目を覚ました時、雄馬が最初に見たのは白い天井だった。
「……ん、ここは……?」
まだ重い頭を抱えながら上体を起こし、周囲を見回す。部屋の中にあるのは白い壁と茶色のドア、それから自分が寝ていたベッドくらいのものだった。広さは一人暮らしなら十分、といったところか。生活感はほとんどない。
病院、という感じではない。
そこでようやく、途切れていた意識が少しずつ繋がっていく。
通り魔。
死。
神を名乗る存在。
転生。
そして、魔法科高校の劣等生の世界。
「……そうか、俺転生したんだ」
状況はまだ完全に掴めていない。だが、自分が転生したことだけは覚えている。
(……一旦整理しよう。俺は魔法科高校の劣等生の世界に転生した。そして特典でサーヴァントと身体能力強化をもらって飛ばされた。……なら、ここは俺の家でいいのか?)
ひとまずベッドから降りようとして、その瞬間、思いきりバランスを崩した。
「うわっ!?」
どさり、と床に手をつく。
痛みよりも、違和感の方が大きかった。ベッドが高い。いや、違う。ベッドが高いんじゃない。自分が低いのだ。
「……ん?」
立ち上がって自分の手を見る。小さい。腕も細い。足も短い。視界そのものが、前世よりずっと低かった。
試しにドアノブへ手を掛けると、いつもより位置が高い。
(……俺、縮んだ?)
予想は外れていなかったらしい。
前世の雄馬は一八五センチ、体重七五キロとそれなりに体格が良かった。見下ろす側だった視点が、今は見上げる側に変わっている。違和感が強いのも当然だった。
「……変な気分だ」
軽くため息をつきながらドアを開ける。
廊下は広く、家そのものもかなり大きいらしかった。少なくとも普通の家ではない。歩くだけでそれが分かる。
そのままリビングらしき場所へ向かうと、椅子に座る人影が目に入った。
白髪に赤い外套。鋭い眼差し。座っているだけなのに、どこか張り詰めた空気がある。
「お目覚めかね、マスター」
「……一応聞くけど、そのマスターってのは俺のことだよな?」
「無論そうだが」
落ち着いた声で返される。
「その証拠に、自身の右手の甲を見てみるといい」
言われるまま視線を落とす。
そこには、赤い紋様が刻まれていた。
「……令呪、だよな?」
「そういうことだ」
あっさりと肯定され、雄馬は小さく息を吐いた。
「……そうだ、魔術のことすっかり頭から抜けてたわ」
ただ強い人たちを周りに並べたい、という発想で特典を選んだせいで、肝心の“サーヴァントを連れてくる”という部分の重みを一瞬忘れていたのだ。
すると赤い外套の男は、わずかに表情を和らげて口を開いた。
「起きてすぐで申し訳ないが、一つ頼みがある」
「ん?」
「他の者たちも呼んできてもらえないだろうか。君もまだ状況を把握しきれていないだろうし、全員揃ってから話した方が早い」
「……分かった」
確かにその通りだ。
雄馬は頷くと、廊下へ戻った。
家の中は想像以上に広かった。四LDKの三階建てらしく、部屋数も多い。一つ一つドアを開けて回るしかない。
何部屋か見て回ったところで、先に声を掛けられた。
「……お、目が覚めたみたいだな、マスター」
振り向くと、大柄な男が立っていた。
逆立った髪に鋭い目つき。立っているだけで戦士だと分かるような圧がある。
「あ、あぁ……とりあえず食堂に来てくれ。全員集めてから話したい」
「了解だ。先に行ってる」
気安くそう言って、その男はさっさと部屋を出ていった。
ガタイの良さに若干びびりつつも、どうにか会話を終えた雄馬は一度深呼吸をした。
「……よし」
気持ちを落ち着かせ、また別の部屋を探す。
すると今度は、後ろから突然明るい声が飛んできた。
「おはようございます! マスター!」
「うぉあぁ!?」
思わず華麗とは言い難いバックステップで飛び退く。
振り返ると、そこには桜色の袴を着た女性が立っていた。にこにこと笑っているが、気配を消しすぎていて本気で心臓に悪い。
「び、びっくりした……」
「そんなに驚かれるとは思いませんでした」
「いや、普通に気配消えてたからな……」
「剣士ですので!」
「そういうものなのか……?」
勢いに押し切られそうになりながらも、雄馬は咳払いを一つした。
「と、とりあえず先に食堂に行っててもらっていいかな。詳しいことは全員揃ってから話すから」
「分かりました! ではまた後ほど!」
そう言って、彼女はそのまま食堂へ向かっていった。
嵐みたいな人だな、と呆然としたのは十五秒ほど。すぐに雄馬はまた部屋探しを再開した。
「お目覚めですか、マスター」
次に見つけたのは、金髪を三つ編みにした女性だった。本を読んでいたらしく、手元から視線を上げてこちらを見る。
文字通り“聖女”という言葉が似合う雰囲気の人だった。
「……あぁ、ほんとついさっき起きたばっかだ。それより、食堂に行っててくれないか? 全員集めてから詳しく説明するから」
