チュートリアル島ではしとしとと雨が降っていた。これから本降りがやってくる様子はなく、小雨が延々と続きそうな一日だ。そのためか転移者たちは外出を控えているようで、道行く人々は疎らであった。
朱色をした番傘を差し、時計塔へやってきたシアンは、既にいたジェイとマルの二人と合流をした。二人もまた番傘を差しており、ジェイは紺色、マルは若葉色のようだ。
「今日は遅いやんけシアン〜!」
「わたしたちが早いだけでよ〜!」
「……随分と気合が入ってるな」
二人に声を掛けられたシアンは、彼らの変化に気づいた。ジェイは胴丸をピカピカに磨いており、マルは短めの髪をいつも後ろで結んでいるのだが、今日は髪飾りを変えている。また、身に纏っているミニ着物が心なしか高級そうであった。
「そんな気はしとったけど、シアンはいつも通りやな!」
「それでこそシアンだで!」
「褒め言葉として、受け取っておこう」
シアンは二人に挟まれながらも、迷宮へと歩き出した。
いつも以上にテンションの高いジェイ。そして、よくよく見ると化粧を施していたマル。今日は月刊チュートの取材日なのだ。なんでも少人数ながらに実力のある『黎明隊』を、来月の探索者特集で取り上げたいとのこと。ジェイが取材協力に快諾したため、これから合流する記者とともにシアンたちは迷宮へと潜る予定であった。
前後にツバのついた帽子、ディアストーカーハット。そして、ケープが重なったコート、インバネスコート。どちらもチェック柄であり、多くの人が探偵をイメージするような格好をした女性こそが、シアンたちに同行する記者のようだった。
「はじめまして! ワタシは月刊チュートの編集長兼、雑誌記者のシャーロットと申します。黎明隊の皆さん、本日はよろしくお願いしますね!」
「むほほ! こりゃべっぴんさんやで〜‼」
「よろしくでよ!」
「よろしく」
優しげな瞳をしたシャーロットは、ジェイが鼻の下を伸ばす程度には美人であった。また、コート越しからでも分かるほどにスタイルが良く、ジェイが花に群がる虫のようにふらふらと近づく。しかし、マルに思いっきり脛を蹴られてはその場で蹲っていた。
「じゃあ早速迷宮に潜るでよ‼」
「行こうか」
「ワタシ、ワクワクします!」
「だ、誰もワイの心配、してくれないん……?」
若干涙目のジェイを最後尾に、シアンたちは迷宮へと続く転移陣へ移動する。やがて、彼らは光に包まれた。
迷宮四階層は、雄大な山々が広がる山地帯だ。そこまで標高が高くないため、森林限界によって山頂が森林に覆われていないなんてことはない。
何処までも続く山の稜線と頭上に広がる大空は、大自然を身近に感じる事ができる。そのため、一部の転移者たちの中で人気があり、登山が趣味の転移者たちが度々訪れるのをシアンは知っていた。
森林の大部分が杉で構成された森の中。シアンたちはマルを先頭に山中を進んでいた。
落ち葉を覆うように、草木や苔が繁茂する獣道を歩いていると、シャーロットが声を掛けてくる。
「まだ魔物のテリトリーではないですし、黎明隊の皆さんについて、お聞きをしてもよろしいですか?」
「勿論ええで! 何でも聞いてや‼」
「ありがとうございます! では、まずは黎明隊の結成のきっかけについて教えてください」
「おけまるや!」
その後、ジェイがシャーロットの質問に答えていった。それは黎明隊の活動内容の他に、メンバーの趣味嗜好に至るまで聞き取りが行われる。それによってシアンたちの中でも知らなかった事が明らかとなり、話が大いに盛り上がった。
「マルが剣道部なのは知っとったけど、普通に優秀なんか。ワイ、知らんかったで!」
「シアンはずっと五階層潜ってるって、本当がや?」
「本当だ。魔力回復ポーションを使いながら、潜ってる。五階層はスキルのレベル上げに最適なんだ」
「はえ〜、知らんかったでよ!」
「ワイを無視せんで⁉」
和気あいあいと会話を楽しむシアンたち。しかし、突如としてジェイが止まれのハンドサインを出すと、全員が表情を引き締めてその場で警戒態勢をとった。
「なんか来るで! 恐らく、ビッグボアが二体に……ヴァルチャーが八体や!」
「めちゃ多いがね⁉ ジェイ、ヴァルチャーいけるがや?」
「モチのロンや! ここらでいっちょ、カッコイイとこ見せるで〜‼」
各々が戦闘準備を整える中、森がざわめき始めた。やがて、木々の合間から巨大な猪が姿を現す。
どうやら二頭のビッグボアは、既に戦闘態勢のようだ。前足で強く大地を蹴り、今にも飛び出しそうな雰囲気がある。また、彼らに続くように、上空より八体もの鳥型の魔物が現れてはギャアギャアと喚き始めた。
多勢に無勢といった状況ではあるが、シアンたちに動揺はない。むしろ、この状況を楽しんでいる節まであった。
