ある晴れた日の昼下がり。シアンは西居住区の奥の奥へと足を進めていた。やがて、ひっそりと佇むように存在する店を発見する。そこは『錆色時計』と書かれた看板を掲げた喫茶店であり、シアンはこの店で待ち合わせをしていたのだ。
リンッ、と涼しげなドアベルが店内に鳴り響くと、穏やかそうな店員がシアンを出迎えた。
後ろで黒髪を結んだ、二十歳前後の綺麗な女性。彼女は緑色のセーターの上にエプロンを身に着けており、柔らかな表情も相まって大人な雰囲気を漂わせていた。
シアンはここで人見知りを発動し、ぶっきらぼうにも「待ち合わせをしているのですが……」と呟いてしまう。しかし、店員である彼女は、そんなシアンに対しても優しげな声で「お連れ様は到着していますよ」と伝えてきた。そして、案内されたテーブルには、既にジェイとマルが待っていたのだ。
東地区と海が一望できる窓際の席は見晴らしが良く、店内に流れるオルゴールも相まって、心地良い空間が広がっていた。シアンはジェイの隣に腰掛けると、マルと対面をするような形となる。その時、やけにゴツいテーブルが筐体であることに気付いたのだ。
「うわ、懐かしいな。これゲームできるぞ」
「第一声がそれかいな? シアンは子供やな〜」
「ジェイも同じこと言ってたがや……」
「マル、そこは黙っときッ‼」
ビシっと虚空を叩くジェイを他所に、シアンは店内を眺める。テーブル席の他にはカウンター席があり、様々なアンティークが置かれては雑多な雰囲気を醸し出していた。
どこをとっても絵になるような、昔懐かしさを覚える内装にシアンはつい笑みをこぼすと、マルに微笑まれていることに気付く。
「ふふ、最近のシアンはよく笑うようになったでよ!」
「……別に変わってないだろ?」
「いやいや、最初の頃なんて仏頂面の化身やったで? 大仏かと思てたもん」
「流石に盛ってるだろ」
なはは!と笑い声を上げるジェイを軽く小突き、シアンはメニュー表を広げた。せっかく来たので、何かを注文したい気分だったのだ。
「お前らは頼まないのか?」
「シアンが来るのを待ってたがや、何を頼むかはもう決めてるがね」
「これが美しき友情……って奴やで?」
「そうか。なら早く店員を呼べ。俺はもう決めた」
「辛辣ぅ〜⁉」
ツッコミを入れるジェイが大きな声で店員を呼び寄せると、先ほどの女性がやってきた。そして、彼女へ注文内容を伝えるのだが、シアンはある提案をしたのだ。
「すみません、このアイスミルクなんですが、ワイングラスでお願いできますか。あと、ストローとシュガーシロップをお付けして欲しいんですが……」
「ええ、分かりました。他に注文はありますか?」
「ワイはメロンソーダ! 勿論アイス付きやで!」
「わたしはウィンナーコーヒーでお願いするでよ」
「分かりました。フフ、少々お待ちくださいね?」
注文を書き留めた女性店員がこちらへ微笑むと、カウンターの方へと去っていった。その様子をしばらく追っていたシアンだが、ジェイに質問をされる。
「なーなー、なんであんな注文したん? なんか拘りあるんか?」
「……幼い頃、祖母とよく行っていた喫茶店で頼んでたんだ。久しぶりに、飲みたくなったんだよ」
「素敵でよ〜! わたしも、なんだか昔を思い出すがね!」
「ええやんか〜! ワイも可愛い少年時代があったんやで〜!」
今や朧げとなった記憶の片隅に、祖母と行っていた喫茶店の記憶がシアンにはあった。
そこは人気の少ない喫茶店で、いつも店内が薄暗い。加えて、ヤニによって茶色く変色した壁や天井が印象に残っていた。だが、高齢な店主と彼女を支える娘は優しく、幼いシアンによく構ってくれていたのだ。
いつしか祖母も喫茶店も姿を消したが、シアンの思い出の中で彼らは生き続けている。シアンはどれだけ記憶が薄れようとも、生涯彼らのことを忘れないだろうと思っていた。
しばらくして、注文したドリンクが届けられた。シアンの目の前には願い通りのアイスミルクが置かれ、彼は思わずじっと見つめてしまう。だが、シュガーシロップをグラスの中へ注ぐと、彼はストローでかき混ぜた。そして、思い出に浸りながらアイスミルクを啜ったのだ。
「……美味い。あの頃と同じ味だ」
「そりゃ良かったがね!」
「また来てもええかもなあ!」
昔懐かしい味にシアンは安らぎを覚え、目を瞑った。彼の脳裏には風のように朧気な少年時代が流れゆき、昔感じた感情が呼び起こされる。
あの頃は楽しかった。だけど、今だって楽しいよ。シアンは過去の自分へ伝えるように、そう心の中で囁いた。
注文したドリンクを堪能しゆったりと寛いでいたシアンは、本命である用事を思い出した。どうやら呼び出した本人であるジェイは、テーブル筐体でスペースインベーダーを遊んでおり、用事を話す気配が全くない。また、普段ならばここでツッコミを入れるマルも何やら真剣に雑誌を読み込んでいた。
