チュートリアル島には、二千人ほどの転移者たちがいる。そんな彼らは女神によって力を与えられた。しかし、逆を言えば力を与えられただけである。そう、誰がこの島を取り仕切るかは決まっていなかったのだ。
そこで立ち上がった者たちがいた。彼らは『生徒会』という組織を立ち上げ、チュートリアル島で過ごす三年間を学校生活になぞらえて『部活動』を作った。
剣術を磨く『剣道部』、スキルについて研究をする『スキル研究部』、魔法を探求する『マジカ・マギカ』などだ。他にも、生徒会の下部組織に『シノ部』や『ロイヤルガード』などが存在する。
何故、部活動について説明をしたのか。それはシャーロットの取材から一ヶ月ほどが経ち、月刊チュートに黎明隊が記載された頃。シアンが部活動の勧誘を受けるようになったためである。
東地区にある公園。そこでは定期的にバザーが開催されるため、人で賑わうことが多い。しかし、今はその期間ではないため閑散としており、疎らに人がいる程度だ。おかげで、だだっ広い公園が一望できていた。
芝生の上に風呂敷を広げてシアンは寝転がっていた。彼がのんびりと時間を潰していると、日陰を作るために広げていた和傘越しに、声を掛けられる。
「突然申し訳ございませんわ。あなた、黎明隊のシアンさんですわよね?」
最近はよく声を掛けられるな。そんなことを考えながらも、シアンは和傘をどかす。するとそこには、長い金髪を緩く巻いた少女が立っていた。赤い豪奢なローブも相まって、何処かの貴族令嬢のようだ。
「俺がシアンだが、なんの用だ」
「か、体は起こしてくださらないんですのね。まあいいですわ。わたくし、『マジカ・マギカ』所属のローズですわ!」
「そうか」
勝ち気そうな顔立ちをした少女は胸を大きく張り、自慢気にそう言った。シアンは主張の薄いローズの胸をちらりと見た後、目を瞑る。そして、口を開いた。
「先に言っておくが、俺は部活動には入らないぞ」
「むう、先手を打たれましたか。ですが、いいんですの? 『マジカ・マギカ』には魔法職の方が多くいますわ。様々な魔法を教えて貰うことだって可能なんですのよ?」
「……俺は時間に縛られたくない」
「部長に頼めば、ある程度の融通は利きますわ。シアンさんは固有スキルに目覚めていますし、きっと優遇されること間違い無しですわ!」
「俺は金に困ってない」
「……まあ、お賃金はお世辞にも高いとは言えないですし、探索者であるシアンさんの方が稼げるでしょうね……」
むむむ、と唸るローズを他所にシアンはスキルについて考えた。スキルとは、経験を積むことで身につくものだ。ならば、魔法はどうなるのか。経験を積むなんて出来るのだろうか。シアンは少し気になったため、ローズに質問をすることにした。
「新たに魔法を覚えられるのか?」
「覚えられますわ! もしよろしければ、わたくしが教えてあげますわよ?」
「……いや、いい。部活動には興味がないからな」
「んもう!」
何故そこまでして部活動に入りたくないのか。ローズはそう考えていることだろう。しかし、そこにはシアンなりの理由があったのだ。
シアンがチュートリアル島へ来る前は、どこにでもいる平凡な青年だった。日本という国で生まれ、公立の学校へ通い、多くの人と同様に社会へ出た。しかし、彼は社会の歯車となることができなかった。複雑な人間関係、度重なる重労働、理不尽な制裁。彼はいつしか心身を崩し、全てが嫌になった。
ありきたりな出来事と言えば、そうだろう。だが、シアンはもう二度と繰り返したくなどないのだ。故に、自由を求める。誰かに依存するなど、誰かの元につくなど御免こうむる。全ては己の為に生きると決めた。それが、シアンの信条である。
「用が済んだなら帰れ。俺は一人が好きなんだ」
「ぐぬぬ……! 分かりましたわ! シアンさん、わたくしと迷宮へ行きましょう!」
「なんでそうなる?」
思わずローズへ振り向いたシアンは、彼女が自信に満ち溢れた表情をしていることに気付いた。訝しげな視線をシアンは送るが、ローズは気にも留めていない様子だ。
「部活動の勧誘は諦めました。ですが、わたくし個人としてはシアンさんと仲良くしたいのですわ。シアンさんは迷宮がお好きみたいですし、探索者のメソッドもご存知。ぜひ、迷宮探索にお供したいですわ!」
「お荷物になるだけだ」
「あら。そういえば、わたくしの実力をお伝えしてませんでしたわね。これは失礼をば」
膝を軽く折り、綺麗な礼をする。そして、ローズが顔を上げた時。彼女の瞳はまるで蛇を思わせるような、縦長の瞳孔をしていたのだ。
「わたくしも、固有スキルに目覚めてますの。その名も、【竜の血脈】。わたくし以外にも【竜の血脈】持ちはいますが、今のところダブりはありませんわ」
「ダブりとはどういう意味だ?」
「【竜の血脈】には様々な竜の特徴が出るんですの。わたくしの場合はレッドドラゴン。火魔法に適正があるんですわ」
「なるほど、理解した」
