翌朝、目を開けた瞬間、雄馬は顔をしかめた。
頭が重い。
昨夜、地下で無茶をした反動だ。
こちら側の魔法は、理屈を追えば追うほど厄介だった。構築も、発動も、身体に馴染ませるまでの道筋も、どれも一筋縄ではいかない。どうにか形にはした。だが、使えたというより、使ってしまったという方が近い。おかげで頭の奥には鈍い痛みが残り、身体も妙にだるい。
「……やりすぎた」
額を押さえながら起き上がり、着替えて部屋を出る。
階下からは朝食の匂いが漂ってきていた。
キッチンへ入ると、珍しく全員が揃っていた。
「おはようございます、雄馬さん」
「おはようございまーす」
「……おう、おはよ」
ジャンヌと沖田に返しながら席に着く。
エミヤが無言でトーストとスープを置き、向かいではアルトリアが静かにこちらを見ていた。アキレウスはあからさまに面白がっている顔をしており、クー・フーリンは口元にうっすら笑みを浮かべている。
嫌な予感しかしない。
「なんだよ、その空気」
「いやなに」
最初に口を開いたのはアキレウスだった。
「昨夜はなかなか景気よく無茶してたじゃねぇか」
やはり見ていたらしい。
雄馬は半眼になった。
「見守るって、そういう意味だったのかよ」
「そういう意味です」
ジャンヌが柔らかく微笑む。
沖田も少し気まずそうにしながら、小さく頷いた。
「気配はしてたけどな……」
「気付いていたのか」
クー・フーリンが愉快そうに言う。
「なんとなくな。視線っていうか、空気っていうか」
「なら話は早い」
エミヤがコーヒーを置き、淡々と口を開いた。
「こちら側の魔法そのものについては、口を出せることが少ない。正直、原理からして分からない。そこに関しては、雄馬の方がよほど知っている」
「否定はしない」
「だが、見ていて分かることはある」
一拍置いて、エミヤは続けた。
「術式に意識を持っていかれた瞬間、身体が止まっていた」
図星だった。
魔法を成立させることに気を取られた瞬間、視野が狭くなり、足が止まり、呼吸も次の動きも消える。あれでは、発動できても戦えない。
「魔法そのものを教えることはできません」
アルトリアが静かに言う。
「ですが、危うい点は見て取れます。戦いの中で、何が隙になるかも」
「厳しいが、事実だな」
アキレウスが肩を竦める。
そこで雄馬はスプーンを置いた。
昨夜から、ずっと考えていたことがある。
「……だったら、頼みがある」
自然と全員の視線が集まった。
「魔法はこれからも自分で覚えるしかない。魔術だって同じだ。基礎を教わっても、最後は自分で掴まなきゃ意味がない」
そこまでは誰も口を挟まない。
「でも、それだけじゃ駄目だって昨日よく分かった。魔法を使う前に潰されたら終わりだし、使った後に立ってられないのも論外だ」
そう言って、雄馬はアキレウスを見る。
「だからまず、アキレウス。俺に徒手を教えてくれ」
アキレウスの目が細くなった。
「ほう?」
「最初は武器じゃなくて、身体からやりたい。殴る、蹴る、崩す。まずはそこを叩き込みたい」
「……パンクラチオン、か」
「ああ」
雄馬は頷いた。
「今の俺がいきなり剣や槍を持っても、たぶん振り回されて終わる。だから先に、身体の使い方そのものを覚えたい」
アキレウスは、にやりと笑った。
「いいじゃねぇか。そういうのは嫌いじゃない」
「それで終わりじゃない」
今度はアルトリアと沖田を見る。
「一年くらい、まずはそれをやる。その上で、次は剣を教わりたい」
アルトリアが静かに目を細め、沖田がぱちりと瞬いた。
「剣、ですか?」
「うん。けど片方じゃなくて両方だ。アルトリアには剣を。沖田には刀を教わりたい」
一瞬、沖田の顔がぱっと明るくなる。
だが次の瞬間、その眉尻が少しだけ下がった。
「……むう」
「ん?」
