魔法科高校の異端魔術師   作:もやしになりたい

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魔法だけでは測れないもの

 帰り道、雄馬の頭の中には、ずっと同じ言葉が残っていた。

 

 魔法だけが全てじゃない。

 

 魔法の成績だけで、人間の価値を決めるのはおかしい。

 

 壬生紗耶香が言いたかったのは、たぶんそういうことなのだろう。

 

 少なくとも、雄馬にはそう聞こえた。

 

 そして、その言葉自体を否定する気にはなれなかった。

 

 むしろ、気持ちだけで言えば、完全にそちら側だった。

 

 魔法だけが全て。

 

 魔法の成績だけで、人の価値が決まる。

 

 そんなものを認めてしまったら、自分が今までやってきたことは何だったのか、という話になる。

 

 アルトリアに剣を教わった。

 

 沖田に刀の間合いを叩き込まれた。

 

 アキレウスに何度も地面へ転がされながら、身体の使い方を覚えた。

 

 クーフーリンに槍の理屈を聞かされ、エミヤには立ち回りの甘さを何度も指摘された。

 

 ジャンヌには、力を持つことと、それを振るうことの違いを教えられた。

 

 それらは、魔法の成績表には載らない。

 

 CADの処理速度にも、起動式の展開速度にも、干渉力の評価にも反映されない。

 

 けれど、雄馬にとっては間違いなく、自分を形作ってきたものだった。

 

 だからこそ、壬生紗耶香の言葉は分かる。

 

 分かってしまう。

 

 魔法だけが全てではない。

 

 そう言われれば、雄馬は頷きたくなる。

 

 けれど。

 

 その先を問われた時、壬生紗耶香は答えられなかった。

 

 そして、横で聞いていただけの雄馬も、すぐには答えを出せなかった。

 

「……ただいま」

 

 玄関を開け、短く声を掛ける。

 

 リビングから、いくつかの気配がこちらへ向いた。

 

「おかえりなさい、雄馬さん」

 

 最初に返事をしたのは沖田だった。

 

 ソファの背越しにこちらを覗き込み、いつもの明るい笑みを向けてくる。

 

 アルトリアは読んでいた本を閉じ、ジャンヌは手にしていたカップをテーブルへ戻した。クーフーリンは椅子の背にもたれたまま片手を上げ、アキレウスは床に座った姿勢でこちらを見る。

 

 キッチンの方からは、エミヤが手を拭きながら顔を出した。

 

「遅かったな」

 

「ちょっと色々あった」

 

「その顔で言われると、何もなかったとは思えんな」

 

 エミヤの声は淡々としていた。

 

 だが、目はすでに事情を聞く姿勢になっている。

 

「……そんなに顔に出てるか?」

 

「出ています」

 

 アルトリアが即答した。

 

「悩み事がある時の顔です」

 

「雄馬さん、分かりやすいですからね」

 

 沖田までそう言って笑う。

 

「マジか……」

 

 雄馬は小さく息を吐き、リビングの椅子に腰を下ろした。

 

 椅子へ沈み込んだ瞬間、思っていたより身体から力が抜けた。肉体的に疲れている訳ではない。けれど、ずっと考え込んでいたせいか、頭の奥が重い。

 

 そのまましばらく黙っていると、ジャンヌが静かに口を開いた。

 

「学校で、何かあったのですね」

 

「ああ。事件ってほどじゃない。少なくとも、まだ」

 

 まだ、という言葉に、リビングの空気がわずかに変わった。

 

 全員が、軽い話ではないと受け取ったのだろう。

 

 雄馬は指を組み、言葉を探した。

 

「今日、剣道部の先輩と少し話す機会があった。正確には、俺は横で聞いていただけだけど」

 

「剣道部……壬生さんですか?」

 

 沖田が反応する。

 

「そう。壬生先輩」

 

 雄馬は頷いた。

 

「先輩は、非魔法競技系のクラブの待遇を良くしたいって言ってた。魔法の成績だけで学校の中の扱いが決まるのはおかしい。魔法だけが全てじゃない。たぶん、そういうことを言いたかったんだと思う」

 

 そこまで言って、雄馬は一度言葉を切った。

 

 そして、全員を見る。

 

 誰か一人ではない。

 

