魔法科高校の異端魔術師   作:もやしになりたい

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体術訓練

 翌朝、目を開けた瞬間、雄馬は顔をしかめた。

 

 頭が重い。

 昨夜、地下で無茶をした反動だ。

 

 こちら側の魔法は、理屈を追えば追うほど厄介だった。構築も、発動も、身体に馴染ませるまでの道筋も、どれも一筋縄ではいかない。どうにか形にはした。だが、使えたというより、使ってしまったという方が近い。おかげで頭の奥には鈍い痛みが残り、身体も妙にだるい。

 

「……やりすぎた」

 

 額を押さえながら起き上がり、着替えて部屋を出る。

 階下からは朝食の匂いが漂ってきていた。

 

 キッチンへ入ると、珍しく全員が揃っていた。

 

「おはようございます、雄馬さん」

 

「おはようございまーす」

 

「……おう、おはよ」

 

 ジャンヌと沖田に返しながら席に着く。

 エミヤが無言でトーストとスープを置き、向かいではアルトリアが静かにこちらを見ていた。アキレウスはあからさまに面白がっている顔をしており、クー・フーリンは口元にうっすら笑みを浮かべている。

 

 嫌な予感しかしない。

 

「なんだよ、その空気」

 

「いやなに」

 

 最初に口を開いたのはアキレウスだった。

 

「昨夜はなかなか景気よく無茶してたじゃねぇか」

 

 やはり見ていたらしい。

 雄馬は半眼になった。

 

「見守るって、そういう意味だったのかよ」

 

「そういう意味です」

 

 ジャンヌが柔らかく微笑む。

 沖田も少し気まずそうにしながら、小さく頷いた。

 

「気配はしてたけどな……」

 

「気付いていたのか」

 

 クー・フーリンが愉快そうに言う。

 

「なんとなくな。視線っていうか、空気っていうか」

 

「なら話は早い」

 

 エミヤがコーヒーを置き、淡々と口を開いた。

 

「こちら側の魔法そのものについては、口を出せることが少ない。正直、原理からして分からない。そこに関しては、雄馬の方がよほど知っている」

 

「否定はしない」

 

「だが、見ていて分かることはある」

 

 一拍置いて、エミヤは続けた。

 

「術式に意識を持っていかれた瞬間、身体が止まっていた」

 

 図星だった。

 

 魔法を成立させることに気を取られた瞬間、視野が狭くなり、足が止まり、呼吸も次の動きも消える。あれでは、発動できても戦えない。

 

「魔法そのものを教えることはできません」

 

 アルトリアが静かに言う。

 

「ですが、危うい点は見て取れます。戦いの中で、何が隙になるかも」

 

「厳しいが、事実だな」

 

 アキレウスが肩を竦める。

 

 そこで雄馬はスプーンを置いた。

 昨夜から、ずっと考えていたことがある。

 

「……だったら、頼みがある」

 

 自然と全員の視線が集まった。

 

「魔法はこれからも自分で覚えるしかない。魔術だって同じだ。基礎を教わっても、最後は自分で掴まなきゃ意味がない」

 

 そこまでは誰も口を挟まない。

 

「でも、それだけじゃ駄目だって昨日よく分かった。魔法を使う前に潰されたら終わりだし、使った後に立ってられないのも論外だ」

 

 そう言って、雄馬はアキレウスを見る。

 

「だからまず、アキレウス。俺に徒手を教えてくれ」

 

 アキレウスの目が細くなった。

 

「ほう?」

 

「最初は武器じゃなくて、身体からやりたい。殴る、蹴る、崩す。まずはそこを叩き込みたい」

 

「……パンクラチオン、か」

 

「ああ」

 

 雄馬は頷いた。

 

「今の俺がいきなり剣や槍を持っても、たぶん振り回されて終わる。だから先に、身体の使い方そのものを覚えたい」

 

 アキレウスは、にやりと笑った。

 

「いいじゃねぇか。そういうのは嫌いじゃない」

 

「それで終わりじゃない」

 

 今度はアルトリアと沖田を見る。

 

「一年くらい、まずはそれをやる。その上で、次は剣を教わりたい」

 

 アルトリアが静かに目を細め、沖田がぱちりと瞬いた。

 

「剣、ですか?」

 

「うん。けど片方じゃなくて両方だ。アルトリアには剣を。沖田には刀を教わりたい」

 

 一瞬、沖田の顔がぱっと明るくなる。

 だが次の瞬間、その眉尻が少しだけ下がった。

 

