誰もが召喚獣を持つ世界で俺だけ剣 作:いくら
この世界では誰もが一人一体の『召喚獣』を持って生まれてくる。
幻想種、天界種、魑魅魍魎、羅刹悪鬼に関係なく、例外なく誰もが一体の召喚獣を宿す。
一身一体。召喚者と召喚獣は切っても斬れぬ縁で結ばれ、心を通わせ、共に成長していく。
召喚の儀式は齢10歳で行われる。街の子供が教会に集められ一人ずつ神父に鑑定を行われていく。
龍が、天使が、黒い騎士が、ゴブリンが、スライムが、様々な召喚獣が召喚されていく光景は幻想的だった。
そして、俺の番がやって来た。
「汝、ディーノ・ランディス……其方の召喚獣は『剣』である」
カラン、と乾いた音を立てて俺の胸の内から表れたそれは床に転がった。
直剣。ロングソード。
いや……これ召喚『獣』じゃなくない?
それから10年が経った。
剣は剣だった。なんの変哲もない鉄剣。召喚獣の特性はたしかに持っているのだろう。
だが、『召喚獣と心を通わせる』特性は意志を有さない『剣』には意味を成さなかった。
召喚獣は死ぬことはなく、倒されたとしても主人の胸の内に戻り、数日もすれば復活してまた召喚できるようになる。
俺の剣も壊れても勝手に治るのはありがたいが、金があれば市販品を買える。
召喚獣は成長する。
飛行系の召喚獣ならより多くの飛行。植物系の召喚獣なら植物を育てる経験。天使なら善行。召喚獣の特性にあった経験を積むことで召喚獣は『ランクアップ』し、新たな力を目覚めさせる。
俺の剣も例外ではない。
だが、剣にとって必要な経験とは当然に『敵を斬る』ことだ。召喚獣という存在は天命に近く、それが将来の職業を決めることも多々ある。
この世界では、その人物を見るための指標としてどんな召喚獣と契約しているのかを確かめられるのはよくあることだ。
俺は、世界を旅し、ダンジョンを攻略する職業……冒険者になった。
兵士や傭兵にでもなった方がきっと剣の経験にはなっただろう。
だが人を相手にするには、俺には覚悟が足りなかった。
冒険者としての経験によって、俺の剣はランクアップしていった。
剣という召喚獣は決して優れたものではなかったが、優れた召喚獣を持たない人間なんてこの世界にはありふれている。
劣等感がまったくないとは言わないが、それでも俺にできることはこの剣と共に生き抜くことだけだった。
それに、希望はある。
ランクアップを四度行い、ランクファイブに到達することができれば新たな召喚獣を呼び出すことができるようになる。
俺の『剣』はランクアップしても戦闘能力が上昇するような能力に覚醒することはなかったが、それでも俺は剣を振るい続けた。
◆
「お前、買わねぇなら帰れよ」
「いいではないか、俺以外に客はいないのだから」
小さなゴーレムの召喚獣を肩に乗せた武器屋の店員に注意されながら俺は剣を見続ける。
今日は休日で、俺は朝からこの武器屋にいる。
この街に来たのは二ヵ月ほど前のことだが、ここを見終わればこの街の武器屋はすべて見終えることになる。
俺の『剣』という召喚獣が成長するための方法は『敵を斬る』ことだ。
しかし、経験とは常に質を求められるもの。
『なにを斬るか』そして、『どうやって斬るか』。
前者は色々な場所を旅することで、そして後者は武器や武人を観察することで培うことができる。
こうして武器屋を訪れるのもその一環。
一括りに『剣』と言っても多種多様な形状があり、それらは微妙に用途が違う。
その剣に込められた理想的な動きがあり、それは俺の剣術にも転用できる可能性があるものだ。
「ふむ、この刀は通常のものよりかなり長いがどういう剣技を想定しているんだ?」
「そりゃ東方から流れて来たモンだ、刀名は『物干し竿』。それなりの剣豪が使ってたらしいぞ。たしか『神速の二連撃』だとか『一撃の二撃』なんて大層な技を使ったらしい。眉唾だがな」
神速の二連撃。
一撃の二撃。
気になる。
「よし、これを買わせてくれ」
