地下のベルが鳴るたびにーデンレゼifー 作:ルイ(Louie)
頻度や過ごし方の濃さから、すっかり常連に相応しいご主人様となったデンジの前に、新人メイドのアサが姿を見せる。
店に通っていると言うほど大げさなつもりはない。
そう思いたいだけで、誰がどう見ても常連だろうと指摘されると、もはやデンジには否定できなかった。
彼が最初に『メイド喫茶 すいーとべる』に足を踏み入れてから、半年が経とうとしていた。気づけば彼にとって、店そのものが少し馴染みのある場所になっていた。
その日も、デンジはいつものように雑居ビルの前に立った。
別に予約してるわけでもないし、特別な日でもない。ただ、仕事がひと段落して、帰る前に少し寄るか、くらいの気持ちだ。
階段を下りる。
湿った地下の空気が肌に触れ、木の扉を開けると、ちりん、とベルが鳴った。
「……おかえりなさいませ、ご主人様」
出迎えたのは知らない声だった。デンジは一瞬、足を止めた。
彼の目の前にいたのは、見慣れたレゼでもコベニでもフミコでもない、見知らぬメイドだった。
黒いメイド服に白いエプロン。店の制服としては見慣れたはずなのに、その女の子が着ると何だか印象が違う。
身長はスラリと高くて、黒く長い髪は綺麗にとかしており、顔立ちは整っていて、切れ長の目も相まってかなり美人だ。
だが、美人という第一印象の次に来るのは、妙に愛想が薄いな、という感想だった。そして、何だか怒ってるみたいでもある。
「……」
そのメイドは、じっとデンジを見ている。
デンジも見返す。ネームプレートに目をやると『アサ』と書いてあり、初心者マークのシールがさりげなく貼られていた。
二人の間に数秒、妙な沈黙があった。
「……何か怒ってる?」
デンジが率直にそう言うと、相手はぴくりともせず答えた。
「怒ってません」
「……じゃ、緊張してる?」
「違います」
そこで、彼女は言葉を継ぎ足した。
「今のは別に緊張とかではなくて、初対面のご主人様に対する標準的なテンションを保とうとした結果、抑揚がやや不足しただけです」
「長ぇな」
「説明したので」
「いや、逆に怪しいわ」
「……別に、怪しくはないです」
「やっぱ緊張してる?」
「それはあなたの受け取り方の問題です」
きれいな顔で、妙に理屈っぽい。
そこで奥からコベニの声がした。
「あっ」
ぱたぱたと小走りで来る。
「デンジさん」
「ども」
「あ、あの……新しく入ったメイドです」
「へえ」
「新人のアサちゃん」
紹介されて、その新人――アサは小さく頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
「おう」
よろしく、という割に全然愛想がない。だが別に失礼というほどでもない。たぶんこの子なりに、ちゃんとしているのだろう。
その微妙な空気を、聞き慣れた声がぶち壊した。
「うわ」
フミコだった。
「ちょうどいい!」
何がちょうどいいんだ、とデンジが顔をしかめる前に、フミコは状況を一瞬で把握したらしく、にやっと笑った。
「デンジさん、今日ラッキーですよ」
「何がだよ」
「新人の練習台になれます」
「嬉しくはねえな……」
フミコは悪びれない。
「アサちゃん、まだ実地ちょっとしかやってないんですよ。だからちょうどいい」
「ちょうどよくねえって」
「そこはもちろん承知してます」
「承知しててそれかよ」
「でも慣れてるし」
「何に」
「この店に」
それを言われると、店の空気も、フミコやコベニのノリも、わかっている。だが、それと新人研修の練習台にされることは別問題だ。
「いや、別に今日は普通でいいんだけど……」
「最後まで付き合ったら、ご褒美ありますよ」
フミコが、妙に声を落として言った。
デンジは少しだけ嫌な予感と期待が同時に湧くのを感じた。
「……何だよ」
「レゼさんに、ちょっと時間作ってもらってもいいです」
「む……?」
「どうします?」
ずるい言い方だった。
デンジは顔をしかめる。
「ほんとそういうの好きだな……」
「デンジさんも好きでしょ?」
図星だった。
そこを否定するのも今さらすぎる。しかも今日はレゼが店にいるのかどうか、まだ確認すらしていない。いるなら、ちょっとだけでも会えたらいい。そう思う自分は、たぶん相当わかりやすい。