「いえ、その、嬉しいのは嬉しいんですけど」
沖田は困ったように笑って、それから小さく肩を落とした。
「私も体術ができれば、最初からもっとお役に立てたのになぁ、と」
明るい声色の中に、悔しさが混じっていた。
自分の得意な領分がもっと早く来ていれば、自分もすぐ前に立てたのに。そんな本音が滲んでいる。
その隣で、アルトリアは何も言わなかった。
ただ、カップに添えられた指先にほんの僅か力が入る。
視線は静かなままだが、その沈黙だけで十分伝わった。
表には出さない。
だが、思うところがないわけではない。
もし今すぐ剣を教える段階であれば。
もしもっと早く、自分が前に立てるのなら。
そんな感情を、表情ひとつ変えずに胸の内へ収めているようだった。
雄馬は二人を見比べて、少しだけ苦笑する。
「先延ばしにしたいわけじゃないんだ」
まず沖田を見る。
「刀を教わるなら、たぶん沖田が一番だと思ってる。だからこそ、中途半端な状態で入るんじゃなくて、ちゃんと受けられる段階になってから頼みたい」
沖田が目を丸くする。
「今のまま教わっても、たぶん俺が受けきれない。せっかくなら、ちゃんと吸収できる状態で教わりたいんだ」
次にアルトリアへ向き直る。
「剣も同じだ。今の俺じゃ、型をなぞるだけで終わる気がする。だから先に身体の使い方を覚えて、その上でアルトリアに剣を教わりたい」
アルトリアはしばらく黙っていたが、やがて静かに息をついた。
「……合理的な判断です」
声音は落ち着いていた。
「順番としては、間違っていないでしょう」
そう言った目元は、ほんの少しだけ柔らかかった。
「私も、もう少し早くお役に立ちたかっただけです!」
沖田が照れ隠しのように言う。
「でも、そこまで考えて頼んでくれるなら待ちますよ。その時が来たら、びしびし行きますからね!」
「それはそれで怖いな」
「怖いくらいでちょうどいいんです!」
少し空気が和らいだところで、雄馬はクー・フーリンへ視線を向ける。
「そのさらに先、二年くらい積んだ後で、槍を頼みたい」
「おれに、か」
「ああ。剣とも刀とも違うし、間合いの感覚も別だろ。だから後回しにしたい。でも、後回しにするだけで、やらないつもりはない」
クー・フーリンは喉の奥で笑った。
「欲張りだな」
「否定はしない」
「だが、嫌いじゃねぇ。最初に身体、次に剣、最後に槍。筋は通ってる」
そこで、ふと空気が変わる。
最初の一年、主役になるのはアキレウスだ。
つまり、アルトリアと沖田、それにジャンヌは、最初の鍛錬には正面から加われない。
「……あれ?」
最初に気付いたのは沖田だった。
「ということは、最初の一年、私は見てるだけですか?」
「そうなるな」
クー・フーリンが面白そうに言うと、沖田は露骨にしゅんとした。
「ええぇ……」
「仕方ないでしょう」
アルトリアが静かに言う。
だがその声音の奥には、ほんの僅かな歯痒さがあった。
「今の段階で剣を教えても、本人の言う通り土台が足りない。それは事実です」
「それはそうなんですけど……!」
沖田は唇を尖らせた。
「でも、最初から何もできないみたいなのは、ちょっと悔しいじゃないですか」
その言葉に、アルトリアは否定しなかった。
ただ、少しだけ視線を伏せる。
何も言わない。だが、同じ気持ちでいるのは分かった。
「でしたら」
そこでジャンヌが、そっと口を開いた。
「主となる鍛錬には加われなくても、その後の補助ならできます」
沖田が顔を上げ、アルトリアも静かに視線を向ける。
「復習に付き合ったり、動きの確認をしたり、無茶をしないように見ていたり。そういう役なら、最初からでも務められます」
「……なるほど」
アルトリアが小さく呟く。
「確かに、それなら今からでもできる」
「いやいや、ちょっと待ってください!」
沖田が即座に身を乗り出した。