「買うのか? 店員が客に言うのもどうかと思うが、そいつは実戦向きじゃねぇぞ?」
「実戦で使うことはない。練習刀として欲しいのだ」
「そうかい、なら金貨1枚だ」
俺の稼ぎの一週間分に相当する金額だが、金で経験が買えるなら安い物。
1メートル近くあるその刀は腰に差すのも難しく、背負う形で帯刀することにした。
俺はその足でダンジョンに向かう。
ダンジョンとは魔力の不循環によって発生する空間の歪だ。
召喚獣と同じように、ダンジョン内にはこの世には存在しないはずの生物や物質が存在している。
冒険者はダンジョンから資源を持ち帰り財産とすることで生計を立てる。
俺がこの街にやって来たのもここにダンジョンがあると知ったからだ。
この街のダンジョンは全十階層の石造りの迷路。
俺は二ヵ月で第三階層まで到達していた。
俺は、俺が決して強くはないことを理解している。
迷宮の攻略などは、天使や龍を従える才ある冒険者の仕事であって俺はそうじゃない。
剣のランクアップによって得られた力も……
「グギ」
「グギャギャ」
「ギャキ」
ダンジョン『石像の宮殿』第一階層。敵を見つけた。
相手はゴブリンと呼ばれる亜人種。
見た目は人間の子供に近いが、高い知性と残忍性で知られる種族だ。
「とは言え、カラスより多少賢い程度」
物干し竿を振るう。
神速の二連撃。一撃の二撃。
ヒントは誰が付けたかもわからぬそんな形容のみ。
しかし、この刀の形状には必ず意味があるはずだ。
ならばそれを読み解き我が物とすることで、俺の剣術は一段階進化する。
二連撃。
それを意識して横に剣を振るう。
長い刀身。重心のブレ。重さ。振るうだけでも一苦労。
「ギャァァ!」
三匹いたゴブリンの内一匹の肘から先が飛ぶ。
「違う」
間合いがズレている。
それに剣速が遅すぎる。
これでは通常の剣を差し置いて
ならば斜めに二連撃を。
〆のような軌道を描き、今度は別のゴブリンの足首から血が吹き出る。
「違う」
さっきよりは速くなったが、やはり通常の剣ではなくこれを選ぶほどの意義は見いだせない。
ゴブリン相手に負けるほどではないが、俺は弱い。
術理を理解していない状態で振るう剣なんて、赤子の拳と大差ない。
だが、俺はそれを繰り返す。
今までだって、武器に込められた意味をすぐに理解できたことなどなかった。理解できた気になってもそれらには多くの神髄が隠されていた。
それを一つずつ紐解く地道な努力を続けるのは、俺がそれしかできないからだ。
剣という召喚獣を授けられ、剣の道に生きることを半ば世界に決められた。
怒りや募りがないとは言わない。だがそうするしかないのだから、そうするだけだ。
剣を振るう。振るうたびに失敗が積み重なっていく。
だがその失敗を無意味とせぬために、俺はまた剣を振るう。この人生に意味があると証明したい。
「重力に従えば剣速は加速する。それに、テコの原理を合わせれば……」
独り言をブツブツと呟きながら、頭の中に原理を刻んでいく。
俺は別に剣士になりたかったわけじゃない。
俺は別に冒険者になりたかったわけでもない。
でも……
「これこそが、神速の一撃!」
今この瞬間に自分が成長していると感じることができる。
ゴブリンの肉体が正中線から左右に分かれる。
だが、思った以上の速度を持った刀は俺の意志の通りには止まらず、石畳に叩き付けられ、半ばから折れ飛ぶ。
「だが、まだ一撃だ」
あの武器屋は『二連撃』と言った。
この武器にはまだ先がある。
「来い」
呟きと共に、俺の召喚獣が姿を現す。
獣とは名ばかりの鉄と鉛の塊。
無骨な直剣が最初から持っていた唯一の効果は『異空間収納』。
剣をいつでも取り出せ、いつでも仕舞える。それだけの力。
そしてランクⅡへ至ったことにより解放された力は――
「形状模倣」
剣という形を逸脱しない限り、俺の願った通りに姿を変える。
それは先ほど折れた物干し竿に姿を変える。
「もう一度、もう一歩……」
ゴブリンは群れで蠢く怪物。慣れぬ獲物も相まって全滅させるよりも早く増援がやってくる。
