地下のベルが鳴るたびにーデンレゼifー 作:ルイ(Louie)
わかっちゃいるけれど、なかなか予約が取れない彼は、ワンチャン狙いで来店するも、案の定レゼは埋まっていた。
落ち込むデンジに待ち受けていたのは、メイド喫茶適性試験だった……!
給料日から一週間後の夜、デンジは自宅にて、ベッドの端に腰かけたまま携帯電話を見ていた。
折りたたみ式の無骨な黒い携帯電話。その画面に映る、通話履歴には同じ店の番号が何件か並んでいる。
最初の一回は妙に緊張した。メイド喫茶に電話予約なんてしたことがない。携帯を耳に当てたまま、なんて言えばいいんだ、と無駄に考えてしまった。
そして、何度かけても結果は同じだった。デンジが行ける日は、だいたいレゼの予約が埋まっていた。あるいは、彼女が休みだった。
そうかと思えば、かろうじて空いていそうな日には、デンジ側に用事が入っていた。世の中というのはこういう時だけ妙に噛み合わない。
(予約社会、厳しすぎるだろ)
そんな感想しか出てこない。
だが、そこで素直に諦めきれるほど、デンジは賢くなかった。
(もしかしたら当日キャンセルとかあるかもしれねえ。急に空くことだって、なくはないだろ!)
予約客が遅れるとか、来ねえとか、そういうのも世の中にはあるはずだ。
あるいは、休みだけどレゼが忘れ物か何かして、ちょっとだけ顔を出すとか。そういう都合のいい考えだけは次々浮かんでくるのだった。
+++
そして更に一週間後。デンジは三度目の来店に向かっていた。
繁華街の裏手にある雑居ビルの前まで来ると、さすがにもうこの景色にも見覚えがあった。くすんだ壁。地下へ続く細い階段。脇に出された、少し可愛らしすぎる看板。夜の匂いが昼間よりはっきり混じる時間帯の空気。
一回目の時みたいな、未知の場所へ入る緊張はなかった。
でも代わりに、「また来ちまったな……」という、少しだけ自嘲の混じった気分がある。
階段を下りる。木の扉の前で一度だけ呼吸を整え、デンジはそれを開いた。
ちりん、とベルが鳴る。
「お、おかえりなさいませ、ご主人様」
出迎えたのは、やはりコベニだった。
前より少しだけ賑わっている店の中で、彼女は小さく会釈をする。相変わらずおどおどしていて、メイド服が妙に似合っていて、ちょっと見てるこっちが不安になる。
だが、その表情に一瞬だけ「あっ」という色が浮かんだ。
「……あ、デンジさん」
デンジは軽く片手を上げた。
「ども」
「ほ、本当にまた来たんですね……」
「その反応ひどくね?」
「す、すみません……! いや、でも……」
コベニは言いにくそうに視線を泳がせてから、小さく付け足した。
「三回目は、ちょっと予想してなかったので……」
「俺だって予想してなかったよ」
半分本音だった。
店内は、前回より少しだけ空いていた。狭い空間に客の声がいくつも重なっている。カウンター席もテーブル席もそれなりに埋まり、メイドたちが忙しそうに動いていた。甘い匂いとコーヒーの匂いと、何かを揚げる油の匂いが混ざって漂っている。
デンジは、無意識に店の奥を見た。
そして、いた。レゼはいた。
紫色の髪に、緑の目。照明の下で笑う横顔だけで、ああ可愛いな、と思ってしまう。だがその彼女は、当然のように別の卓についていた。予約客らしき男の向かいで、楽しそうに会話している。
デンジの肩が、露骨に落ちた。それを見たコベニが、困ったように眉を下げる。
「……レゼさん狙いなら、予約しないとって、この前言いましたよね?」
「言われた」
「言われたのに来たんですか……?」
「もしかしたらって思ったんだよ」
「もしかしたらじゃ、どうにもならないことって、ありますよ……」
