私も添削していて長くね?ってなりました。
次の話で交わらせますのでしばしお待ちください
入学
最初こそ、持ち方も運び方もぎこちなかった。
長物特有の間合い、穂先と石突の重みの流れ、踏み込みと引きの噛み合わせ。剣や刀とは違う理屈が多く、雄馬自身も最初は手探りだった。
だが、それも一ヶ月ともたなかった。
気づけば、雄馬の槍は雄馬の形になっていた。
誰かの完全な写しではない。クーフーリンに叩き込まれた基礎を芯にしながら、アキレウスに転がされて覚えた足運び、沖田に矯正された体の通し方、アルトリアに徹底させられた無駄のない重心、エミヤに何度も崩された“詰めの甘さ”への意識が混ざり、ようやく一つの型としてまとまっていった。
それを見た英霊たちも、さすがに驚いていた。
「早いですね、雄馬さん。本当に」
最初にそう言ったのは沖田だった。
「ここまで早く“自分の形”が出るのは、ちょっと記憶にないです」
「私も同感です」
ジャンヌも頷く。
「基礎を覚えるのが早い方はいます。でも、基礎を土台にして、自分の戦い方へ落とし込むのはまた別ですから」
その横でアキレウスは面白そうに笑っていた。
「過去最速って言っていいんじゃないか?」
「かもしれんな」
クーフーリンまでそう言った時は、さすがに雄馬も少しだけ嬉しかった。
この三年、メインで教わったのは槍だった。
他の鍛錬を止めたわけではないが、中心にあったのはずっと槍だ。
そして、模擬戦で自分の持っているものを全部使い、一対一で英霊たちへ食らいつく時。
ようやく、五割まで出せるようになった。
それでも五割か、と雄馬は思わなくもない。
だが、マスターでそこまで辿り着いている時点で胸を張っていい。少なくとも、目の前の連中に鍛えられてきたからこそ、その意味はよく分かっていた。
そしてその雄馬も、十五歳になった。
春。
第一高校へ入学する日だ。
実技試験は、正直ぎりぎりだった。
適正ラインにどうにか届かせた、というのが一番正しい。筆記の方はかなり手応えがあり、結果として入学自体は問題なく決まったが、振り分けは二科生だった。
それを聞いた時も、雄馬は特に何も思わなかった。
(まあ、だろうな)
それが率直な感想だった。
筆記だけでどうにかなる学校ではない。
現代魔法の純粋な適性で見れば、自分はどうしても見劣りする部分がある。そこは事実だ。事実なら、変に拗ねる理由もなかった。
むしろ、雄馬が気にしていたのは別のところだった。
一度、オリエンテーションで第一高校へ来た時に、校舎の広さに少し驚いたのだ。
広い。思っていた以上に広い。
どうせなら入学初日に少し早く出て、軽く見て回りたい。そう思ったのが今朝だった。
制服に袖を通し、雄馬は階段を下りた。
深い緑を基調にしたジャケットは、いかにも第一高校らしい落ち着いた色味をしていた。
下は同系統のスラックス。中のシャツとネクタイまできっちり整えると、ただの学生服というより、どこか選抜機関めいた硬さが出る。
そして二科生である雄馬の制服には、一科生の証である肩や胸の花弁章がない。
そのわずかな差が、この学校の序列をいやでも感じさせた。
だが、それでも鏡の中の自分は悪くなかった。
玄関脇の姿見で一度だけ全体を見て、雄馬は小さく息を吐く。
(……うん、変ではないな)
そう確認して食堂へ向かうと、先にいた面々の視線が一斉に集まった。
「おお」
最初に声を上げたのはアキレウスだった。
「いいじゃねえか、雄馬。ちゃんと高校生に見える」
「ちゃんと、って何だよ」
「普段は訓練着か動きやすい服が多いでしょう? ですから、新鮮です」
ジャンヌが微笑む。
「よく似合っていますよ、雄馬さん」
「はい! とても似合っています、雄馬さん!」
沖田はかなり嬉しそうだった。
その勢いに少し気恥ずかしくなって、雄馬は視線を逸らす。
「そんなに見るなよ」
「見ますよ。今日は入学式なんですから」
クーフーリンが椅子にもたれたまま、口元だけで笑った。
「まあ、様になってる。少なくとも、着られてる感じじゃねえな」
「ありがとうございます、クーフーリンさん!」
何故か沖田が横から礼を言い、クーフーリンが肩をすくめる。
アルトリアは静かに雄馬を見て、はっきりと頷いた。
「よく似合っています、雄馬」
「アルトリアまでそんなに真面目に言うと、逆に照れるんだけど」
「事実ですので」
そこへ最後に、エミヤが朝食を運んできた。
雄馬を一目見て、ほんのわずかに目を細める。
「悪くない」
「それだけか?」
「十分だろう。似合っている」
ぶっきらぼうに見えて、結局ちゃんと言うあたりがエミヤだった。
朝食の席でも、話題は自然と今日のことになる。
「二科生なのは、別に気になってないんだろう?」
アキレウスに聞かれ、雄馬は味噌汁を飲んでから頷いた。
「別に。実技がぎりぎりだったのは事実だしな」
「割り切りが早いですね、雄馬さん」
ジャンヌが感心したように言う。
「落ち込まないのは良いことです」
「落ち込む理由がないだろ。入れたんだし」