 この場にいる全員へ向けて、問いを投げるように。

 

「俺はさ、それ自体は間違ってないと思うんだ」

 

 声が、思ったより強く出た。

 

「むしろ、気持ちとしてはその通りだろって思ってる。魔法だけが全てなわけがない。魔法の成績だけで人間の価値が決まるなら、俺が今までやってきたことは何なんだよってなる」

 

 リビングに沈黙が落ちた。

 

 気まずい沈黙ではない。

 

 雄馬の言葉を、誰も軽く扱わなかっただけだ。

 

「剣を振って、刀を習って、体術を叩き込まれて、槍も教わった。何度も転がされて、それでも少しずつできることを増やしてきた。あれは魔法の成績にはならない。けど、だからって無意味なわけがない」

 

 拳を軽く握る。

 

「俺にとっては、あれも全部、俺の力なんだよ」

 

 言葉にしてみると、胸の奥にあったものが少しだけ形になった。

 

 魔法だけが全てではない。

 

 それは、綺麗事ではない。

 

 雄馬にとっては、自分の積み上げてきた時間そのものに関わる話だった。

 

「だから、壬生先輩の気持ちは分かる。分かるっていうか……否定したくない。俺も、同じことを思ってるから」

 

「なら、何に引っかかっている」

 

 エミヤが静かに尋ねた。

 

 責める声ではなかった。

 

 ただ、話の芯を探るような声だった。

 

「その先だよ」

 

 雄馬は答えた。

 

「魔法だけが全てじゃない。魔法の成績だけで価値を決めるのはおかしい。そこまでは分かる。俺もそう思う。でも、じゃあ何をどう変えたいのか。何を認めさせたいのか。受け入れられなかったらどうするのか。そこを聞かれた時、壬生先輩は答えられなかった」

 

 雄馬は視線を落とす。

 

「で、俺も答えられなかった」

 

 その言葉を最後に、リビングはしばらく静かになった。

 

 誰かに向けた質問ではない。

 

 全員に投げた問いだった。

 

 だから、誰も急いで答えなかった。

 

 最初に沈黙を破ったのは、クーフーリンだった。

 

「ま、魔法だけが全てじゃねえってのは、当たり前だな」

 

 椅子の背にもたれたまま、彼は軽く肩をすくめる。

 

「槍だろうが剣だろうが拳だろうが、使えるもんは全部力だ。戦場で生き残るのに、何で勝ったかなんざ大した問題じゃねえ」

 

「それはクーらしいな」

 

「だろ」

 

 クーフーリンは悪びれもせず笑った。

 

「ただな、魔法だけが全てじゃないって叫ぶだけじゃ、何にもならねえ。槍だけが全てじゃないって言いながら、剣も拳も鍛えてねえ奴がいたら、ただの口だけだろ」

 

 その言葉に、アキレウスが頷く。

 

「そこは同感だな。魔法以外にも価値があるって言うなら、その価値を見せられるだけのものが要る」

 

 アキレウスは床に置いていたタオルを肩へ掛けた。

 

「雄馬がやってきたことは無駄じゃない。それは俺たちが知ってる。けど、知ってる奴だけが知ってるって状態じゃ、外からは見えねえ」

 

「外からは見えない……」

 

「ああ。どれだけ走ったか、どれだけ転んだか、どれだけ悔しがったか。そんなもんは成績表に書かれねえ。だからこそ、見せ方を考えなきゃならねえんだろ」

 

 アキレウスの言葉は、雄馬の胸に重く落ちた。

 

 自分の努力に価値があることと、それが他者に認められることは別だ。

 

 そこを混同してはいけない。

 

「私は、壬生さんの気持ちは分かります」

 

 次に口を開いたのは沖田だった。

 

 彼女は少しだけ表情を引き締めていた。

 

「剣を扱う者として、魔法以外の技が軽んじられるのは、面白くありません。雄馬さんが積み上げてきたものを無意味だと言われたら、私も怒ります」

 

「沖田が怒るのか」

 

「怒りますよ」

 

 沖田は真面目な顔で頷いた。

 

「でも、怒りだけで刀を振れば、斬らなくていいものまで斬ってしまいます」

 

 その一言に、雄馬は言葉を失った。

 

 柔らかい声なのに、妙な鋭さがあった。

 

