魔法科高校の異端魔術師   作:もやしになりたい

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レッグボール

 言うまでもなく、魔法科高校にも魔法以外の一般科目の授業がある。

 

 魔法師の育成機関とはいえ、生徒が魔法だけを学んでいれば良いというものではない。基礎体力、身体操作、集団行動、反射神経。そうしたものもまた、魔法を扱う上で無関係ではなかった。

 

 特に、第一高校の体育授業はそれなりに実戦的だ。

 

 今日の授業はレッグボール。

 

 反発力を極端に高めた軽量ボールを使用し、透明な壁と天井に囲まれたフィールド内で行う球技である。壁や天井を利用したパス、跳ね返りを読んだ位置取り、高速で飛び交うボールへの反応。

 

 魔法を併用する競技として行われることもあるが、今日の授業では魔法抜きだった。

 

 もっとも、魔法抜きだから安全というわけではない。

 

 胸や腹で不用意に受ければ、軽く息が詰まる程度の威力はある。真正面から顔面に受けないよう、頭部保護のヘッドギアは必須。ヘディングは禁止。手を使えば反則。

 

 要するに、足だけで行う、透明な箱の中の高速フットサル。

 

 見た目が派手なこともあって、休憩中の女子生徒たちが自分たちの授業そっちのけで見物に回っている。

 

「オラオラ、どきやがれ!」

 

 こぼれ球に、レオが突進した。

 

 大柄な体格に似合わず、初速が速い。単純な脚力だけでなく、ボールの跳ね返る角度を見て、先に身体を入れている。

 

 フィールドの中央付近で待っていた達也が、レオの動きに合わせてわずかに位置を変えた。

 

「達也!」

 

 レオが右足で強引に蹴り出す。

 

 ボールは側面の壁へ当たり、鋭角に跳ね返った。

 

 その軌道上へ達也が入る。

 

 胸で受ければ危険な勢いだったが、達也は真上へ蹴り上げるようにしてボールの力を殺した。天井で跳ね返ってきたところを、足裏で軽く押さえる。

 

 機械のような精密さだった。

 

 そのまま達也は、左側の壁へ向けてボールを蹴り出す。

 

 跳ね返った先にいたのは、吉田幹比古。

 

 細身で、どちらかと言えば物静かな印象の男子生徒だった。少なくとも、荒っぽい球技で目立つタイプには見えない。

 

 だが、彼は一歩でボールの正面に入った。

 

 ワントラップ。

 

 即座にシュート。

 

 電子ブザーが鳴る。

 

 見物席から歓声が上がった。

 

「やるな、あいつ」

 

 レオが素直に感心した声を漏らす。

 

「ああ。読みが良い」

 

 達也も短く答えた。

 

 だが、その二人の表情はすぐに切り替わる。

 

 次のプレーで、相手チームの守備位置が変わったからだ。

 

 佐藤雄馬が、ゴール前から少し前へ出た。

 

 それだけだった。

 

 ただ一歩、位置を変えただけ。

 

 だが、フィールドの空気が微妙に変わった。

 

「……なんか、嫌な場所に立ってるな」

 

 レオが眉をひそめる。

 

「嫌な場所、というより」

 

 達也は、雄馬の足元と視線を見た。

 

「こちらが使いたい角度を塞いでいる」

 

 雄馬はボールを見ているようで、ボールだけを見ていなかった。

 

 レオの突進するコース。

 

 達也がパスを受ける位置。

 

 幹比古がシュートへ移るための一歩目。

 

 それらをまとめて、先に潰す場所へ立っている。

 

「達也!」

 

 再びレオが仕掛けた。

 

 壁を使った高速パス。

 

 達也が中央で受け、幹比古へ流す。

 

 先ほどと同じ形。

 

 だが、今回はシュートまで行かなかった。

 

 幹比古が足を振り抜く直前、雄馬がそこにいた。

 

 タックルではない。

 

 身体をぶつけたわけでもない。

 

 ただ、シュートコースの一番嫌な場所へ足を差し込んだ。

 

 ボールは雄馬の足に当たり、斜め後ろへ跳ねる。

 

「なっ……!」

 

 レオが声を上げる。

 

 雄馬は追わない。

 

 跳ね返ったボールは、味方が拾いやすい位置へ流れていた。

 

 相手チームの生徒が慌てて蹴り返す。精度は低い。だが、達也たちの攻撃は完全に切られた。

 

「……今の、魔法じゃないよな?」

 

 レオが半ば呆れたように呟く。

 

「違う」

 

 達也は即答した。

 

 魔法式の起動はない。サイオンの流れにも、不自然な変化は見えない。

 

 ただの身体操作。

 

 ただの読み。

 

 ただし、その「ただ」が異常だった。

 

