『ドミニカの大砲』にデカめの感情を向けられていることに全然気づいていない重音テト選手の話   作:テトくんの顔ファン

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↓書くきっかけになった公式(?)絵
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ドミニカの大砲デロスサントスはオフに日本国籍を取ったというのに ドミニカの大砲デロスサントスの帰化を聞きテトは移籍の予感に心をざわつかす──。

「おお重音、ちょうどいいところにいた。お前、オフはメキシコリーグに派遣が決まったから」

 

「……え? いやいや、冗談はやめてくださいよ監督」

 

「冗談でもドッキリでもないんだな、これが。既に向こうにも話は通してある」

 

「もうこれで5回目なんですけど。だいたい、僕より若くて勢いのある選手なんていくらでもいるじゃないですか。ほらショートの山本くんとか」

 

「俺もそう思う。まったく背広組は何を考えているのやら……とにかく、もう決まったことだ。出発は2週間後だから早めに準備をしておけよ」

 

「……やだなぁ」

 

 シーズンが終わってオフを迎えるとすぐ、テトは監督にメキシコ行きを宣告された。

 現地で開催されているウィンターリーグに参加するわけだ。そういうのは育成のために有望な若手選手を派遣するのが定番だが、なぜか今年は数年ぶりにテトが指名された。

 これで通算5回目。すっかり常連だ。こんなものに常連になってはいけない。

 

 テトの所属する球団は最下位でシーズンを終えた。

 上位の球団はこれから日本一を決めるためのポストシーズンを戦うことになるが、そんなイベントに縁のない暗黒最下位球団はひと足早くオフに突入している。

 

 チーム状況を鑑みれば、デロスサントス以外の全員はオフだろうと関係なく厳しいトレーニングで肉体をいじめ抜くべきだろう。しかしそんな意識の高いことを考えている者は皆無だ。弱小球団たるゆえんであった。

 

 むろん、テトもたっぷり遊ぶつもりでいた。

 その状況で告げられたメキシコ送りである。テトはだいぶ嫌な気分になったが、『理由はよくわからないけど、少なくともクビはないと確定したからいいや』などと油断しきった思考で自分を納得させることにした。プロ意識の欠片もない。

 

「今回はどこを観光しようかな~! ……あ、そういえばパスポート更新しなきゃ」

 

 テトは完全にメキシコに遊びに行くつもりでいた。

 真面目にウィンターリーグに臨むような性格でないことは、いつまでたっても外スラの対策をしない悲惨な成績を見ても明らかだろう。

 

 

◇◇◇

 

 

「──そういうわけで、オフはメキシコに派遣されるみたいなんだよね。申し訳ないけど約束してた合同トレーニングは一旦白紙で大丈夫かな」

 

「マタ、メキシコデスカ?」

 

「そうそう。不思議だよねぇ、元気な若手はいくらでもいるのになんで僕なんだろ」

 

「キット期待サレテルンデスヨ、テトサンハ」

 

「31歳の選手に若手みたいな伸びしろを期待されても困るんだけどな〜」

 

「ソウデスネ」

 

「そうですねじゃないんだよ」

 

 デロスサントスは屋内練習場で汗を流していた。

 

 一体その白球に何の恨みがあるのかと聞きたくなるほどのパワーで打撃練習をしていた彼は、テトの姿をみとめるとバットを置いて練習を中断した。

 

 デロスサントスは感情を表に出さない。

 テトが合同練習のキャンセルを伝えても、彼はほとんど表情を動かさなかった。ほんの少しだけ眉尻が下がっていたが、それなりに長い付き合いのあるテトでなければ気づくのは至難の業だろう。

 

 デロスサントスが来日してから、もう5年以上が経つ。

 最近になってようやく彼のことを少しずつ理解し始めたテトであった。

 

「テトサンハ、イツ日本ヲ出発シマスカ」

 

「えっと……2週間後の金曜日だね。月末だよ」

 

「ゲツマツ、デスカ」

 

「そうそう。12時間超えのフライトだから大変なんだよ~……って、ドミニカも同じぐらい遠いか」

 

「来月ニハ、モウイナイ?」

 

「うん」

 

「ソウデスカ……」

 

 デロスサントスの眉が、もっとわかりやすくハの字になった。

 

「サプライズ、デキマセンネ」

 

「サプライズ?」

 

「ライゲツ、日本コクセキヲ取ルンデス」

 

「…………えっ? は? 日本国籍!?」

 

「取ッテカラ、驚カセヨウト思ッタノニ」

 

「いやいや、初耳すぎて今でも充分驚いてるから! 簡単に取れるもんじゃないよね?」

 

「タクサン書類カキマシタ。タイヘンダッタ」

 

