魔法科高校の異端魔術師   作:もやしになりたい

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学校

 入学の手続きは、エミヤが一週間で全部終わらせた。

 

 必要書類の確認、学校側とのやり取り、通学経路の登録、生体認証の仮設定。

 雄馬には細かいことはよく分からなかったが、とにかく気づけば「来週から通える」というところまで話が進んでいた。

 

 そして、その初日が来た。

 

 朝、雄馬はいつも通りに起きた。

 特別に緊張しているわけではない。

 

 前世の記憶がある。学校という場所がどういうものかは知っているし、初登校だからといって足がすくむほど子どもでもない。

 ただ、気になっていることはあった。

 

 ――同じくらいの年の連中と、ちゃんとやっていけるのか。

 

 剣の稽古や魔法の鍛錬なら、相手が英霊たちでもまだ分かりやすい。強い、速い、届かない、だから食らいつく。そこは単純だ。

 だが学校は違う。

 同年代の集団の中で、どんな距離感でいれば浮かないのか。変に大人びてもおかしいだろうし、だからといって無理に子どもらしく振る舞うのも違う気がする。

 

 その線引きが、少しだけ厄介だった。

 

「起きていますか、雄馬」

 

 部屋の外から声がした。アルトリアだ。

 

「ああ、起きてる」

 

「では、朝食へ。支度は済ませておいてください」

 

「了解」

 

 短く返して立ち上がる。

 鏡の前で制服姿を見たとき、ようやく少しだけ実感が湧いた。

 

 ああ、本当に学校へ行くのか、と。

 

 食卓には、すでに全員が揃っていた。

 

「おはようございます、雄馬さん!」

 

 真っ先に声を掛けたのは沖田だった。

 いつも通り明るいが、少しだけそわそわしている。

 

「おはよう、沖田」

 

「よく眠れましたか?」

 

「普通に。別に緊張してるわけじゃないし」

 

 そう答えると、ジャンヌが柔らかく微笑んだ。

 

「それなら良かったです。初日ですから、落ち着いて行けるのが一番ですね」

 

「落ち着いてるのは本当だ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「同い年くらいの子たちと、うまくやれるかは少し気になる」

 

 それを聞いて、アキレウスが楽しそうに笑った。

 

「そっちか。まあ分かるぜ。強い相手より、初対面の集団の方が面倒な時もあるしな」

 

「それです」

 

「雄馬らしいな」

 

 クーフーリンが口元をわずかに上げる。

 

「戦うわけじゃねえ場所で困るってのは、案外まともだ」

 

「まともかどうかは分からないけどな」

 

 雄馬が椅子に座ると、エミヤが朝食を運んできた。

 

「食べておけ。昼まで意外ともたない」

 

「分かってる」

 

 返しながら、雄馬は食卓を見回した。

 みんな、必要以上に騒がしくはしない。だが、普段より少しだけこちらを気にしているのは伝わってくる。

 

 朝食を終えると、エミヤが通学用のバッグを差し出した。

 

「確認を」

 

「軽いな」

 

 持った瞬間の感想が、それだった。

 

 中身は薄い情報端末、電子ペーパー式のノート、学生証、筆記具、ハンカチ、それに最低限の小物だけ。

 前世の感覚からすると驚くほど少ない。

 

「この世界の学校は電子化がかなり進んでいる。教材も連絡も端末中心だ。紙が全くないわけではないが、毎日抱えて歩く量ではない」

 

「なるほどな」

 

 資料にあった通り、この世界では学校も情報基盤の上に乗っている。警備や設備制御だけでなく、日々の連絡や教材管理までデジタルと連動しているなら、小学校でも荷物が少なくなるのは自然だった。

 

「端末、学生証、予備電源」

 

 エミヤが淡々と並べる。

 

「全部あるか」

 

「ある」

 

「なら結構」

 

 短く頷いたあと、エミヤはアルトリアを見る。

 

「セイバー、学校の前までは頼む」

 

「承知しました」

 

 アルトリアが静かに立ち上がる。

 

 それを見て、沖田が少し身を乗り出した。

 

「雄馬さん、行ってらっしゃいです!」

 

「行ってくる」

 

「帰ってきたら、学校の様子を聞かせてくださいね」

 

 ジャンヌにそう言われ、雄馬は少しだけ笑った。

 

「分かった」

 

 家を出てから学校までの道は、前世の通学路と似ているようでいて、やはり違った。

 

 通りを走る車両は滑らかに制御されていて、人が運転しているのかシステム補助なのか一見しただけでは分かりにくい。道路脇の案内表示も電子化されており、街全体が情報管理の延長にあるように見える。

 鉄道も道路も衰退したのではなく、高度化した上で用途別に細かく住み分けている。そういう社会の空気が、通学路の何気ない景色からも感じられた。

 

 隣を歩くアルトリアは、いつも通り静かだった。

 急かしもせず、かといって過剰に気遣うわけでもない。その距離感が、今の雄馬にはちょうどよかった。

 