「それ、ジャンヌさんだけずるくないですか!? 私だって確認役くらいできますよ! むしろ動きの癖を見つけるの、得意ですし!」
「私も、姿勢や重心の修正なら可能です」
アルトリアまで静かに続ける。
「剣を持たせる段階でなくとも、基礎の土台を見る程度なら問題ありません」
珍しく、三人とも引かなかった。
ジャンヌは穏やかに微笑んだままだ。
だが、その笑みはいつもより少しだけ譲らないものになっている。
「もちろん、お二人ができることは分かっています。ですが、継続して隣にいる役目なら、私の方が向いているかと」
「その継続役、私でもできます!」
沖田が食い下がる。
「付き合いの良さなら負けません!」
「その理屈はよく分かりませんが」
アルトリアが僅かに眉を寄せた。
「少なくとも、基礎姿勢の確認なら私の方が適任でしょう」
普段なら穏やかな三人なのに、今だけは妙に譲らない。
自分たちの本番はまだ先だ。
だからこそ、最初から何もできないままではいたくない。少しでも役に立てる場所を確保したい。三人とも、そう思っているのだ。
「え、そこ取り合うのか……」
「当然です!」
沖田が即答する。
「最初の一年、私たちの出番ほとんどないじゃないですか!」
「……否定はしません」
アルトリアが静かに続ける。
「せめて別の形で関わりたいと思うのは、自然なことです」
「ええ」
ジャンヌも柔らかく頷いた。
「見ているだけでは、少し寂しいですから」
その一言で、三人の本音がよく分かった。
雄馬は少し困ったように笑って、それから順番に三人を見る。
「じゃあ、こうしよう」
三人ともぴたりと黙った。
「まず、復習とかコソ練に付き合う役はジャンヌに頼みたい」
ジャンヌが目を瞬かせ、沖田が「むうっ」と唇を尖らせる。
アルトリアは表情を変えなかったが、睫毛がほんの少しだけ揺れた。
「理由は単純だ。ジャンヌが一番、付き添う役に向いてると思う。無茶したら止めてくれそうだし、落ち着いて見てくれそうだから」
「……むぅ」
沖田は不服そうだが、ジャンヌは少し驚いたあと、柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます」
「その代わり、沖田には動きの癖とか軽さとか、細かいところを見てほしい。今は刀じゃなくても、あとで絶対生きるだろ」
沖田の目が、ぱっと明るくなる。
「……っ、はい!」
「それなら、私も納得できます!」
「アルトリアには姿勢とか重心とか、土台の部分を見てほしい。剣を持つ前の基礎って意味では、たぶんそこが一番大事だ」
アルトリアは数秒だけ黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「承知しました」
その一言は簡潔だったが、声音は少し柔らかかった。
「では、今の段階で見るべきところは見ましょう」
「綺麗に収まったな」
アキレウスが笑うと、沖田がすぐ言い返す。
「収まってません! 私はまだちょっと悔しいです!」
「正直だなぁ」
「でも、役目があるなら頑張れます!」
やはり沖田だった。
エミヤはそんなやり取りを横目に、小さく息を吐く。
「賑やかなことだ」
「悪いかよ」
「別に悪いとは言っていない」
そう言って、雄馬を見る。
「では、その三年の間、こちらはこれまで通り魔術の基礎を見る。魔法の方で気になる癖があれば、その都度言う」
「頼む」
「ただし」
淡々と続ける。
「昨夜のような無茶を前提にされては困る。鍛えるにせよ学ぶにせよ、積み上げが前提だ」
「分かってる」
その返答に、ようやく全員が納得した空気になった。
雄馬は椅子から立ち上がる。
「じゃあ、決まりだな」
「随分急ぎますね」
アルトリアの言葉に、雄馬は苦笑した。
「急ぐよ。三年なんて、長いようでたぶんあっという間だ」