コベニが横から小さく割って入った。
「フミコ先輩、デンジさん困ってますよ……」
「ちゃんとご褒美出すから」
「そういう問題じゃ……」
「デンジさんも嫌なら断っていいですよ〜?」
フミコが言う。
言い方がずるい。レゼの名前を先に出されている以上、完全に断るのも何か悔しい。
デンジは少しだけ頭をかいて、ため息混じりに言った。
「……少しだけなら」
「はい、成立」
フミコは即答した。
デンジは席に案内され、テーブルを挟んで向かいにアサが座った。フミコとコベニの社員メイドコンビは、アサを挟むようにして立っている。
「アサちゃん、研修スタート」
「……はあ」
アサは、あまり嬉しそうでも嫌そうでもない顔で頷いた。だがその目の奥には、ほんの少しだけ「私、別にやれますけど」という意地が見える。たぶんこの子は、かなり負けず嫌いだ。
フミコが早速仕切り始める。
「じゃあまずは入店挨拶からやり直してみよっか」
「もう済んでますけど」
「反省込みで」
「効率が悪いです」
「ご主人様の前で効率って言わないの」
アサはほんの少しだけ眉をひそめ、それから改めてデンジの前へ向き直った。
「……おかえりなさいませ、ごちゅじんさま」
噛んだ。
一文字、わずかに引っかかった。デンジは思わず眉を上げる。
「今、噛んだ?」
「……噛んでません」
「いや噛んだだろ」
「正確には、お辞儀と発声のタイミングが僅かにずれただけです」
「それを噛んだって言うんじゃねえの?」
「完全に崩れたわけではないので、噛んだと断定するのは少し乱暴です」
「言い訳長ぇな」
「言い訳じゃなくて説明です」
そこでフミコが吹き出した。
コベニもおろおろしながら、でも少しだけ笑いをこらえた顔で言う。
「あ、アサちゃん、もうちょっと肩の力抜いても……」
「抜いてます」
「抜いててそれなの?」
「これ以上抜いたらただの棒読みになります」
「今もかなり棒寄りだよ……」
デンジはそのやり取りを見て、少しだけ口元が緩んだ。
さっきまでは仏頂面な美人だと思っていたのに、話し始めると妙に面白い。
次は注文取りの練習だった。アサはメニューを両手で持って、まるで試験官みたいな顔で説明を始める。
「本日のおすすめは、こちらです」
「何か、機械みてぇだな」
「正確に伝えようとしてるので」
「それはわかるけど」
「おすすめです。多分」
「急に自信なくすなよ」
思わずそう返すと、アサは少しだけ唇を引き結んだ。
「……おすすめって言えと言われたので」
「いや、別に責めてるわけじゃねえって」
「私を責めてるように聞こえました」
「聞こえ方の問題じゃね?」
「あなたの言い方の問題です」
フミコはもう腹を抱えそうになっている。
「二人とも相性いいじゃん」
「よくないです」
アサの返答は即答だった。
コベニがおろおろしながらメニューの端を押さえる。
「あ、アサちゃん、もうちょっと柔らかく……」
「これでも柔らかくしてます」
「柔らかくしてそれなの?」
コベニの素の驚きが少し面白かった。
飲み物を決めたあと、フミコはなぜか「せっかくだからおまじないも練習しよっか」と言い出した。
デンジは嫌な予感しかしなかった。
「いや、それ別に今やらなくてよくねえか」
「大事です」
「何で」
「そりゃメイド喫茶なので」
理屈としては正しいのが腹立たしい。アサは一瞬だけ本気で嫌そうな顔をした。
「……それ、必要ですか」
「必要です」
「……」
「アサちゃん?」
「……やります」
諦めた声だった。
やがて飲み物が運ばれ、アサはその前でほんの少しだけ固まった。たぶん、どうやって距離を詰めればいいのかわからないのだろう。
デンジも、何となく落ち着かない。
フミコが小声で促す。
「ほら」
「……」
アサは、ほんの少しだけ身を乗り出した。
「……おいしく、なーれ」
言い終わったあと、指で作ったハートがちょっと歪んでいた。
デンジはそれを見て、つい言った。
「ハート、微妙に変だぞ」
「変じゃないです」
「いや、ちょっと潰れてる」
「それは角度の問題です」
「角度?」
「正面から見た時の見え方を計算した結果、ああなったので」
