狭間の島のテンペスト   作:卍錆色アモン卍

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8ツムギ 中

 

 雲一つない夜空には満点の星々が広がっている。手が届くはずなどないのに、掴もうと考えてしまう程度には幻想的な景色であった。

 

 すっかりと日の落ちた、迷宮七階層。シアンたちは無事にセーフエリアへと辿り着いていた。彼らはこの島で一夜を明かす予定なのだ。

 

 砂浜に建てられた簡易的なテントの周囲には行灯が置かれており、夜間であっても明るい。そこで、シアンはある作業をしていた。

 コンクリートブロックを間隔を開けて並べ、その上にドラム缶を置く。そして、開けておいたコンクリートブロックの隙間に、火を生み出す魔法道具を設置する。

 シアンは満足げに頷くと、『水の生成』を使ってドラム缶に水を注ぎ、魔法道具を動かす。するとあら不思議、ドラム缶風呂の完成だ。

 

「素晴らしい。あとは湯加減を最適に調整しないとな……!」

 

 用意しておいた簀子をドラム缶風呂の中へ沈めたシアンは、計画が順調なことに、にやりと笑う。だが、そこへ乱入者が現れた。

 

「へいへいシアンくぅ〜ん! な〜んかコソコソしてる思たら、そりゃずるいやんか〜!」

「一人だけ風呂! 反対でよ‼」

「魔法って便利だよね〜、あーしもよくお世話になってるよ!」

「……バレたか」

 

 ゴマすりをするジェイ、若干怒った様子のマル、同意をするように何度も頷くツムギだ。シアンは仕方ないと言わんばかりに首を振ると、魔法の巾着袋からドラム缶風呂の一式を取り出し、改めて組み立て始めた。

 

「入りたいなら手伝え。働かざる者食うべからずだ」

「へっへ、喜んで手伝わせていただくで〜!」

「わたしも!」

「あーしも手伝うよ!」

 

 三人の協力もあり、比較的早くドラム缶風呂は完成した。しかし、シアンは二つしか用意していなかったために入る順番を決めなければならない。

 

「最初は俺とジェイで入る。その後にマルとツムギだ。安心しろ、水は変える」

「なははは! 分かってまんなぁ〜、シアンの旦那!」

「むう、致し方なしでよ……!」

「入れるだけ感謝だよ!」

 

 特に揉めることもなく順番は決まり、湯加減も適温となった。女性陣は少し離れたテントへ引き返していったので、シアンとジェイは早速衣服を脱ぎ始めたのだ。

 

 

 

 柔らかな軌跡を描いて、湯気が立ち上っていく。それを見つめるシアンは極楽気分であり、冷たい海風とやや熱さを覚えるドラム缶風呂に満足をしていた。しかし、『故郷の湯』には到底叶わないとも、思っていた。

 

「やはり、あれは固有スキルなんだろうな……」

 

 シアンが独りごちていると、ジェイが話しかけてくる。

 

「な〜な〜! マルが倒れた時、めっちゃ強くなってたやん! ずるいで、ジブンだけチートとか〜!」

「言っておくが、あれは限定的な強化だぞ」

「そうなんか?」

「そうだ。俺の固有スキルは【嵐の魔法】。おそらくだが、環境が嵐に近づけば近づくほど、強化されるんだろう」

「はえ〜。じゃあ、晴れの日は?」

「いつも通りだ」

「そ、そうなんや。まあ、強化されるだけええよなっ‼」

 

 なははは〜!と大笑いをしたジェイは、それっきり話さなくなった。シアンは謎に気を遣われていることに居心地の悪さを覚える。しかし、そんな些細な事など忘れてしまう程度には、ドラム缶風呂は快適であった。

 

 

 

 寝巻きに着替えたシアンは、焚き火の代わりとなる魔法道具を前にして本を読む。彼はあつらえたようにあった流木に腰を掛け、一人の時間を物静かに過ごしていたのだ。

 そんな時、またしてもジェイが話しかけてくる。だが、今回は何かを企んでるようなあくどい顔だった。

 

「な〜な〜! 今、マルたちが風呂入ってるや〜ん?」

「そうだな。言っておくが、覗きはやらないぞ」

「そうは言ってへんよ〜! そんなことしたら、斬り殺されるし!」

「それには同意する」

「ちょっかいを掛けたなるんや! シアン、あいつらを見てみい!」

 

 ジェイが指差した方向をシアンが渋々見ると、ドラム缶風呂があった場所には大きな布が壁のように立っていた。どうやら、テントを改造して覗かれないように工夫をしているようだ。

 

「ムカつくやろ⁉ ワイらはあんなことせんかった! 覗かれないとマルたちを信じてたからや! なのにあいつらときたら、ワイらが覗くと思ってるんやで‼」

「納得できる理屈だな。実に不公平だ」

「せやろ⁉ だからここらでいっちょ、あいつらにちょっかいを掛けてやるんやで〜!」

 

 にししと笑うジェイは、魔法袋から筒状の花火を取り出した。そして、シアンに手渡してくる。

 

「これをあいつらの近くで打ち上げるんや!」

「なるほど。それで、ジェイはどうするんだ?」

「ワイにはとっておきがある! これや!」

 

 ジェイが魔法袋から取り出したのは、一抱えほどもある巨大過ぎる手筒花火であった。まるで大砲のような外見であり、シアンは少し不安を覚える。

 

「……でかすぎないか?」

「にししし! こいつは裏市で手に入れた違法花火や! 何でも、祭りで使うような代物らしいで!」

「急に不安になってきたな」

「大丈夫やって! 表では良い人ぶってる花火師の作や、作りはホンモノに違いないで!」

「それが不安要素なんだが」

 