 次の攻撃も同じだった。

 

 レオが前へ出る。

 

 達也が受ける。

 

 幹比古が空いた位置へ走る。

 

 普通なら、それで崩れる。

 

 だが、雄馬は崩れない。

 

 むしろ攻撃側の選択肢が増えるたびに、どの選択肢が一番危険かを先に切ってくる。

 

 ボールへ飛びつくわけではない。

 

 派手なスライディングをするわけでもない。

 

 最短の半歩。

 

 足首の角度。

 

 肩の向き。

 

 それだけで、パスコースとシュートコースを消す。

 

「うわ……」

 

 見物していたエリカが思わず声を漏らした。

 

「何あれ。地味にえげつないんだけど」

 

「えげつない、ですか?」

 

 美月が困ったように聞き返す。

 

「だって、ボール取ってるっていうより、相手のやりたいことを先に潰してるじゃない。あれ、やられる側は相当嫌よ」

 

 エリカの言葉は正しかった。

 

 実際、レオはかなり嫌そうな顔をしていた。

 

「雄馬ぁ!」

 

「何だ」

 

「お前、守備だけで人を苛つかせる才能があるぞ!」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

「褒めてねえよ!」

 

 叫びながらも、レオは笑っていた。

 

 だが、笑っているだけでは終わらない。

 

 達也が幹比古へ視線を向ける。

 

 幹比古は、小さく頷いた。

 

 まだ出会って間もない相手同士のはずだった。

 

 しかし、今の数分で、互いの癖はある程度掴んでいる。

 

 レオが真正面から突っ込む。

 

 達也が中央で受ける。

 

 幹比古が右へ走る。

 

 雄馬は、その幹比古の進路を切る位置へ動いた。

 

 その瞬間、達也はパスを出さなかった。

 

 ボールを一度、天井へ蹴り上げる。

 

 高く跳ねたボールは、天井で反発し、予想よりもわずかに遅れて落ちてくる。

 

 その落下地点は、幹比古の前ではない。

 

 レオの後ろだった。

 

「おっしゃ!」

 

 レオが反転し、無理な体勢から横へ蹴る。

 

 ボールは側面の壁に当たり、鋭く跳ね返った。

 

 そこにいたのは、幹比古。

 

 雄馬は一瞬遅れた。

 

 遅れたと言っても、普通なら追いつける範囲だった。

 

 だが、その一瞬を幹比古は逃さなかった。

 

 足の甲で軽く浮かせる。

 

 ゴール前へ詰めていた味方ディフェンスの頭上を越す、低く速いシュート。

 

 電子ブザーが鳴った。

 

 今度は、達也たちの得点。

 

 歓声が上がる。

 

 雄馬はゴールを振り返り、それから幹比古を見た。

 

「今のは読まれたな」

 

 短い言葉だった。

 

 だが、幹比古は少しだけ目を見開いた。

 

「……そっちこそ。よく、あそこまで塞げるね」

 

「慣れてる」

 

「何に?」

 

「嫌な相手との練習に」

 

 雄馬の返答に、幹比古は一瞬だけ意味を測りかねたような顔をした。

 

 レオは大声で笑う。

 

「嫌な相手って、どんな練習してんだよ!」

 

「言っても信じない」

 

「余計気になるだろ!」

 

 その後の試合は、達也たちのチームが勝った。

 

 ただし、圧勝ではない。

 

 点差は一点。

 

 原因は明白だった。

 

 雄馬が守備に入るたび、攻撃が止まる。

 

 レオの突破は削られ、達也のパスは出し先を限定され、幹比古のシュートコースは半分以上消される。

 

 その一方で、雄馬のチームは攻撃力に欠けていた。

 

 雄馬が奪っても、そこから点に繋げる人間がいない。結局、試合全体では達也たちの方が上回った。

 

 だが、見ていた生徒たちの印象に残ったのは、勝敗よりも雄馬の守備だった。

 

「あいつ、何なの?」

 

「ディフェンスだけで試合止めてなかった?」

 

「魔法なしであれ?」

 

 そんな声が、見学席から漏れる。

 

 雄馬はそれを聞き流し、ヘッドギアを外した。

 

 呼吸は少しだけ乱れている。

 

 汗もかいている。

 

 だが、それだけだった。

 

「雄馬」

 

 レオが肩で息をしながら近づいてくる。

 

「お前、次は同じチームな」

 

「何でだ」

 

「敵に回すと面倒だからだよ」

 

「それは司波に言ってくれ。あいつのパスも十分面倒だった」

 

 達也が横から淡々と口を挟む。

 

「俺だけのせいではない。最後の一点は吉田の判断だ」

 

 その言葉で、幹比古へ視線が集まった。

 