それに、と続ける。
「やることが決まったなら、早い方がいい」
アキレウスがにやりと笑った。
「気に入った。なら、今日から始めるか」
「望むところだ」
そう返した雄馬に、ジャンヌがそっと言う。
「では、表の訓練が終わった後は私が付き添いますね」
「私は細かい癖を見ます!」
「私は基礎を確認します」
間髪入れず二人も続き、思わず雄馬は笑ってしまった。
「分かった分かった。三人とも頼りにしてる」
その言葉に、沖田は見るからに機嫌を直し、ジャンヌは柔らかく笑みを深め、アルトリアは何も言わず小さく目を細めた。
◇
朝食の後、すぐに地下へ降りた。
広い地下空間の中央で、雄馬とアキレウスが向かい合う。
木剣も槍もない。本当に徒手だけでやるらしい。
「さて」
アキレウスが肩を回しながら笑う。
「今日から一年、最初にやるのは身体の使い方そのものだ。殴る、蹴る、崩す、倒す。パンクラチオンなんて大層な名前はついてるが、要はその全部だと思えばいい」
「理屈より、先に身体へ叩き込むってことだろ」
「そういうことだ。考えて止まるくらいなら、先に動ける身体を作る方が早ぇ」
アキレウスが手招きする。
「来い。まずは好きにやってみろ」
雄馬は一度だけ深く息を吐いた。
何もなしで挑んでもいい。
だが、それではたぶん一瞬で終わる。だったら最初から、使えるものは使う。
ゆっくりと呼吸を整える。
体内を巡る魔力を意識する。
複雑な術式を組む必要はない。細かな工程を積み上げる必要もない。やるのはもっと単純で、もっと直接的なものだ。
腕へ。
脚へ。
背へ。
全身へ。
身体の芯へ薄く均一に、熱を流し込むように魔力を巡らせる。
強化魔術。
筋肉がじわりと熱を帯びた。
関節が軽くなり、足裏が床を掴む感覚がはっきりする。視界の輪郭がほんの少しだけ冴え、呼吸が鋭く整う。
基礎だけは教わってきた。
だが、それをこうして真正面からの訓練に乗せるのは、これが初めてだ。
「……へぇ」
アキレウスが口元を吊り上げる。
「最初からそれを使うか」
「使えるもんは使う。だろ?」
「違いねぇ」
アキレウスが笑った。
「いいぜ。そういうのは嫌いじゃない」
雄馬は膝を落とす。
考えすぎるな。
順番を頭で並べるな。
必要なのは、目の前の英雄に少しでも長く食らいつくことだけだ。
「――行くぞ」
床を蹴った。
強化した脚が一気に距離を詰める。
最初は低い蹴り。牽制気味に放った一撃は、アキレウスに半歩ずれられただけで空を切った。
「悪くねぇ!」
その声を聞くより早く、雄馬の身体は次へ移っていた。
止まらない。
外れたなら、その捻りを殺さず次へ繋げる。
腰を返し、回し蹴り。
着地と同時に拳を差し込む。
拳が逸らされた瞬間には、そのまま腕を返して掴みに行く。
全部、通じない。
「っ、やっぱり!」
速い。巧い。重い。
まともに捉えたつもりの軌道が、ことごとく外される。だが、雄馬はそこで止まらなかった。
掴みが切られる。なら、そのまま肩からぶつかる。
押し返される。なら、低く潜って足を払う。
払えない。なら、踏み込みを変えて横へ回る。
考える暇がない。
ただ、崩された流れの先へ、次の動きを滑り込ませる。身体が勝手にそう動いていた。
「おっ」
初めて、アキレウスの目が少しだけ細くなる。
「いいじゃねぇか」
その一言に応えるように、雄馬はさらに踏み込んだ。
肩から沈み込むように間合いへ潜り、重心をぶつけ、そのまま足を刈る。
もちろん、通じるわけがない。
次の瞬間には足首を取られていた。
「うおっ!?」
身体が浮く。天地がひっくり返る。
だが反射で身体を丸める。腕と背へ流した強化を切らさず、叩きつけられる寸前で衝撃を逃がす。床を転がり、どうにか受け身の形に持ち込んだ。
「ぐっ……!」