「絶対今とっさに考えただろ」
「違います。私は最初からそういう意図で」
「言い訳長ぇなあ」
「言い訳じゃなくて補足です」
その言い方に、デンジはとうとう吹き出した。
「何だよアンタ」
「何ですか」
「いや、何かおもしれぇな」
その瞬間、アサの表情がほんの少し崩れた。
「……は?」
「いや、怒ってるみてえな顔してんのに、ちょいちょい理屈っぽい言い訳長いの」
「何、その言い方」
「褒めてるつもりだよ」
「褒められてる感じしません」
「でもちょっとわかる」とフミコが言う。
「アサちゃん、できる顔して前出るくせに、細部でコケるよね」
「コケてません」
「コケてるって」
「コケたんじゃなくて調整不足です」
「ほら、言い訳が長い」
「必要な説明です」
コベニがついに口元を押さえた。
「アサちゃん、今のちょっと可愛かったです……」
「可愛くないです」
アサは明らかに不本意そうだったが、耳だけは少し赤かった。
次はチェキの説明練習。
アサはメニューの端を指さして、相変わらず教科書みたいに言う。
「チェキ、撮れます」
デンジは苦笑した。
「雑だな」
「あなたにわかれば十分でしょ」
「客全般にそのテンションなの?」
「今はあなた相手なので」
「ちょっと傷つくな、それ」
フミコがすかさず割って入る。
「もっとこう、思い出になりますよ~とかあるでしょ」
アサは少しだけ考えたあと、言い直した。
「……一応、記念にはなると思います」
「一応ってつけるな」
「嘘ではないので」
そこだけは妙に誠実だった。デンジは思わず吹き出した。
そこへ、不意にアサがデンジを見た。
たぶん本人には大した意味はなかったのだろう。だが、その質問は店の空気を少しだけ変えた。
「……あなたは何でここに来てるんですか」
「は?」
「常連っぽいので」
「常連ってほどじゃねえよ」
「でも、先輩たち、あなたのことよく話してますよ。伝説だのレジェンドだの」
デンジは顔をしかめた。
「嬉しくねえ……」
アサは、そこで一拍置いてから続けた。
「レゼ先輩が目当てなんですか」
あまりにも直球だった。
コベニが「アサちゃん、そういうこと聞かないの……!」と慌てる。フミコはニヤニヤしている。最悪だ。
デンジは数秒、言葉を探した。
否定するほどでもない。かといって、真正面から言うのも妙に照れくさい。
「……違わねえけど」
結局、そう答えるしかなかった。
アサは「そうですか」とだけ返した。
それから、なぜか少しだけ間を置いて言った。
「なるほど。じゃあ私は完全に前座ですね」
「何だその言い方」
「別に責めてません」
「いやちょっと刺さるけど」
「事実確認です」
「そのわりにちょっとムッとしてねえ?」
「してません」
「いや今ちょっとしただろ」
「してないです。私はただ、自分の立ち位置を整理しただけで、別にそこに感情は乗せてません。乗せてないというか、乗せる必要もないですし、そもそも新人なので前座なのは妥当というか」
「長い長い」
「話の途中なんですけど」
「言い訳モード入ってるって」
「言い訳じゃないです」
デンジはそこで、何かがちょっと面白くなってしまった。
この子、案外わかりやすい。
強気に見えるくせに、余裕がなくなるとすぐ理屈で立て直そうとする。その立て直し方が不器用で、しかも少し長い。
思わず口元が緩む。
「……何ですか」
アサが睨む。
「いや、別に前座とかそういうつもりじゃねえよ」
「でもレゼ先輩目当てなのは本当なんですよね」
「それはまあ……」
「じゃあ大筋では合ってます」
「大筋で自分を納得させんなよ」
「納得はしてません」
「してねえのかよ」
「してません。整理してるだけです」
「やっぱおもしれぇなアンタ」
そこへ、ちょうどいいタイミングでレゼが顔を出した。
「何か、楽しそうなことしてるね」
レゼが笑う。
アサは少しだけ姿勢を正した。
「……研修です」
「デンジ君、アサちゃんの研修相手してくれたんだ?」
「まあ……レゼを餌に釣られて」
デンジがぼやくように言うと、レゼはくすっと笑った。
「デンジ君、ありがとう」
その一言だけで、フミコの言っていたご褒美はだいぶ回収された気がした。