「だから、魔法だけが全てではないと訴えるなら、その先に何を守りたいのかを決めないといけないのだと思います」

 

「何を守りたいのか……」

 

「はい。自分の誇りなのか、仲間の居場所なのか、後輩たちの未来なのか。それによって、選ぶ道は変わるはずです」

 

 ジャンヌが、静かにその言葉を受け取った。

 

「沖田さんの言う通りだと思います」

 

 彼女の声は穏やかだった。

 

「不満は、決して悪いものではありません。苦しみがあるからこそ、人は変化を求めます。ですが、不満だけでは、人を正しい場所へ導けるとは限りません」

 

 ジャンヌは祈るように両手を重ねる。

 

「魔法だけが全てではない。その言葉は、きっと多くの人を救います。けれど同時に、苦しんでいる人ほど、その言葉に強く惹かれてしまう」

 

「……惹かれるのが悪いってことか?」

 

「いいえ。悪くはありません」

 

 ジャンヌは首を横に振った。

 

「ただ、利用されやすいのです。あなたは不当に扱われている。あなたの怒りは正しい。そう言われれば、人は自分を肯定されたと感じます」

 

 その声は優しい。

 

 けれど、内容は冷静だった。

 

「だからこそ、その言葉を誰が、何のために使っているのかを見なければなりません」

 

 雄馬は息を呑んだ。

 

 引っかかっていたものの正体が、少しだけ見えた気がした。

 

 壬生紗耶香の気持ちは分かる。

 

 否定したくない。

 

 けれど、その気持ちに誰かの別の意図が混ざっていたら。

 

 その言葉を利用する者がいたら。

 

「力の価値を一つに絞るべきではありません」

 

 アルトリアが静かに言った。

 

 全員の視線が、自然と彼女へ向く。

 

「剣には剣の価値があります。魔法には魔法の価値があります。体術にも、知識にも、信念にも価値がある。大切なのは、どれか一つを絶対にすることではなく、それぞれの力を何のために使うかです」

 

 その言葉は、王としての重みを持っていた。

 

「魔法だけが全てではない。確かにその通りです。ですが、だからといって魔法を軽んじていい理由にはならない」

 

 雄馬は、深雪の魔法を思い出した。

 

 摩利の強さを思い出した。

 

 真由美の精密な制御を思い出した。

 

 達也の異常なまでの技術を思い出した。

 

 自分は、魔法が嫌いなわけではない。

 

 魔法を否定したいわけでもない。

 

 ただ、魔法以外を無価値にされるのが嫌なのだ。

 

「……そうか」

 

 雄馬は小さく呟いた。

 

「俺は、魔法を否定したいわけじゃないんだな」

 

「当然でしょう」

 

 アルトリアは穏やかに頷いた。

 

「あなたは、積み上げたものを否定されたくないのです」

 

 その言葉は、ひどくすとんと胸に落ちた。

 

 そうだ。

 

 自分は魔法を憎んでいるわけではない。

 

 魔法が全てだと決めつけられることで、それ以外に積み上げたものまで消されるように感じるのが嫌だったのだ。

 

「雄馬」

 

 エミヤが口を開いた。

 

 彼はいつものように腕を組み、壁際からこちらを見ていた。

 

「君の感情は間違っていない」

 

 その一言に、雄馬は思わず顔を上げた。

 

「魔法だけが全てではない。魔法の成績だけで人間の価値を決めるのはおかしい。そう感じるのは自然だ。君が積み上げてきたものを考えれば、なおさらな」

 

「……ああ」

 

「だが、正しい感情と、正しい行動は同じではない」

 

 エミヤの言葉は、鋭かった。

 

「怒りや不満は出発点にはなる。だが、それ自体を目的地にしてはいけない」

 

「目的地……」

 

「何を変えたいのか。誰に何を認めさせたいのか。制度を変えるのか、評価を変えるのか、意識を変えるのか。そこを分けずに進めば、声の大きい者に流される」

 

 エミヤは淡々と続ける。

 

「特に、正しい言葉は危うい。間違った言葉なら、警戒できる。だが、正しい言葉は人の警戒を解く」

 

 雄馬は黙った。

 

 ジャンヌの言葉とも繋がる。

 

 正しい言葉だからこそ、人が集まる。

 