静かな正論だった。しかも優しい言い方だから、余計に刺さる。
デンジは頭をかいた。
「いや、だってよ。急に空くとか、予約客来ねえとか、そういう……」
「そういうのを期待して来たんですか」
「……ちょっと」
「ちょっとじゃない顔してますけど」
「……うう」
コベニは本気で困った顔をして、おろおろとデンジの顔とレゼの方を見比べている。
「ど、どうします?」
「……いや」
デンジは少しだけ考えた。
ここで帰るのが一番賢いのかもしれない。予約が取れなかった、来てみたら案の定駄目だった、それなら諦めて帰る。それが一番、金も時間も傷つかずに済む。
でも、それだと負けた感じがした。
何に負けたのかはよくわからない。予約社会か、レゼ人気か、自分の読みの甘さか。
とにかく、ただ階段を下りてベルを鳴らして、レゼが他の客に笑ってるのを見て、それで即撤退するのはなんかムカつく。
それに、もしかしたら本当に少しくらい話せるかもしれない。
その「もしかしたら」が、デンジを毎回変な方向へ引っ張るのだった。
「……せっかく来たし、少しだけいる」
コベニはあからさまに不安そうな顔をした。
「デンジさんの『少しだけ』って、よくない方向に行く気がするんですけど……」
「行かねえよ今日は」
「前回も似たようなこと言ってませんでした?」
「……」
「図星なんですね」
「コベニちゃんさ、三回目にして急に言うようになったな」
「す、すみません……でも本当に心配なんです……!」
そこまで言われると、ちょっとだけ申し訳なくなる。だが、今さら引くのもやっぱり悔しい。
その頃、レゼは別卓につきながらも、つい入口側の方を気にしていた。
――また来た。しかも今日も、一人で。
前回も、前々回も、デンジはわりとわかりやすかった。けれど今回はもっとはっきりしている。予約が取れないのに来た。ワンチャン狙いで来た。そのうえ、今、あからさまにしょんぼりしている。
そこまでされると、さすがに少し特別な感じがしてしまう。
可愛いな、と思う。
今は別の卓についている。だから声はかけられない。でも、気になるのはもう仕方なかった。
+++
席へ通され、デンジはテーブルに肘をついた。視線はついレゼのいる方へ行きそうになる。行きそうになるたび、いや別に見てねえし、みたいな顔をする。
自分でもわかるくらい、不自然だった。
しかし、その不自然さを見逃す店ではない。
「うわ」
聞き覚えのありすぎる声がした。
「本当にまた来た」
デンジが顔を上げると、フミコが立っていた。
金色のネームプレート。前髪を両側で結んだ特徴的な髪型。メイド服のくせに、妙に意地の悪そうな薄い笑みが似合ってしまう顔。
三度目ともなると、彼女が視界に入った時点で、平和には終わらない気がしてくる。
「またフミコかよ」
「既にレゼさん狙いで撃沈済みですか」
「うるせえ」
「かわいそ~」
フミコはそう言いながら、まったくかわいそうだと思っていない顔で笑った。
「電話までしてたのに駄目だったんですよね?」
デンジはぴくっと眉を動かした。
「何で知ってんだよ」
「コベニが『またデンジさんから電話でした……』って言ってたので」
横を見ると、コベニが「ひっ」と肩をすくめた。
「ち、違うんです、悪口とかじゃなくて、その、共有事項というか……」
「共有すんなよそんなもん」
「だってフミコ先輩が聞いてくるんです……!」
「やっぱアンタが悪いじゃねえか!」
「えー? お客さんの動向把握するのもチーフの仕事ですよ?」
「そういうもんかよ」
フミコは当然のようにデンジの向かいに座った。
三回目ともなると、デンジも「勝手に座るな」と言うのが面倒になってくるあたりが腹立たしい。
