銀河共和国は内乱の果てに揺らぎ、戦乱は終わりを迎えようとしていた。
だがその終幕は、歓喜ではなく――裏切りによって訪れる。
オーダー66。
それは、共和国軍に秘匿されていた抹殺命令。
ジェダイは“反逆者”と断じられ、前線に立つ騎士たちは、かつての同胞――クローン兵の銃口によって次々と倒れていった。
光の剣が消え、師が散り、聖堂は炎に包まれる。
銀河から、ジェダイの秩序が失われていく。
そして今――辺境宙域。
ひとりの若きジェダイが、逃亡の翼を駆り、無数の追撃に追い詰められていた。
迫るスターファイターの編隊。
逃げ道は尽き、正面には黒い重力の深淵、ブラック・ホールが口を開ける。
若きジェダイは、最後の手段としてワープドライブを起動する。
生き延びるための跳躍。
しかしそれは、禁断の領域へ踏み込む行為でもあった。
ブラック・ホールの重力。
高まり続けるフォースの奔流。
そして暴走するワープの軌道。
三つの力が共鳴した瞬間、宇宙の裂け目に“扉”が生まれる。
それは銀河のどこにも繋がらない――未知の世界へ通じる穴。
光も闇も呑み込む深淵の彼方へ。
若きジェダイは、運命ごと引きずり込まれていく……。
最初に意識へ戻ってきたのは、湿った土の匂いだった。
次に、頬へ触れるひやりとした草の感触。遠くで鳥とも獣ともつかない鳴き声が響き、頭上では木々の葉が風に擦れ合っている。
セレンはゆっくりと目を開けた。
視界いっぱいに飛び込んできたのは、見覚えのない森だった。枝葉の隙間から差し込む光は柔らかく、どこか青みを帯びている。地面には淡い苔が広がり、周囲の木々はどれも深く根を張っていた。戦火の焦げ跡も、人工物の破片もない。少なくとも、つい先ほどまで自分がいた宇宙空間とは、何もかもが違いすぎる。
セレンは息を整えながら身を起こした。
まず、自分の体に大きな損傷がないことを確認する。ローブはところどころ焼け焦げ、袖口は裂けている。だが致命傷はない。腰へ手をやれば、ライトセーバーの柄がまだそこにあった。それだけで、かろうじて現実へ繋ぎ止められる気がした。
だが、他には何もない。
機体の残骸も、コクピットの破片も、通信装置も見当たらなかった。
「……不時着、ではないのか」
呟きは森に吸い込まれ、すぐに消えた。
最後の記憶は鮮明だった。
クローン兵の追撃。迫るスターファイター。射線を振り切れないと判断した瞬間の、半ば賭けのようなワープドライブ起動。通常の跳躍とは明らかに違う激しい揺れと、視界を引き裂くような光。そして、あの異様な引力の感覚。
座標の狂った辺境世界へ投げ出された――まずはそう考えるのが自然だった。
セレンは立ち上がり、空を見上げる。
木々の隙間に覗く空は澄んでいた。だが、その色合いも、光のにじみ方も、どこか奇妙だった。見慣れた宙域の惑星空とは、微妙に違う。いや、空だけではない。風の匂いも、草木の気配も、あまりに未知だ。
目を閉じ、フォースへ意識を沈める。
生命の流れは感じる。森の中に満ちる小さな命のざわめきも、遠くの獣の息遣いも、確かにある。
だが、その流れ方が違った。
銀河で知ってきたどの惑星とも、少しずつ位相がずれている。生命の脈動は濃い。けれど、その奥にある世界そのものの呼吸が、自分の知るものと噛み合わない。
「未知の惑星……」
セレンは静かに目を開けた。
「いや……」
それだけでは説明が足りない。
考えをまとめる前に、フォースがわずかに波打った。
敵意。
低く、粘つくような殺気が、すぐ近くの茂みから滲んでくる。
セレンは半歩だけ身をずらした。直後、石がさっきまで彼の頭があった場所を掠め、背後の木へ乾いた音を立ててぶつかる。
茂みの奥で、耳障りな笑い声が上がった。
姿を現したのは、小柄で醜悪な人影だった。緑がかった肌、歪な耳、ぎらつく目。手には錆びた短剣や棍棒のようなものを持っている。数は一体ではない。二体、三体――まだいる。
セレンは一瞬だけ、その異形を見た。
辺境世界で見たコワキアンのような小柄さ。だが、あれほど狡猾な眼ではなく、もっと剥き出しの獣性がある。
知らない種族だった。少なくとも、ジェダイ聖堂で学んだどの図鑑にも載っていない。
「……交渉の余地はなさそうですね」
低く呟いた時には、次の石が飛んでいた。
セレンは身を沈め、それを避ける。すぐさま別の個体が背後へ回り込む気配。剣はまだ抜かない。まずは相手の出方を見る。手近な枝を蹴り上げ、振り下ろされた棍棒を逸らし、体勢を崩した一体を地面へ転がす。
だが、数が多い。
