アーニャ「はぁー、なまらこわいべさ。ロシア語ばっかり喋ってたら、あずましくなくて、わや疲れるべさ……」 美波「アーニャちゃん!?」 作:黑須つくる
原作:アイドルマスター
タグ:アイドルマスター アイドルマスターシンデレラガールズ アナスタシア 新田美波 AI生成
事務所の誰もが、アナスタシアを『シベリアの風を纏う神秘的な妖精』だと信じて疑わなかった。
だが、レッスン室の扉を開けた美波が見たのは、NHKラジオ「まいにちロシア語」を聴きながら、「ロシア語喋るのなまら疲れるべさ……」と独りごちる、生粋の道産子の姿だった。
プロデューサーの苦悩、ユニット仲間の美波の訴え
アーニャにとっての安息の日は訪れるのだろうか。
レッスン室に、あるまじき言語が響き渡った。
「はぁー、なまらこわいべさ。ロシア語ばっかり喋ってたら、あずましくなくて、わや疲れるべさ……」
台本を手に立っていた新田美波が、目を見開く。持っていた紙の束がはらりと落ちかけて、かろうじて踏みとどまった。
「ア、アーニャちゃん……?」
アーニャは額の汗を拭い、憑き物が落ちたような顔で深々と息を吐いた。銀色のウルフカットが揺れる。いつもなら神秘的な輝きを宿しているはずの青い瞳が、今はどこからどう見ても「実家でくつろいでいる人間」のそれだ。道産子の顔である。
「あ、美波。……今の、聞かれましたか?」
「き、聞かれましたか、じゃなくて……! なまら……こわい、って……今なんて言ったの?」
「あぁ、えっと。……」
美波が少し詰め寄る。アーニャの目が泳いだ。その拍子に、手からスマートフォンがするりと滑り落ちる。
画面が点灯し、音声が再生された。
『——では次の例文です。「Я очень устал(ヤー オーチン ウスタール)」、意味は「私はとても疲れました」。繰り返してみましょう』
NHKラジオ「まいにちロシア語」初級編。講師の無機質な声が、防音仕様のレッスン室に、やけに朗らかに響き渡る。
沈黙。
アーニャはゆっくりしゃがんでスマートフォンを拾い、音声を止めた。それから美波を見上げ、ぺろりと舌を出す。
「……つい、地が出てしまいました」
ほんのり頬を染め、ふい、と視線を逸らす。
「ずっとロシア語を混ぜて喋るのは、リソースを食うというか……たまにこうして北海道の言葉でリラックスしないと、脳がオーバーヒートするんです」
美波は何かを言いかけて、口をつぐんだ。北海道の言葉。ロシアのハーフ。カタコト。NHKのロシア語講座。頭の中でうまくつながらないのか、たれ目がちな瞳を泳がせながら、かろうじて声を絞り出す。
「……アーニャちゃんって、ロシアのハーフじゃ……」
しかし言葉は最後まで続かなかった。代わりに出てきたのは、もっと根本的な疑問だ。
「今さっき、ロシア語喋るの疲れるって……言わなかった?」
図星だった。アーニャの視線がわずかに宙を泳ぎ、それからすっと伏せられる。しかしすぐに、どこか腹をくくったような表情に切り替わる。気まずさを開き直りで上塗りした、そういう顔だ。
「……したっけ、美波。この後のレッスン、お茶っこ飲んでからにしませんか? あずましくない状態で練習しても、身に入らないしょ」
「……アーニャちゃん、キャラが……キャラが迷子だよぉ……っ!!」
美波の悲鳴が、防音仕様のレッスン室に虚しく吸い込まれる。アーニャはもはや取り繕う様子もなく、ウルフカットの銀髪をさらりと払って微笑んだ。
どれくらいそのやり取りが続いただろうか。事務所の奥で一部始終を静観していたプロデューサーが、深く、深くため息をついた。デスクに肘をつき、指先で眉間を強めに揉みほぐしながら、ようやく重い口を開く。
アナスタシア——通称アーニャ。ロシアのハーフにして生粋の道産子。放っておけばこうなるとはわかっていた。わかっていたが、それはそれとして目の前の現実はしんどい。
「アーニャ」
プロデューサーはできるだけ平静を保って口を開いた。
「『神秘的な日本語カタコトハーフキャラ』でいこうって最初に言い出したのは、他でもない君自身だぞ」
「……したっけ。だって、ずっと『Da(はい)』とか『Horosho(ハラショー)』とか混ぜて喋るの、なまら疲れるべさ……」
「ついに『なまら』まで出たか」
プロデューサーはもう一度眉間を揉む。アーニャは力なく椅子に座り込み、天井を仰いだ。黙って座っていれば「北国の女神」そのものだ。それだけに始末が悪い。