「……むう」

 

「ん?」

 

「いえ、その、嬉しいのは嬉しいんですけど」

 

 沖田は困ったように笑って、それから小さく肩を落とした。

 

「私も体術ができれば、最初からもっとお役に立てたのになぁ、と」

 

 明るい声色の中に、悔しさが混じっていた。

 自分の得意な領分がもっと早く来ていれば、自分もすぐ前に立てたのに。そんな本音が滲んでいる。

 

 その隣で、アルトリアは何も言わなかった。

 

 ただ、カップに添えられた指先にほんの僅か力が入る。

 視線は静かなままだが、その沈黙だけで十分伝わった。

 

 表には出さない。

 だが、思うところがないわけではない。

 

 もし今すぐ剣を教える段階であれば。

 もしもっと早く、自分が前に立てるのなら。

 そんな感情を、表情ひとつ変えずに胸の内へ収めているようだった。

 

 雄馬は二人を見比べて、少しだけ苦笑する。

 

「先延ばしにしたいわけじゃないんだ」

 

 まず沖田を見る。

 

「刀を教わるなら、たぶん沖田が一番だと思ってる。だからこそ、中途半端な状態で入るんじゃなくて、ちゃんと受けられる段階になってから頼みたい」

 

 沖田が目を丸くする。

 

「今のまま教わっても、たぶん俺が受けきれない。せっかくなら、ちゃんと吸収できる状態で教わりたいんだ」

 

 次にアルトリアへ向き直る。

 

「剣も同じだ。今の俺じゃ、型をなぞるだけで終わる気がする。だから先に身体の使い方を覚えて、その上でアルトリアに剣を教わりたい」

 

 アルトリアはしばらく黙っていたが、やがて静かに息をついた。

 

「……合理的な判断です」

 

 声音は落ち着いていた。

 

「順番としては、間違っていないでしょう」

 

 そう言った目元は、ほんの少しだけ柔らかかった。

 

「私も、もう少し早くお役に立ちたかっただけです!」

 

 沖田が照れ隠しのように言う。

 

「でも、そこまで考えて頼んでくれるなら待ちますよ。その時が来たら、びしびし行きますからね!」

 

「それはそれで怖いな」

 

「怖いくらいでちょうどいいんです!」

 

 少し空気が和らいだところで、雄馬はクー・フーリンへ視線を向ける。

 

「そのさらに先、二年くらい積んだ後で、槍を頼みたい」

 

「おれに、か」

 

「ああ。剣とも刀とも違うし、間合いの感覚も別だろ。だから後回しにしたい。でも、後回しにするだけで、やらないつもりはない」

 

 クー・フーリンは喉の奥で笑った。

 

「欲張りだな」

 

「否定はしない」

 

「だが、嫌いじゃねぇ。最初に身体、次に剣、最後に槍。筋は通ってる」

 

 そこで、ふと空気が変わる。

 

 最初の一年、主役になるのはアキレウスだ。

 つまり、アルトリアと沖田、それにジャンヌは、最初の鍛錬には正面から加われない。

 

「……あれ?」

 

 最初に気付いたのは沖田だった。

 

「ということは、最初の一年、私は見てるだけですか?」

 

「そうなるな」

 

 クー・フーリンが面白そうに言うと、沖田は露骨にしゅんとした。

 

「ええぇ……」

 

「仕方ないでしょう」

 

 アルトリアが静かに言う。

 だがその声音の奥には、ほんの僅かな歯痒さがあった。

 

「今の段階で剣を教えても、本人の言う通り土台が足りない。それは事実です」

 

「それはそうなんですけど……!」

 

 沖田は唇を尖らせた。

 

「でも、最初から何もできないみたいなのは、ちょっと悔しいじゃないですか」

 

 その言葉に、アルトリアは否定しなかった。

 ただ、少しだけ視線を伏せる。

 

 何も言わない。だが、同じ気持ちでいるのは分かった。

 

「でしたら」

 

 そこでジャンヌが、そっと口を開いた。

 

「主となる鍛錬には加われなくても、その後の補助ならできます」

 

 沖田が顔を上げ、アルトリアも静かに視線を向ける。

 

「復習に付き合ったり、動きの確認をしたり、無茶をしないように見ていたり。そういう役なら、最初からでも務められます」

 

「……なるほど」

 

 アルトリアが小さく呟く。

 

「確かに、それなら今からでもできる」

 

「いやいや、ちょっと待ってください!」

 

