狭間の島のテンペスト   作:卍錆色アモン卍

9 / 16
9ツムギ 下

 

 翌日の空は曇り模様であった。今にも雨が降り出しそうな不安定な天気と言える。しかし、わざわざ休息日にする予定などシアンたちにはなかったのだ。

 朝の身支度を整えたシアンたちは早速出発をした。なお、昨晩の出来事については無事に和解をしており、禍根は残っていない。

 そもそもだが、布の壁が立てられていたのはマルが同行者のツムギを思ってのことであり、彼女はシアンとジェイが覗くとは思っていなかったのだ。しかし、ジェイとシアンが勘違いをした結果、あの出来事へと繋がった。それを知った二人は深く反省し、その代価として地上へ帰還した暁には、マルへもみじ饅頭をプレゼントする予定であった。

 

 

 

 曇天の空の下、シアンは魔法を駆使してリザードマンたちを圧倒していた。『電撃』を唱えれば直線上に並んでいたリザードマンたちの尽くが息絶え、『破砕』を唱えれば範囲内にいたリザードマンたちの体は粉砕される。

 シアンはリザードマンたちとの戦闘に慣れてきていた。だが、それは他の者たちも同様だったのだ。

 

 ジェイが流れ作業のようにリザードマンたちを処理していく中、マルとツムギが抜群のコンビネーションを魅せていた。マルが攻撃、ツムギが防御。明確なほどに別々の役割をこなす二人は、阿吽の呼吸と呼ぶに相応しい連携だった。

 その甲斐もあり、以前よりもリザードマンたちの処理速度が早い。おかげで窮地に陥ることもなく、シアンたちは危機を乗り越えられそうだ。しかし、そうは問屋が卸さない。そう言わんばかりに環境に変化が訪れたのだ。

 初めに突如として天候が荒れ狂った。数秒と経たずに土砂降りの雨が降り始め、強風が吹き荒んだのだ。

 次にリザードマンたちの中から、体格の良い個体が現れ始めた。頭部に角を持っており、上位個体と言える出で立ちをしているのが特徴だ。

 

 個々の強さはそれほどだったリザードマンたちに強化個体と環境の変化が入り交じることによって、油断のならない相手へと変化した。シアンたちは攻めから守りへ戦術を変えて対応をするがやはり戦いづらい者が多く、パーティーとして本領が発揮できない。しかし、シアンだけは違う。天候の悪さこそが、彼の力となるのだ。

 

「〈ライトニング・ボルト〉……!」

 

 神鳴りを体現する稲妻が迸り、強化個体もろともリザードマンたちを貫く。それは味方を決して巻き込むことはなく、敵だけを打ち砕く光であり、シアンはここぞとばかりにペースを上げた。

 

 数多の落雷が天上より降り注ぎ、大海より出づる蜥蜴人たちを討ち滅ぼす。雷を纏い、風を纏い、空を舞うシアンの姿は、正しく嵐の化身そのものだった。

 

 シアンの奮闘により、両者は拮抗し、やがてはシアンたちが優勢となる。しかし、最凶にして最大の壁が彼らに立ちはだかったのだ。

 

 遥か遠い、荒れ狂った海に巨大な山がそびえ立つ。それは徐々に進路を変え、シアンたち目掛けて接近してきていた。

 

「気をつけろ! リヴァイアサンが来るぞ!」

「くそっ、ついに来るかいな!」

 

 ジェイが表情を歪めるのも理由があり、七階層の絶対強者、リヴァイアサンは嵐を引き起こす力を持っているのだ。その影響によりリヴァイアサンが近くにいるだけで、急激に天候が変わってしまう。また、戦闘能力がずば抜けて高く、リザードマンとは比較にならないほどの強者であるため、まともに戦うことは推奨されていなかった。

 

「奴の対処は俺がする。リザードマンは任せてもいいか」

「誰に言ってるでよ! シアン、ブチかましたれ!」

「シアンくん、頼んだよ!」

「ワイらは心配要らへんで! なんせ、ワイがおるからな〜‼」

 

