魔法科高校の異端魔術師   作:もやしになりたい

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九校戦の駒

 魔法大学付属高校にとって、夏の九校対抗戦は、秋の論文コンペティションと並ぶ一大行事である。

 

 とはいえ、華やかさという一点に限れば、九校戦は論文コンペを大きく引き離していた。

 

 各校の代表選手が、スポーツ型魔法競技で順位を競う。

 実力が可視化され、勝敗がその場で決まる。

 魔法師を志す生徒たちにとって、それは単なる学校行事ではなく、自分たちの価値を世に示す舞台でもあった。

 

 当然、第一高校にとっても例外ではない。

 

 選手の選抜。

 技術スタッフの選定。

 作戦立案。

 競技ごとの調整。

 そして、学校として勝つための全体設計。

 

 そうした面倒事の大半は、部活連ではなく、生徒会へと集まってくる。

 

 その結果。

 

「……だからといって、各クラブの推薦を丸ごと無視するわけにもいかないのよね……」

 

 生徒会室の一角で、七草真由美は、普段の彼女からは想像しにくいほど弱った声を漏らしていた。

 

 手元には昼食。

 だが、箸の動きは明らかに鈍い。

 

 いつもなら、多少忙しかろうが笑顔で場を回している会長が、今日は目に見えて疲れていた。

 

 同じテーブルを囲む深雪は、そんな真由美を気遣うように視線を向けている。

 達也は、特に口を挟むこともなく食事を進めながら、話の流れを聞いていた。

 

 この手の案件に、下手に関わると碌なことにならない。

 それは既に、風紀委員会絡みで嫌というほど学んでいる。

 

「それでも、選手の大枠は十文字くんが協力してくれたおかげで、どうにか形になったのだけれど」

 

 真由美は小さく息を吐いた。

 

「……問題は、まだ残ってるのよね」

 

「男子新人戦か」

 

 渡辺摩利が、特に考える素振りもなく答えた。

 

 その反応からして、二人の間では既に何度か話題に上っているのだろう。

 

「ええ」

 

 真由美は頷き、ほんの少しだけ声の調子を落とした。

 

「雄馬くんを、どう扱うか」

 

 その名前が出た瞬間、達也の箸が、ほんの僅かに止まった。

 

 深雪もまた、目立たない程度に視線を上げる。

 あずさは手元の資料から顔を上げ、鈴音は何も言わずに眼鏡の位置を直した。

 

 話題の本人は、もちろんこの場にはいない。

 

 だが、ここ数ヶ月で佐藤雄馬という一年生が、真由美と摩利の視界に収まらない存在でなくなっているのは、達也にも分かっていた。

 

 入学直後の騒動。

 風紀委員候補として一度比較対象に上がった件。

 摩利との手合わせ。

 そして、二十人近い武装犯を、わずか数分で壊滅させたあの日。

 

 どれも決定打ではない。

 だが、無視するには十分すぎる材料だった。

 

「使わない、という選択肢は?」

 

 鈴音が淡々と問う。

 

「あるわよ」

 

 真由美は即答した。

 

「あるけれど、最初から切るには惜しいの。あの子、競技に合わせて考えるより、競技の方があの子の何を引き出せるかを考えた方が早い気がするのよね」

 

「分かる」

 

 摩利が苦笑混じりに頷く。

 

「型に嵌めて見ようとすると、どうにも掴みづらい。だが、現場へ放り込むと仕事をする。そういう手合いだ」

 

 達也は内心で、それは本人が聞けば嫌な顔をしそうだ、と思った。

 

 雄馬は、少なくとも表向きには、目立つことを望む性格ではない。

 必要なら動くが、必要が無いなら一歩引く。

 そういう距離感を崩さない。

 

 だからこそ、摩利の評価は的を射ていた。

 

「現実的に考えるなら、最初に候補へ上がるのはモノリス・コードだろうな」

 

 摩利が言った。

 

「直接戦闘が想定される。判断の速さ、間合いの詰め方、相手の動きを潰す目。あれは、あの競技で活きる」

 

「私も、まずそこを考えたわ」

 