 沖田が即座に身を乗り出した。

 

「それ、ジャンヌさんだけずるくないですか!? 私だって確認役くらいできますよ! むしろ動きの癖を見つけるの、得意ですし!」

 

「私も、姿勢や重心の修正なら可能です」

 

 アルトリアまで静かに続ける。

 

「剣を持たせる段階でなくとも、基礎の土台を見る程度なら問題ありません」

 

 珍しく、三人とも引かなかった。

 

 ジャンヌは穏やかに微笑んだままだ。

 だが、その笑みはいつもより少しだけ譲らないものになっている。

 

「もちろん、お二人ができることは分かっています。ですが、継続して隣にいる役目なら、私の方が向いているかと」

 

「その継続役、私でもできます!」

 

 沖田が食い下がる。

 

「付き合いの良さなら負けません!」

 

「その理屈はよく分かりませんが」

 

 アルトリアが僅かに眉を寄せた。

 

「少なくとも、基礎姿勢の確認なら私の方が適任でしょう」

 

 普段なら穏やかな三人なのに、今だけは妙に譲らない。

 

 自分たちの本番はまだ先だ。

 だからこそ、最初から何もできないままではいたくない。少しでも役に立てる場所を確保したい。三人とも、そう思っているのだ。

 

「え、そこ取り合うのか……」

 

「当然です!」

 

 沖田が即答する。

 

「最初の一年、私たちの出番ほとんどないじゃないですか!」

 

「……否定はしません」

 

 アルトリアが静かに続ける。

 

「せめて別の形で関わりたいと思うのは、自然なことです」

 

「ええ」

 

 ジャンヌも柔らかく頷いた。

 

「見ているだけでは、少し寂しいですから」

 

 その一言で、三人の本音がよく分かった。

 

 雄馬は少し困ったように笑って、それから順番に三人を見る。

 

「じゃあ、こうしよう」

 

 三人ともぴたりと黙った。

 

「まず、復習とかコソ練に付き合う役はジャンヌに頼みたい」

 

 ジャンヌが目を瞬かせ、沖田が「むうっ」と唇を尖らせる。

 アルトリアは表情を変えなかったが、睫毛がほんの少しだけ揺れた。

 

「理由は単純だ。ジャンヌが一番、付き添う役に向いてると思う。無茶したら止めてくれそうだし、落ち着いて見てくれそうだから」

 

「……むぅ」

 

 沖田は不服そうだが、ジャンヌは少し驚いたあと、柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

「その代わり、沖田には動きの癖とか軽さとか、細かいところを見てほしい。今は刀じゃなくても、あとで絶対生きるだろ」

 

 沖田の目が、ぱっと明るくなる。

 

「……っ、はい!」

 

「それなら、私も納得できます!」

 

「アルトリアには姿勢とか重心とか、土台の部分を見てほしい。剣を持つ前の基礎って意味では、たぶんそこが一番大事だ」

 

 アルトリアは数秒だけ黙っていたが、やがて静かに頷いた。

 

「承知しました」

 

 その一言は簡潔だったが、声音は少し柔らかかった。

 

「では、今の段階で見るべきところは見ましょう」

 

「綺麗に収まったな」

 

 アキレウスが笑うと、沖田がすぐ言い返す。

 

「収まってません! 私はまだちょっと悔しいです!」

 

「正直だなぁ」

 

「でも、役目があるなら頑張れます!」

 

 やはり沖田だった。

 

 エミヤはそんなやり取りを横目に、小さく息を吐く。

 

「賑やかなことだ」

 

「悪いかよ」

 

「別に悪いとは言っていない」

 

 そう言って、雄馬を見る。

 

「では、その三年の間、こちらはこれまで通り魔術の基礎を見る。魔法の方で気になる癖があれば、その都度言う」

 

「頼む」

 

「ただし」

 

 淡々と続ける。

 

「昨夜のような無茶を前提にされては困る。鍛えるにせよ学ぶにせよ、積み上げが前提だ」

 

「分かってる」

 

 その返答に、ようやく全員が納得した空気になった。

 

 雄馬は椅子から立ち上がる。

 

「じゃあ、決まりだな」

 

「随分急ぎますね」

 

 アルトリアの言葉に、雄馬は苦笑した。

 

「急ぐよ。三年なんて、長いようでたぶんあっという間だ」

 

 それに、と続ける。

 

「やることが決まったなら、早い方がいい」

 

 アキレウスがにやりと笑った。

 

「気に入った。なら、今日から始めるか」

 

