確かにあった違和感も
数をこなせば薄くなる
あれは、なんだ。
唐突に現れたそれに、誰しもが目を奪われる。
なんと深い闇だろう。
なんと禍々しい力だろう。
なんと醜い執念なのだろう。
目の前の人物が放つ気配は殺気ですらなくもはや怨念とまで言えるほどの悍ましい呪いである。
目の前で行われていた
あれは、なんだ。
ただ目に入ってくるその光景が、自らの脳に答えの出ない疑問を問いかけてくる。
時間の流れが急激に遅くなる錯覚が、理解できないそれへの拒絶を示す。
やがてそれが、なんの変哲もないように言葉を発した。
その瞬間その場にいた全員が、その感覚の名前を思いだす。
「ごきげんよう、
「"ナイトメア"?」
帝都の一角に位置するトウヤの経営する風鈴にて、洗い物をしながらトウヤが後ろにいる人物へ声を投げる。
「あぁ。ここ最近になって名前が出てきた指名手配犯だ」
答えるのは、この店の数少ない常連アレド。
頬杖をつきながら、片手に新聞を掲げてその記事を見ながら言う。
「目立って来たのは最近だが、とにかく情報が少なくてな。目撃者はいるのに出てくる言葉に統一性がなく、噂程度でしか軍や警備隊もその正体を知らない」
「噂ねぇ…随分と歯切れの悪い。で、そのナイトメアとやらは一体なんで指名手配に?」
「ほれ、ここ見てみ」
話しながらも手は止めなかったため洗い物がひと段落し、トウヤはアレドの前に移動する。
目の前に来たトウヤに対し、アレドは1枚の記事を見やすいようにトントンと指さした。
「なになに…?『相次ぐ貴族襲撃、これで四夜連続』『姿見えぬ暗殺者現る』…また、随分と物騒だな」
「主に記事になってるのは、この国でも有名な貴族の死人が出た事件で、ご丁寧に死んだのは全員黒い噂が民の間で流れてた奴らだけでね」
「そうなのか。で?それを俺に見せた理由は?」
「ここを読んでみろ」
アレドはその記事のある文章を指さして、読むように促す。
トウヤはそれを怪訝そうに手に取りながら読み上げる。
「えっと…『襲撃された貴族は何れも見せしめのように殺害され、死因は様々で単独犯ではないと思われる。だが、現場には被害者の血で書かれたwelcome to my nightmare!という文字が必ず存在するため、同一犯または同一グループによる犯行と思われる』か…この血文字からナイトメアって呼ぶのか?」
「名前がわからん上にそれ以上にしっくりくる呼び名があるかよ。少なくとも、一帝国兵の俺としては
「あぁ、それはご愁傷さま…」
あからさまに気分を落とすアレドに対して、苦笑いを浮かべながらトウヤは肩を叩いた。
そんなやり取りをしていると、心地のいい鈴の音と共に店の扉が開いた。
「こんにちはー!」
「あぁ、おつか「ごきげんよう!!シャリーちゃあん!!今日もなんと可憐で美しい瞳だろうかっ!ところで、この後食事でもぶぐぇ!」やかましいわ!」
目の前で騒いでいた愚か者をフライパンで叩き飛ばすトウヤ。
真後ろからの襲撃に気づくことの出来なかったアレドは、為す術もなくノックダウン。
この一連の流れを見て、先程入ってきた少女、シャリーは見慣れた光景を見るように笑った。
「アレドさんは相変わらずですね〜。店長、不肖シャリー!買い物終わりましたであります!」
「ご苦労さまシャリー。今日の仕事はこれで終わりだからあがっていいよ。それから冷蔵庫にデザートが残ってるから、みんなで食べてくれ」
「本当ですか!ヤッター!店長大好きです!デザートデザート〜♪」
「二人とも…俺の心配を…してくれよ…」
緩やかに時は流れ、既に辺りは暗くなってしばらく。
昼とは違い、人の往来は少なく、魑魅魍魎が這い出てくる。
煌びやかな夜の帝都は、今日もまた静けさと喧騒の街並みを映し出している。
そんな帝都を滑るように疾走していく。
今日は月明かりも少ないからか、一段と深い暗闇を進んでいるが、速度は落とさない。
帝都全体をくまなく探索する時間は限られていたが、ある程度の区画は記憶した。
故に疾走る。
今日は少し気分がいいらしい。
気がつけば目的地を眼下に見下ろしていた。
少しばかり
あぁ、またこれだ。
その光景に何度目かも分からない呆れと怒りが湧いてくるが、直ぐに霧散した。
ため息をつきながら見えたものから目を離し、今度は目星を付けていた入り口まで移動する。
移動した入り口のその前に、タイミングよく使用人らしき2人組が通りかかってきた。
人手が欲しかったんだ、なんて都合のいい。
足取り、顔つき、臭い、そして隠し持った武器。
ここ最近、反抗的な奴らしかいなかったんだ。
わざと後ろに降りたって、違和感に気づき振り向いた彼らの首を絞め上げる。
声は出せない、足は付かない、息は出来ない。
苦しい?