「……あー、お茶っこ飲みたい……」
「話を聞いてくれ。ファンは君に『銀盤の向こう側にある神秘』を求めているんだ。今の君から漂っている『セイコーマートの常連感』を求めているわけじゃない」
「セコマのフライドチキン、美味しいべさ……」
「聞いてないじゃないか!」
アーニャは上目遣いでプロデューサーを見た。美貌は一級品である。どんなに訛っていても、黙っていれば「北国の女神」そのものだ。それだけに本当に始末が悪い。
「……プルゥオデュゥサァー? たまにはオフの日くらい、この格好で『わや』って言ってもいいですか?」
いつものロシア訛りを、よりにもよってここで最大限に活用してきた。返答に詰まったまま数秒、沈黙。プロデューサーは盛大にため息をついた。
「……妥協案だ」
額から手を離す。
「レッスン室と事務所の中、そして俺と美波の前だけなら許可する。一歩外に出たら、君は『シベリアの風を纏う妖精』に戻ること。あと、蘭子の前では絶対にやめてくれ。あいつはああ見えてアーニャのことをよく見ている。つられてRosenburg Engelまで道産子汚染されたら、3人で歌った『この空の下』の空が函館山か小樽の天狗山からの夜景になっちゃうぞ」
「それだけじゃなく、蘭子ちゃん自身も九州女子全開になりかねませんよね」
それは確かに別口の恐怖だった。プロデューサーは言葉に詰まる。
「……熊本弁と厨二病が道産子弁と混ざり合ったら、もう誰にも止められない」
「まあ……LOVE LAIKA with Rosenburg Engelで『この空の下』を北海道ロケで撮り直すというのも、ありかもしれませんね?」
美波が、どこか楽しそうにそう付け加えた。
「却下だ! ……美波、君まで煽るな!」
美波は、いつもの聖母のような微笑みをすっかり取り戻し、そっとアーニャの肩に手を置いた。
「アーニャちゃん。……無理しないほうがいいわよ。自分を偽り続けるのって、あずましくないものね?」
「……美波。なまら優しいべさ。……自分、泣きそうだべ」
長いまつ毛が伏せられる。泣きそうというわりに、その顔はどこかほっとしているようでもあった。
「泣かないで! ……でも、そうね。アーニャちゃんの『ミステリアスキャラ』はお仕事として大成功してるわ。でも、プライベートまでロシア語の単語帳をめくってる姿、見てて切なくなっちゃう」
美波はプロデューサーの方を向き、毅然と続けた。たれ目がちな目元が、このときばかりはしっかりと据わっている。
「プロデューサーさん。たまには『道産子全開の日』を作ってあげてもいいんじゃないでしょうか?」
「……美波、君までそう言うのか」
頼みの綱だった「常識人の美波」が、完全にアーニャ側の人間だった。プロデューサーは頭を抱える。答えは出ない。
「プルゥオデュゥサァー。……そうしないと、ステージでうっかり『ハラショー!』の代わりに『なまら最高だべ!』って叫んじゃいそうなんです」
「……それはそれで、一部の層には熱狂的に受け入れられそうだが……」
その瞬間、アーニャは切り替わった。
銀色のウルフカットをさらりと払い、青い瞳に神秘の光を宿し、唇に完璧な微笑みを乗せた「銀盤の妖精」が、そこに立っている。スイッチを押したように。一秒もかけずに。
「……ハラショー。私を、信じてください」
プロデューサーも、美波も、しばらく何も言えなかった。
「……すごい」
ぽつりと、美波が呟く。
「アーニャちゃん、それが最初からできるなら……」
「疲れるべさ……」
微笑みを崩さないまま、小声でぼそりと。完璧なアイドルの顔のまま、完璧な北海道弁で。
プロデューサーは何も言わず、深く眉間を揉んだ。……これがトップアイドルというやつか。まったく、始末に負えない。
あの一件——事務所内でいつしか「アーニャ・ドサンコ・ショック」などと呼ばれるようになったあの騒動から、数日が経ったある日のことだった。
「ルタオの案件、持ってきたぞ。素を出しすぎるなよ」
デスクの上に置かれたのは、北海道・小樽に本店を構え、濃厚なダブルチーズケーキ「ドゥーブルフロマージュ」で全国にその名を知られる洋菓子店「ルタオ(LeTAO)」の新作スイーツ資料と、正式なタイアップ依頼書。プロデューサーなりの、アーニャへのガス抜きのつもりだった。
その瞬間、アーニャの青い瞳に宿ったのは、シベリアの永久凍土を溶かすほどの熱い輝きだ。ミステリアスさはどこかへ消えている。