 真由美は頬に指を当てたまま、困ったように笑う。

 

「ただし、問題はそこからなのよ。モノリス・コードは団体戦でしょう? 単に個人として強ければ良い、という競技ではないもの」

 

「連携の問題か」

 

「ええ。雄馬くんが連携できないとは思っていないわ。むしろ、周りを見る力は高いと思う。でも、正式な競技で、どの程度チームに馴染ませられるかは未知数なの」

 

 摩利は腕を組む。

 

「加えて、競技向けの魔法運用もまだ測れていない。白兵戦の反応や読み合いは買えるが、九校戦はそれだけでは済まん」

 

「そうなのよね……」

 

 真由美の声には、残念さと期待が半々に混じっていた。

 

「それなら、クラウド・ボールはどうでしょう?」

 

 あずさが控えめに口を挟んだ。

 

「身体能力と反応速度を活かすなら、クラウド・ボールも候補にはなるでしょうか……」

 

「方向性としては悪くない」

 

 摩利がすぐに否定せず、話を受け止める。

 

「だが、クラウド・ボールは、ボールへの干渉を魔法で行う比重が高くなる。反応の良さだけで埋まる差ではない」

 

「……ですよね」

 

 あずさは少し肩を落とした。

 

「バトル・ボードも似たようなものね」

 

 真由美が続ける。

 

「身体能力、反応速度、状況判断。どれも雄馬くん向きに見える。でも、ボードそのものをどう扱うかは別問題。今から本番用に仕上げるには、賭けが大きいわ」

 

「スピード・シューティングは、もっと違うな」

 

 摩利があっさり切った。

 

「照準と発動速度、破壊までのロスの少なさがものを言う競技だ。雄馬君の強みとして今見えている部分とは噛み合わん」

 

「アイス・ピラーズ・ブレイクも、同じね」

 

 鈴音が静かに補足する。

 

「あれは純粋な魔法力の比重が非常に高い競技です。未知数の選手を入れるには、あまりにリスクが大きいかと」

 

「……そうなると、やっぱりモノリス・コード」

 

 真由美は小さく呟いた。

 

「でも、決め手には欠けるのよね」

 

「使えるかどうかではない」

 

 摩利が言う。

 

「どう使うのが一番無駄がないか、だ」

 

 その言い方に、真由美は少しだけ表情を和らげた。

 

「そう。そこなのよ」

 

 単純に選手として強いかどうかではない。

 第一高校が勝つために、どこへ置けば最も効果的なのか。

 どういう役割を与えれば、その長所が一番伸びるのか。

 

 真由美と摩利が悩んでいるのは、その部分だった。

 

「少なくとも、候補から外す理由は無い」

 

 摩利は結論だけを置いた。

 

「正式に決めるのはもう少し後でいい。だが、見ないまま流す気にはなれん」

 

「ええ。私も同意見」

 

 真由美は頷く。

 

「雄馬くんには、もう少し情報を揃えてから話を持っていきましょう。あの子、押しつけられるのは嫌がりそうだもの」

 

 達也は、そこで思わず内心だけで同意した。

 

 嫌がる。

 間違いなく。

 

 少なくとも、嬉々として飛びつく姿は想像しづらい。

 

 けれど、選ばれれば逃げないだろう。

 そういう意味でも、扱いに悩む人材なのだ。

 

 真由美は小さく息を吐き、いったん話を切り替えるように肩を落とした。

 

「……でもね。選手以上に、今は技術スタッフの方が切実なのよ……」

 

 達也は、嫌な予感を覚えた。

 

 だが、それが自分へ向かっているものだとは、まだこの時点では思っていなかった。

 

「まだ数が揃わないのか?」

 

 摩利が訊ねる。

 

「揃わないわ」

 

 真由美は、今度こそ本気で疲れた顔を見せた。

 

「第一高校は、どうしても実戦寄りの優秀な人材が多いの。魔法工学方面に進む生徒はいるけれど、九校戦レベルの調整を任せられる人となると、話は別になるのよね」

 

「二年生には、中条や五十里くんがいるだろう」

 