「望むところだ」

 

 そう返した雄馬に、ジャンヌがそっと言う。

 

「では、表の訓練が終わった後は私が付き添いますね」

 

「私は細かい癖を見ます!」

 

「私は基礎を確認します」

 

 間髪入れず二人も続き、思わず雄馬は笑ってしまった。

 

「分かった分かった。三人とも頼りにしてる」

 

 その言葉に、沖田は見るからに機嫌を直し、ジャンヌは柔らかく笑みを深め、アルトリアは何も言わず小さく目を細めた。

 

    ◇

 

 朝食の後、すぐに地下へ降りた。

 

 広い地下空間の中央で、雄馬とアキレウスが向かい合う。

 木剣も槍もない。本当に徒手だけでやるらしい。

 

「さて」

 

 アキレウスが肩を回しながら笑う。

 

「今日から一年、最初にやるのは身体の使い方そのものだ。殴る、蹴る、崩す、倒す。パンクラチオンなんて大層な名前はついてるが、要はその全部だと思えばいい」

 

「理屈より、先に身体へ叩き込むってことだろ」

 

「そういうことだ。考えて止まるくらいなら、先に動ける身体を作る方が早ぇ」

 

 アキレウスが手招きする。

 

「来い。まずは好きにやってみろ」

 

 雄馬は一度だけ深く息を吐いた。

 

 何もなしで挑んでもいい。

 だが、それではたぶん一瞬で終わる。だったら最初から、使えるものは使う。

 

 ゆっくりと呼吸を整える。

 

 体内を巡る魔力を意識する。

 複雑な術式を組む必要はない。細かな工程を積み上げる必要もない。やるのはもっと単純で、もっと直接的なものだ。

 

 腕へ。

 脚へ。

 背へ。

 全身へ。

 

 身体の芯へ薄く均一に、熱を流し込むように魔力を巡らせる。

 

 強化魔術。

 

 筋肉がじわりと熱を帯びた。

 関節が軽くなり、足裏が床を掴む感覚がはっきりする。視界の輪郭がほんの少しだけ冴え、呼吸が鋭く整う。

 

 基礎だけは教わってきた。

 だが、それをこうして真正面からの訓練に乗せるのは、これが初めてだ。

 

「……へぇ」

 

 アキレウスが口元を吊り上げる。

 

「最初からそれを使うか」

 

「使えるもんは使う。だろ?」

 

「違いねぇ」

 

 アキレウスが笑った。

 

「いいぜ。そういうのは嫌いじゃない」

 

 雄馬は膝を落とす。

 

 考えすぎるな。

 順番を頭で並べるな。

 必要なのは、目の前の英雄に少しでも長く食らいつくことだけだ。

 

「――行くぞ」

 

 床を蹴った。

 

 強化した脚が一気に距離を詰める。

 最初は低い蹴り。牽制気味に放った一撃は、アキレウスに半歩ずれられただけで空を切った。

 

「悪くねぇ!」

 

 その声を聞くより早く、雄馬の身体は次へ移っていた。

 

 止まらない。

 外れたなら、その捻りを殺さず次へ繋げる。

 

 腰を返し、回し蹴り。

 着地と同時に拳を差し込む。

 拳が逸らされた瞬間には、そのまま腕を返して掴みに行く。

 

 全部、通じない。

 

「っ、やっぱり!」

 

 速い。巧い。重い。

 まともに捉えたつもりの軌道が、ことごとく外される。だが、雄馬はそこで止まらなかった。

 

 掴みが切られる。なら、そのまま肩からぶつかる。

 押し返される。なら、低く潜って足を払う。

 払えない。なら、踏み込みを変えて横へ回る。

 

 考える暇がない。

 ただ、崩された流れの先へ、次の動きを滑り込ませる。身体が勝手にそう動いていた。

 

「おっ」

 

 初めて、アキレウスの目が少しだけ細くなる。

 

「いいじゃねぇか」

 

 その一言に応えるように、雄馬はさらに踏み込んだ。

 

 肩から沈み込むように間合いへ潜り、重心をぶつけ、そのまま足を刈る。

 もちろん、通じるわけがない。

 

 次の瞬間には足首を取られていた。

 

「うおっ!?」

 

 身体が浮く。天地がひっくり返る。

 

 だが反射で身体を丸める。腕と背へ流した強化を切らさず、叩きつけられる寸前で衝撃を逃がす。床を転がり、どうにか受け身の形に持ち込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

