『ドミニカの大砲』にデカめの感情を向けられていることに全然気づいていない重音テト選手の話 作:テトくんの顔ファン
『ドミニカの大砲』ことデロスサントスが今シーズン第37号のホームランを打ったのは109試合目のことだった。
これでホームラン王争いは次点と11本差をつけての圧倒的トップ。デロスサントスは今日も夏の夜空にアーチを描き、球場を沸かせていた。
なお肝心のチームは元気に最下位争いだ。
「そして僕は今日も三振みっつでした……っと」
試合後のロッカールーム。
自嘲気味につぶやきながら自分の野球道具を片付ける、サラサラの赤い髪が印象的な選手がいた。
すらりと伸びた鼻筋。かたちのよい眉。
『ぱっちり』と『切れ長』のちょうど中間点、それぞれの良いとこ取りをした綺麗な目。
10人に聞けば10人が美形と即答する中性的で秀麗な顔立ち。
重音テトだ。
あのデロスサントスのすぐあとに打席に立つという栄えある役割を担う、チームの5番打者。
ヒットを量産して塁に出まくるデロスサントスを本塁に返すことが、彼の次を打つテトに求められた仕事だ。つまりチームの中軸のひとりである。
テトには長打力があった。
ど真ん中のストレートをしばいて観客席に放り込むのは、テトにとってそれほど難しくない。
甘いコースに入った変化球をスタンドにカチ込むのもテトの得意技だ。
テトには5番打者を任されるだけの理由があった。
しかしテトには苦手な変化球があった。
外角に逃げていくスライダー……いわゆる外スラである。
本来は我慢して見送るべき、手を出してはいけない球だ。
しかしテトはどうしてもそれを振ってしまう。体に染み付いた本能のようなものだった。
そもそも、逃げていく変化球なんて存在がずるいんだ。僕は悪くない。
テトには他責の才能があった。
そしてテトは『外スラを投げておけば三振してくれるやつ』という地位を確固たるものにした。
きょうの三振も、すべて外スラに手を出したせい。
テトの打順がアナウンスされた時にヤジが目立つようになってから、しばらくが経っていた。
「僕だって好きで三振してるわけじゃないのにさー」
愛用のグローブに保湿オイルを塗り終えたテトは、最後に汚れがないかもう一度点検しながらつぶやいた。
口調は拗ねた時のそれだった。しかし表情はピカピカに手入れされたグローブにニヤけている。
ロッカールームに戻ってきたデロスサントスが、テトに声をかけた。
2人のロッカーは隣同士だった。
「テトサン、オツカレ様デス」
「……お疲れ様。今日もナイスバッティングだったね」
「アリガトゴザイマス」
デロスサントスは大柄な体に似合わない礼儀正しさで頭をぺこりと下げた。
彼の首筋には汗がにじんでいた。試合後も居残ってバッティング練習をしていたに違いない。
たとえホームランを打った試合であろうと、浮かれることなくストイックに練習をするのがデロスサントスという選手だった。
バカ真面目なやつだ。テトは思った。
ホームラン王争いは独走で、打点もリーグトップ。打率もトップをねらえる位置にいる。デロスサントスは間違いなく現球界最強の打者といえる。それでいて彼はチームの誰よりも努力を欠かさない。
はっきり言ってこのチームは最悪だ。
今日はデロスサントスがホームランとタイムリーヒットで3点を稼いだにも関わらず、チームは13対3で惨敗だった。なのに試合後のロッカーは敗戦の悔しさで沈むこわけでもない。それどころか呑気に飲みに行く店を探している選手までいる始末だ。
最下位『争い』で済んでいるのが奇跡だ。デロスサントスがいなければぶっちぎりのビリだろう。
ここはそういう場所だ。
そしてテトもそのチームを構成する一人だった。
「いいよなぁ、デロスくんは。僕もそれぐらい簡単にホームランが打ちたいよ」
だから、自然と言葉に棘が混じる。
決して彼を妬んでいるわけではない。これは羨望だ。羨ましいだけだ。テトはそういうことにしていた。
「テトサンモ、打テマスヨ」
「ははは、僕はもう駄目だよ。どうやっても外スラを空振っちゃうから」
「早イカウントカラ打チニイケバ、チャンスハ有リマス」
「……そうかもね」
デロスサントスが言うなら、きっとそれが正しいのだろう。
テトが尋ねれば、彼は明日投げる相手ピッチャーの戦略や傾向も教えてくれるはずだ。淀みなく、詳細に。デロスサントスは相手チームのデータ分析も欠かさない男だ。
だが、テトはなんとなく尋ねるのが嫌だった。ちっぽけなプライドが邪魔をしていた。
「ま、僕は僕なりに頑張ってみるよ。せっかくデロスくんが作ったチャンスをこれ以上潰したくないからね」
「テ、テトサン……」
デロスサントスが何か言いたそうな表情でいるのを、テトは気づかないふりをした。
重音テトもプロの野球選手だ。自分の道は自分で切り開かなくてはいけない。デロスサントスにおんぶに抱っこというわけにはいかなかった。
彼はよくテトのことを気にかけてくれる。
ドミニカ生まれドミニカ育ちのデロスサントスにはスペイン語通訳が帯同している。ヒーローインタビューの時も、テレビの取材の時も、監督やチームメイトと話す時も通訳を介して話す。
しかしテトにだけは例外だった。通訳がいないタイミングでも、彼はつたない日本語でテトに喋りかけることがあった。
それは自分がデロスサントスの次を打つ5番打者だからだとテトは解釈していた。
お互いにチームの得点力を担う主軸だからこそ、積極的なコミュニケーションと信頼関係の構築を図ろうとしているのだろう。個人ではなくチームで勝つために。
いかにもラテンアメリカ出身の選手が考えそうなことだ。日々洗練されていくデロスサントスの日本語を聞きながら、テトはそう思った。
当然だが彼は日本語の上達も速かった。
「デロスくんも物好きだよねぇ。野球に言語は関係ないんだから、日本語まで勉強しなくてもいいのに」
「イイエ、ニホンゴ楽シイデスヨ。漢字ノレンシュウモヤッテマス」
「本気で楽しんでるんだ……もう普通に喋れてるし通訳いらないんじゃないの?」
「ソレハ困リマス。マチガッタニホンゴ使ッタラ、恥ズカシイ」
「そういうところ本当に真面目だなぁ~。……待てよ、じゃあなんで僕には直接話してくれるのさ」
「申シワケ、アリマセン」
「なぜ謝ったし」
荷物をまとめ終えたテトは、デロスサントスが自身のロッカーを綺麗に整頓する様子を手持ち無沙汰に眺めていた。
ふと悪戯心が湧いた。
にやりとテトは口角を上げ、デロスサントスに声をかけた。
"¡Oye, De Los Santos, no me subestimes, güey! Yo también hablo un poquito de español. (なあデロスサントス、見くびってもらっちゃ困るな。僕も少しはスペイン語ができるんだぜ)"
"¡Diache! (えっ!?)"