「受け身も込みか。器用なことするな」
「器用っていうか……!」
息を荒げながら立ち上がる。
「必死なだけだ!」
その瞬間、壁際からいっせいに声が飛んだ。
「今の良かったです!」
真っ先に身を乗り出したのは沖田だった。
「最初の蹴りを外されてから止まらなかったじゃないですか!」
「褒めるの早い!」
「でも本当に良かったですよ!」
「踏み込みの後、少し重心が流れています」
アルトリアが静かに続ける。
「速さはあります。ですが、前へ突っ込みすぎると次で崩されます」
「要求が高い!」
「基礎です」
「その基礎が難しいんだって!」
「力みすぎでもありますね」
今度はジャンヌだった。
「肩に余計な力が入っています。そのままだと後で腕が上がらなくなりますよ?」
「もう重いんだけど!?」
「まだ始まったばかりですよ?」
「それが怖いんだよ!」
さらにクー・フーリンが笑い混じりに口を挟む。
「いいな。頭でこね回すより、こっちの方がよっぽどマシだ」
「……言い方が腹立つ!」
「褒めてんだよ」
「雑なんだよ!」
最後にエミヤが、呆れたような声音で言った。
「強化で底上げしても、癖まで消えるわけではない。前へ出る時、少し肩が先に入っている。それでは読まれる」
「エミヤまで来た……!」
「指摘されるだけましだと思っておけ」
とにかく野次が多い。
拳の音より声の方が響いているんじゃないかと思うくらいだ。
「お前ら、好き放題言ってないか!?」
「見てるだけよりいいでしょう?」
ジャンヌが穏やかに返し、
「そうですそうです!」
沖田が元気よく続け、
「実際、その通りですから」
アルトリアが静かに締める。
「うるさいな!?」
思わず叫ぶと、アキレウスが声を上げて笑った。
「ははっ、賑やかでいいじゃねぇか!」
「当事者はちっともよくねぇ!」
「慣れろ。これからずっとだぞ」
にやにやしながら、また手招きする。
「ほら、もう一回だ」
「……上等!」
雄馬は息を吐き、もう一度構える。
強化を流し直す。
脚、腰、背、腕。全身へ。
今度はさっきよりも、少しだけ自然に魔力が通る気がした。無理に捻じ込むのではなく、身体の動きに沿わせるように流す。そうすると、不思議と無駄な力みが減る。
そしてまた床を蹴った。
蹴りが外れても止まらない。
拳を流されても、そこで切れない。
崩されそうになれば、その崩れを無理に戻さず、次の動きへ繋げる。
「左、ちょっと浮いてます!」
「分かったから実況するな沖田!」
「実況じゃなくて指摘です!」
「腰が残っていません」
「アルトリアまで重ねるな!」
「受け身はさっきより良いですよ」
「ジャンヌ、それ褒めてるのか!?」
「半分くらいは」
「半分かよ!」
「雄馬」
エミヤが淡々と告げる。
「喋る余裕があるなら呼吸を整えろ」
「正論すぎる……!」
野次は多い。かなり多い。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
見ているだけでは終われないと言わんばかりに、全員がそれぞれの立場から口を出してくる。最初の一年、自分たちが主役になれないからこそ、なおさらだ。
「どうした!」
アキレウスが笑う。
「もう終わりか?」
「まだだ!」
雄馬は強化を保ったまま、さらに前へ出る。
身体は熱い。
肺が痛い。
腕も脚も、もう軽くはない。
それでも、まだ行ける。
理屈ではなく、直感で。
複雑な術式ではなく、全身へ巡らせた強化だけで。
目の前の英雄へ、少しでも長く食らいつく。
「はっ!」
低く潜り込み、片腕を払って懐へ入る。肩から重心をぶつけ、そのまま崩しへ移る。
次の瞬間、アキレウスの膝が腹へ軽く入った。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