 ジェイの考えに乗ったのはいいが、シアンは不安が募るばかりだった。しかし、やると決めたからにはやるのが男だ。そのため、シアンは覚悟を決めた。

 

「さあ行くでシアン! 女を笠を着る、邪智暴虐の魔王たちを倒すんや〜‼」

「どんどんとマルたちが悪者になってくな」

 

 

 

 そろりそろりと歩を進めたシアンたちは、無事にドラム缶風呂の近くまでやってきた。シアンたちの目前には布の壁があり、マルたちの立てる音が聞こえるほどだ。

 シアンはジェイと目配せをすると、頷く。

 

「聞けい、魔王たちよ! お前たちはワイらが覗かないと信じず、布の壁を立てた! そのせいでワイらは深く傷ついたんやで! 食らえ、これが正義の鉄槌や〜‼」

 

 ──⁉ ジェイ、なにしてるがや‼

 ──人影が二つあるような……?

 

 シアンの手筒花火に火がついた。そして、シアンが天高く腕を上げた瞬間。夜空に向かって、無数の花火が打ち上がったのだ。

 赤、青、緑。様々な色の花が尾を引きながら飛んでいき、最後は大輪を咲かせる。今や物静かだった砂浜は数多の花火が打ち上がり、火薬の匂いの漂う祭り会場のようだった。

 

「なははは‼ 綺麗やんか〜‼」

「明らかに物理法則を無視した量が上がってるぞ。これどうなってんだ」

「魔法やろ!」

「なるほど」

 

 夜空に咲く花は勢いを衰えず、次々と上がっていく。その様子にシアンは段々と楽しくなってきた。その時、主役がやってきたのだ。

 

「ワイのとっておきが火を吹くで〜‼ 覚悟しい‼」

 

 ジェイが大砲の如き手筒花火に点火し、真上へ向けた。その瞬間、火炎放射のような火柱と共に大玉花火が連射されたのだ。

 

「うおおおおっ⁉」

「おい、それ本当に手筒花火か⁉」

 

 シアンの打ち上げた花火とは比べ物にならないほどの轟音と大輪の大きさ。そして、数。ジェイは必死に抱え込むが、今にもバランスを崩しそうだ。そのため、シアンが急いでジェイの援護に入るが、あまりの衝撃の強さに弾き飛ばされてしまった。

 

「こらジェイ! それにシアンも! 何しとるでよ‼」

「あかん耐えられへん‼ マル、避けるんや〜‼」

「ぬわーーっ⁉」

 

 寝巻きと思われるミニ浴衣に身を包んだマルが、ジェイの手放した手筒花火の直線上に立ってしまっていた。その結果、マルの至近距離で大輪の花が咲き乱れ、ジェイとシアンもまたその開花に巻き込まれる。

 その惨事は数十分にも及び、最後に特大の花を地上に咲かせると、終幕をした。

 

 

 

 美しかった砂浜は火薬の影響で真っ黒に染まり、所々にクレーターを思わせるヘコみが広がっている。そんな戦場跡のような砂浜で、シアンは煤けた体を起こした。それに続くように、ジェイもまた煤けた体を起こす。

 

「シアン、無事かいな……」

「俺は無事だが、マルが無事かは分からないな」

 

 二人が見つめる先には、大の字に倒れたマルがいた。二人以上に真っ黒であり、生きてるかどうかも疑わしい。シアンはジェイと顔を見合わせると、神妙に頷いた。

 

「とりあえず、ポーションを掛けておこう」

「せやな。あと体も拭いとこうや。少しは綺麗にしとかな、起きた時に叱られるで」

 

 シアンはジェイと共にマルへ近づき、隠蔽工作をしようとした。しかし、マルへ手を伸ばした瞬間、彼女に手首を掴まれたのだ。すぐさま離れようとするシアンたちだったが、流石は前衛職。万力の如き怪力によって逃げようにも逃げられない。

 

「ジェイ、シアン……。腹切って詫びろやぁぁぁ‼」

「あかん、予想以上にキレてる⁉」

「そりゃそうだろ」

 

 マルに派手に投げられたシアンは、受け身も取れずに砂浜へ叩きつけられ、ジェイはうつ伏せにされたかと思えばマルがその上に跨る。そして、顎を思いっきり持ち上げられたのだ。

 

「いでででで⁉ 背骨が! 背骨が折れるやで〜⁉」

「反省しろバカ‼」

 

 所謂キャメルクラッチをキメられているジェイは、下手したら死ぬかも知れない。シアンは匍匐前進でゆっくりと去ろうとしながらもそう考えていた。しかし、目の前に一人の少女が立ちはだかったのだ。

 

「シアンくん、どこへ行こうというのかな?」

 

 シアンたちと同様煤けているツムギだ。彼女はそこまで怒ってはいないようだが、ケジメはつけろと目が物語っている。観念したシアンは魔法袋から小金貨一枚を取り出し、そっとツムギへ手渡した。

 

「ありがとう! あとは、もう一度お風呂に入りたいかな〜」

「今、準備します」

 

 文句は言わせないとばかりに圧を掛けられたシアンは、何も言わずにドラム缶風呂へと向かった。横目に見えるジェイは、マルに逆さまにされては頭を膝に挟まれた状態で落下。そのまま脳天から砂浜に突き刺さっていた。所謂パイルドライバー、またの名を脳天杭打ちだ。

 あんなものを食らったら、一溜まりもないな。シアンは他人事ながらにそう思いつつ、ドラム缶風呂の準備を始めたのだ

 

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