要するに、練習相手には事欠かない。
剣を振るう。二連撃の意味を探る。その過程で何度も剣は折れ飛んでいく。
だが、ランクⅢ『複製』ランクⅣ『復活速度短縮』。
俺の召喚獣は同時に二本まで召喚でき、壊れても復活するまでに二百秒ほどしか時間を要さない。
それがこの剣に宿る能力のすべてだ。
俺の能力を上げるわけでも、剣の攻撃力を増すわけでもない。
防御力も速度も、知覚能力も、それ以外の異能も、俺にも剣にもなにもない。
俺の『剣』は俺を鍛えているかのごとき傲慢さで、無言で俺を圧する。
お前の成長はお前の努力によってのみ訪れる、と。
◆
何本の剣を折っただろうか。
何千の剣戟を放っただろうか。
俺の周りにはゴブリンの死骸が散乱しているのみで、動く者は何人も残っていない。
俺自身もまた血に濡れたその場所で、仰向けに倒れている。
眼前に腕を上げる。拳を握り込む。
掴んだ。
重力とテコの原理を利用した圧倒的な加速力。
それを逃がさないように剣を翻すことによる神速の二連撃。
一撃の二撃とは、剣を止めることなく切り返す『翻し』を形容した言葉というわけだ。
『おもしろかったですか?』
「誰だ……?」
その声は音ではなかった。
まるで俺の頭に直接情報が入力されているかのような、不可思議な声。
その感覚は人からの感想で聞いたことしかないが、まるで、召喚獣と召喚者の間で行われる意志の疎通……
『寂しいことを言わないで。私はあなたの剣ですよ』
「なんで……なんで今まで黙ってた?」
『それは正しく今、喋ることができるようになったからです』
「今……まさか……」
『おめでとうございます。ランクファイブ、あなたは剣士としてその領域へ到達しました』
「じゃあ二体目の召喚獣が現れるのか?」
『えぇ、そろそろ来ますよ』
あの時と同じだ。
十年前、教会で起こったあの時と同じ温かい感覚が胸の内に広がっていく。
あの時は神父が特別な道具を使って召喚獣の覚醒を促していた。
だが今回はもうそれは必要ない。促す必要などないし、二次召喚は促せるようなものでもない。
召喚獣を鍛え、成長することだけが、その召喚が実行される条件だから。
龍だろうか、天使だろうか、スライムかゴブリンか……期待と焦燥を込めて俺は胸の中の光が外に出て来て、形を作る様を見届ける。
『初めまして、貴様が儂の担い手じゃな?』
それは『刀』だった。持ち手までも黒い刀。
「はは」
自然と顔が綻んだ。
これだけやって、必死に剣を磨いてきて、また『剣』が出て来るのか……
『なにがおもしろい?』
「いいや、よかったよ」
俺は剣士だ。召喚獣が剣だったからじゃない。
俺のこれまでの生き方がそうだったからだ。
剣を召喚したからって剣士にならなきゃいけないわけじゃない。
それでも俺は剣を鍛えることを選んだ。
それは、その行為がどうしようもなく……
『私はわかっていますよ。あなたが笑うその理由。もう一度聞きます、おもしろかったですか?』
「あぁ、おもしろかった。最高だった。これ以外に俺が生きる理由はない」
『なるほどな、狂気的な剣狂いか。されど、それでこそ、儂を持つに相応しい』
そうか、これは運命なんかじゃない。
これは俺がそういう生き物だったというだけの話だ。
「俺さ、世界一の剣豪になりたい。付いて来てくれるか?」
俺は今、やっと俺という人間を自覚した。
『かしこまりました』
『よかろう』
『これまでは剣士としての完成に重きを置いていましたが、これからは【召喚者】としての鍛錬も必要になりますよ』
『然様。これまでの普通の剣とは違う。儂らは聖剣魔剣へ変貌した。それを使い熟すのは普通の剣とはまったく異なる思考と技巧が必要になることを理解せよ』
なるほど、むしろここからが本番というわけだ。
「いいだろう。使い熟してやるさ。俺はディーノ・ランディス、よろしく頼む」
『聖剣【レイソルシア】。お名前拝聴いたしました』
『魔刀【白夜】。よろしく頼むぞ、ディーノ』