「分かりました」
短く頷き、本を閉じて立ち上がる。その仕草一つ一つに品があった。
さらに別の部屋を見て回ると、今度は青を基調とした服を着た男がいた。
「目が覚めたみたいだな、マスター」
「……かれこれ一時間近くは経ってる気がするけどな。一旦食堂に来てくれ。詳しいことを説明するし、俺も聞きたいことがある」
「分かった。後で向かう」
飄々とした返事だったが、その奥に獣じみた鋭さがある。油断ならない印象の男だった。
それを見送って、雄馬は最後の一人を探す。
「……おはようございます、マスター」
窓際に立っていたのは、金の髪を持つ女性だった。
整った横顔。静かな威厳。ただそこに立っているだけなのに、場の空気が自然と引き締まって見える。
「お、おう。おはよう。えぇっと、これで最後……なのかな?」
「ちなみに、何人ほど見つけましたか?」
「……えぇっと……五人かな」
「では、私が最後ですね。どこへ向かえばよろしいでしょうか」
「食堂に行ってくれ。多分、全員揃ってるはずだから」
「分かりました。マスターは向かわれないのですか?」
「俺はもう少し家の中を見ていくことにするよ」
「承知しました」
そう言って彼女は部屋を出ていった。
雄馬はその背中を見送りながら、ぽつりと呟く。
「……すげぇ面子だな、改めて」
自分で望んだとはいえ、実際に顔を合わせると現実感が薄い。
そのまま適当に周囲を見渡しながら歩き、十分ほどしてから食堂へ戻った。
中へ入ると、すでに全員集まっていた。みんな楽しそうに会話をしていて、妙な圧はあるのに空気そのものはそこまで重くない。
「ごめん、待たせちまった」
「構わないさ。それより中の確認はできたのかね?」
最初に会った赤い外套の男がそう問う。
「あぁ、もう大丈夫だ……さて、とりあえず自己紹介でもするか」
雄馬はみんなを見回した。
「俺は佐藤雄馬。これを見れば分かる通り、君たちのマスターって立場らしい」
右手の令呪を軽く見せると、全員が頷いた。
「それと確認なんだけど、ここの世界の内容は知ってる……かな?」
「魔法が科学として発展した世界、ってことくらいは分かるぜ」
最初に見つけた大柄な男が答える。
「聖杯戦争の時間軸ではない世界、ということも理解しています」
三つ編みの女性が続けた。
「なら話は早い」
雄馬は曖昧な記憶を辿りながら、この世界について説明した。
魔法が科学によって発展した世界であること。
それが教育され、体系化された技術になっていること。
そして自分たちの知る“魔術”とは似ているようで、根本は違うこと。
話し終えたところで、青い服の男が腕を組んだ。
「なるほどな。要は、神秘が技術として表に出てる世界ってわけか」
「まあ、今のところはそういう認識でいいと思う」
ひと通り説明を終えたところで、雄馬はあることに気付いた。
「そういやなんだけど、君たち互いの真名って知ってる?」
『いや(いいえ)』
「……すまん、普通に忘れてたわ。俺が紹介する? それとも自分でやる?」
「私はマスターに任せる」
赤い外套の男がそう言った。
「分かった。じゃあ、まずはこの人から」
雄馬は一つ咳払いをする。
「この人のクラスはアーチャー。真名はエミヤだ。厳密には未来の衛宮士郎なんだけど、呼び方はエミヤでいいと思う」
「そういうことだ。改めてよろしく頼む、マスター」
続いて、大柄な男が口を開く。
「俺はランサー、クー・フーリンだ。よろしく頼む」
「俺はライダー、アキレウス。よろしくな!」
その流れで、桜色の袴の女性が勢いよく手を挙げた。
「私はセイバー、沖田総司です! よろしくお願いします!」
元気よく胸を張った直後、彼女は小さく咳き込み、口元を押さえた。
「あ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です! ちょっと血が出ただけなので!」
「その“ちょっと”が怖いんだよな……」
苦笑しつつ、雄馬は補足する。
「見ての通り病気持ちだ。肺結核で亡くなったって話だから、多分それがそのまま引き継がれてるんだと思う」
「はい! そういうことですので、皆さんよろしくお願いします!」
元気に言い切るあたり、この人はこの人で強い。
「では、私は自分で」
金髪の女性が静かに口を開いた。
「私はセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。よろしくお願いします」
短い挨拶なのに、それだけで場の空気が少し引き締まる。
「最後は私ですね」
三つ編みの女性が柔らかく微笑む。
「ルーラー、ジャンヌ・ダルクと申します。皆さん、これからよろしくお願いします」
これで全員だ。
改めて見ると、本当にとんでもない面子である。しかも、その中心にいるのが五歳児サイズになった自分なのだから、なおさら実感が湧かない。
