「デスゲーム99日経過。現在生存者96名。参加者の80%が生き残っていた。」 作:kinannji904
「私は」と彼女は言った。
「…こんな才能いらなかった」
彼女の声は、2082年の静まり返った校庭に重く落ちた。まわりにいた仲間たちは一瞬手を止めてこちらを振り向き、それからすぐに気まずそうな顔をして負傷者の介護に戻った。
校庭は血で赤黒く染まっていた。
彼女が切り刻んだ敵の血だ。5分前、敵たちは唸りを上げて襲いかかってきた。だが、彼らはいまや海に浮かぶ島々のように校庭に横たわっている。
「強いことは良いことだよ」と僕は言った。
「良いこと」と彼女は言った。
「特に君はみんなを守るために力を使っている」
僕がそう言うと、彼女は口をきゅっとしめた。それから口もとの筋肉が収縮して、耳が少し動いた。あたり一面に錆びた鉄の匂いが漂っていた。
デスゲームが始まって98日目だった。さっきの戦闘が終わって、生存者は56人。僕たちのグループは開始時の人数の80%がまだ生き残っている。
戦闘で負傷した仲間を保健室で手当てしていると、いつものように校内放送が流れた。僕たちは互いに顔を見合わせ、それから無言で立ち上がった。負傷者をだき抱えて教室に向かうと、みんなはすでに着席して待っていた。
教室といっても、普通の教室ではない。
床は白いリノニウムで壁紙も白くツルリとしている。大きさは普通の教室の2倍くらいある。机は一台もなく、ちょうど人数分の椅子が円形に置かれている。僕たちが「教室」と呼んでいるのは、その部屋に黒板があり、そもそも建物の全体が学校のような施設だからだ。
各椅子の上には焼肉店の網の上にある換気口のような形の機械が設置されている。僕たちはこれから投票をして脱落者を一名選ぶ。すると脱落者の上に設置された機械から熱線が出て、脱落者は死亡する。
いったい誰が戦闘中の死者の人数を把握し、椅子を円形に並べて機械を設置しているのか。それを確かめようと、いちど何人かで教室に残ってみたことがある。僕たちは教室の四隅に立ってじっとお互いを監視しあっていた。しかし気づくと僕たちは校庭にいて、前回の戦闘時に選んだ武器と同じ武器を手にしていた。
彼女もすでに席に座っていた。気だるそうに俯きながら細くて長い人差し指を膝の上で小刻みに動かしている。彼女の白い指は、それだけで独立した小さな美しい生き物のように見えた。
教室はとても静かだった。僕たちが着席する間も、誰一人として言葉を発しようとしなかった。まるで分厚くて埃っぽいカーテンが室内全体に敷かれているようだった。彼女の両隣の席は空いていて、僕はいつものようにそこに座るしかなかった。もう片方の隣にはミズノが怯えるように音を立てず座った。
実際——彼女は恐れられている。僕たちはこれから投票して、脱落者を選ぶ。その前に行われる話し合いで、彼女の言動は大きな影響力を持つ。彼女の意志決定は、王の軍隊でも止められない。それは、この3ヶ月でみんなが学んだことのひとつだ。
みんなが席に座ると、まとめ役のヤマグチがゆっくりとした口調で話し始めた。ヤマグチははっきりとした口調と分け隔てない性格から、自然とまとめ役を任されていた。
「今回もいつも通り脱落者を決めよう」とヤマグチは言った。その発言の最中も、僕がヤマグチのこめかみに貼ったガーゼからは血が滲み出ていた。
「ミズノ、ヨシザワ。教えてくれ」
ヤマグチの右足は太ももから先の三分の二が欠けていた。欠けた部分の足をみていると、演奏の途中で指揮者が消えたオーケストラを思い起こさせた。その失われた足は、さっきの戦闘で毒矢が突き刺さり使いものにならなくなったため、僕が医療用レーザーを使って切断したのだ。
僕たちはこれまで、次の戦闘で勝利する期待値が最も高くなるように脱落者を選んできた。ミズノとヨシザワは小脳に戦術AIを埋め込んでいるため、その数値を厳密に計算することができる。元々はもう一人だけ計算可能な人間がいたのだが、前々回の戦闘中に顎から肩まで敵に斬られて死んだ。
「ヤマグチさんです」
「……ヤマグチさん」
ミズノとヨシザワの回答で、彼女は人差し指を動かすのを止めた。ヤマグチはまったく表情を変えず、小さく頷いた。僕はどちらの反応も不愉快に感じた。
「ヤマグチは戦いに参加できなくても必要な人間だ」
と僕は言った。彼女は黙っている。
「僕たちはヤマグチのおかげで団結できた。どんな強い軍隊も、リーダーを失えば崩壊する。判断を下したり、喧嘩を収めたり、心の支えになったり——そういう役割を担う人間が僕たちには1番必要なんだ。これまで戦ってきた敵だって、リーダーを最初に殺せば楽に全滅させられたじゃないか。ヤマグチは、僕たちの教師であり、親友であり、親でもあるような存在だ。だから彼を投票で殺すべきでないし、AIの計算は関係ない。人間を計算で殺すなら、最初から機械に投票させればいい。たとえ数字には表せなくても、僕たちにとって重要なのは一つだ。生き残ること、そのためにリーダーを守ること——」
「お前がその役目をやればいい」とヤマグチは言った。
「まとめ役なんて誰でもできるんだ。それに俺は少し疲れた」
僕は返す言葉が思いつかなかった。言いたいことはたくさんあったが、どれも上手く伝わらないような気がした。ヤマグチの失われた右足が深い穴のように僕から言葉を吸い取ってしまった。
『脱落者はヤマグチ ヒロシです』と校内放送が流れた。
熱線でヤマグチが焼き消えて、焦げた肉体だけが残った。だれも物音を立てなかった。しばらくして彼女が立ち上がり部屋から出ると、みんなつづいた。僕は、この焦げた肉体を無駄にしてはならないと思った。そのためにはまず、彼女を説得しなければならない。