レゼはデンジの前に立ち、軽く首を傾げる。
「どうだった? アサちゃん」
「……変な子だな」
率直にそう言うと、アサの眉が少し動いた。
「失礼ですね」
「でも思ってたより、ちゃんとやろうとはしてたよ」
「……」
アサは少し黙った。
それから、小さく口を開く。
「……それは、どうも」
たぶん、それがいちばん自然な礼だった。
フミコがそれを面白がる。
「うわ、ちょっと素直になった」
「なってません」
「なってるよ」
「なってないです」
「そこまで否定すると逆に可愛い」
「何言ってるんですか」
コベニがほっとしたように息をついた。
「よ、よかった……」
「何がだよ」
「け、喧嘩にならなくて……」
「そこまでじゃねえだろ」
「危なかったと思います……」
レゼはそんなやり取りを楽しそうに見てから、デンジへ向き直った。
「ご褒美、どうする?」
「おっ、研修これで終わり?」
そこへフミコが、いかにも今思いつきましたみたいな顔で口を挟んだ。
「デンジさん、今回のご褒美なんですけれど〜」
彼女はメニュー表をぺらっとめくり、デザート欄を指差した。
「本日のご褒美はデザート一品無料」
「……へえ」
「プラス」
「むっ」
「レゼさんの、あーん付きで」
「……おお?」
一瞬、時間が止まった気がした。
デンジの口から出たのは、それだけだった。
横でコベニが「えっ」と小さく声を漏らす。アサは眉を寄せた。
「それ、研修のご褒美として適切なんですか」
「適切です」
「そうなんですか?」
「今そう決めました」
「雑ですね」
「この店そういうとこあっから」
デンジが思わず言うと、アサが少しだけ真顔で頷いた。
「今の数分でわかりました」
レゼはそんな周囲の反応を見て、くすっと笑った。
「私は別にいいよ」
そのあっさりした返事が、いちばん危なかった。
デンジは思わずそちらを見る。
「……いいのかよ」
「ご褒美なんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ、やろうか」
やろうか、の言い方が軽すぎた。
デンジは眉を寄せる。
「……レゼ、こういうの慣れてるな」
「お店だからね」
「そうだけどさ……」
フミコがにやにやしながら腕を組む。
「で、どうします?」
「どうしますって……」
「嫌なら普通にデザートだけでもいいですよ?」
「断るわきゃねぇだろ」
結局、デンジは乗った。
フミコは勝ち誇ったようにメニューを差し出す。
「はい、好きなの選んでください」
「何でもいいのか」
デンジは少し迷ってから、無難そうなプリンを選んだ。
やがて、小さな皿に乗ったプリンが運ばれてくる。カラメルのかかった、ごく普通の喫茶店風のプリンだった。見た目だけなら平和そのものだ。
「はい、ご褒美」
レゼがスプーンを手に取る。
その仕草が妙に自然で、デンジは逆に落ち着かなくなる。
「ちょ、待て」
「何?」
「思ったより……緊張する」
レゼが吹き出し、フミコが横で楽しそうに口を挟む。
「あれあれ〜? デンジさん、今さら逃げるんですかぁ?」
「逃げるとかじゃなくてだな……!」
「じゃあ何です?」
「心の準備ってもんが」
「準備するんだ」
「うっせ」
コベニは両手を胸の前でぎゅっとして、おろおろしていた。
「こ、これ、見てていいんですか……?」
「だめな理由ある?」
「なんか……こっちが恥ずかしいです……!」
アサは腕を組んで、妙に冷静な顔をしている。
「そこまで動揺することですか」
「するだろ普通!」
「そうですか?」
「しないのかよ」
「されたことも、したこともないので比較できません」
「言い方が理屈っぽいんだよ」
その時、レゼがスプーンでプリンをひと口すくった。
ごく普通の動作のはずなのに、それだけで空気が変わる。
「はい」
レゼが、デンジの方へスプーンを差し出す。
「あーん♡」
その行為は想像していたよりずっと軽くて、自然だった。
だからこそ破壊力があった。
デンジは固まった。
「……」
「……」
「デンジ君?」
「待て」
「うん」
「今ちょっと待って」
フミコが机を叩きそうな勢いで笑いをこらえている。
「うわ、デンジさん、顔真っ赤」
「うるせえ!」