肩口を取られ、そのまままた床へ転がされた。
だが今度は、叩きつけられた直後に自分から横へ転がって距離を取り、そのまま立ち上がった。
それを見て、アキレウスがはっきり笑った。
「いいな、雄馬」
「……何がだよ」
荒い息のまま睨み返す。
「最初からちゃんと食らいついてる」
その一言に、雄馬は口元を上げた。
「最初から……そうするつもりだ!」
「なら、まだ行けるな」
「当たり前だ!」
また床を蹴る。
そのたびに野次が飛び、指摘が飛び、笑い声まで混じった。
うるさい。かなりうるさい。けれど、その騒がしさごと含めて、これが最初の鍛錬なのだと思えた。
◇
昼近くになって、ようやく雄馬は膝をついた。
「っ、はぁ……はぁ……」
「初日なら上出来だな」
アキレウスが肩で息をしながら笑う。
「強化込みとはいえ、最初からここまで繋げてくるとは思わなかったぜ」
「……そりゃ、どうも」
「ええ、良かったと思います」
ジャンヌが近づいてくる。
「最初よりずっと、動きが途切れなくなっていました」
「でもまだまだです!」
沖田がすぐに言う。
「次はもっと良くできます! 今の左足とか絶対直した方がいいですし!」
「ええ」
アルトリアも静かに続けた。
「土台を整えれば、さらに伸びます」
「……本当に野次が多いな」
思わずそう零すと、クー・フーリンが吹き出した。
「今さらかよ」
「今さらだよ! やってる最中ずっとうるさかったんだぞ!」
「ですが」
エミヤが小さく肩を竦める。
「黙って見ているよりは、まだ性に合っているだろう」
その言い方に、雄馬は少しだけ笑った。
たしかに、その通りだ。
見ているだけでは終われない。
そんな連中ばかりだからこそ、こうして声が飛ぶ。手が伸びる。役割を奪い合うみたいにしてでも、自分に関わろうとしてくる。
それが少しだけ、嬉しかった。
「……よし」
荒い息を整えながら、雄馬はゆっくり立ち上がる。
「今日の分、忘れないうちに少し復習する」
「では、お手伝いします」
真っ先に出たのはジャンヌの声だった。
「私も見ます!」
「私も確認します」
すかさず沖田とアルトリアも続く。
雄馬はとうとう吹き出した。
「だから、まだ取り合うのかよ」
「当たり前です!」
沖田が即答する。
「最初から何もできないのは嫌ですから!」
「……それについては同意します」
アルトリアが静かに言い、ジャンヌはやはり柔らかい笑みのまま譲らなかった。
「では三人で見ましょう。ですが、付き添いは私です」
「そこは譲らないんですね……!」
「ええ」
穏やかに、しかしきっぱりとした返答だった。
それを聞いて、雄馬は苦笑しながら頷いた。
「じゃあ、頼む。三人とも」
その一言に、三人はそれぞれ違う表情で応えた。
沖田は嬉しそうに。
アルトリアは静かに。
ジャンヌは柔らかく、けれど確かに満足そうに。
魔法は、まだ遠い。
魔術も、到底手に馴染んだとは言えない。
その上で、これから身体も、剣も、槍も積み上げていかなければならない。
やることは山ほどある。
だが、不思議と嫌ではなかった。
進む順番は決めた。
まずは一年、身体を鍛える。
その先に剣と刀。
さらにその先に槍。
そして、その最初の一年から、見守るだけでは終わらないと言わんばかりの手が、もう三つも伸びている。
「よし」
雄馬は小さく拳を握る。
「まずは一年。食らいついてやる」
その言葉に、英雄たちはそれぞれのやり方で応えた。
アキレウスは愉快そうに笑い、クー・フーリンは口元を吊り上げる。
沖田は明るく頷き、アルトリアは静かに目を細めた。
エミヤは呆れ半分に肩を竦め、ジャンヌは柔らかく微笑む。
そうして始まったのは、誰かに与えられた鍛錬ではない。
自分で考え、自分で選び、そして周囲の手を借りながら、自分から掴みにいった道だった。