「アルトリア」

 

「何でしょう」

 

「別に怖いとかじゃない。ただ、変に浮かないかは少し気になる」

 

「分かります」

 

 即答だった。

 

「あなたは臆しているのではなく、場の作法を考えているのですね」

 

「まあ、そういう感じだな」

 

「なら問題ありません」

 

「即答だな」

 

「本当に緊張している者は、そこまで冷静に言語化できません」

 

 アルトリアは前を見たまま続ける。

 

「それに、あなたは無理に取り繕おうとしない方が良いでしょう。背伸びも、逆に幼く見せる必要もありません。自然にしていればいい」

 

「自然に、ね」

 

「はい。挨拶をして、話しかけられたら答える。それで十分です」

 

 いかにもアルトリアらしい答えだった。

 だが、その単純さがかえって腹に落ちる。

 

 学校が見えてきた。

 門の脇には認証パネルがあり、登校してくる児童たちは学生証か端末をかざして中へ入っていく。校舎の形そのものは前世の学校と大きく変わらないが、入退場管理や連絡表示のあたりだけが妙に近未来的だ。

 

 校門の少し手前で、アルトリアが足を止めた。

 

「ここまでです」

 

「ああ」

 

「雄馬」

 

「ん?」

 

「うまくやろうとしすぎなくて構いません」

 

 アルトリアはまっすぐ雄馬を見る。

 

「最初から全員と親しくなる必要はない。今日やるべきことは、ただ一日を過ごして帰ってくることです」

 

「……それならできそうだ」

 

「では十分です。行ってらっしゃい」

 

「行ってくる、アルトリア」

 

 背を向けて歩き出す。

 振り返ると、アルトリアはその場で静かに見送っていた。

 

 それだけで、変な力みは消えた。

 

 校門を通ると、学生証の仮登録が問題なく認識された。

 端末へ出席関連の通知が軽く表示される。

 

(へえ、ここまで自動なんだな)

 

 昇降口にも掲示板はあるが、その横には電子表示パネルがあり、今日の予定や連絡事項が流れている。

 教室に入ると、机には学習端末を置く前提のスペースがあり、前方の表示板も黒板というより大型の情報パネルに近い。連絡、配布、出欠、簡単な課題の管理まで、かなりデジタル寄りだ。

 

 この世界の小学校も、おそらくは高校ほど専門的ではないにせよ、社会全体の電子化の延長にあるのだろう。教育機関そのものが高度な管理システムの上にある、という資料のまとめは、こういう形で日常に落ちているらしい。

 

 担任に案内され、教壇の前に立つ。

 

「今日から一緒に勉強する佐藤雄馬くんです」

 

 視線が集まる。

 だが、怖くはない。英霊たちに囲まれてきた身からすれば、この程度の注目で息は乱れない。

 

 問題はその先だ。

 

「佐藤雄馬です。よろしくお願いします」

 

 頭を下げて席につく。

 すると、一時間目が始まる前には、もう何人かが近寄ってきた。

 

「前はどこにいたの?」

「運動できる?」

「好きなゲームある?」

「その端末カバー、かっこいいな」

 

 質問は早いし遠慮がない。

 だが、嫌な感じではなかった。

 

「前は、ちょっと遠いところ」

「運動はまあ、それなりに」

「ゲームは前ほどやってない」

「カバーは家の人が選んだ」

 

「へえー」

 

 拍子抜けするくらい、普通の会話だった。

 

(ああ、そうか)

 

 別にこちらが身構えなければ、向こうも普通なのかもしれない。

 

 授業が始まると、また世界の違いが見えた。

 漢字や計算の基礎は前世とさほど変わらない。だが、教材の表示や提出の仕方、補助資料の見せ方が端末前提になっている。児童用の学習端末に問題が送られ、担任の操作で前方の表示と連動する。紙のノートも使うが、全体の流れはかなり軽い。

 

 昼休み。

 弁当を開くと、隣の席の男子が覗き込んだ。

 

「うまそう」

 

「うまいぞ」

 

「いいな、それ」

 

 何気ない会話に、雄馬は少しだけ力が抜けた。

 大人ぶる必要も、子どもの真似をする必要もない。ただ受け答えしていけば、案外どうにでもなるのかもしれない。

 

 もちろん、全員とすぐ打ち解けたわけではない。

 話しかけてこない子もいるし、こちらから無理に距離を詰めるつもりもない。だが少なくとも、「やっていけなさそうだ」という感覚はなかった。

 

 放課後が近づくころには、緊張ではなく別の疲れが出ていた。

 訓練のように身体が重いわけではない。

 ただ、ずっと知らない集団の中で会話し、周囲を見て、空気を読んでいたぶん、頭の奥がじわりと重い。

 

(まあ、初日ならこんなもんか)

 

 そう思える程度には、悪くない一日だった。

 