やる気十分といった様子のマル。シャーロットを意識してキメ顔を披露するジェイ。獲物が多い故に微かな笑みを浮かべるシアン。三者三様の様子を見せる彼らは、すぐさま行動を起こした。
「ワイが一番槍やで〜‼」
一番手はジェイだ。彼は和弓に矢を番え、瞬時に矢を放った。すると、先陣を切っていた一体のヴァルチャーはおろか、その背後にいたヴァルチャーさえも貫き、墜落させる。
ヴァルチャーたちに混乱が広がる中、二体のビッグボアが駆け出した。彼らに反撃するため、シアンが即座に魔法を唱える。それは『悪臭の雲』だ。
「〈スティンキング・クラウド〉。マル、間違っても範囲に入るなよ。鼻がもげるぞ」
「分かったでよ!」
シアンたちの前方に真緑色の雲が出現し、ビッグボアたちを飲み込むと、彼らから悲鳴が上がった。
『悪臭の雲』とは、その名の通り、行動を起こせなくなるほどの悪臭を放つ雲を出現させる魔法である。妨害が主要であるため殺傷力はないが、一時的にでも複数の対象を行動不能にし、立ち入りを躊躇させる範囲を作り出せるのは魔法使いの特権といえるだろう。
混乱した様子のビッグボアたちが、慌てた様子で飛び出してくる。そこへマルが襲い掛かった。大太刀を天上へ大きく振り上げ、全身の筋肉を余すことなく力に変えて、振り下ろしたのだ。
ビックボアの脳天へ入った大太刀は、そのまま地面へと突き刺さった。完全に頭部を両断されたビッグボアは、その場で頽れながらも魔石へと変わっていく。
「〈ライトニング・ボルト〉」
もう一体のビッグボアには、シアンが『電撃』を放った。大気を劈く爆音とともに稲妻が迸り、ビッグボアを貫く。しかし、当たりどころが悪かったのか、未だに倒れる様子はない。
「マル、頼んでいいか」
「いいでよ! シアンはジェイの援護を!」
「了解だ」
シアンが一人ヴァルチャーと格闘するジェイを見やると、かなり窮地に陥っていた。流石に数が多すぎたようだ。
「シアン〜⁉ 助けてクレメンス〜⁉」
三匹のヴァルチャーにいいように遊ばれているジェイは、走り回ってはヴァルチャーたちに啄まれている。どうやら数を減らすことには成功したが、近づかれてしまったらしい。ジェイは懸命に小刀を振っているが、かする様子もない。
シアンはジェイにこちらへ来るように指示を出すと、自らもまた走り出した。そして、ジェイと間近に迫った時、魔法を唱えたのだ。
「ジェイ、伏せろ。〈ガスト・オブ・ウィンド〉!」
「あひ〜⁉」
涙目のジェイが飛び込んだ瞬間、シアンの突き出した両手から爆風が吹き荒んだ。それはジェイに群がっていたヴァルチャーたちを吹き飛ばし、地面へと突き落とす。その隙に起き上がったジェイが青筋を立てながらも、小刀で持ってしてヴァルチャーたちにトドメを差して回った。
「このっ! よくもやってくれたやんか〜‼」
全身に擦り傷を負ったジェイのおかげで、ヴァルチャーの処理は終わった。その頃にはマルもビッグボアを片付けており、戦闘は一段落ついたのだ。
セーフエリア。迷宮の各階層には、そう呼ばれる領域がある。そこには魔物が入ってこないため、安心して野営が可能となっていた。
何度か戦闘を繰り返したシアンたちは、セーフエリアにて休息を取っていた。森の中にぽっかりと空いた空間で、各々が心身を癒やす。
倒木に腰を掛けて、シアンは青い水薬、魔力回復ポーションを飲んでいた。その時、シャーロットが声を掛けてくる。
「シアンさん、お疲れ様です」
「おつかれ」
「正直驚きました。今までの戦闘でこれといった危機が訪れることはありませんでした。こうも上手くいく探索者パーティーは珍しいですよ」
シアンはやや興奮した様子のシャーロットへ目線を送ると、自身の思っていることを吐露した。
「役割分担をしっかりしているからだ。マルが前衛かつ、壁役。ジェイが中衛かつ、もしもの時の囮役。俺が後衛かつ、遊撃。黎明隊は三人と人数が少ないが、浅い階層なら十分に機能する」
「ええ、その通りだと思います。シアンさんたちの三人だからこそ、上手く回っている印象を受けました」
「だが、言ってしまえば一人が欠けるとパーティーは崩壊する。あと一人ぐらいは加わって欲しいところだ」
「ええ、そうですね」
シャーロットと探索者談義をしていると、マルとジェイが近づいてきた。なにやら笑顔だが、一体何を考えているのか。シアンがそう思った時、二人が挟み込むようにして、彼の両隣へ座ってきたのだ。
「なんやシアン〜! ワイらのことを認めてんなら、面と向かって言ってや〜!」
「褒めて欲しいでよ〜!」
「……面倒くさいな」
シアンは立ち上がろうとしたが、前衛職のマルに敵うはずもなく無理やり座らされる。仕方がないので、シアンは二人に感謝を述べると、ジェイとマルはその場で小躍りをし始めたのだった。