狭間の島のテンペスト   作:卍錆色アモン卍

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5ローズ 下

 

 暗闇の先に、計十体のゴブリンが潜んでいる。そのことに気付いたシアンは、ローズへ対処できるのかと訪ねた。すると、ローズは問題ありませんわ、と自信満々に返答をしたのだ。

 

「シアンさんは見ていてくださいまし。わたくしの実力を披露して差し上げますわ」

「分かった。だが、想定外のことが起こったら援護をするからな」

「お気遣いに感謝ですわ」

 

 シアンが後方へ下がると、ローズは緩く巻いた金髪をかき上げ、堂々とした立ち姿を見せる。そして、魔法を唱えた。

 

「〈ファイア・ボール〉」

 

 ローズの右手に眩い光を放つ豪火が球状となって現れる。灼熱を封じ込めたその火球からは、今にも破裂しそうなほどの力の奔流が見て取れた。

 思わず視線を奪われるシアンだったが、ローズが右手をそっと前方へ押し出すと、火球は空中を滑るように加速し、やがてある程度纏まっていたゴブリンたちに直撃をした。

  

 真っ暗闇な洞窟内に爆炎の花が咲き誇り、シアンの『招雷』とはケタ違いの爆音が鳴り響く。ついで、爆風が押し寄せてきた。

 なびく白髪を手で抑えるシアンが見たものとは、広範囲に渡って爆炎が広がり、範囲内にいたゴブリンたちが一瞬にして消し炭になった瞬間だ。

 

 流石は火魔法、破壊力に長けている。シアンはそうローズの魔法を評すると舌を巻いた。自身の唱えられる電撃、雷鳴、冷気魔法とは異なり、派手さと破壊力、そして何よりも圧倒的な攻撃力が魅力として映ったのだ。

 しかし、消し炭となったゴブリンはせいぜいが四体ほどだ。未だに六体のゴブリンが健在であり、『火球』の派手さも相まって彼らはすぐさまローズへ駆け出してくる。

 

「援護は必要か?」

「いりませんわ。魔力消費が大きいですが、ここは魅せますわよ」

 

 シアンの提案を断ったローズは、精神を集中させるように深呼吸をした。そして、再び魔法を唱える。

 

「〈ウォール・オブ・ファイア〉」

 

 足並みが揃っていたゴブリンたち。そんな彼らの足元から、突如として豪炎が立ち上った。まるで壁を形成するかのように洞窟内を横断し、轟々と燃え盛る分厚くも巨大な炎。それはゴブリンたちを一瞬で飲み込んでは、彼らから断末魔の叫びを上げさせていた。

 

「おーほっほっほ! 範囲殲滅こそが、魔法使いの花ですわ〜‼」

 

 立ち上る『火の壁』によって熱風が吹き荒ぶ中、ローズが高笑いをする。シアンはそんなローズに対して、悪役令嬢みたいだなと感想を抱きながらも口を開いた。

 

「凄いな。正直、過小評価をしてたよ」

「お褒めいただき光栄ですわ!」

 

 炎の壁に照らされたローズは自信に満ち溢れた表情であり、何よりも笑顔だった。シアンは彼女に当てられたかのように笑顔をつくると、彼もまた小さく笑った。

 

 

 

 時は流れ、午後七時頃。迷宮にて探索をしていたシアンはローズと別れ、一人東地区を歩いていた。やがて、シアンはとある場所へと辿り着く。

 『故郷の湯』。そう大きく書かれた看板が入り口に飾られた、古き良き日本家屋。昔懐かしい瓦屋根が特徴的なその建物へシアンは歩を進めると、引き戸を開けた。

 そこまで広くはないロビーは薄暗く、客も疎らにいる程度で繁盛しているとは言いづらい。しかし、どこか懐かしい雰囲気にシアンは不思議と安らぎを覚えた。

 レトロな体重計、年季の入ったソファ、安っぽい扇風機。郷愁に駆られるそれらを通り過ぎ、シアンは番台にいる店主へ声を掛ける。

 

「銀貨一枚」

「はい、確かに受け取ったよ」

 

 必要事項だけを伝え、シアンは銀貨一枚を取り出しては番台へ手渡す。にこりと微笑む番台は黒髪の美人であり、シアンはそっと目線を外した。そして、逃げるように脱衣所へと出向く。

 

 壁際に並んだロッカーのうち、端の方を選んだシアンは慣れた手付きで衣服を脱ぎ、早速浴室へと向かった。

 最奥の壁に描かれた、雄大さを感じさせる富士山。それを横目に等間隔に並んだ洗面台へ座ったシアンは、身体を綺麗に洗う。そして、お待ちかねの湯船へと向かうと、一気に肩までつかった。

 

「あ゛あ゛〜〜〜」

 

 極楽浄土と言わんばかりに、シアンは表情を蕩けさせる。彼はこのために迷宮へ潜っているといっても過言ではなかった。否、過言ではあるが、目的の一つではあったのだ。

 

 シアンは浴槽の端に両腕をかけると、今日の出来事を思い出す。

 唐突にやってきたローズという少女と共に迷宮へと潜った。初めはローズを過小評価をしていたシアンだったが、彼女の実力が自身と同等であると気付くと、素直にローズを認めた。それから四時間ほどローズと共に五階層を進み、切りが良いところで地上へ帰還したのだ。

 最後は、シアンの隠し玉を使って迷宮を爆速で飛び回ったり、魔力回復ポーションをがぶ飲みしたローズが尿意を催してしまうなど、ちょっとした出来事もあったがシアンは概ね楽しかった。

 

「また、ローズと迷宮へ潜るのも良いかも知れないな」

 

 シアンはそう考えたのち、殺風景な天井を見上げる。女湯から聞こえてくる声に、既視感を覚えながら。

 

 ──あ゛あ゛〜〜〜、染みますわね〜〜。

 

 

 

 ロビーのソファに座り、シアンは瓶牛乳を飲んでいた。扇風機を回して、体の熱を覚ましながらも瓶牛乳を味わう。そんな時、女湯の暖簾を潜ってきた人物がシアンを見て驚いたのだ。

 

「あら、シアンさん! 奇遇ですわね」

「数時間ぶりだな」

 

 新しく用意したのだろう真っ赤なローブを身に纏ったローズが、シアンの隣へ腰掛けてきた。彼女は火照った顔を惜しげもなく晒し、澄んだ赤い瞳で見つめてくる。そのため、シアンは気まずさを覚えてふいと目線を逸らした。

 

「? ところでシアンさん、今日は楽しかったですわ。よろしければ、また一緒に迷宮へ潜りませんこと?」

「ああ、いいぞ。連絡したい時は『マジカ・マギカ』の拠点へ行けばいいか?」

「ええ、それで構いませんわ」

 

 話したいことは終え、身体も十分に冷ました。シアンはそう判断すると立ち上がり、この場を去ることにした。

 ローズへ別れの挨拶を済ませて、シアンは銭湯を後にする。夜の帳はとっくに下りており、道行く人々も帰路についているようだ。シアンは頭上に広がる夜空を見上げると、一つ区切りをつけるように息を吐いた。

 

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