「今日いちばん効いてるじゃないですか」
「当たり前だろ!」
レゼはスプーンを持ったまま、少しだけ首を傾げる。
「食べないの?」
「食うけど……!」
「じゃあ、はい」
「あー……」
言わされている感じがして嫌だったが、他にどうしろというのか。
デンジは観念して、差し出されたスプーンへ口を寄せた。
プリンは普通に甘かった。
普通に甘いのに、状況が普通じゃないせいで味があまり入ってこない。
「……どう?」
レゼが笑う。
デンジはしばらく答えられなかった。
「……うめぇ」
「プリンが?」
「全部だよ」
「うわ、出た本音」
「フミコは静かにしててくれ!」
コベニはもう顔を赤くしている。
「わ、私もうちょっと向こう見てますね……」
アサはそこで、じっとデンジを見てから言った。
「……本当にそんなに効くんですね」
「何だよその観察みたいな言い方」
「いえ、もっと誇張かと思ってました」
「誇張であってたまるか」
「なるほど」
そこで一拍置いてから、アサは少しだけ視線を逸らした。
「……レゼ先輩、強いですね」
「何その感想」
レゼは楽しそうに肩を揺らした。
「アサちゃんも、慣れたらできるかもよ?」
「無理です」
「即答だね」
「無理なものは無理です」
「でも研修中だし」
「そういう圧のかけ方、良くないと思います」
デンジは思わず吹き出した。
アサはすぐにそちらを見た。
「何ですか」
「いや……アンタ、そういうとこ面白れぇな」
「褒められてる気がしません」
レゼは空になったスプーンを皿へ戻し、残りのプリンを見下ろした。
「もう一口いく?」
「……いいの?」
「プリンまだ残ってるし」
「そりゃそうだけど」
「じゃ、せっかくだし」
その一言に、デンジはまた黙る。
せっかくだし、で済ませるには強すぎる。
結局、二口目までしっかりやることになった。
二口目の方が、一口目より余計にきつかった。流れがわかっているぶん、来るとわかっていて避けられない感じがある。
食べ終わった頃には、デンジは本気でぐったりしていた。
フミコは満足げに頷く。
「はい、本日のご褒美、大成功」
「成功って何だよ……」
「デンジさんがちゃんと大ダメージ受けたので」
「物騒だな」
「でも嬉しかったでしょ?」
「……否定しねえけど」
レゼはそんなデンジを見て、少しだけ目を細めた。
「研修付き合ってくれてありがとね」
「……おう」
「助かったよ」
その言い方は、さっきの「あーん」よりずっと静かだった。
けれど、その静かな一言の方が、最後にはちゃんと残る気がした。
帰り際、アサがデンジの前へ来た。
「……また来たら」
「ん?」
「次は、もう少しマシにやります」
「そうかよ」
「たぶん」
「たぶんかよ」
「保証はしません」
そこまでは今まで通りだった。
けれど、そのあとでアサはほんの少しだけ言いにくそうに続けた。
「あと……」
「あと?」
「さっきの、ああいうのにあそこまで動揺できるの、ある意味すごいと思います」
「何だよその感想!」
アサは最後までチクチクと刺す。けれど、その言葉の端に、少しだけ面白がっている感じが混ざっているのが、デンジにはわかった。
そして、フミコが最後にまとめるみたいな顔で言う。
「どうでした、新人ちゃん」
「……美人なくせに変な子だな」
「でしょ?」
「でも、まあ……思ってたよりちゃんとやろうとはしてた」
「お、評価甘い」
「別に甘くねえよ」
レゼがその横で、くすっと笑った。
「今日はデンジ君、いろいろ大変だったね」
「新人研修の相手させられるとはな」
「でも来てよかったでしょ?」
「……まあ」
その返事に、レゼは満足そうに笑った。
ベルが鳴り、デンジは地下の店を出た。
階段を上りながら、今日のことを少しだけ思い返す。新人研修の練習台にされて、口の悪い新人にちくちく刺されて、でも最後にはちょっとだけ会話が噛み合った。
そのうえ、レゼにプリンを食べさせてもらえた。
「……何だったんだ今日」
地上に出てから、デンジは小さくそう呟いた。
彼はポケットに手を突っ込みながら、少しだけ苦い顔をする。
「……ご褒美、強すぎんだろ」
そう言いながらも、声には少しだけ面白がる感じが混ざっていた。