フミコは頬杖をつき、じろじろとデンジの顔を見た。
「で? 今日どうするんです?」
「どうするって」
「レゼさんはあそこ。予約客と楽しくおしゃべり中」
「見りゃわかる」
「帰るんですか?」
「……少しだけいる」
「おっ」
「何だよ」
「一番面白い選択したなと思って」
「面白くねえよ」
「いや、面白いですよ。会えないのに帰らない。帰らないのに諦めた顔してる。諦めた顔してるのに、ちょいちょいレゼさんの方見てる」
「見てねえよ」
「見てます」
「見てます……」
フミコとコベニの声が綺麗に重なった。
デンジは両手で顔を覆った。
「最悪だ……」
「そんなデンジさんのために」
フミコがわざとらしく声色を変えた。
「今日は特別企画を用意しました」
「いらねえ」
「メイド喫茶適性試験です」
「もっといらねえ」
フミコは気にせず続ける。
「レゼさん目当てで来るくせに予約しない。会えないと露骨に落ち込む。でも帰らない。なのに常連らしく開き直るわけでもない。そういう半端な客、見てると気になるんですよねぇ」
「気にすんな」
「なので今日は、一流のご主人様になれるかどうか、私が試してあげます」
「誰が頼んだんだよ」
「頼まれてません」
「だろうな!」
「でも暇でしょ?」
「うっ」
フミコはにやっと笑った。
「じゃ、始めましょう」
「始めんな」
「コベニ、採点係」
「え、ええっ!?」
「あと補助試験官」
「聞いてないです!」
デンジは思わず助け舟を出した。
「いやコベニちゃんは別にいいだろ」
その瞬間、フミコの目が細くなった。
「へぇ~」
「何だよそのへぇ~は」
「いや別にぃ?」
「絶対何か思っただろ」
「思ってないですよ。デンジさんってコベニには優しいんだなぁ、とか」
「そんなんじゃねえよ!」
コベニは両手を胸の前でぶんぶん振っていた。
「ほ、ほんとに無理です、私そういうの向いてないです……!」
「向いてる向いてないじゃなくて試験だから」
「何の試験なんですかほんとに……!」
「では第一試験」
フミコは指を一本立てた。
「萌え耐久試験です」
「何だよそれ」
「メイド喫茶において、ご主人様は不意の萌え供給にも冷静に耐えなければなりません」
「そんな必要ねえだろ」
フミコは無視して、いきなりデンジへ身を寄せた。
「ご主人様~、今日も来てくれてうれしいですっ♡」
「語尾が腹立つ」
「がんばっててえらいえらい、ですねぇ♡」
「何をだよ」
「萌え萌えきゅーん♡」
デンジは真顔になった。
「あんま効かねぇ」
「えー」
「圧が強ぇんだよ」
コベニがメモを取りながら、困ったように呟く。
「フミコ先輩の攻撃に対して『効かねぇ』『圧が強い』で応戦、萌え耐性は高め……?」
「何でほんとに採点してんだよ」
「じゃあ次。コベニ」
「えっ」
「補助試験官として参加」
「む、無理ですって!」
デンジもすぐに言った。
「無理してやるもんじゃねえだろこういうの」
またしてもフミコの「へぇ~」が飛んだ。
「何だよ」
「やっぱりコベニには優しいんだなって」
「違うって言ってんだろ」
押し問答の末、コベニはとうとう観念したらしかった。深呼吸をひとつして、ゆっくりデンジの方を向く。
その時点で、何かもう、可愛かった。
それに、頑張ってる感じが妙に目につく。フミコみたいに余裕たっぷりで攻めてくるのとは違う。ほんとに無理なのに、逃げられないからやるしかない、みたいな顔で、それでもちゃんとやろうとしてる。
デンジはなんとなく、さっきより背筋を伸ばしてしまった。
「お、おかえりなさいませ……ご主人様……」
「……あ、ああ」
