淡い水色の空を背景にした、大きな時計塔を見上げるシアン。時刻は午前九時を指しており、待ち合わせの時間ぴったりだ。
所在なさげに立ち尽くすシアンは、バンカラマントや馬乗り袴、巾着袋に緩みや異常が無いかを確認していた。その時、彼に近づく二人の少年少女が現れた。
胴丸と呼ばれる鎧を身に着けた金髪碧眼の少年は、背中に大きな和弓を背負っており、丈の短い着物、ミニ着物を身に纏った黒髪緑眼の少女は、身の丈ほどもある大太刀を担いでいる。どちらも和風装束だが、チュートリアル島では少数派である。その証拠に、時計塔の周りで待ち合わせをする転移者たちは、洋服や西洋鎧を身に着けている者が大半だ。
「シアン、待たせたやで〜!」
「おはようだで!」
「おはよう」
彼らから気さくな挨拶をされたシアンは、二人──ジェイとマルに挨拶を返した。そして、早速とばかりに迷宮へ向かおうとする。しかし、ジェイが待ったを掛けたのだ。
「シアン、すまん! ワイ、まだ朝飯食ってないんや。ちと寄り道させて〜や!」
「させて欲しいがね!」
「仕方ないな」
出鼻をくじかれたシアンはやれやれと首を振ると、屋台の立ち並ぶ噴水広場へと歩を進めた。
迷宮三階層。通称、街道。そこは自然に囲まれた街道が延々と続く階層であり、攻略に関してはそこまで難しくはない。しかし、ひとたび道を外れるとウルフやキラーベアといった魔物が牙を向く。実力のある探索者ならば問題はないが、群れで襲い掛かってくるウルフや個体差の激しいキラーベアは驚異的であり、油断しようものなら簡単に命を落としてしまう危険性を秘めているのが三階層の特徴であった。
暖かな木漏れ日が差す、森の中。シアンはマルとジェイの後ろを歩いていた。最後尾なため、パーティーメンバーと森全体がよく見える。
シアンが二人と出会った馴れ初めは特段面白い事はない。ただ二人に声を掛けられ、なし崩し的にパーティーに加わっただけだ。しかし、明るい性格であるジェイとマルと一緒にいる事に、シアンは不満を抱くことはなかった。むしろ楽しいとさえ思っていた。ただし、二人は騒がしい事この上ないので、普段から一緒にいるのは勘弁だなとも思っていた。
「ウルフが四匹! こっちに向かってくるでよ!」
「アイアイサー! プランAでいくで!」
「了解」
大太刀を勢い良く引き抜いたマルが戦闘態勢をとり、ジェイとシアンもまた彼女に続いた。やがて、森の中を疾走する四つの影が姿を現す。
木々の合間を縫うように、白銀の狼が大地を駆ける。ひと目見て分かるほどに統率の取れた群れであり、一際大きいウルフがシアンたちを見据えていた。
「『わたしは、でら大きいでよ!』」
その時、マルが言葉を発し、身に纏っていた衣服ごと巨大化をした。身長一五〇センチメートル前後だったマルは、四メートルをも超える巨人へと変貌したのだ。
マルは固有スキルに目覚めている。その名も、【言霊】。魔力、霊力、気力、名称はなんでもいいが、力を言葉に乗せて発することで、現実世界に干渉することができる。今回は自身の体を巨大化させたという訳だ。
「でぇりゃあああああ‼」
勇ましい叫び声とともに、マルが巨大化した大太刀を水平に構え、大回転をした。その結果、砂塵が巻き起こるほどの突風が吹き荒れては、容易く二匹のウルフが両断される。
大太刀を振り終わったマルは否が応でも隙を晒してしまうため、そこへ残りのウルフたちが襲い掛かってきた。しかし、ジェイより放たれた二本の矢が、ウルフたちの脳天を貫いたのだ。
即座に絶命し、黒い霧となって魔石を落とすウルフたち。シアンたちは無事に戦闘を乗り切り、完璧な勝利を収めたのだ。
「いや〜楽勝やで〜! ワイら、サイキョーなんちゃうか〜⁉」
「あはははは! わたしらサイキョーでよ〜‼」
「なはははは‼」
高笑いを上げる二人を他所に、シアンは魔石を拾い集める。しかし異変を感じ取り、すぐさま【索敵】を意識した。
大きな反応が三つ、シアンたちへ向かってきている。恐らくキラーベアが三頭。だが、キラーベアは本来群れないはずなのだ。シアンは違和感を覚えつつも、二人に敵襲が来ることを知らせた。
やがて、木々を薙ぎ倒しながらも三頭のキラーベアが現れた。どうやら手負いのようで、非常に殺気立っている。
もしかしたら、他の探索者の獲物かも知れないが、逃したところを見るに教会送りになったか、シアンたちになすり付けたか。真偽の程は分からないが、今すぐにでも対処しなければ、シアンたちが教会送りになるのは明白であった。
「ジェイ、足止めを頼んだ。マル、壁役に徹してくれ」
「了解やで〜!」
「任せるだがね!」
「〈クリエイト・ウォーター〉」