 仲間たちの声援を受けたシアンは小さく微笑むと、空を駆けた。目指すは大海の支配者、リヴァイアサン。彼は倒すつもりはない、ただ信頼をする仲間たちに危害が及ばないように嫌がらせをするだけだ。しかし、シアンはいつも以上に気合が入っていた。

 

「俺に困難は似合わない。嵐のように、自由気ままに力を振るう。それが俺の生き方だ」

 

 

 

 荒天の中を縫うようにして、シアンが飛び去っていった。それを見届けたジェイは一層気合を入れる。頼りになるシアンは一人強敵と戦うのだ。ならば、彼に答えなければ男が廃るというものだ。

 

「さあ頑張るやで! マル、ツムギ〜!」

「勿論でよ!」

「ちゃちゃっと片付けちゃお!」

 

 やる気十分といった少女たちの返答に、ジェイは勇気を貰えた。それと共に、あるものを貰う。

 

 マルが【言霊】を使い、巨大化をしていた。そして、大太刀を巧みに操りリザードマンたちを次々に屠っていく。その際に、ミニ着物がはらりはらりと舞っては、太ももの先にあるエデンの園が顔を覗かせていた。

 ツムギがメイスを振るい、リザードマンの頭部を拉げさせる。一体一体を丁寧に処理していくツムギの動きは、非常に洗練されていた。それ故に、ジェイの視線は引き寄せられ、一片の曇りなき眼で刮目する。激しく躍動する、ツムギの女性らしい臀部を。

 

 そう、ジェイがマルたちから貰っていたものとはエロティシズムであった。彼はリザードマンたちを強弓でもってして射抜きながらも、エロティシズムを決して見逃さぬようにとマルたちを鋭い目つきで射抜いていたのだ。

 ジェイはそっと呟く。恥じるべきのない心の全てを、曝け出すように。

 

「ワイに清純は似合わへん。紳士のように、自由気ままにエロを探求する。それがワイの生き方や……!」

 

 

 

 海を割り、巨大な波を引き起こす元凶たるは大海の支配者、リヴァイアサン。シアンは奴に近づけば近づくほど天候が悪くなることに気付くが、嵐の領域を制するのは己だけではないとほくそ笑んだ。

 リヴァイアサンの周囲には渦を巻くように強風が吹き荒れ、途轍もない上昇気流が発生している。その影響で海は荒れ狂い、天変地異が引き起こされていた。しかし、シアンは物ともせずに奴へと接近した。

 

「〈ライトニング・ボルト〉」

 

 小手調べの『電撃』は激しい雨の中を潜り抜け、海面に出ているリヴァイアサンの背びれを貫く。それによって、リヴァイアサンがシアンを認識した。

 一度深く潜ったリヴァイアサンが再度姿を現した。背びれしか見えなかった大海の支配者は、数十メートルはあろうかという頭部を天に突き上げ、蛇の如き巨大な口を開ける。そして、咆哮を上げたのだ。

 自らが引き起こした嵐さえも吹き飛ばす、大咆哮。シアンは堪らず耳を塞ぐが、衝撃波が全身を襲う。軽く数メートルは吹き飛ばされたシアンだったが、すぐに体勢を立て直した。

 

「その巨大な目玉が頑丈か、確かめてやる。〈ライトニング・ボルト〉!」

 

 再度海へ潜ろうとするリヴァイアサンの眼球に、シアンは『電撃』を放った。すると、リヴァイアサンが怯む様子を見せては荒れ海の奥深くへと潜っていく。

 ほんの僅かな静寂。されど、シアンは決して油断することなく海面を見つめていると、突如として巨大な水柱が吹き上がった。それは大きなビルほどの高さを誇り、シアンを巻き込まんと迫ってくる。だが、シアンは魔法詠唱者なのだ。

 

「〈ミスティ・ステップ〉」

 