「き、今日も来てくれて……うれしい、です……」
「……うん」
デンジは、なぜか返事がすぐ出なかった。
コベニはそれを「失敗した」と受け取ったらしい。さらに困った顔になってしまった。
「え、えっと……その……いつも頑張って……えらい、です……」
「…………」
「も、萌え萌え……きゅ、きゅん……」
最後の方は、ほとんど消え入りそうな声だった。
だが、それが妙に破壊力を持っていた。
デンジは固まった。心臓のあたりを咄嗟に抑えた。
「……くっ、んだよこれェ……!?」
ようやく出た言葉がそれだった。
フミコが即座に食いつく。
「え、何ですかその反応。萌えました?」
「……べ、べっ、別に」
「動揺してるじゃないですか」
「してねえ」
「声ちっちゃ」
「うるせえ!」
コベニはおろおろと二人を見ている。
「え、えっと……すみません……?」
「コベニちゃんは謝るな!」
「何でですか!?」
フミコが机を叩きそうなくらい嬉しそうな顔をした。
「うわ、効いてる」
「効いてねえ!」
「デンジさんって、ああいう庇護欲そそる系に弱いんだ」
「勝手に分析すんな!」
コベニは自分が何か大変なことをしたと思ったのか、さらに小さく続けた。
「え、えっと……が、頑張ってください……?」
デンジの肩がぴくっと動いた。
「……今のなし!」
「何でですか!?」
「何でもだっつってんだろ!」
顔が少し熱いのが自分でわかった。フミコはもう完全に大喜びだ。
「うわぁ、想像以上に効くんだ」
「うるせえ!」
「コベニ、もう一回『えらいです』言ってみて」
「む、無理です!」
隣の卓の客が何人か、面白そうにこちらを見ているのがわかった。最悪だ。三回目にして、また変な見世物になっている。
「第二試験、チェキ対応力試験」
「まだあんのかよ」
「あります」
「帰るぞ俺」
「レゼさんとまだ話せてませんよ?」
「くそ……」
そこを突かれると弱い。
チェキ対応力試験は、要するにフミコが次々ポーズを指定して、デンジがそれをやらされる地獄だった。
「まずは王子様風」
「何だよ王子様風って」
「包み込むような優しさで」
「ねえよそんなもん」
「はい減点。次、推しメイドを優しく見守る風」
その言葉で、デンジの目が一瞬だけレゼの方へ向いた。
フミコはそれを見逃さない。
「はい今見た」
「見てねえ」
「見ました……」
「コベニちゃんまで言うな!」
第三試験は精神安定性試験だった。
「推しが自分以外の客に笑いかけていても、ご主人様は余裕を持たなければなりません」
「いられるわけねえだろ」
「減点です」
フミコはわざとらしくレゼのいる方向を顎で示す。
レゼは別卓で、相変わらず楽しそうに笑っていた。しかもたまにこっちを見る。こっちを見るが、すぐにまた目の前の客へ戻る。そのたびにデンジの心は微妙に揺れる。
「ほら、落ち着いてください」
「うるせえ」
「見てますよね?」
「見てねえ」
「見てます……」
「だからコベニちゃんまで言うな!」
第四試験は、財力と理性だった。
フミコがメニューを広げる。
「ここでレゼさんに差し入れドリンク、入れたくないです?」
「……」
「したい顔してますね」
「してねえ」
「してます……」
「コベニちゃん!?」
「でもここでちゃんと財布と相談できるのが、大人のご主人様です」
「何でアンタに説教されなきゃなんねーんだよ」
「で、どうします?」
「……今日はいい」
「おっ」
「何だよ」
「偉いじゃないですか」
「何でお前に褒められなきゃなんねーんだよ」
試験の最後は、総合面接とかいう訳のわからないものだった。
フミコが急に少しだけ真面目な顔になり、テーブルに肘をつく。
