段々と日中が暖かくなってきた、チュートリアル島。シアンは今日も今日とて、時計塔にて待ち合わせをしていた。
空を揺蕩う雲をぼんやりと見ていたシアンは、こちらへやってくるジェイとマルに気付く。どうやら、二人は連れ立っている一人の青年と会話に花を咲かせているようだ。
やや癖のついた青髪、端正な顔立ち、スラリとした体躯。一見すると彼は優しげな好青年といった印象だ。シアンはあれがディアベルか、と納得すると、こちらに向かって手を振るジェイとマルに手を振り返した。
晴れ渡った青空が広がる、迷宮六階層。ここは雲海に浮かぶ陸の孤島であり、遥か昔に存在したと思われる遺跡群が山に築かれていた。
風化した建物は草木に覆われ、時折遺跡を通過する雲が探索者の視界を奪う。また、ここを住処とする魔物はいないが、その代わりとして粘土造りの人形たちがこの地を守るように立ちはだかるのだ。
これまでの階層とは違い、無機物を相手にしなければならず、生半可な装備では太刀打ちできない。ある程度探索者として経験を積み、対策を立てる必要が出てくるのが六階層であった。
冷たい風が吹きつける中、シアンは六階層の入り口にて、パーティーメンバーと打ち合わせをしていた。
ちょうど良く倒れていた石柱を椅子代わりにして、シアンたちは顔を合わせる。
「まずは自己紹介でもしよか! ワイはジェイや! 固有スキルは【射撃の名手】、弓の扱いは得意やで!」
「わたしはマルでよ! 固有スキルは【言霊】で、喋った事が現実になるでよ! 基本は大太刀を振り回す前衛職がね!」
「俺はシアン。固有スキルは【嵐の魔法】。戦闘においては後衛で、魔法を扱う」
いつものメンバーの自己紹介が終わると、ジェイの友人として紹介されていたディアベルが口を開いた。
「はじめまして、僕はディアベル。職業は、気持ち的にナイトやってます。だけど、基本は引き付け役かな? それで固有スキルなんだけど、まだ目覚めてないんだ。その点、ジェイ君たちは凄いね、もう固有スキルに目覚めてるなんて!」
「なはは! ワイらって凄いんやで〜?」
「それほどでも……あるでよ⁉」
「まあな」
褒められて悪い気はしないシアンは薄っすらと微笑む。だが、すぐさま表情を引き締めた。これから命を預け合う関係になるためだ。
「陣形はどうする? マルとディアベルが横並びで、その後にジェイ、俺と続くか?」
「せやな、まずはそれでいこか」
「異議なしでよ!」
「了解だよ」
その後、それぞれの戦闘方法を軽く教え合い、シアンたちは六階層の探索へと出向くこととなった。
六階層の端は断崖絶壁であり、その先には真っ白な雲海が広がっている。そのような景色を背景に、シアンたちは草原を歩いていた。
「いい景色やな〜」
「平和でよ〜」
「はぐれた個体がいると思ったが、意外といないのか」
「どうなんだろう。遺跡内には結構な数がいるんだけどね」
シアンたちは六階層を支配するクレイゴーレムを倒そうと考えていた。しかし、ディアベルと連携をしたことがなかったので想定外な事態は避けたい。そのため、まずはクレイゴーレム一体と戦おうと考え、六階層の端を探索していたのだ。
「おっ、おったで!」
目を凝らしていたジェイが、クレイゴーレムを発見したようだ。シアンたちはジェイの元、草原を進む。すると、断崖絶壁の端に佇むクレイゴーレムが視界に入ってきた。
背後を向けて、微動だにしないクレイゴーレムは隙だらけに見える。しかし、シアンは違和感を覚えた。
「あいつ、剣を持ってないか」
「ホントやな。そんな情報あったか?」
「なんか青い剣でよ」
「確証はないけど、青銅剣かな。緑青に覆われてるようにも見えるし」
それぞれが意見を述べる中、シアンは巾着袋より生徒会発行の迷宮ガイドを取り出した。そして、パラパラとページを捲り、六階層の情報を読み込む。しかし、剣を持ったクレイゴーレムの記載はどこにも無かったのだ。
「単純に誰も知らない個体なのか。それとも……」
「ユニークモンスターちゃうん⁉」
「なんでよそれ」
「ユニークモンスターは、低確率で現れる特殊な個体だよ。通常の個体よりも数倍強いけど、その分、換金率の高い魔石を落とすんだ」
「はえ〜」
ディアベルの話した通り、ユニークモンスターの魔石には計り知れない価値がある。しかし、それに見合うように強力なのも事実だ。たとえ万全を期しても、敗北の可能性が見えるほどに。
「どうする。ユニークか、そうじゃないにしろ、未知の個体だ。もし戦闘をするなら、危険な橋を渡ることになる」
「ワイらは探索者やで! 冒険者なんやで‼ ここで芋引いたらあかんやろ‼」
「わたしは戦えるでよ!」
「少し怖いけど、僕も戦えるよ」
「……なら戦おう。教会送りになっても、恨みっこ無しだぞ」
戦意を滾らせるメンバーにシアンは微笑むと、早速作戦を話し合うことにした。
「〈スパイク・グロース〉!」
「〈シャター〉」
ジェイの『トゲ密集』が草原を覆い尽くし、シアンの『破砕』がクレイゴーレムに炸裂する。
大気を揺るがす雷鳴魔法は、佇んでいたクレイゴーレムに罅を入れることに成功した。しかし、瞬時に粘土がうねっては傷が再生したのだ。