痛い?
助けを呼びたい?
怯え泣きながらこっちを見てくる2人組に、形容しがたい感情が湧く。
記憶の彼方のあの人たちは、もっと苦しんだのに。
記録の中にしかいないあの子達は、もっと泣き叫んでいたのに。
たった、たったこの程度の仕打ちに音を上げる。
だから、仕方ない。
この国の膿と成り果ててしまった君たちを、
『そこ行くお二人、お薬の時間だ』
俺が、
屋敷の秘密の地下室。
大勢の人が真ん中にある舞台を囲うように雄叫びを上げながら目の前の遊戯を楽しんでいた。
舞台の上で何人もの男達が、泣き叫び悲鳴を上げ続ける1人の少女に群がる。
その催しを、囃し立てるガラの悪い男達が下品な笑い声を上げて鑑賞していた。
その周りには舞台の少女以外にも、首輪で繋がれた女達が弄ばれていた。
舞台の前には、天井から縛り上げられ猿轡によって喋ることも動くことも出来ない3人の男が吊るされていた。
吊るされた男達は皆、顔中痣だらけで血まみれで、整った顔はぐちゃぐちゃに成り果てている。
「いやぁぁぁぁぁ!!!もうやめてええええぇ!!!誰か助けてええええぇ!!!」
「やめろぉ…頼むから…!頼むから!もう、もうやめてくれぇ…!」
悲痛な願いも虚しく、少女は汚い欲望の捌け口にされ続ける。
泣きながら許しをこう男は、父親だった。
横には、動かなくなってしまった次男と目から血を流し気絶する長男の姿がある。
そんな男を見やりながら恰幅のいい貴族の男が笑った。
「ぶふふははは!実にいい気分だ!最高だよノモン君!全くこんな財産を抱えていたなら早く言いたまえよぉ?おかげで余計な手間が増えたわこのグズめ」
「お願いします伯爵!もう二度と、もう二度と貴方に逆らわない!!貴方に従う!!だから、息子と娘は解放してやってくれ…がっ!?」
貴族の足元に這いつくばり、何度も地面に頭をぶつけて叫ぶノモン。
だから、その顔面を横にいた護衛が蹴り飛ばした。
「汚ぇカッコでウチの雇い主に近づくなよ、ノモンさんよぉ。そもそもあんたが借りた金返さねぇからこんなことになってんだろぉ?自業自得って知ってるか?ん?」
「あんな大金を借りた覚えはない!それに、弁償の話もいつの間にか数十倍に膨れ上がっていた!とてもじゃないが返しきれない!」
「ノモン君」
「!!」
髪の毛を掴まれながらも、ノモンは伯爵と呼ぶ男に目を向ける。
伯爵はノモンをニヤケながら見下ろしてこう言った。
「私はね、君の娘に恥をかかされたのだよ。せっかく私の妻となれる機会を与えてやったのに、あの売女と来たら他の男と結婚するなどとほざきおった。私の面目が、潰されたのだ。これは、その罰だ。あぁ、安心したまえ!借金もきっちり返してもらうさ!元々金など二の次、君の娘さえ手に入れば良かったがそれはそれ!そこの使えなくなりそうな出来の悪い息子にも手伝ってもらえ!死ぬまでこき使ってやるからな!」
それを聞いたあらくれものたちが一斉に大笑いした。
ノモンはそれを聞きながら涙を流す。
もう息があるのか分からない愛息子たち。
舞台の上で泣き叫ぶ先立った妻によく似た愛娘。
なんと自分は無力なのか。