 一方そのころ、雄馬のいない家は妙に落ち着かなかった。

 

 静かなのに、誰も本当に落ち着いていない。

 

「まだ昼前ですよ、沖田さん」

 

 時計を見る沖田に、ジャンヌが苦笑する。

 

「分かっています。ですが、気になります……!」

 

「初日ですものね」

 

 ジャンヌも穏やかな顔をしているが、まったく気にしていないわけではない。

 

 アキレウスはソファにもたれながら笑った。

 

「まあでも、雄馬なら大丈夫だろ。変に気負うタイプじゃないし」

 

「気負ってはいないでしょうね」

 

 アルトリアが答える。

 

「ただ、同年代の集団にどう入るかは考えていました」

 

「そっちか」

 

 クーフーリンが腕を組む。

 

「なるほどな。戦う方が分かりやすい、ってのはありそうだ」

 

「ありそう、じゃなくて実際そうなんだろうさ」

 

 エミヤがキッチンで手を動かしながら言った。

 

「雄馬は無駄に萎縮はしない。だが、相手との距離を測る時は案外慎重だ」

 

 包丁の音はいつも通り正確だが、普段よりわずかに間が多い。

 

 それを見て、アルトリアが静かに言う。

 

「シロウ」

 

「何だ、セイバー」

 

「気になっているのですね」

 

「否定はしない」

 

 エミヤは短く息を吐いた。

 

「鍛錬なら、どう崩れるか、どこまでできるかは見える。だが学校は別だ。あれは強さだけでどうにかなる場ではない」

 

「ですが、必要な場所です」

 

「ああ。分かっている」

 

 ジャンヌが柔らかく頷く。

 

「雄馬さんなら、大丈夫です。無理に輪の中心へ入ろうとはしなくても、きっと自分の位置を見つけます」

 

「それに、帰ってきたら腹が減ってるだろ」

 

 アキレウスが笑う。

 

「まずは飯だな」

 

「それは間違いありません!」

 

 沖田が勢いよく同意した。

 

 クーフーリンは小さく肩をすくめる。

 

「帰って早々、全員で囲むのはやめとけよ。疲れてるだろうしな」

 

「その通りだ」

 

 エミヤが即座に言う。

 

「迎えるにしても、静かにしておけ」

 

「努力します……!」

 

 沖田が真剣に頷き、アキレウスが吹き出す。

 ジャンヌも笑いをこらえ、アルトリアも否定しなかった。

 

 どうやら全員、自覚はあるらしい。

 

 そして夕方。

 

 玄関の認証音が鳴った瞬間、家の空気が変わった。

 

「……ただいま」

 

 帰ってきた雄馬は、朝と同じ顔ではなかった。

 怯えてはいない。むしろ落ち着いている。だが、一日分きっちり使った疲れが表に出ている。

 

「おかえりなさい、雄馬さん!」

 

 最初に声を上げたのは沖田だった。

 ただし飛びつきはしない。ちゃんと踏みとどまったあたり、努力の跡がある。

 

「おかえりなさい、雄馬さん」

 

 ジャンヌも続く。

 

「おかえり、雄馬」

 

 アルトリアの声は静かで、普段通りだった。

 

「ただいま」

 

 雄馬が靴を脱ぐと、エミヤがバッグを受け取る。

 

「どうだった」

 

 雄馬は少し考えてから答えた。

 

「緊張はしなかった」

 

「そうか」

 

「でも、やっぱりちょっと気は使った。同い年の連中とどう話すかって、思ったより頭使うな」

 

 その答えに、クーフーリンが笑う。

 

「そりゃそうだ。槍で決まる話じゃねえからな」

 

「それは本当にそう」

 

「だが、顔を見る限り、最悪ではなさそうだ」

 

 エミヤの言葉に、雄馬は小さく頷いた。

 

「悪くはなかった。普通に話しかけてくるし、変に構えなきゃ案外どうにかなりそう」

 

 その一言で、家の空気がふっと緩んだ。

 

「それは良かったです」

 

 ジャンヌがほっとしたように微笑む。

 

「はい! 大成功ですね、雄馬さん!」

 

「大成功ってほどでもないけどな」

 

「初日を無事に終えたのなら十分です」

 

 アルトリアが静かに言う。

 

 アキレウスが笑いながら片手を上げた。

 

「よし、なら次は二日目だな」

 

「一日で終わりみたいに言うなよ」

 

「だが、最初の壁は越えた」

 

 エミヤがそう言って、バッグを脇に置く。

 

「手を洗ってこい。夕食にする」

 

「了解」

 

 雄馬はそう返してから、少しだけ笑った。

 

 学校は学校で、確かに疲れる。

 けれど帰ってきた先に、こうして気にしていた連中がいるのは悪くなかった。

 

 同年代とやっていけるかという不安は、まだ完全に消えたわけではない。

 それでも、初日の時点では十分だと思えた。

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