「胴体に効果は無いかも知れない。やはり、セオリー通り頭を狙ったほうがいいか?」
「せやな! ワイに任せるんや!」
悠然とこちらへ振り向いた、三メートルはあろうかという巨躯。その巨人の頭部には黒い魔石が埋め込まれており、さながら神話の怪物、サイクロプスのようだった。
「狙い打つで‼」
弓を強く引き絞ったジェイが矢を放つ。目にも止まらぬ速さで空を翔けた矢は、クレイゴーレムの魔石へと突き刺さった。しかし、罅一つ入ることはなかったのだ。
「ええ〜〜⁉ 硬すぎやろ⁉」
「何度も当てないと駄目かもな」
シアンとジェイが話す中、青銅剣を構えたクレイゴーレムがその場で屈んだ。まるで助走をつけるかのような姿勢だ。
シアンはやや警戒するが、所詮はゴーレムであるため動きは緩慢で、ジェイの『トゲ密集』のおかげで身動きがしずらいはずだと考えた。しかし、次の瞬間。クレイゴーレムの胴体が変形しては、流線型へと変化したのだ。
「ん?」
「なんや?」
シアンが疑問を浮かべた瞬間、クレイゴーレムがトゲを蹴散らしながらも爆走してきた。
大地を蹴りつけ、アスリート選手顔負けの姿勢で迫る巨人は威圧感以上に恐怖心が湧き上がる。
「ッ〈ライトニング・ボルト〉!」
瞬時に魔力を練り上げ、シアンはクレイゴーレムの頭部目掛けて『電撃』を放った。しかし、クレイゴーレムは頭部の粘土を変形させ、バイザーを下ろすかのように魔石を隠したのだ。
「そんなのありかよ⁉」
「これはあかん奴やで〜⁉」
シアンとジェイが動揺する中、草原を駆け抜ける者たちがいた。それは、マルとディアベルである。
「わたしらに任せるでよ!」
「マルちゃん、本当にいけるの!?」
「いけるがね!」
軽やかな足取りで草原を駆け抜けるマルは、ディアベルに返答をしながらも大太刀の鞘を抜き捨てた。
陽光に照らされ、ギラつく刀身。刃渡りが一メートルを優に超える長大な刀が姿を現した。
マルは大太刀を地に擦り付けながら大地を駆け抜け、やがてクレイゴーレムと接敵する。
「『わたしに、斬れぬものなどないでよ……!』」
【言霊】を発したマルの大太刀が光り輝くと、風になびいていた草原が抵抗もなく切断された。そして、マルが爆走するクレイゴーレムを通り過ぎると同時に、横一線、大太刀を振り抜いたのだ。
剣閃が煌めき、弧を描く。その結果、クレイゴーレムの両足を、マルの刀身が抵抗もなく通り過ぎていった。
僅かな静寂の後、両足が泣き別れたクレイゴーレムが派手に草原へと転がった。瞬時に両足を再生させようとするクレイゴーレムだが、そこへ長剣を携えたディアベルが襲い掛かる。
「うおおおお!!」
右手に握り締めた長剣を大きく振りかぶり、ディアベルが斬り下ろしを放った。狙いは頭部、守るように覆われた粘土ごと魔石を砕こうとしたのだろう。しかし、クレイゴーレムは人間には不可能な可動域でもってして腕を回し、もはや大剣と見紛う青銅剣を薙ぎ払ったのだ。
ディアベルは冷静にも左手で構えていた盾で薙ぎ払いを凌いだが、その間に両足を再生させたクレイゴーレムが立ち上がる。そして、ディアベルを脅威と判断したのか、彼目掛けて青銅剣を振り下ろした。
「どうやら、僕は役目を果たせそうだね!」
ディアベルの声をクレイゴーレム越しに聞いていたマルは、大太刀を大上段に構え、疾走をしていた。そして、跳躍。大太刀の重量だけでなく、自身の体重さえも力に変えて、マルは全身全霊の真っ向斬りを放った。
「ちぇすとぉぉぉぉぉ‼」
クレイゴーレムがマルへ振り向くが、時すでに遅し。クレイゴーレムは振り向いた体勢のままマルに一刀両断をされ、肝心要の魔石を機能停止に追い込まれた。やがて、体を支えきれずに崩壊し、黒い霧へと変わっていったのだ。
マルたちのおかげで、クレイゴーレムを討伐できたシアンはジェイと共に二人へ駆け寄った。その際に、マルの抜き捨てた鞘を拾っておく。
「流石はマルだな。おかげで助かった」
「ディアベルはん、凄いやんか〜!」
呼吸を整えていたマルに鞘を渡したシアン。すると、マルが感謝を述べたのち、得意げな表情を浮かべて胸を張った。
「ふふん! わたしは強いでよ!」
「僕はただ、仕事をこなしただけさ」
「二人とも、カッコええやんか〜〜‼」
大興奮のジェイを他所に、シアンはクレイゴーレムの魔石を確認した。
草原に転がっている、ボーリング玉サイズの魔石。先ほどマルが両断したはずだが、何事もなかったかのようにくっついている。シアンは特に気にする様子もなく持ち上げようとしたが、あまりの重さに悲鳴を上げたのだ。
「お、重すぎる⁉」
「なんやなんや、シアンは貧弱やな〜。ここはワイに任せて──ぐえ〜⁉ 重すぎるやろ⁉」
「何してるがや。しょうがないから、わたしが──おんも〜⁉」
「ええ? そんなになのかい? なら僕が──これは重いっ⁉」
危うく腰をいわすところだったシアンたちは、かろうじて持ち上がった魔石を魔法の袋へと仕舞い込む。そして、地上へ帰還するのも早いと判断し、遺跡の方へと足を進めたのだった。