魔法科高校の異端魔術師   作:もやしになりたい

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傍観者

 妬みや嫉みを正面から浴びずに済むのは、達也にとってありがたいことだった。

 

 だが、「頑張ってねぇ〜」と軽く送り出されるのも、それはそれで調子が狂う。励まされているのか面白がられているのか判然としない分、かえって気が滅入るのだ。本人がまるで乗り気でない以上、なおさらだった。

 

 昼休みの時以上に重い足取りで、達也は深雪と雄馬を伴って生徒会室へ向かった。

 

 傍から見れば少々情けない構図かもしれない。だが、達也の屈折した心情を理解できるだけに、深雪は余計なことを言わなかった。雄馬もまた、同じだった。彼は彼で、自分が「比較対象」として達也に連れて来られているという、どうにも座りの悪い立場を自覚していたからだ。

 

 深雪のIDカードは既に認証システムへ登録済だった。生徒会入りが既定事実のように扱われていることへ抵抗が無かったわけではないが、真由美と摩利に押し切られた形で、結局はそのまま中へ入るしかなかった。達也と雄馬も、それに続く。

 

 と、達也は入室と同時に、明確な敵意を帯びた鋭い視線を浴びた。

 

「失礼します」

 

 悲しいかな、また自慢できることではないが、この手の応対には慣れている。達也が無表情のまま一礼すると、その敵意は嘘のように薄れた。

 

 もっとも、それは達也への敵意が解けたのではなく、後ろに続く深雪の姿を認めたからに過ぎないと、すぐに分かったので、別段、安心もしないし嬉しくもなかった。

 

 その視線は、達也の隣に立つ雄馬の方にも一瞬だけ向けられた。初見の顔に対する確認の色こそあったが、達也の時のような強さはない。少なくとも今この場で問題にされているのが誰か、その視線の主自身、よく理解しているのだろう。

 

 視線の主が立ち上がり、近づいてくる。

 

 達也とほぼ同じ身長、横幅はやや細身か。整ってはいるが、特筆すべき程ではない容貌と、これといって特徴のない体つき。肉体的にはそれほど強い印象を与えないが、身の周りの空気を侵食するサイオンの輝きは、この少年の魔法力が卓越したものであることを如実に示していた。

 

「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、生徒会へようこそ」

 

 少し神経質そうな声だったが、年齢を考えれば十分に抑制が効いていると言えるだろう。

 

 右手がわずかに動いたのは、握手を求めようとして思い留まったからか。

 

 何故止めたのかを、達也は詮索しようとは思わなかった。

 

 服部はそのまま達也を完全に無視して席へ戻る。背中越しにムッとした気配が伝わってきたが、一瞬で消えた。何とか自制はしてくれたらしい。

 

 達也だけでなく雄馬もまた、今の短いやり取りだけで服部の性格をある程度察していた。敵意を隠し切れないほど未熟ではないが、抑え込んだ感情が消えるわけでもない。そういう種類の人間だ。

 

「よっ、来たな」

 

「いらっしゃい、深雪さん。達也くんもご苦労様」

 

 既に完全な身内扱いで気軽に手を挙げて見せたのは摩利。ナチュラルに違う扱いを見せたのは真由美だったが、この二人に関しては、気にしても仕方がないという境地に早くも到達していた。

 

 雄馬は、達也がこの短期間でここまで気疲れしている理由を少し理解した気がした。

 

「早速だけど、あーちゃん、お願いね」

 

「……ハイ」

 

 こちらも既に諦めの境地なのだろう。一瞬、哀しそうに目を伏せ、ぎこちない笑顔で頷くと、あずさは深雪を壁際の端末へ誘導した。

 

「じゃあ、あたしらも移動しようか」

 

 僅か一日の間に話し方が随分変わっているような気がしたが、おそらく、この蓮っ葉な方が地なのだろう。

 

「どちらへ?」

 

 達也も話し方を気にするほど上品な育ちではない。簡潔に、告げられたことへだけ応じる。

 

「風紀委員会本部だよ。色々見てもらいながらの方が分かりやすいだろうからね。

 この真下の部屋だ。といっても、中でつながっているんだけど」

 

「……変わった造りですね」

 

「あたしもそう思うよ」

 

 そう言いながら席を立つ。が、腰を浮かせたところで制止が入った。

 

「渡辺先輩、待って下さい」

 

「何だ、服部刑部少丞範蔵副会長」

 

 はっとりぎょうぶしょうじょうはんぞう

 

「フルネームで呼ばないで下さい!」

 

 達也は思わず真由美の顔を見てしまった。

 

 彼の視線に、真由美は「んっ?」という感じで小首を傾げる。

 

 まさか「はんぞー」が本名だったとは……完全に、予想外だった。

 

 その隣で、雄馬もまた口元を引き攣らせていた。もっとも、今さら名前ひとつで空気を壊すわけにもいかず、何とか堪えている。

 

「じゃあ服部範蔵副会長」

 

「服部刑部です!」

 

「そりゃ名前じゃなくて官職だろ。お前の家の」

 

