聖魔法】といって一部の転移者にしか発現しないらしいな。後天的に覚えることはできないとか」

「選ばれた存在みたいで、カッコいいでよ!」

 

 シアンたちが楽しげに会話を交わしていると、ローズが面白そうな話をし出した。

 

「マジカ・マギカでは、魔法使いが二種類に分けられていることをご存知ですか?」

「なんや、そうなんか?」

「知らないでよ!」

「俺も知らないな」

「といっても、言葉遊びのようなものです。わたくしは【竜の血脈】という固有スキルを持ってまして、先天的に火魔法を覚えていました。ですがそれは珍しく、多くの方は後天的に魔法を覚えますわ。方法としては誰かに師事をしたり、石版通販で魔法書を購入したりです」

「魔法書って、本当に魔法を覚えられるんか?」

「ある程度のセンスと魔法適正が求められますわね。最も覚えやすい方法は誰かに師事をして、直に魔法を感じることですわ」

「なるほどな〜。話の腰を折ってすまんやで!」

「構いませんわ。それで誰が言ったか、先天的な魔法使いをソーサラー、後天的な魔法使いをウィザードと呼び始めたのですわ。いつしかその呼び名はマジカ・マギカ内で広まりました。両者に大きな違いがあるという訳ではありませんが、きっと魔法が好きな方が分けたのでしょうね」

「それか高らかにソーサラーであると、ウィザードであると喧伝したいのかだな」

「はえ〜、面白い話でよ!」

 

 長々と語ったローズの話はシアンとしては心躍るものであった。彼は自分に当てはめてみるとソーサラーなのかなと思い、自称するのも良いかもしれないと思案する。その際に楽しげに考える様子を見られていたのか、シアンはローズに微笑まれていた。

 

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