「じゃあ質問です」
「まだあるのかよ」
「何でそこまでしてレゼさんに会いたいんです?」
デンジは一瞬黙った。
ふざけた流れの中で、そこだけ不意に芯を突かれた気がした。
「……可愛いから」
「うわ、ストレート」
「悪いかよ」
「悪くないです。むしろ正直でよろしい」
フミコはそこで少しだけ笑って、次を聞く。
「じゃあ何で、会えないのに帰らないんです?」
「……」
「ここはちょっと考えるんですね」
「うるせえな」
デンジはテーブルの木目を見た。
何で帰らないのか。レゼに少しでも会いたいから。それはある。でもたぶん、それだけじゃない。
この店は変だ。普通に可愛いだけの店じゃない。むしろ平和に終わらない。フミコはうざいし、コベニは心配しすぎるし、常連は勝手に見てくるし、レゼは人気者でなかなか捕まらない。
それでも、まったくつまらないわけじゃなかった。
「……会えねえなら会えねえで、来た意味ゼロってのもムカつくだろ」
ぽつりとそう言うと、フミコが少しだけ目を細めた。
「へえ」
「何だよ」
「いや。ちゃんとした答え返ってくると思わなかったんで」
「失礼だな」
「あと、少しは楽しいんです?」
デンジは舌打ちしそうになってから、やめた。
完全に否定すると嘘になる。
「……変だけど、つまんなくはねえよ」
その一言で、フミコの笑みが少し変わった。
いつもの、人をおもちゃにしてる時の笑いじゃない。もう少し柔らかい、面白がりながらもどこか納得したような顔。
「なるほど」
「何がだよ」
「別に。デンジさん、思ったよりちゃんと客なんだなって」
「どういう意味だよそれ」
「前はただの変な耐久力持った人かと思ってたんですけれど」
「変な前提やめろ」
「ちゃんと恥かいてるのにまた来るなら、素質ありますよ」
「何のだよ」
「メイド喫茶の客としての」
「いらねえ素質だな」
そのやり取りを、レゼは少し離れた場所から聞いていた。
可愛いから会いたい。
会えなくても来た意味ゼロはムカつく。
変だけど、つまんなくはない。
言葉としては雑だった。でもデンジらしいな、とレゼは思った。うまく飾らないぶん、余計に本音っぽい。
そういうところが、ちょっといいなと思う。
「では、結果発表です」
フミコがわざとらしく咳払いをする。
「萌え耐性。低い。ただし相手によって大きく変動」
「やめろ」
「チェキ対応力。普通以下」
「うるせえ」
「精神安定性。壊滅的」
「知ってる」
「財布の理性。一応あり」
「一応って何だよ」
「推しへの執着。高い」
「……」
「変な耐久力。異常」
「それもうずっと言うのかよ」
そしてフミコは口元を吊り上げた。
「総合して、メイド喫茶適性、仮免です」
「何だよそれ」
「正式免許には至らず。ただし常連適性はじわじわあり。要予約意識改善。あとコベニ耐性低」
「最後書くなっつったろ!」
その時、ふと視界の端で紫の髪が揺れた。
レゼだった。
ちょうど卓が一区切りついたのか、こちらへ歩いてきていた。
「何かすごい盛り上がってると思ったら」
レゼはくすくす笑う。
「またフミコに遊ばれてるの、デンジ君?」
「遊ばれてねえ」
「遊ばれてます」
「フミコはちょっと静かにしてくれ」
レゼはデンジの前で立ち止まり、少しだけ首を傾げた。
「今日、予約取れなかったんだって?」
「……おう」
「ごめんね。今月結構埋まってて」
「別に、レゼが悪いわけじゃねえし」
「でも来てくれたんでしょ?」
その言い方がずるい。
来た理由を、一番綺麗な形で言われてしまう。
デンジは少しだけ視線を逸らした。
「……まあ」
「じゃあ、えらいね」
その一言に、デンジはぴくっと反応した。