「今は官位なんてありません。学校には『服部刑部』で届が受理されています!……いえ、そんなことが言いたいのではなく!」

 

「お前が拘っているんじゃないか」

 

「まあまあ摩利、はんぞーくんにも色々と譲れないものがあるんでしょう」

 

 その発言主である真由美に、一斉に視線が突き刺さる。

 

 お前が言うな、と。

 

 だが、彼女は全くこたえた様子がなかった。

 

 気づいてもいないのかもしれない。

 

 そして何故か、服部も、何も言わない。

 

 苦手としている、とは、少し違う。

 

 服部の、摩利に対するものとは別種の感情が垣間見えて、中々に興味深い。

 

 ――第三者として眺めている限りでは。

 

 しかし、観客でいられたのは、ほんの短い時間だった。

 

「渡辺先輩、お話ししたいのは風紀委員の補充の件です」

 

 顔に上った血の気が一気に引いている。服部はコマ落としを見るように落ち着きを取り戻していた。

 

「何だ?」

 

「その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

 達也の隣で、雄馬はわずかに眉を動かした。

 言い方からして、服部の眼中にあるのは主として達也だ。自分はまだ、そのついででしかない。

 

「おかしなことを言う。司波達也くんを生徒会選任枠で指名したのは七草会長だ。例え口頭であっても、指名の効力に変わりはない」

 

「本人は受諾していないと聞いています。本人が受け容れるまで、正式な指名にはなりません」

 

「それは達也くんの問題だな。生徒会としての意思表示は、生徒会長によって既になされている。決定権は彼にあるのであって、君にあるのではないよ」

 

 摩利は、達也と服部を交互に見ながら言う。

 

 服部は、達也を見ようとしない。あえて無視している。

 

 そんな二人を、鈴音は冷静に、あずさはハラハラしながら、そして真由美は感情の読めないアルカイックスマイルで眺めている。

 

 深雪は神妙な顔で壁際に控えていた。だが、いつ妹が爆発してしまうか、達也はあずさと別の意味で気が気でなかった。

 

 雄馬は黙っていた。この場で口を挟めば、事が余計に拗れるだけだと分かっていたからだ。とはいえ、自分の存在が完全に透明化されているわけでもない。いずれ巻き込まれる、という妙な確信だけはあった。

 

「過去、ウィードを風紀委員に任命した例はありません」

 

「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会による摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとは、いい度胸だな」

 

「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?

 ブルームとウィードの間の区別は、学校制度に組み込まれた、学校が認めるものです。そしてブルームとウィードには、区別を根拠付けるだけの実力差があります。

 風紀委員は、ルールに従わない生徒を実力で取り締まる役職だ。実力に劣るウィードには務まらない」

 

「確かに風紀委員会は実力主義だが、実力にも色々あってな。

 力づくで抑えつけるだけなら、私がいる。

 相手が十人だろうが二十人だろうが、私一人で十分対処できる。

 この学校で私と対等に戦える生徒は七草会長と十文字会頭だけだからな。

 君の理屈に従うなら、実戦能力に劣る秀才は必要ない。それとも、私と戦ってみるかい、服部副会長」

 

「……私のことを問題にしているのではありません。彼の適性の問題だ」

 

「実力にも色々ある、と言っただろう? 達也くんには、展開中の起動式を読み取り発動される魔法を予測する目と頭脳がある」

 

「……何ですって?」

 

「つまり彼には、実際に魔法が発動されなくても、どんな魔法を使おうとしたかが分かる。

 当校のルールでは、使おうとした魔法の種類、規模によって罰則が異なる。

 だが真由美がやるように、魔法式発動前の状態で起動式を破壊してしまうと、どんな魔法を使おうとしたのかが分からなかった。

 だからといって、展開の完了を待つのも本末転倒だ。起動式を展開中の段階でキャンセルできれば、その方が安全だからな。

 彼は今まで罪状が確定できずに、結果的に軽い罰で済まされてきた未遂犯に対する強力な抑止力になるんだよ」

 

「……しかし、実際に違反の現場で、魔法の発動を阻止できないのでは……」

 

「そんなものは、第一科の一年生でも同じだ。二年生でも同じ、魔法を後から起動して、相手の魔法発動を阻止できるスキルの持ち主が一体何人いるというんだ?

 それに、私が彼を委員会に欲する理由はもう一つある」

 

「…………」

 

「今まで第二科の生徒が風紀委員に任命されたことはなかった。それはつまり、第二科の生徒による魔法使用違反も、第一科の生徒が取り締まってきたということだ。

 君の言うとおり当校には、第一科生徒と第二科生徒の間に感情的な溝がある。

 第一科の生徒が第二科の生徒を取り締まり、その逆はないという構造は、この溝を深めることになっていた。

 私が指揮する委員会が、差別意識を助長するというのは、私の好むところではない」

 

「はぁ〜……すごいですね、摩利。そんなことまで考えていたんですか?