「……うん、やっぱすげぇな」
「今さらかね?」
エミヤがわずかに呆れたように言う。
「今さらだよ。起きてからずっと今さらの連続なんだよ、こっちは」
そう返すと、何人かが小さく笑った。
少し空気が和んだところで、雄馬はもう一つ言っておくべきことを思い出した。
「あ、そうだ。俺をマスターって呼ぶのはやめてくれると助かる」
一瞬、食堂が静かになる。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
静かに問いかけたのはアルトリアだった。
「マスターって呼ばれるほどの実力も実績もまだないし、外でそんなふうに呼ばれて視線集めるのも嫌だから。普通に落ち着かないんだよ」
「確かに、この世界で生活するのであれば、その方が自然かもしれませんね」
納得したように頷いたのはジャンヌだった。
「では、今後は雄馬とお呼びします」
アルトリアが真面目な顔で告げる。
「了解した。以後は雄馬と呼ぶことにしよう」
エミヤも短く続けた。
「おう、分かったぜ、雄馬」
「よろしくな、雄馬」
「はい! 分かりました、雄馬さん!」
こうして呼び方も決まったところで、雄馬は立ち上がった。
解散しても特にすることはない。なら、今やるべきことは一つだ。
「……よし。じゃあ買い出しに行くか」
家は広いが、生活するにはまだ何も足りていない。家具も生活用品も調理器具も、全員分の私服も必要だった。
そのまま近くのショッピングモールへ向かうことになったが、来て数時間の子供がどうやって支払いをするのかと思ったら、雄馬の部屋にはキャッシュカードと通帳、デビットカードまで用意されていた。
通帳を見た瞬間、雄馬は真顔になった。
「……一生暮らしていける程度のお金が入ってるんだけど。怖っ」
「神の気遣い、とでも受け取っておくべきかな」
エミヤが肩を竦める。
「いや、逆に怖いわ。とりあえず金の管理はエミヤに任せる」
「了解した」
そうしてショッピングモールでは、家具や調理器具、生活用品、それから全員分の私服までまとめて買い込んだ。
見た目は子供、頭脳は高三。どこかの名探偵みたいな状態ではあるが、五歳児の見た目で買えるものには限界がある。そのため支払い関係はエミヤが横についてくれていた。
「さすがに買いすぎたかな」
「何もないよりはマシだろう。あのまま解散していたところで、我々もすることはなかったからな」
「それならいいか……それより、みんな遅いな」
「確かに。かれこれ三十分は経とうとしているが、他は何をしているんだ……」
店内が意外と広かったこともあり、一旦自由行動にして時間で集合する形を取っていた。横にエミヤがいるのは、保護者兼兄貴役といったところである。
「一旦、手分けする?」
「いや、入れ違いにでもなったらそれこそ面倒だ。私たちがここで待てばいい」
エミヤがそう言った直後だった。
「ごめんなさーい! 遅れましたー!」
いくつもの紙袋を抱えた沖田が、元気よくこちらへ走ってきた。その後ろからアルトリアとジャンヌも小走りで追いついてくる。三人ともかなりの荷物量で、どう見ても大半が服だ。
「全く、三十分の遅刻だ」
「うぅ……そこまで怖い顔で言わなくてもいいじゃないですかぁ……」
「まあまあエミヤ。女性は買い物が長いってのは今も昔も変わらないだろ? そこは寛大な心で許してやれって」
「別に怒ってはいない。その時間のおかげで、私は雄馬のことをある程度知れたからな」
言い合いになりそうな空気を感じ、雄馬はそのままジャンヌとアルトリアの方へ向かった。
「結構買ったな、二人とも」
「お恥ずかしながら、気になるものが多かったもので」
ジャンヌが少し困ったように笑う。
「これでもかなり絞った方なのですが……」
アルトリアも珍しく言いにくそうだった。
「服は多いに越したことはないからな。別に気にしないよ」
「おーい!」
「すまねぇ、すっかり時間のこと忘れてたわ」
後ろから戻ってきたのはアキレウスとクー・フーリンだった。どうやら集合時間を忘れてゲームセンターではしゃいでいたらしい。
「さて、全員揃ったことだし戻るか」
「そうですね」
「エミヤ、今日のご飯は何ですか?」
沖田が自然に問いかける。
「そうだな……我がマスター、もとい雄馬の新たな人生を祝うために、赤飯とでもいこうか」
「大げさすぎないか……?」
「こういう時は素直に喜んでおいた方がいいぞ、雄馬」
「なら、お言葉に甘えて今日は祝われるか」
そう言った雄馬は、契約した英霊たちとわいわい騒ぎながら帰路についた。
死んだはずの人生の続き。
しかも、想像もしなかった形で始まった二度目の人生。
面倒なことも、分からないことも、これからきっと山ほどある。
それでも今は、この賑やかさが少しだけ心地よかった。