「受け身も込みか。器用なことするな」

 

「器用っていうか……!」

 

 息を荒げながら立ち上がる。

 

「必死なだけだ!」

 

 その瞬間、壁際からいっせいに声が飛んだ。

 

「今の良かったです!」

 

 真っ先に身を乗り出したのは沖田だった。

 

「最初の蹴りを外されてから止まらなかったじゃないですか!」

 

「褒めるの早い!」

 

「でも本当に良かったですよ!」

 

「踏み込みの後、少し重心が流れています」

 

 アルトリアが静かに続ける。

 

「速さはあります。ですが、前へ突っ込みすぎると次で崩されます」

 

「要求が高い!」

 

「基礎です」

 

「その基礎が難しいんだって!」

 

「力みすぎでもありますね」

 

 今度はジャンヌだった。

 

「肩に余計な力が入っています。そのままだと後で腕が上がらなくなりますよ?」

 

「もう重いんだけど!?」

 

「まだ始まったばかりですよ?」

 

「それが怖いんだよ!」

 

 さらにクー・フーリンが笑い混じりに口を挟む。

 

「いいな。頭でこね回すより、こっちの方がよっぽどマシだ」

 

「……言い方が腹立つ!」

 

「褒めてんだよ」

 

「雑なんだよ!」

 

 最後にエミヤが、呆れたような声音で言った。

 

「強化で底上げしても、癖まで消えるわけではない。前へ出る時、少し肩が先に入っている。それでは読まれる」

 

「エミヤまで来た……!」

 

「指摘されるだけましだと思っておけ」

 

 とにかく野次が多い。

 拳の音より声の方が響いているんじゃないかと思うくらいだ。

 

「お前ら、好き放題言ってないか!?」

 

「見てるだけよりいいでしょう?」

 

 ジャンヌが穏やかに返し、

 

「そうですそうです!」

 

 沖田が元気よく続け、

 

「実際、その通りですから」

 

 アルトリアが静かに締める。

 

「うるさいな!?」

 

 思わず叫ぶと、アキレウスが声を上げて笑った。

 

「ははっ、賑やかでいいじゃねぇか!」

 

「当事者はちっともよくねぇ!」

 

「慣れろ。これからずっとだぞ」

 

 にやにやしながら、また手招きする。

 

「ほら、もう一回だ」

 

「……上等!」

 

 雄馬は息を吐き、もう一度構える。

 

 強化を流し直す。

 脚、腰、背、腕。全身へ。

 

 今度はさっきよりも、少しだけ自然に魔力が通る気がした。無理に捻じ込むのではなく、身体の動きに沿わせるように流す。そうすると、不思議と無駄な力みが減る。

 

 そしてまた床を蹴った。

 

 蹴りが外れても止まらない。

 拳を流されても、そこで切れない。

 崩されそうになれば、その崩れを無理に戻さず、次の動きへ繋げる。

 

「左、ちょっと浮いてます!」

 

「分かったから実況するな沖田!」

 

「実況じゃなくて指摘です!」

 

「腰が残っていません」

 

「アルトリアまで重ねるな!」

 

「受け身はさっきより良いですよ」

 

「ジャンヌ、それ褒めてるのか!?」

 

「半分くらいは」

 

「半分かよ!」

 

「雄馬」

 

 エミヤが淡々と告げる。

 

「喋る余裕があるなら呼吸を整えろ」

 

「正論すぎる……!」

 

 野次は多い。かなり多い。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 

 見ているだけでは終われないと言わんばかりに、全員がそれぞれの立場から口を出してくる。最初の一年、自分たちが主役になれないからこそ、なおさらだ。

 

「どうした!」

 

 アキレウスが笑う。

 

「もう終わりか?」

 

「まだだ!」

 

 雄馬は強化を保ったまま、さらに前へ出る。

 

 身体は熱い。

 肺が痛い。

 腕も脚も、もう軽くはない。

 

 それでも、まだ行ける。

 

 理屈ではなく、直感で。

 複雑な術式ではなく、全身へ巡らせた強化だけで。

 目の前の英雄へ、少しでも長く食らいつく。

 

「はっ!」

 

 低く潜り込み、片腕を払って懐へ入る。肩から重心をぶつけ、そのまま崩しへ移る。

 

 次の瞬間、アキレウスの膝が腹へ軽く入った。

 

「ぐっ……!」

 

 息が詰まる。

 肩口を取られ、そのまままた床へ転がされた。

 