仕方がないので、シアンが声を上げることにした。
「ジェイ、なんで俺たちを呼んだんだ」
「あっ⁉ すっかり忘れてたやで‼」
「そういえばそうだかね」
はっとした様子のジェイが急いでゲームを終わらせると、魔法の袋より写真を取り出した。それは迷宮十階層を攻略した際にシャーロットに撮ってもらった写真のようだ。
「シャーロットから人数分貰ったんやで、受け取ってや!」
「おおー! 上手く撮れてるがね!」
「なかなか良い写真じゃないか」
ジェイから手渡された写真には勇者の剣を持ってドヤ顔を披露するディアベルと、彼を称えるようなポーズを取るジェイとマル、そして、好きなポーズで写真に写るシアンとツムギ、ローズがいた。
誰も彼もがこの瞬間を楽しんでいる様子で、シアンはこれもまた忘れることのない思い出になるだろうなと考えていた。そんな時、ジェイが口を開いたのだ。
「……ワイら転移者は、三年後にはバラバラになる。正直に言や、ワイは嫌やで。せっかく、皆と仲良くなれたのに……」
「ジェイ、それは仕方ないでよ」
「……」
がっくしと肩を落としたジェイは、そう悲しそうに呟いた。しかし、辛そうにしながらも彼は顔を上げた。
「ワイも理解してるつもりなんよ。皆と別れることは最初っから決まってた事やから。でも、そう簡単には割り切れんのや……!」
「ジェイ……」
「──なら、沢山思い出を作ろう。まだまだ時間はあるんだ」
「シアン、そうは言ったって、三年しかないんやで⁉」
「お前がやりたい事を言えよ。俺が一緒に叶えてやる」
シアンだって分かっている。マルだって分かっている。いずれ、本当の別れが来ることを。だが、別れが悲しいからといって今を捨てるのか? そんなこと、シアンは断じて認めない。
出会いがあれば、別れもある。それは全てにおいて言えることであり、揺るぎのない真実だ。
シアンはもう、後悔はしたくない。辛いことも、経験したくはない。ならば、最高の別れを実現するしか方法はないのだ。
「ジェイ、俺に出会えてよかったと、死の間際に最高の仲間だったと思わせてくれ。俺はその見返りとして、お前の最高の仲間でいてやるよ」
「そうでよジェイ! わたしたちは、別れた程度で忘れるような仲じゃないでよ! それとも、ジェイにとってはその程度の認識がね……?」
「ぐううっ! そんな訳ないやんか! ワイは、シアンもマルもめっちゃ大切に思っとるんやで‼」
「だったら泣くなよ。道はまだ続いてるんだ、一緒に歩こう」
「たとえジェイが転んでしまっても、わたしたちが起こすがね!」
ジェイは一度俯くと、泣き腫らした表情を持ち上げた。そして、号泣をしたのだ。それにつられてマルも涙を流し、シアンもまた彼らにつられて鼻をすすった。
「ワイの仲間は゛っ、最高や゛ぁ〜〜‼」
「そんなに泣く必要ないでよ〜!」
「相変わらず騒がしい奴だな」
「酷い゛ぃ〜〜‼」
テーブルに突っ伏したジェイを慰めるシアンとマルは笑い合うと、その様子を見ていた店員に頭を下げた。そして、そっと手渡してくれたハンカチをジェイに渡したのだ。
シアンたちの冒険は終わっていない。だが、一つの区切りがついた。彼らは迷宮を通して仲を深め、決して忘れることのない、最高の仲間を手にしたのだ。
いずれ別れが来るだろう。しかし、彼らはもう──一人じゃない。
これにて完結。ご愛読ありがとうございました。
アカズキ、イナリ、剣道部の部長と伏線が残ってますが、この作品が評価された時にまた、続きを書こうと思います。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました! ぜひ原作も読んでください〜〜〜!!!
登場したソーサラー、ウィザード魔法
初級魔法
・冷気光線
・電撃の手(ショッキング・グラスプ)
第一位階魔法
・人物魅了
・睡眠
・氷のナイフ
・水の生成と破壊(水の生成のみ登場)
第二位階魔法
・霧渡り
・不可視化
・強風
・破砕
・灼熱の光線
・対人金縛り
・メルフの酸の矢
第三位階魔法
・みぞれ交じりの嵐
・加速
・催眠文様
・悪臭の雲
・吸血の手
・火球
・電撃
・招雷
第四位階魔法
・火の壁
・氷の嵐
登場したレンジャー魔法(自然魔法)
第一位階魔法
・絡みつく打撃
・トゲの雨
・濃霧
第二位階魔法
・トゲ密集
・静寂
登場したクレリック魔法(神聖魔法)
初級魔法
なし
第一位階魔法
・傷治療
第二位階魔法
・助力
・静寂
第三位階魔法
・聖戦士のマント(クルセイダーズ・マント)
・護りの霊(スピリット・ガーディアンズ)