 正しい言葉だからこそ、疑いにくい。

 

 正しい言葉だからこそ、利用されやすい。

 

「つまり」

 

 雄馬は、ゆっくりと言葉をまとめた。

 

「魔法だけが全てじゃないって気持ちは、間違ってない」

 

「ああ」

 

 クーフーリンが頷く。

 

「魔法以外に価値があるのも、本当だ」

 

「そうだな」

 

 アキレウスが応じる。

 

「でも、それを訴えるなら、何を守りたいのか、何を変えたいのかを考えないといけない」

 

「はい」

 

 沖田が頷く。

 

「その言葉を誰が使っているのか、何のために人を集めているのかも見ないといけない」

 

「その通りです」

 

 ジャンヌが静かに微笑む。

 

「そして、魔法を否定するためではなく、魔法以外も認めさせるために動くべきだ」

 

「ええ」

 

 アルトリアが答える。

 

 最後に、エミヤが短く言った。

 

「共感しながら、飲まれるな」

 

 その言葉で、雄馬の中にあったものがようやく輪郭を持った。

 

 壬生紗耶香の言葉を否定したくない。

 

 それは本音だ。

 

 魔法だけが全てではない。

 

 それも本音だ。

 

 魔法の成績だけで、人間の価値を決めるのはおかしい。

 

 それも、心からそう思う。

 

 けれど、その感情だけで突き進んではいけない。

 

 その先に何があるのか。

 

 誰がその火に油を注いでいるのか。

 

 そこを見なければならない。

 

「……聞いてよかった」

 

 雄馬は、ぽつりと言った。

 

 全員に向けて投げた問いだった。

 

 そして、返ってきた答えは一つではなかった。

 

 光の御子の答え。

 

 人類最速の英霊の答え

 

 一番隊士の答え。

 

 聖女の答え。

 

 騎士王の答え。

 

 弓兵の答え。

 

 どれも違っていて、けれど一つの場所へ繋がっていた。

 

「俺は、魔法だけが全てじゃないって思ってる。そこは変わらない」

 

 雄馬は、はっきりと言った。

 

「今までやってきたことを、無意味だとは思わない。思いたくもない」

 

 誰も否定しなかった。

 

 それが、ありがたかった。

 

「でも、その言葉だけで終わらせない。何を変えたいのか。誰が動かしているのか。どこへ向かおうとしているのか。そこを見る」

 

「それで良いと思います」

 

 アルトリアが静かに言った。

 

「雄馬さんらしい答えです」

 

 ジャンヌも微笑む。

 

 クーフーリンはにやりと笑い、アキレウスは満足そうに肩を回した。

 

「じゃあ、考えがまとまったところで動くか」

 

「何でそうなる」

 

「魔法以外で積み上げたものを確認するんだろ?」

 

 アキレウスが当然のように言う。

 

 沖田もにこりと笑った。

 

「今日は軽めにしましょう、雄馬さん」

 

「沖田の軽めは信用できないんだよな……」

 

「失礼ですね。本当に軽めです」

 

 そのやり取りに、リビングの空気が少しだけ緩む。

 

 雄馬は立ち上がり、自室へ向かおうとして、ふと足を止めた。

 

「みんな」

 

 振り返って、全員を見る。

 

「ありがとな」

 

 クーフーリンは鼻を鳴らし、アキレウスは笑い、沖田は嬉しそうに頷いた。ジャンヌは穏やかに微笑み、アルトリアは小さく頷く。

 

 エミヤだけは、少しだけ視線を逸らした。

 

「礼を言うほどのことではない」

 

「いや、助かった」

 

「……そうか」

 

 短い返事。

 

 けれど、それで十分だった。

 

 雄馬はリビングを出て、自室へ向かう。

 

 胸の中には、まだ重さが残っている。

 

 だが、それはもう、ただ沈んでいるだけの重さではなかった。

 

 魔法だけが全てではない。

 

 それは、雄馬にとって本物の言葉だ。

 

 だからこそ、軽く扱わない。

 

 誰かに利用させない。

 

 自分が積み上げてきたものを信じるためにも、その言葉の行き先を見届けなければならない。

 

 雄馬は静かに息を吐き、訓練着へ着替えるため、自室の扉を開けた。

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