 テトはスマホを取り出し、帰化に必要な条件について調べ始めた。

 『日本に5年以上在住』とか『自筆の日本語で動機書を書く』とかプロ野球の助っ人外国人がクリアするには中々難しい項目ばかりが並んでいる。

 日本国籍を取得するためにデロスサントスがすごく頑張ったことを、テトは一端ながらも理解した。

 

「えっと……その、おめでとう。びっくりが先に来て気の利いたことは言えないけど」

 

「ドッキリ大成功デスネ」

 

「ははは……」

 

 テトはわざわざ国籍まで取得した理由を聞きたかったが、やめた。

 脳裏に嫌な想像が生まれたからだ。

 

 もともと、プロ野球には『外国人枠』と呼ばれる制限がある。だが、日本に帰化した外国人選手はその制約から外れる。

 名実ともに日本人として扱われるわけだ。

 

 ただでさえ球界最強バッターのデロスサントスが、外国人枠すら外れる。そんなもの、どの球団も喉から手が出るほどに欲しい人材だろう。

 そう。今のチームよりずっと高額な契約を提示できる球団もだ。

 

(……まさか、もう他球団と裏で話がついてる?)

 

 テトは邪推した。

 デロスサントスほどの選手であれば、あらゆる球団が欲しがる。

 それこそグレーな手段を用いてもだ。

 

 まだ上位球団はポストシーズンを戦っている。

 本来ならばこの時期に移籍交渉を持ちかけるのはグレーどころか真っ黒、明確なルール違反だ。けれどもそれなりの年数にわたって球界に居座っているテトには、そういった『真っ黒』な噂も時折入ってくることがあった。

 あくまで建前は建前というわけだ。

 

(そう思えば、不可解な点はいくつかあったかも……)

 

 ほんの少し調べただけのテトにも、日本国籍を取るのがとても面倒で難しいことはわかった。デロスサントスがすごく頑張ったことも。

 しかし、いつの間に? テトにはわからなかった。デロスサントスと多少は行動をともにしているつもりなのに、大変な手続きをしている事に全く気づけなかった。

 

 デロスサントスの日本国籍取得を強く支援している第三者(どこかの球団)がいる。

 テトはその考えに至った。

 

 不可解な点は他にもある。

 なぜテトがメキシコ派遣に選ばれたのか。

 

 球団は、デロスサントスが移籍してしまうことを知っているのではないだろうか?

 その穴埋め役として白羽の矢が立ったのが、テトなのかもしれない。

 

 テトにはデロスサントスほどヒットを量産する技術はない。かつての怪我の影響もあって、テトはもう守備につくことも全力で走ることもできない。もう若くもない。

 これから大きく成長することは極めて難しいだろう。

 

 しかし、飛ばす力は本物だ。

 得意コースの球を完璧に打ったテトの打球はどこまでも飛んでいく。高く滞空時間の長い放物線は、あの頃から変わっていない。

 

 テトが再びメキシコリーグを経験し、もしも『何か』を掴むことができれば。あるいはデロスサントスの代わりとして一定の働きをしてくれるかもしれない。

 それを期待した球団上層が、監督の意向を無視してまでテトのメキシコ派遣を押し切った可能性は充分にある。

 

 ショートの山本ぐらいしかまともな若手がいない焼け野原の球団では、テトですら未来の希望なのだ。

 

(そうか……そういうことか! 今日の僕は冴えてるぞ!)

 

 テトの灰色の脳細胞はすごい勢いで働いていた。

 少なくとも当人はそのつもりだった。数少ない手がかりからデロスサントスの移籍という真実を見抜き、自分の推理力にご満悦だった。

 

 そして。

 

(…………っ!)

 

「テトサン?」

 

「ん? あ……。ごめんごめん、考え事してた」

 

「クルシソウナ顔、シテマス」

 

「あぁ、うん……。ちょっと、ね」

 

 デロスサントスがチームを去った後のことを想像して、テトは強烈な自己嫌悪に襲われていた。

 

 ホッとしている自分の存在に気がついたのだ。

 もちろんデロスサントスが移籍することに寂しさを感じたし、球団の未来を心配する気持ちもあった。

 しかし、もうデロスサントスと比較されなくて済むことや、ひとり真面目に努力を続ける彼に対して後ろめたさや引け目を覚えなくていいことに、テトは安心していた。安心してしまった。

 

 なんたる堕落。プロ失格。テトはこの感情を決して認めたくなかった。しかし、デロスサントスがいなくなることにホッとしてしまったのは、ほかでもない自分自身なのだ。

 

(……僕って、こんなに浅ましい人間だったっけな)

 

 テトは内心で苦笑した。嘲笑うのに似ていた。

 