そう返すと、エミヤが淡々と続けた。
「その判断でいい。序列に拘泥して視野を狭める方が愚かだ」
「はい!」
沖田が勢いよく頷く。
「そもそも雄馬さんは、実戦寄りの積み重ね方をしていますし、学校の評価軸と完全に一致するわけではありません!」
「沖田さん、それだと少しフォローが不器用です」
「えっ」
ジャンヌの穏やかな指摘に、沖田が目を丸くする。
その様子に食卓の空気が少し和んだ。
雄馬は苦笑しながらパンをちぎる。
「いや、言いたいことは分かるよ。実際そうだし」
「それに、筆記が良かったのは確かだろ」
クーフーリンが言う。
「できることがあるなら、まずはそれで十分だ」
「だな」
アキレウスも頷いた。
「入ってからひっくり返せばいい話でもあるしな」
「いきなり喧嘩腰にしないでください、アキレウスさん」
「喧嘩腰じゃねえよ。前向きってやつだ」
「似たようなものです」
アルトリアの一言に、今度はアキレウスが笑った。
食事を終えると、雄馬は早めに立ち上がって荷物を確認した。
入学式関係の書類。
端末。
学生証。
予備の小物。
第一高校の校舎は広い。
少し早く出ておけば、迷っても余裕があるし、気になっていた場所も少し見て回れる。
「では、私もご一緒します!」
当然のように言い出したのは沖田だった。
雄馬は靴を履きかけたところで振り返る。
「いや、行かない」
「えっ」
「いや、じゃないです! 学校の近くまでなら問題ありませんよね!?」
「問題はあるだろ。もう高校生だぞ」
「高校生でも初日は初日です!」
「だからこそだよ。小学生じゃないんだし」
雄馬がそう言うと、沖田は本気で困った顔になった。
「ですが……!」
「沖田さん」
そこでジャンヌが、やんわりと声を掛けた。
「雄馬さんの言う通りです。今日は見送るだけにしましょう」
「で、ですが、道中で何かあったら……」
「学校へ向かう道中で何があるというのです」
アルトリアが静かに挟む。
「少なくとも、第一高校の入学式へ行く雄馬に、付き添いが当然という年齢ではありません」
「うっ……」
正論だった。
それでも沖田はなお食い下がろうとしたが、ジャンヌが片側から、アルトリアがもう片側から自然な顔で立ち位置を塞ぐ。
抑え込みというほど大げさではない。だが、これ以上は出られない、という空気は見事にできあがっていた。
「アルトリアさん、ジャンヌさん……!」
「ここは我慢です、沖田さん」
「はい」
「雄馬は一人で行けます」
アルトリアのその一言で、沖田はついに肩を落とした。
「……分かりました」
ただし、次の瞬間には顔を上げる。
「では、せめて玄関でしっかり見送ります!」
「それは別に止めない」
雄馬がそう言うと、沖田は少しだけ元気を取り戻した。
結局、玄関前には全員が揃った。
なんだかんだで、こうなるだろうとは思っていた。
だから雄馬も、もう何も言わない。
エミヤが最後に制服の襟元を一度だけ見て、乱れがないことを確認する。
「学生証は入れたな」
「入れた」
「書類もある」
「ある」
「なら問題ない。迷うようなら案内表示を見ろ。第一高校の校舎は無駄に広い」
「それは知ってる」
オリエンテーションの時点で嫌というほど思い知った。
アルトリアはいつもの落ち着いた声音で言う。
「見て回るのは構いませんが、時間の余裕は見誤らないように」
「分かってる」
「雄馬さん、入学式ですからね? 初日から変なところへ入り込んではだめですよ?」
ジャンヌの言葉に、雄馬は少しだけ眉を上げた。
「そんなことしないって」
「言い切れますか?」
「……たぶん」
「少し不安になりました」
そのやり取りに、アキレウスが声を上げて笑う。
「まあ、迷ったら迷ったで後で笑い話だ」
「初日からそれは避けたい」
クーフーリンが壁に寄りかかりながら言った。
「だが、雄馬。気負う必要はねえぞ。二科だろうが何だろうが、やることは変わらん」
「分かってるよ」
「ならいい」
そして最後に、沖田が一歩前へ出た。
「行ってらっしゃい、雄馬さん」
さっきまでの未練は少し残っているようだったが、それでも笑っていた。
「帰ってきたら、お話を聞かせてくださいね」
「はい。私も聞きたいです」
ジャンヌも続く。
雄馬は全員を見回した。
これだけ見送られると、さすがに少しむず痒い。
だが、嫌ではなかった。
「行ってくる」
「ああ」
エミヤが短く返す。
「行ってらっしゃい、雄馬」
アルトリアの声が続き、
「行ってらっしゃい、雄馬さん!」
沖田とジャンヌの声が重なった。
アキレウスは軽く手を上げ、クーフーリンはいつものように口元だけで笑う。
雄馬はその光景を一度だけ目に焼きつけてから、踵を返した。
第一高校までの道は、もう確認してある。
入学式の時間にも余裕はある。
少し早く着いて、広い校舎を眺めながら歩くのも悪くない。
二科生。
それで結構。
入ってから積み上げればいい。
そう思えるだけの三年を、確かに過ごしてきたのだから。
春の朝の空気を吸い込み、雄馬は第一高校へ向けて歩き出した。