しかも動きに統率がないぶん、読みづらい。真正面から来るものもいれば、横合いから飛びかかるものもいる。殺意そのものは浅いのに、獣じみた執拗さがあった。
背後から刃の気配が迫る。
セレンは反射的に柄を握った。
青い光が森を裂く。
ライトセーバーが起動した瞬間、周囲の異形たちが怯んだ。セレンは一歩だけ踏み込み、ソレスの型で迫る刃を受け流す。短剣は熱で先端から崩れ、持ち手だけを残して弾き飛んだ。
次の一体が飛びかかる。青い刃はその武器だけを断ち、殺さずに無力化する。さらに掌を向ければ、フォースの衝撃で二体まとめて吹き飛ばされた。だが、木に叩きつけるほどは強くしない。地面を転がる程度で止める。
相手が人語を解するかどうかも分からない。
それでも、必要以上に命を奪う気にはなれなかった。
異形たちが後ずさる。だが、そこで森の奥から重い足音が響いた。
現れたのは、さらに大きな影だった。
筋骨隆々の巨体。濁った肌。獣のような鼻面。
ガモーリアンを思わせる体格だったが、こちらはもっと野卑で、甲冑も粗雑だ。両手には不釣り合いなほど大きな剣を握っている。
そいつは唸るような声を上げると、真っ直ぐセレンへ突っ込んできた。
速い。
大剣が振り下ろされ、地面が抉れる。セレンは横へ外し、その勢いを見極めた。重いが、粗い。受ければ腕ごと持っていかれる。なら、正面から支えるべきではない。
受ける。
流す。
隙を待つ。
ソレスの呼吸を思い出しながら、セレンは相手の剣筋を受け流し続けた。大剣が振るわれるたび土と草が飛び散る。力任せのようでいて、単純でもない。森で狩る者の動きだ。重さの奥に、実戦の癖がある。
だが、焦る必要はない。
大ぶりになった一瞬、セレンは半歩だけ踏み込んだ。青い刃が大剣の根元を斜めに走る。焼ける音。次の瞬間、巨剣は真っ二つに断たれていた。
巨体がわずかに止まる。
そこへセレンはさらに一歩入り、肩口だけを浅く斬り払った。致命傷にはならない。だが戦意を削ぐには十分だった。
異形の巨体がよろめく。
周囲の小柄な群れも、その様子を見て一斉に後退した。
ほどなくして、森は静けさを取り戻した。
セレンはライトセーバーを下ろし、呼吸を整える。
その場に立ち尽くしながら、ゆっくりと周囲を見渡した。
知らない森。知らない生き物。知らない空。
そして、フォースに触れるほど強まる、説明のつかない違和感。
あれは未知の辺境種族などでは済まない。
どの宙域にも記録のない異形。どの惑星の植生とも一致しない森。どこか似ていながら、根本から違う生命の流れ。
未知の惑星だと考えるには、もう無理があった。
セレンはゆっくりと空を見上げた。
枝葉の向こうには、やはり見慣れた星の配置はない。
それどころか、自分が知る銀河の空そのものとは、何かが決定的に違っている気がした。
「……ここは、どこなんだ」
問いかけても答える者はいない。
ただ、風だけが森を渡っていく。
その時、遠くにかすかな煙が見えた。人の営みの証かもしれない。
そして同時に、フォースの奥底で、別種の冷たさが微かに震えた。
さっきの異形たちとも違う、死んだ水のような気配。
命の流れに繋がっていないのに、無理やりこの世界へ留まっているような異質さ。
セレンはその方向をじっと見つめた。
少なくとも、ここは自分の知る銀河ではない。
そう認めるしかなかった。
だが、どんな世界であろうと、助けを求める命があるなら見過ごせない。
それだけは、場所が変わっても変わらない。
セレンはライトセーバーの柄へ、そっと触れた。
この剣を初めて見た日のことを思い出す。
幼い自分にとって、それはただの武器ではなかった。ジェダイの証であり、守る者の象徴であり、何より師の背中そのものだった。
マスター・ヨル。
厳しく、静かで、それでいて時折驚くほど柔らかく笑う師。
自分をここまで導いてくれたその人が、今どこにいるのかは分からない。
もう二度と会えない可能性の方が高いことも、セレンは分かっていた。
それでも、顔を上げる。
「……あなたの教えは、まだここにあります」
誰にも届かない声で、そう呟く。
そしてセレンは、煙の立つ方角へ歩き出した。
この世界が何であれ、自分が進むべき道は変わらない。
救えるものがあるなら、そこへ向かうだけだ。
青い空の下、若きジェダイはひとり、見知らぬ森を抜けていく。
「フォースと共にあらんことを」
それは祈りであり、誓いであり、亡き師へ捧げる別れの言葉でもあった。
初投稿です。
何卒、よろしくお願いいたします。