 幹比古は少し居心地悪そうに目を逸らす。

 

「……僕は、流れに合わせただけだよ」

 

「それができるのは十分すごいと思うぜ」

 

 レオが屈託なく言う。

 

 幹比古は一瞬、返答に迷ったようだった。

 

 それから、意を決したように口を開く。

 

「吉田幹比古」

 

「ん?」

 

「僕の名前。苗字で呼ばれるのは、あまり好きじゃない。できれば、幹比古でいい」

 

 レオはすぐに笑った。

 

「おう。じゃあ俺はレオでいいぜ」

 

「分かった。レオ」

 

 幹比古の返事は、少し硬い。

 

 だが、拒絶の色はなかった。

 

 達也も頷く。

 

「俺も幹比古と呼ばせてもらう。俺のことは達也でいい」

 

「オーケー、達也」

 

 そこで幹比古は、雄馬へ視線を向けた。

 

「佐藤雄馬だ。俺のことは雄馬でいい」

 

「うん。よろしく、雄馬」

 

「ああ。幹比古」

 

 あまりにもあっさりした返答だった。

 

 その自然さに、幹比古は少しだけ目を瞬かせる。

 

「……普通に呼ぶんだね」

 

「本人がそう呼べと言ったんだろ」

 

「それは、そうだけど」

 

「なら、遠慮する理由がない」

 

 真面目な顔で言い切る雄馬に、レオが吹き出した。

 

「雄馬って、変なところで迷わねえよな」

 

「変なところとは何だ」

 

「いや、今のは褒めてる」

 

「信用できないな」

 

 達也が横から淡々と口を挟む。

 

「少なくとも、距離感の取り方としては悪くない」

 

「達也まで真面目に分析しないでよ」

 

 幹比古は困ったように言ったが、その声に嫌がる響きはなかった。

 

 短いやり取りだった。

 

 それでも、幹比古にとっては十分すぎるほど珍しい会話だった。

 

 入学してから今まで、彼は周囲と積極的に関わろうとしてこなかった。壁を作っていたと言ってもいい。

 

 だが、今は少し違う。

 

 勝負の熱。

 

 汗。

 

 思いがけない好敵手。

 

 そして、魔法を使わない場で見えた身体能力と判断力。

 

 それらが、幹比古の中の何かをわずかに揺らしていた。

 

 魔法力の差を埋めるもの。

 

 失った力に代わるもの。

 

 あるいは、失ったと思い込んでいるものの先にあるもの。

 

 達也の分析力。

 

 レオの馬力。

 

 雄馬の、あの異様なまでの守備。

 

 どれも、幹比古が今まで強さとして見ていたものとは違っていた。

 

 魔法だけではない。

 

 だが、魔法を捨てるわけでもない。

 

 身体と読みと技術で、魔法師の戦い方は変えられるのかもしれない。

 

 幹比古は、無意識に拳を握っていた。

 

 達也と戦ってみたい。

 

 レオの硬化魔法を相手にしてみたい。

 

 雄馬の守備を、自分の術で崩せるか試してみたい。

 

 そう思った瞬間だった。

 

「吉田?」

 

 雄馬の声に、幹比古は反射的に身構えた。

 

 ほとんど臨戦態勢だった。

 

 その姿を見て、レオが目を丸くする。

 

「おいおい、物騒だな」

 

 達也も苦笑した。

 

「考え事にしては、随分と戦闘的な反応だな」

 

「あ……いや」

 

 幹比古は自分でも気まずくなり、視線を落とした。

 

「ゴメン。何でもない」

 

 雄馬はそれ以上追及しなかった。

 

 ただ、幹比古の握られた拳を一度だけ見て、それから視線を外す。

 

「ならいい」

 

 その素っ気なさに、幹比古は少しだけ救われた。

 

 踏み込まれない。

 

 だが、見られていないわけではない。

 

 その距離感は、今の幹比古には不思議と悪くなかった。

 

 もっとも、そこで会話が続くほど、彼ら全員が器用だったわけではない。

 

 レオが何とか空気を変えようと冗談を飛ばし、達也がそれに淡々と返し、雄馬が横から余計な一言を入れる。

 

 それで一度は笑いが起きた。

 

 しかし幹比古の内側に生まれたざわめきは、授業時間が終わるまで完全には消えなかった。

 

 ただ一つ、確かなことがある。

 

 吉田幹比古は、この日初めて、達也たちとまともに言葉を交わした。

 

 そして佐藤雄馬という、魔法を使わずに自分たちの攻撃を止め続けた同級生の存在を、はっきりと意識した。

 

 それはまだ、友人と呼べるほど近い距離ではない。

 

 だが、無関係な他人ではなくなった。

 

 少なくとも、幹比古の中では。

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