さっきコベニに言われた時の感覚が、妙に蘇る。
フミコが即座に見逃さない。
「あ、また効いた」
「うるせえ!」
レゼは何がそんなに面白いのかわからない顔で、でも楽しそうに笑っていた。
その笑顔を見ながら、デンジは思う。
今日はレゼと話せないと思っていた。実際、短い。けれどこうして来てくれて、ちゃんと覚えていて、予約取れなかったことまで知っていて、しかも「来てくれた」と言ってくれるだけで、だいぶ違う。
レゼはテーブルの端に置かれた結果用紙をちらっと見た。
「何これ」
「デンジさんの適性試験結果です」
「へぇ~」
レゼは読み上げるように目を走らせ、すぐに吹き出した。
「コベニ耐性低って何?」
「書くなって言ったんだよ俺は!」
「でもほんとだったので……」
コベニがまた小さくなる。
レゼは目元を拭いながら笑った。
「じゃあ、次は予約して、ちゃんと会いに来てね」
「……する」
「ほんとに?」
「たぶん」
「たぶんじゃダメ」
そう言ってレゼは、ほんの少しだけ声を落とした。
「でも、今日来てくれたの、ちょっと嬉しかったよ」
その一言に、デンジはまた言葉が詰まった。
レゼはすぐにいつもの調子へ戻り、手をひらりと振る。
「じゃあ、またね」
時間にすれば三分もなかった。
でも、その三分未満があっただけで、今日ここに来た意味がゼロじゃなくなった気がした。
フミコが横から覗き込んでくる。
「よかったですねぇ」
「うるせえ」
「顔赤いですよ」
「試験のせいでもあるからな」
「じゃあ半分は私のおかげですね」
「何でそうなる」
会計の時、フミコは何やら紙切れを一枚差し出してきた。
さっき読み上げていた、あの結果用紙だ。
そこには丸っこい字でこう書かれていた。
『メイド喫茶適性:仮免』
『要予約意識改善』
『レゼ依存度:高』
『コベニ耐性:低』
『変な耐久力:異常』
「こんなもんいらねえ!」
「記念です」
「悪い記念すぎるだろ」
「三回目の来店記念ってことで」
「誰が喜ぶんだよ」
横でコベニが、おそるおそる言った。
「で、でも……ちょっとだけ、思い出にはなるかもです……」
その言い方が妙に控えめで、しかも少し本気っぽかったせいで、デンジは強く突っぱねきれなかった。
「……いらなかったら捨ててもいいので……」
「……捨てねえよ」
ぼそっとそう言って、デンジはその紙を受け取った。
フミコがすかさず笑う。
「うわ、ちゃんと持って帰る」
「うるせえ!」
ちりん、とベルが鳴る。
地下の店を出て階段を上る頃には、街はもうすっかり夜の顔になっていた。ネオンが濃くなり、通りを歩く人の数も増えている。
デンジは歩きながら、頭の中を整理した。
前回のチェキ。二回目のチェキ。そして今日もらった、どうしようもない適性試験結果の紙。
並びがおかしい。
「……何でこうなるかな」
思わずそう呟いてから、デンジは少しだけ笑った。
今日も結局、レゼにはほとんど会えなかった。
でも、まったくの空振りでもなかった。
そして何より、三回目にしてはっきりしたことがある。
この店は、レゼ目当てで来ても、絶対にレゼだけで終わらない。
やはり必ずどこかでフミコが絡んでくるし、コベニは巻き込まれるし、自分もなんだかんだでそこに乗ってしまう。
最悪だけど、やはり少しだけ面白い。
デンジは財布を閉じ、ジャケットのポケットへ押し込んだ。
「……次こそちゃんと予約する」
そう口に出してみると、自分でも少しだけ真面目な気分になった。
そのくせ頭の隅では、もし予約がまた取れなかったら、ワンチャンで入るのもありかもしれねえ、なんて考えている。
結局、そういうところはまだ全然改善されていないのだった。