 自分が立派で真面目な選手だとは、流石のテトも思っていなかった。自分のひとつ前を打つ4番打者と比べるとだいぶ不真面目でテキトーな自覚はあった。

 しかし、仲のいい選手が移籍して球団が弱くなることに安心してしまうほど堕ちているとも思っていなかった。

 

 テトは今すぐメキシコに行きたくなった。

 ここではない遠い場所に行けば、現実からも醜い自分からも逃避できそうな気がしたからだ。

 今なら脇目もふらずに野球に集中できる。そんな妙な自信があった。

 

「テトサン。キブン悪イデスカ?」

 

「…………ごめん。ちょっと座らせて」

 

「ハイ。飲ミモノ取ッテキマスネ」

 

「ごめん」

 

 テトの口からは「ありがとう」の代わりに謝罪が出た。

 デロスサントスは真剣にテトのことを心配して飲み物を取りに走った。その後ろ姿がますます心を削った。

 

 残されたテトは大きなため息をつき、立ち上がった。

 気分は最悪だ。しかし、このまま自己嫌悪にひたるわけにはいかない。

 

 デロスサントスの日本国籍取得は間違いなく喜ばしいニュースだ。チームメイトとして、そして友人として、それを祝福しないのは嘘だろう。

 移籍とかそういった未来の話は少なくともここでは関係ないはずだ。

 テトは心を落ち着かせ、デロスサントスが戻ってくるのを待った。

 

「テトサン、オミズデス」

 

「ありがとう。座って少し休んだらだいぶ回復したよ」

 

「本当ニ、ダイジョウブ?」

 

「うん、ごめんね心配させて。……改めて、日本国籍取得おめでとう」

 

「アリガトゴザイマス」

 

「色々とデロスくんの生活も変わるかもしれないけど、変わらずに接してくれたら僕は嬉しいな」

 

「ハイ。シバラク、忙シイケド……」

 

「ははは、手続きが大変そうだもんね」

 

 テトは笑った。

 特にひっかかりもない、自然な笑顔だった。

 

「……あ、それと! デロスくんが移籍して他球団に行ったらライバル同士だからね。負けないよ!」

 

「……¿Cómo? (……はぁ?)」

 

 デロスサントスは「何ヲ言ッテル、コイツ?」みたいな顔をした。

 テトもびっくりした。

 

「……えっ、移籍するために日本国籍を取ったんじゃないの?」

 

「違イマス。ライネンモ、コノ球団デプレースル予定デス」

 

「本当に? 移籍しない?」

 

「シマセンヨ」

 

「…………はぁ~っ、何だよもう! 僕が馬鹿みたいじゃないか!」

 

「……?」

 

「いや、実は……」

 

 思わず座り込んでしまったテトは、勘違いの内容を明かした。

 段々とデロスサントスは呆れた表情に変化していった。相変わらず微細な変化ではあったが。

 

「テトサンハ、時々スゴク馬鹿ニナリマスネ」

 

「うるせーやい」

 

「ソモソモ、アト2年デワタシハFA権ヲ取得シマス。ソウスレバ国籍ヲ取ラナクテモ外国人ワクカラ外レマス」

 

「……え、そうなの? 初めて聞いたよそんな制度」

 

「ミンナ知ッテマスヨ」

 

「僕は最初から日本人だから関係ないし。知らなくてもいいんだよ」

 

 テトはいじけた。

 

「テトサン。来年モ、ヨロシク」

 

「……そうだね、来年もよろしく。あ、でもその前に僕はメキシコで頑張らなきゃだな~」

 

「メキシコ、良イトコロデス。楽シンデクダサイネ」

 

「ありがとう。デロスくんのお眼鏡にかなうようなお土産を買ってくるよ」

 

「野球シテクダサイ」

 

「はいはい」

 

 テトは立ち上がると大きく伸びをして自分の荷物を手に取った。

 デロスサントスも打撃練習を再開するため、ヘルメットを被ってバットを拾い上げた。

 

「あ、そういえば」

 

 テトはデロスサントスを呼び止めた。

 

「移籍するんじゃないなら、なんで日本国籍を取ったの?」

 

 結局、デロスサントスが日本に帰化した理由がテトにはわからないままだった。

 外国人枠が関係ないならば、なぜ面倒な手続きを沢山こなしてまで国籍をとったのだろう。それこそ選手を引退したあとでもいいはずだ。

 

「……秘密デス」

 

 デロスサントスはニヤリと笑った。

 

 

 

 ドミニカの大砲デロスサントスはオフに日本国籍を取ったというのに。

 ドミニカの大砲デロスサントスの帰化を聞きテトは移籍の予感に心をざわつかす──。




ショートの山本は大事な場面でエラーすることに定評がある
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