なんと自分は愚かなのか。
ここが、地獄だとノモンは涙を流し続ける。
「誰か…誰か…せめて子供達だけでも…助けてやってくれぇぇえええ!!」
笑い声に掻き消されながら、それでも声を枯らして叫ぶ。
届かない無意味な叫びだとしても、叫ばずにいられなかった。
『あぁ、聞こえたよ』
乾いた銃声が突如響き渡る。
その弾丸は寸分違わず、少女を組み伏せていた1人の男の頭を、柘榴と散らせた。
突然の出来事にそれまでの薄汚い喧騒が、静まり返る。
そして、全員が音のなった方へと振り返る。
1歩ずつ足音がなる。
出てきたのは、胸元に簡単に付けた鎧と動きやすそうなパンプスの上から腰布を巻いて、右足にはいくつもの銃を装備した仮面の人物だった。
「き、貴様何者だ!一体どこから入り込んできた!!」
『
驚きながら狼狽える貴族を見て、侵入者は心底呆れた様に言い放つ。
その歩みはゆっくりとしているが、止まりはしない。
その様子を見て、仲間を殺られた男達が武器を向ける。
「テメェ!生きて帰れると思うなよ!」
『生きて帰る?私の世界は死んでいる。地獄の王も私を裁きに来ない……いや、もう少しマシな言い回しを用意しとくべきか?』
「何訳の分からねぇことを!死ねやぁ!」
銃を下ろした侵入者に対して、貴族の護衛が襲いかかる。
だが、半身横にズレるだけで振り下ろした剣は空を切り、がら空きになった脇腹に持っていたマグナム銃を撃ち込んだ。
『お前は大振り、単調。弱すぎて話にならないな。もういいぞ』
そう言いながら呻く男の頭へ2発撃ち込んだトウヤは、銃を捨てて右足から銃を引き抜く。
その様子に恐慌し、大声を上げながら襲いかかるもう1人に対しては脚を撃ち抜き転ばせる。
『お前は…いいね、性格は下の下もいいとこだが体格は合格だな』
そう言いながら右手で転んだ男の頭を鷲掴み、持ち上げる。
赤黒い波動が男にまとわりつき始めると、悲鳴を上げながらじたばたとしたが、直ぐに動かなくなった。
その男を貴族達の方へ放り投げる。
その様子に小さくあらくれものたちが悲鳴を上げた。
『さて、伯爵殿。そういえば、俺が誰かっていう自己紹介がまだだったよな』
片手で銃を回しながら、なんでもないように話しかける。
伯爵は、目の前の光景に腰を抜かしてガタガタと震えていた。
気がつけば、隠し扉がある階段の方から低い呻き声と共にフラフラと人が何人も歩いて来るではないか。
そして目の前に転がされた傭兵の1人も緩慢な動きで起き上がる。
土気色をしたボロボロの肌に血走った目をした男だった何かと同じ姿をした元使用人達。
そんな彼らを従えながら目の前の悪夢が、こちらを見下ろしていた。
『残念だけど、私に名はない。だから、君に、君たちにこう言おう』
『welcome…to…mynightmare…楽しんでいってくれ…私の、地獄を…!』
そうしてまた いつも通りに
お久しぶりです。
年が経つのは早いものですね。
いろいろあって書くのやめてましたが、ふと思い立った次第です。
更新ペースは遅いですが、また書けたら書いていきます。
そのうち序盤を改訂してるかも。