「〈スパイク・グロース〉!」
シアンたちは即座に行動を起こす。シアンの魔法によって、木々の合間から土砂降りの雨が降り注ぎ、キラーベアたちを濡らす。続けて、ジェイの放った矢が地面へ着弾すると、おおよそ十二メートルもの範囲が硬い棘で覆われた。
ずぶ濡れとなったキラーベアたちは、我先にとシアンたちへ襲い掛かる。しかし、硬く鋭い棘が足裏に突き刺さり、悲鳴を上げた。そこへシアンの魔法が炸裂したのだ。
「〈ライトニング・ボルト〉」
丁度、重なるように並んでいた二頭のキラーベアは、大気を貫く『電撃』に撃ち抜かれた。ずぶ濡れであったために派手に感電し、よろよろと歩いては、やがて事切れる。
それと同時に、最後の一頭が足裏から血を流しながらも、突貫してきていた。しかし、ジェイの放った矢が左前足の肘関節に突き刺さり、転倒をしたのだ。
ジェイが『トゲ密集』を解除し、マルが突貫する。続けて、大太刀を大上段に構えたマルが、裂帛の声とともにキラーベアの首目掛けて、斬り下ろしを放った。
東地区にある提灯通り。そこには所狭しと飲食店が軒を連ねており、通りに面した屋外には多くのテーブルや椅子が並べられていた。
頭上を見上げれば、建物の合間には多くの提灯が吊り下がっており、それは時折吹く春風によって、ゆらゆらと揺れている。
地上へ帰還したシアンたちは、昼食を何にしようかと吟味をしていた。通りを歩きながらも飲食店を見回り、あーでもないこーでもないと唸っていたのだ。主にジェイが。
「はよ決めるだがね‼」
「流石に遅い」
「ちょ、ちょ〜待ってんか! ワイは迷っとるんや!」
「何で迷っとるがや‼」
「和食か、洋食かや!」
「まだそこがね⁉ もういい! シアン、あの店にするでよ‼」
「そうしようか」
「ちょ、ちょ〜待ってや〜⁉」
マルに手を引かれるシアンは、台湾料理店へやってきた。店内からは食欲をそそる香りがこれでもかと匂ってきており、シアンはマルと顔を見合わせると、早速足を踏み入れる。
赤提灯が吊るされた店内は、カウンター席から厨房が見え、その上には繁体字で書かれたメニューが並んでいた。元は日本人なためシアンは殆ど読めなかったが、唯一読めるものがあった。それは小籠包である。
四人席についたシアンたちは、テーブルに置かれたメニュー表を広げて、それぞれが食べたい料理名を声に出していった。
「わたしはオアチェンにするでよ!」
「俺はルーローハン」
「なんや、台湾料理ゆうたら小籠包、いやシャオロンパオやろ! いやでも、こっちのニョーローメンも美味そうやな……」
転移者たちで賑わう店内は騒々しく、それにつられてシアンたちも騒ぎ出す。決して物静かな空間とは言えないが、不思議と心地が良く、シアンはほんの少しだけ笑みを浮かべた。
食後のデザートとして、三人で仲良くタピオカミルクティーを飲んでいると、ジェイが話を切り出した。それは世間話から始まり、やがて本題であろう話題へと変わっていた。
「マルたちは月刊チュート読んだか?」
「生徒会が発刊したやつがね? まだ読んでないでよ」
「俺も読んでない」
「か〜! 時代に取り残されるでぇ⁉ 月刊チュートには、様々な情報が乗っ取るゆうのにぃ‼」
「詳しい事はジェイが教えてくれりゃいいがね。それに、後で読むつもりでよ」
「マルに同意」
月刊チュートとはマルが話した通り、生徒会が発刊した月刊誌である。チュートリアル島での出来事や、人物紹介、スキルについての情報などが載せられているのだ。
「ほんで、話を戻すけどな? ワイら『黎明隊』が、なんと月刊チュートの取材を受けることになったんや! 凄いやろ⁉」
「はえー、そうなんがや。そりゃよかったな」
「そうか」
「反応うっす⁉ 月刊チュートやで? 転移者の殆どが読んどるシロモノなんやで⁉」
ジェイが興奮した様子で月刊チュートの凄さを説明する。しかし、シアンたちにとってはどうでもよかったので、生返事しか返さなかった。
「なんやなんや、もう少し喜んでくれる思たんのに〜!」
「よく分からんけど、取材はいつがや。わたしは午後無理やで。剣道部に通っとるし」
「俺も午後は無理だ。一人で過ごしたい」
「安心せえ! 明日の午前中や! もともとワイらは迷宮潜る予定やったし、ええやろ?」
「それならいいでよ」
「仕方ないな」
シアンたちの返事を聞いたジェイは、ほっと息をついた。そして、取り留めのない会話を始める。やれ提灯通りに新しい店ができた、パステルモールにあるケーキ屋が美味しい、最近仲良くなった探索者がいる。
マルが相槌を打ち、ジェイとの会話に花を咲かせる中、シアンは一人静かにタピオカミルクティーを啜るのだった。