「いるにはいるけど、頭数が足りないのよ。あーちゃん一人に何人分背負わせる気なのって話だし、五十里くんも得意分野は純理論寄りでしょう?」

 

「調整の現場を全く任せられない訳ではないが、主軸に据えるには少し違うな」

 

 摩利が頷く。

 

 鈴音は端末から目を上げず、淡々と資料をめくっている。

 あずさは、明らかに自分の名前が出た辺りから少し居心地が悪そうだった。

 

「私と十文字くんで一部を見ようとしても、限界があるし……」

 

「お前たちは選手側の主力だろう。そちらが自分の準備を削って調整に回るようでは、本末転倒だ」

 

「分かってるわよ」

 

 真由美は拗ねたように唇を尖らせた。

 

「だから困ってるんじゃない」

 

 摩利はそれ以上追撃せず、視線を逸らした。

 その反応を見て、真由美の目がすっと細くなる。

 

「……せめて摩利が、自分のCADくらい自分で整えられるようになってくれていれば、少しは楽なのだけれど」

 

「……いや、本当に深刻な問題だな」

 

 摩利は、見事なまでに話を聞かなかったことにした。

 

 室内に、微妙な沈黙が落ちる。

 

 達也はこの空気の悪化を逃す手はないと判断した。

 深雪へ小さく目配せをし、ちょうど切り上げるタイミングを探る。

 

「ねえ、リンちゃん」

 

 しかし真由美は、逃げ道の先へ先回りするように口を開いた。

 

「やっぱり、技術スタッフとして入ってくれない?」

 

 鈴音は即座に首を横へ振った。

 

「お断りします。私では、中条さんたちの足を引っ張るだけです」

 

「そんなことないと思うけどなぁ……」

 

「あります」

 

 にべもない。

 

 真由美は、その場で机に突っ伏した。

 

 どうやらこれも、初めてのやり取りではないらしい。

 鈴音の返答には、既に何度か同じ誘いを断ってきた者特有の慣れがあった。

 

 達也は、今度こそ好機だと見た。

 深雪と視線を合わせ、静かに腰を浮かせる。

 

「あの……」

 

 その瞬間だった。

 

「だったら、司波君がいいんじゃないでしょうか」

 

 中条あずさの声が、生徒会室に落ちた。

 

 達也の動きが止まった。

 

 浮きかけた腰は、何事もなかったかのように椅子へ戻る。

 離脱には失敗したらしい。

 

「……え?」

 

 机に伏せていた真由美が、顔だけを上げた。

 

 視線はあずさへ向いているが、頭がまだ追いついていない顔だった。

 

「あ、えっと……深雪さんのCADは、司波君が調整しているんですよね?」

 

 あずさは少し緊張した様子で言葉を続ける。

 

「以前、見せていただいたことがありますけど……あれは、正直、一年生が家族用に少し触っている、という水準ではありませんでした。仕上がりだけなら、専門メーカーのクラフトマンと比べても見劣りしないと思います」

 

 真由美の目に、生気が戻った。

 

 先ほどまでの疲労が嘘のように、背筋がぴんと伸びる。

 

「……盲点だったわ」

 

 その声を聞いた瞬間、達也は、嫌な予感が確信へ変わるのを感じた。

 

 真由美の視線が、真っ直ぐ達也を射抜く。

 それは、良い人材を見つけた会長の目だった。

 

 同時に、逃がす気のない目でもあった。

 

「そういえば」

 

 摩利まで思い出したように手を打つ。

 

「風紀委員会の備品CADも、達也くんが細かく見てくれていたな。使っているのが本人だけだったせいで、完全に発想から抜け落ちていた」

 

「いや、あれは整備不良が気になっただけで……」

 

「整備不良に気づいて、必要な調整まで済ませられるなら十分よ」

 

 真由美の返しは早かった。

 

 達也は一拍置いてから、抵抗を試みる。

 

「九校戦の技術スタッフに、一年生が入った例はあるんですか?」

 

「聞いたことはないわね」

 

 真由美はあっさり答えた。

 

「だったら――」

 