デロスサントスは勢いよく振り返り、目をまんまるにした。
彼がそんな表情をしたところをテトは初めて見た。
"La liga mexicana es mi segunda casa. Esto es súper fácil para mí. (メキシコリーグは僕の第二のホームさ。こんなの余裕だよ)"
"E'toy muy impre'ionado. E' un honor de'cubrir e'ta habilidá' en u'ted. (これは驚きました。あなたにこんな特技があったなんて)"
"¿E'toy...? (えっと……?)"
テトは困り果てた。デロスサントスはスペイン語を喋っているはずなのに、全く聞き取れないのだ。
確かにテトは少しだけスペイン語が分かる。それは期待の若手として何度もメキシコリーグに派遣された経験のおかげだ。そこで現地の選手が話す言葉を覚えたし、メキシコリーグ特有の打球がよく飛ぶ環境でホームランを打つ感覚も身につけられた。
しかし、同じスペイン語といえどメキシコ訛りとドミニカ訛りではぜんぜん違うということは、さしものテトも知らなかった。
悩んだ結果、適当に愛想笑いをしながら相槌を打つことを選んだ。
テトはしっかり日本人だった。
"Señor Teto, definitivamente u'ted e' el mejol compañero de equipo. De'de que llegué a Japón, nadie me había hablao' en e'pañol."
"Sí, sí... (そ、そうだね……)"
"o e'toy convencío' de que u'ted puede logral mejore' número'. Ahora mi'mo e'tán aprovechando su' debilidade' y e'tá en una mala racha, pero su podel para bateal la pelota e' innato."
"Ajá, ajá... (うん、うん……)"
"E' una pena dejal que su talento se pierda a'í. Su' jonrone' son una belleza."
"Ah, órale. (なるほどなー)"
"Junto' vamo' a sacal a la luz e'e talento. Para selle sincero, he preparao' una base de dato' con simulacione' personalizadá' para que u'ted de'troce a lo' a'e' rivale'. E' un plan diseñao' solo para u'ted. Con mi ayuda y su e'fuelzo, será la e'trella. ¿Qué me dice?"
"¡E...Exacto! (た、確かに!)"
"¡E'o e'! ¡E'a e' la re'puesta que e'peraba! Vamo' a hablal de e'to ahora mi'mo. Tengo un lugal que siempre voy, manejao' pol un dominicano de verdá'."
「ち、ちょっと待った」
デロスサントスは何やら熱く語りつづけていたが、テトは耐えきれず遮った。
わからない言葉をまくしたてられる圧迫感と、デロスサントスへの申し訳なさが限界を超えたせいだった。
「ちょっと日本語に戻そう」
「ハ、ハイ」
「ごめんね? いや別にスペイン語が分からないわけじゃないんだけど、喋るのは少し苦手でさ」
テトは少しだけ見栄をはった。
素直に何も分からなかったと言えばいいものを。
「ワカリマシタ。スペインゴハ、マタ今度」
「うんうん、そうしよう」
そこで会話は途切れ、デロスサントスはロッカーの片付けを再開した。
丁寧に拭き掃除まで終えるのをテトは見守った。
「……終わった?」
「オワリマシタ」
「じゃあご飯でも行こうか。デロスくんのホームランを祝して」
「行キマショウ。オススメノドミニカ料理、アリマス」
「え、そんなの知ってるの? さては今まで黙ってたな」
「ヒミツノオ店デスカラ。……今日ハオゴリマスヨ」
「いやいや、年下に奢ってもらうわけにはいかないってば!」
「デモ、ワタシノホウガ5倍グライカセイデマス」
「こいつうざ」
重音テト31歳。
期待の若手枠をあんまり卒業しきれないまま、ベテランに足を踏み入れつつある。
球界最強の助っ人外国人の契約金額には逆立ちしても勝てないのであった。
ドミニカの大砲デロスサントスは数億円の高額契約を結んだというのに。
ドミニカの大砲デロスサントスの稼いだお金にテトは目がくらみ年下に奢られる──。
※2026/3/12 デロスサントスのスペイン語を一部修正