固有スキルについて詳しくなかったため、シアンは素直に感心した。だが、それはそれ、これはこれである。そのため、シアンはローズに諦めさせようと口を開いた。
「固有スキルに目覚めているからといって」
「火魔法のレベルは5ですわ」
「……ある程度の実践経験がなければ」
「四階層までは、部活動の一環で潜りましたわ」
「……」
「シアンさんは五階層のゴブリン洞窟がお好きでしたわよね? わたくし、まだ潜ったことがないんですの。触りだけでもいいので潜ってみたいですわ!」
尽くがローズに封じられたシアンは無言で立ち上がる。そして、和傘と風呂敷を魔法の巾着袋へと仕舞った。
懐から取り出した懐中時計は午後一時を指している。時間帯も丁度良いようだ。
「仕方ないな。今から五階層へ潜るぞ」
「よろしくお願いしますわ!」
満足げな表情を浮かべたローズを流し見たシアンは、なんだかうまく乗せられたような気がしたが、仕方がないと割り切った。また、シアンは一人でいることが好きだが、探索者はパーティーを組んだ方が効率的なのも理解しているのだ。そのため、迷宮探索のついでにローズを連れて行くだけだと、彼は自身に言い聞かせていた。
迷宮五階層。通称、ゴブリン洞窟。延々と続く洞窟内に光はなく、セーフエリアも存在しない。また、暗闇の支配する洞窟内にはゴブリンと呼ばれる魔物が潜んでおり、明確な殺意を持って襲い掛かってくる。
転移者御用達の月刊チュートには、死を経験した探索者の四割が五階層のゴブリンにやられたと記載してあり、それほどまでに危険な階層として五階層は周知されていた。
凸凹とした硬い地面を踏みしめ、シアンは洞窟内を進んでいた。彼の後ろにはローズが続き、辺りを見回しながらもしっかりとシアンについてきている。
その時、静寂に耐えかねたのかローズがシアンに話しかけてきた。
「シアンさん、【夜目】のレベルはどのくらいですの? わたくし、五階層のために夜目を身に着けたんですがレベルが低くて全然見えませんわ」
「4だ。最低3は欲しいな、先手が取れない」
「なるほどですわ」
二人は真っ暗闇の中、会話をする。これはシアンの指示の元だ。というのも、ゴブリンは【夜目】のレベルが高く、光源があるとすぐに気付き、奇襲を仕掛けようとする。しかし、光源さえなければ警戒をしない。おかげで、こちらが奇襲できるチャンスが生まれるのだ。
しばらく歩いていると、シアンたちの前方に三匹のゴブリンが現れた。シアンはローズへ目を凝らすように伝え、自身もまた他に見落としがないかと探った。
「ど、どこにいますの? 全然分かりませんわ」
「少し大きな岩が埋まってるだろう。そのすぐ側で潜んでる」
シアンが指差した方向。そこには、押しつぶされたように地面へと張り付くゴブリンが三体いた。彼らは微動だにせず、背景と同化するように潜んでいる。
ゴブリンは緑色の体色をしているため、明かりさえあれば気付けるだろう。しかし、【夜目】の都合上、モノクロの世界が視界に入ってくる。おかげでゴブリンを見落としやすいのだ。
ようやくゴブリンを認識できたローズは、表情を引き締め直していた。どうやら五階層がなぜ危険視されているのかを理解したようだ。
「まずは俺が片付けよう。ローズはもしもの場合に備えていてくれ」
「分かりましたわ」
シアンは少し前方へ進むと、魔法を唱えた。
「〈コール・ライトニング〉」
その瞬間、ゴブリンたちの頭上に雷が落ち、盛大に彼らを貫く。それにより、洞窟内に轟音が反響し逃げ場のない突風が吹き荒んだ。
シアンの愛用している『電撃』とは違い、狙った場所に雷を落とせる魔法こそが、『招雷』である。屋内だろうと魔法を行使可能で、魔力消費が少ない。ただし欠点があり、『精神集中』という技術が必要だった。
『精神集中』とは、魔法を持続させるために必要な技術であり、『みぞれ交じりの嵐』や『悪臭の雲』が該当し、ジェイの『トゲ密集』もまた該当する。
精神集中は一つしか維持ができないため、『みぞれ交じりの嵐』を持続させながら、『招雷』を行使することはできない。原則、『精神集中』を必要とする魔法は一つまでである。
閑話休題、『招雷』をまともに食らったゴブリンたちは、一体を残して黒い霧となった。たった一人残されたゴブリンは奇襲を受けた影響で混乱をしており、行動を起こせそうにないようだ。
「〈コール・ライトニング〉」
そこへシアンの『招雷』が再び襲い掛かった。『精神集中』をしているため、魔法が持続している。そのため、魔力を消費することなく落雷を引き起こせるのだ。
都度二回、洞窟内に落雷が落ちた結果、三体のゴブリンはシアンを認識することなく沈黙した。鮮やかな手際。シアンは上手くいったことに満足し、そう自身を評す。
「すごいですわね! とてもスマートでしたわ!」
「フッ、それほどでもある」
ローズの賞賛に気を良くしたシアンは、鼻高々な態度であった。自身を正当に評価してくれるのは心地が良いものだと考えると、シアンはより一層気分を良くして、洞窟の奥へと進んでいった。