 だが今度は、叩きつけられた直後に自分から横へ転がって距離を取り、そのまま立ち上がった。

 

 それを見て、アキレウスがはっきり笑った。

 

「いいな、雄馬」

 

「……何がだよ」

 

 荒い息のまま睨み返す。

 

「最初からちゃんと食らいついてる」

 

 その一言に、雄馬は口元を上げた。

 

「最初から……そうするつもりだ!」

 

「なら、まだ行けるな」

 

「当たり前だ!」

 

 また床を蹴る。

 

 そのたびに野次が飛び、指摘が飛び、笑い声まで混じった。

 うるさい。かなりうるさい。けれど、その騒がしさごと含めて、これが最初の鍛錬なのだと思えた。

 

    ◇

 

 昼近くになって、ようやく雄馬は膝をついた。

 

「っ、はぁ……はぁ……」

 

「初日なら上出来だな」

 

 アキレウスが肩で息をしながら笑う。

 

「強化込みとはいえ、最初からここまで繋げてくるとは思わなかったぜ」

 

「……そりゃ、どうも」

 

「ええ、良かったと思います」

 

 ジャンヌが近づいてくる。

 

「最初よりずっと、動きが途切れなくなっていました」

 

「でもまだまだです!」

 

 沖田がすぐに言う。

 

「次はもっと良くできます! 今の左足とか絶対直した方がいいですし!」

 

「ええ」

 

 アルトリアも静かに続けた。

 

「土台を整えれば、さらに伸びます」

 

「……本当に野次が多いな」

 

 思わずそう零すと、クー・フーリンが吹き出した。

 

「今さらかよ」

 

「今さらだよ! やってる最中ずっとうるさかったんだぞ!」

 

「ですが」

 

 エミヤが小さく肩を竦める。

 

「黙って見ているよりは、まだ性に合っているだろう」

 

 その言い方に、雄馬は少しだけ笑った。

 

 たしかに、その通りだ。

 

 見ているだけでは終われない。

 そんな連中ばかりだからこそ、こうして声が飛ぶ。手が伸びる。役割を奪い合うみたいにしてでも、自分に関わろうとしてくる。

 

 それが少しだけ、嬉しかった。

 

「……よし」

 

 荒い息を整えながら、雄馬はゆっくり立ち上がる。

 

「今日の分、忘れないうちに少し復習する」

 

「では、お手伝いします」

 

 真っ先に出たのはジャンヌの声だった。

 

「私も見ます!」

 

「私も確認します」

 

 すかさず沖田とアルトリアも続く。

 

 雄馬はとうとう吹き出した。

 

「だから、まだ取り合うのかよ」

 

「当たり前です!」

 

 沖田が即答する。

 

「最初から何もできないのは嫌ですから!」

 

「……それについては同意します」

 

 アルトリアが静かに言い、ジャンヌはやはり柔らかい笑みのまま譲らなかった。

 

「では三人で見ましょう。ですが、付き添いは私です」

 

「そこは譲らないんですね……!」

 

「ええ」

 

 穏やかに、しかしきっぱりとした返答だった。

 

 それを聞いて、雄馬は苦笑しながら頷いた。

 

「じゃあ、頼む。三人とも」

 

 その一言に、三人はそれぞれ違う表情で応えた。

 

 沖田は嬉しそうに。

 アルトリアは静かに。

 ジャンヌは柔らかく、けれど確かに満足そうに。

 

 魔法は、まだ遠い。

 魔術も、到底手に馴染んだとは言えない。

 その上で、これから身体も、剣も、槍も積み上げていかなければならない。

 

 やることは山ほどある。

 だが、不思議と嫌ではなかった。

 

 進む順番は決めた。

 まずは一年、身体を鍛える。

 その先に剣と刀。

 さらにその先に槍。

 

 そして、その最初の一年から、見守るだけでは終わらないと言わんばかりの手が、もう三つも伸びている。

 

「よし」

 

 雄馬は小さく拳を握る。

 

「まずは一年。食らいついてやる」

 

 その言葉に、英雄たちはそれぞれのやり方で応えた。

 

 アキレウスは愉快そうに笑い、クー・フーリンは口元を吊り上げる。

 沖田は明るく頷き、アルトリアは静かに目を細めた。

 エミヤは呆れ半分に肩を竦め、ジャンヌは柔らかく微笑む。

 

 そうして始まったのは、誰かに与えられた鍛錬ではない。

 

 自分で考え、自分で選び、そして周囲の手を借りながら、自分から掴みにいった道だった。

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