「でも、前例が無いことと、入れてはいけないことは別でしょう?」

 

 遮られた。

 

 摩利も続く。

 

「必要な人材がいるなら使う。そこに学年を理由にした遠慮を挟む余地はない」

 

「……進歩的なお考えで」

 

 達也は軽く息を吐いた。

 

「ですが、選手側が納得しない可能性があります。俺は一年生で、しかも二科生です。校内では色々と余計な注目も集めていますし、競技者が素直にCADを預けてくれるとは限りません」

 

 これは事実だった。

 そして、CAD調整において信頼関係が重要なのもまた事実である。

 

「機器の調整は、性能の問題だけでは済みません。使う側が疑念を抱いたままでは、本来の力を出し切れないこともある。選手の心理を考えるなら、慎重に判断した方がいいと思います」

 

 達也としては、かなり穏当な反論だった。

 

 真由美と摩利は、一度だけ顔を見合わせる。

 

 反論の筋は通っている。

 だからこそ、正面から潰すにはもう一手いる。

 

 そんな空気が、二人の間で無言のまま交わされた――その時。

 

「わたしは」

 

 深雪が口を開いた。

 

 場の視線が集まる。

 

「九校戦でも、お兄様にCADを調整していただきたいと思っています」

 

 達也は、静かに目を閉じたくなった。

 

 その一言は、助け舟ではない。

 退路を塞ぐ一撃だった。

 

「普段から、わたしのCADはお兄様に見ていただいています。ですから、本番だけ別の方へお願いする方が、わたしには不安です」

 

 深雪の声は、あくまで丁寧だった。

 だがそこに迷いは一切ない。

 

「もし許されるなら、九校戦でも今まで通り、お兄様にお願いしたいです」

 

 真由美の表情が輝いた。

 

「そうよね、深雪さん」

 

 獲物を見つけた猛禽が、今度は確実に爪を掛けた。

 

「いつも信頼している技術者が側にいるというのは、選手にとって大きいもの。しかも深雪さんの状態を一番よく分かっているなら、それだけでも十分な理由になるわ」

 

 摩利も頷く。

 

「加えて、新人戦には光井さんと北山さんも出場候補に入っている。達也くんの調整技術が本物なら、一年生選手の支援にも回れる」

 

 ほのかと雫の名前が出たことで、達也は少しだけ思考を別方向へ逃がした。

 

 二人が新人戦候補になるのは妥当だろう。

 実力、適性、将来性。

 そのいずれを取っても、選ばれない理由の方が少ない。

 

 もちろん、それは現実逃避でしかなかった。

 

 今、話題の中心に据えられているのは、自分である。

 

「放課後の準備会合で、正式に議題へ上げます」

 

 真由美は既に決めていた。

 

「そこで技術スタッフ候補として、達也くんを推薦するわ」

 

「……まだ決定ではない、ということですね」

 

「ええ。形式上は」

 

 真由美はにこやかに答えた。

 

 形式上は。

 その言い回しが、あまりにも不穏だった。

 

 達也は、自分の中に残っていた抵抗の余地が、音を立てずに消えていくのを感じた。

 

 深雪が望んだ時点で、彼にとって答えはほぼ決まっている。

 仮に会合で難色を示されれば、今度は自分の方から必要性を証明しなければならない。

 

 それは、面倒というより、気が重い話だった。

 

「……承知しました」

 

 達也は最終的に、そう答えるしかなかった。

 

 真由美が満足そうに微笑む。

 深雪は、どこか安堵したように小さく息を吐いた。

 

 摩利は口元を緩めながら、達也を見ている。

 その表情には、また一人、使える駒を盤上へ置けた者の余裕があった。

 

 もっとも。

 

 その少し前まで、彼女たちが別の駒――佐藤雄馬をどこへ置くべきか頭を悩ませていたことを思えば、今の第一高校が抱えている問題は、単なる人手不足ではないのだろう。

 

 勝つために、誰をどこへ置くか。

 誰に、どこまで任せるか。

 

 九校戦はまだ始まってもいない。

 

 だがその前から既に、生徒会室では、目に見えない配置争いが始まっていた。

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