 私はてっきり、達也くんのことが気に入っただけかと」

 

「会長、お静かに」

 

 真由美によって空気が壊れかかったが、鈴音によって制止された。

 

 責めるような眼差し。

 首を横に振る。

 前者が真由美で、後者が鈴音だった。

 

 感情的な対立は、有耶無耶にされないまま、なお毒を吐き続ける。

 

「会長……私は副会長として、司波達也の風紀委員就任に反対します。

 渡辺委員長の主張に一理あることは認めますが、風紀委員の本来の任務はやはり、校則違反者の鎮圧と摘発です。

 魔法力の乏しい二科生徒に、風紀委員は務まりません。この誤った登用は必ずや、会長の体面を傷つけることになるでしょう。

 どうかご再考を」

 

「待ってください!」

 

 達也は慌てて振り返った。

 

 恐れていたとおり、遂に深雪が耐えられなくなったのだ。摩利の弁舌に引き込まれ、タイミングを計り損ねた。

 

 止めようとした時にはもう遅い。

 

「僭越ですが副会長、兄は確かに魔法実技の成績が芳しくありませんが、それは実技テストの評価方法に兄の力が適合していないだけのことなのです。

 実戦ならば、兄は誰にも負けません」

 

 確信に満ちた言葉に、摩利が軽く目を見開いた。真由美も曖昧な笑みを消し、真面目な眼差しを深雪と達也へ向ける。

 

 だが、深雪を見返す服部の目に真剣味は薄かった。

 

「司波さん」

 

 服部が話しかけた相手は、言うまでもなく深雪だ。

 

「魔法師は事象をあるがままに、冷静に、論理的に認識できなければなりません。

 身内に対する贔屓は、一般人ならばやむを得ないでしょうが、魔法師を目指す者は身贔屓に目を曇らせることのないように心掛けなさい」

 

 親身に教え諭す口調に、含みは感じられない。多分、彼は同じブルームに対しては、独善的な面はあっても面倒見のいい優秀な「先輩」なのだろう。

 

 ――この場合、その言い方が逆効果になると、深雪が反論してきた時点で気づきそうなものではあるが。

 

「お言葉ですが、わたしは目を曇らせてなどいません! お兄様の本当のお力を以ってすれば――」

 

「深雪」

 

 冷静さを失いかけていた深雪の前に、達也の手が翳された。

 

「っ!」

 

 言葉と手振りで妹を止め、達也は服部の正面へ移動する。

 

 その横で、雄馬は小さく息を吐いた。

 結局、こうなるのか、という諦めと、やはりそうなるだろう、という妙な納得が同時にあった。

 

「服部副会長、俺と模擬戦をしませんか」

 

「なに……?」

 

 意外な申し出に言葉を失ったのは、挑まれた服部だけではなかった。

 

 真由美も摩利も、予想外の大胆な反撃に呆気に取られた顔で二人を見つめている。

 

 全員の視線が集まる中、服部の身体がぶるぶると震え始めた。

 

「思い上がるなよ、補欠の分際で!」

 

 小さく悲鳴を上げたのは、あずさか。

 

 他の三人は、さすがに上級生だけあって平静を保っている。

 そして、罵倒を受けた本人は、困ったような顔で薄っすらと苦笑を浮かべていた。

 

 その様子を見ながら、雄馬は少しだけ感心していた。あれだけ真正面から悪意をぶつけられて、腹を立てるより先に困り顔が出るのは、なかなか真似できることではない。

 

「何がおかしい!」

 

「魔法師は冷静を心掛けるべき、でしょう?」

 

「くっ!」

 

「あるがまま、の対人戦闘スキルは、戦ってみなければ分からないと思いますが。

 俺は別に、風紀委員になりたい訳じゃないんですが、妹の目が曇っていないと証明する為ならば、やむを得ないでしょうね……」

 

 後半は独り言に近かったが、それが却って服部には挑発的に聞こえた。

 

「……いいだろう。身の程を弁えることの必要性を、たっぷり教えてやる」

 

 動揺を長引かせないのは、彼が口だけではない証拠か。抑制された口調が逆に、憤怒の深さを物語っていた。

 

「私は生徒会長の権限により、2-B・服部刑部と1-E・司波達也の模擬戦を、正式な試合として認めます」

 

「生徒会長の宣言に基づき、風紀委員長として、二人の試合が校則で認められた課外活動であると認める」

 

「時間はこれより三十分後、場所は第三演習室、試合は非公開とし、双方にCADの使用を認めます」

 

 真由美と摩利が、厳かと形容して構わない声で宣言すると、あずさが慌ただしく端末を叩き始めた。

 

 その音を聞きながら、雄馬は自分の立場を静かに噛み締めていた。

 

 この場の主役は達也だ。今はまだ、そうだ。

 だが、比較対象としてここへ連れて来られた以上、自分だけがこのまま何事もなく済むとは思えなかった。

 

 実際、宣言を終えた摩利の視線は、ほんの一瞬、達也から外れて雄馬へ向いていた。

 

 まだ何も言わない。

 だが、その目は「これで終わりではない」と告げていた。




みなさまお久しぶりです。
本業の方が色々忙しくてなかなか書けませんでした。
今は落ち着いており、少しづつ書いてたものを添削して等超していきたいと思います。
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