「ルタオ……! ドゥーブルフロマージュ……!!」
「そうだ。ビジュアルイメージは『雪原に佇む氷の妖精が愛する故郷の味』だ。試食中も『なまら旨いべさ』とか、口が裂けても言うなよ。……聞いてるか?」
アーニャは資料を食い入るように見つめ、ごくりと喉を鳴らした。
「……ハラショー。プロデューサー、私を信じてください。私は、プロのアイドルです。……でも、小樽は私の庭みたいなものです。あそこのソフトクリーム、なまら濃厚で——」
「こら、もう漏れてるぞ」
美波がクスクスと笑いながら、アーニャの肩を叩く。
「でも、ルタオの案件ならアーニャちゃんにぴったりね。本物の雪国育ちだからこその説得力があるもの。……プロデューサーさん、撮影後のご褒美が大変そうですね?」
「ああ。現場に『ガラナ』と『カツゲン』を差し入れろって言われかねない……」
プロデューサーの懸念をよそに、アーニャはすでに「完璧な営業スマイル(ロシア風)」を作ってみせた。
「……このチーズケーキは、まるで北極星の輝きのようです。……(ボソッ)したっけ、これワンホールいけるべさ……」
「アーニャ、心の声とキャラの使い分けがガバガバだぞ!」
さて、案件当日。
事務所内の配信スタジオ。カメラの向こうには数万人の視聴者。美波が念入りに掃除した部屋の中央には、北海道の雪景色を想起させる白いテーブルと、そこに鎮座する黄金色のドゥーブルフロマージュ。
アーニャは、この日に限っては完璧だった。
「……ルタオ。この甘みは、故郷を思い出させます。まるで雪解けの瞬間の、静かな喜びのようです」
スプーンを口に運ぶ所作も、銀盤を滑るような優雅さ。コメント欄には「ハラショー!」「雪の妖精が食べてる……」「美しすぎる……」と絶賛が流れる。プロデューサーは腕を組んで、珍しく満足げに頷いていた。
しかし。
口の中でフロマージュがとろけ、濃厚なミルクのコクが脳を直撃した瞬間——アーニャの中で、何かが「ぷつん」と切れた。
「………………」
まず眉間の力が抜けた。次に、きりりと据わっていた目元がゆるむ。長いまつ毛の下で青い瞳の焦点がどこか遠くへ漂い始め、頬がほころび、口角がだらしなく上がっていく。神秘的な美少女の仮面が、みるみるうちに剥がれ落ちていった。最終的に残ったのは、完全に「実家の茶の間でこたつに入っている娘」の顔。プロデューサーの満足げな表情が、それに比例するように凍りついた。
「……うまいべさ……これ、なまら大地の味するべさ……」
スタジオが静まり返る。カメラ横でプロデューサーが「あッ」という顔をして頭を抱え、美波が「アーニャちゃん!?」と声を上げかけて口を押さえた。
アーニャは止まらない。
「やっぱりルタオは裏切らないべさ……。したっけ、この口溶け、わやだわ。もう一個食べていいべか? あー、お茶っこ……お茶っこ飲みたい……」
コメント欄が、一瞬の沈黙の後に爆発した。
『!?!?!?!?』
『今なんて言った!?』
『うまいべさwwwww』
『ロシアの妖精、中身はゴリゴリの道産子だった件』
『したっけwwww わやwwwww』
ハッとしてカメラを見たアーニャは、自分が何をやらかしたか悟り、白い顔を真っ赤に染めて硬直する。
「……あ。……い、今のは……えっと……エキゾチックな、ロシアの、まじない……?」
誰も信じなかった。コメント欄も、美波も、そしてプロデューサーも。
しかし視聴者の反応は、予想外の方向へ転がった。
『方言女子最高かよ』
『カタコトよりこっちのほうが絶対喋り慣れてるだろww』
『ギャップ萌えで死んだ。ルタオ買ってくるわ』
それを見た美波が、苦笑いでプロデューサーの肩をそっと叩く。
「……プロデューサーさん。次は『セイコーマート』のCM、狙いませんか?」
プロデューサーは答える代わりに、深く眉間を揉んだ。……アーニャ・ドサンコ・ショック、第二波である。まったく、始末に負えない。
なお、函館の有名バーガーチェーン・ラッキーピエロから「アーニャさん指名で」と熱烈な依頼が届いたのは、その翌週のことである。
歴史あるアイマスSS文化
私もついにそこの末席に(AI生成ですが)名を連ねることとなりました
アーニャがロシア語交じりなのはいつからなのか不明ですが、最初期は全然そんなことなかったですよね?
すみぺのせいも半分はあると思います