 シアンが魔法を唱えた瞬間、彼の体が銀の霧に包まれたかと思えば姿を消していた。やがて、離れた場所に銀の霧が寄り集まり、彼が出現する。

 『霧渡り』とは詠唱者が目に見える範囲内に、瞬間移動をする魔法である。魔力を消費するとはいえ反撃を貰うこともなく瞬間移動が可能となっている。そのため、切迫した事態においては非常に有用な魔法と言えるだろう。

 シアンは上手くいったことに笑みを浮かべると、再度真下から吹き上がってきた水柱を『霧渡り』で回避した。そして、自身に降り掛かってきた水柱の飛沫を浴びた時、これが魔法によって生み出された水であると見抜いたのだ。

 

「これは海水じゃない。なら、冷気魔法によって凍りつくはず。……〈レイ・オブ・フロスト〉」

 

 初級魔法である『冷気光線』。シアンがそれを崩壊していく水柱へ放つと、なんと水柱が瞬く間に凍り付いていった。形を保つことはできないが、氷の破片が次々と海へ落ちていく様子にシアンはほくそ笑む。

 

「電撃魔法よりも、冷気魔法の方が良さそうだな」

 

 リヴァイアサンが大口を開けてシアンへと迫る中、彼はリヴァイアサンの口腔内に『氷のナイフ』を放った。その結果、放たれた鋭利な氷がリヴァイアサンの喉奥へと突き刺さり、爆発をする。

 口腔内が凍りついたのだろう。リヴァイアサンが不愉快とばかりに海へ潜ると、何度も何度もシアンへ噛み付こうと迫ってきた。しかし、シアンは悠々と空を飛翔しては回避し、嫌がらせとばかりに冷気魔法を唱え続ける。

 彼の目的は倒すことではなく、仲間に危害が及ばないように嫌がらせをすること。シアンは目的を達成できそうだと笑い、次はどんな嫌がらせをしようかと頭を回すのだった。

 

 

 

 突き出された凶槍を盾で受け流し、体勢の崩れたリザードマンの頭部目掛けてメイスを振り下ろす。そこへ、新たなリザードマンがやってきてはこちらを抉り抜かんと、槍を突き出してきた。

 

「そうはさせないでよ!」

「サンキュー、マルちゃん!」

 

 少し身構えていたツムギだったが、すかさず援護に入ったマルによってリザードマンは槍ごと腕を両断される。そして、そのまま流れるような動作で首を落とされていた。ツムギは口笛を吹いてマルを称え、すかさず彼女に魔法を唱える。

 

「〈エイド〉、少しは元気になったかな?」

「助かるでよ!」

 

 ツムギの唱えた『助力』とは味方を回復させると同時に、生命力を高める魔法だ。多少の手傷を負おうともある程度は自己回復効果がある。

 

「あとちょいやで! 気張ってこうや〜〜‼」

 

 その時、ジェイの声援がツムギに届いた。彼の言う通り、先ほどよりもリザードマンの数が減ってきている。ツムギはあとひと踏ん張りだと気合を入れると、アスファルトを強く踏み締めてメイスを振り上げた。

 

「皆、最後まで頑張ろうね!」

「頑張るでよー‼」

「負けないやで〜‼」

 

 遥か遠い海では激しい嵐に見舞われている。恐らく、シアンが奮闘しているのだろう。ツムギは鉄兜を伝う雨を拭うと、突貫してくるリザードマンを叩き潰した。

 どれだけの脅威に晒されようと味方との連携を意識し、不利な状況を作らない。言葉にするのは簡単だが、有言実行をするのは一筋縄ではいかないものだ。しかし、ツムギはこの面々ならば実行できると確信があった。

 ツムギは久方ぶりの快感を覚える。彼女が求めていたものとはこのような生きるか死ぬかの瀬戸際で、人間の美しさを間近で感じることなのだ。人間賛歌は勇気の讃歌。彼女はただひたすらに、人間を愛している。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。