異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード10:夜襲

教会支部の廊下には、夜の静けさがゆっくりと満ち始めていた。

 

祈りの声も、昼間ほどのざわめきも、もう遠い。窓の外に見える翠都の灯は穏やかで、つい先ほどまで中庭で交わされていた緊張さえ、この白い壁の内側では少しだけ薄れて見えた。

 

フィリアは案内役の若い神官に先導されながら、用意された客室へ向かっていた。セレンもその少し後ろを歩く。

 

「本日はお疲れでしょう」

神官は丁寧に頭を下げた。

「湯と食事はすぐにお持ちします。何か不足があればお申し付けください」

 

「ありがとう」

フィリアは短く答える。

 

セレンは廊下の窓から外を見た。

翠都へ辿り着いた。

祠の件も、異変の報告も、ひとまずは終えた。

 

だが胸の奥に残る緊張は解けきらない。教会騎士長との会話の余韻もあれば、都そのものに漂う整いすぎた秩序への違和感もある。それでも今は、疲労が先だった。

 

その時、廊下の向こうから慌ただしい足音が響いた。

 

「急報です!」

若い騎士の声が、白い壁に跳ね返る。

「東街道沿いの村にアンデッドの夜襲! 第一波、すでに侵入! 数、不明、増加の可能性あり!」

 

フィリアの足が止まった。

 

神官が目を見開く間にも、別の騎士が駆け抜けていく。

 

「教会騎士団第一班を招集! 神官隊、浄化灯の用意を!」

「騎士長へ報告は!?」

「すでに伝令が向かった!」

 

空気が一瞬で張り詰める。

 

フィリアが振り返った。

 

「今の、東街道って……」

その声は、ほとんど自分への確認だった。

 

セレンは答えなかった。

答えなくても分かっていたからだ。

 

次の瞬間、フィリアは反転して駆け出した。

 

「フィリア!」

 

呼び止める声にも振り向かない。

白い廊下を一直線に走り抜け、中庭への階段を飛ぶように下りていく。

 

セレンもすぐに追った。

 

「待ってください!」

追いつきざまに腕を掴もうとするが、フィリアはするりと身をひねってかわす。

 

「待てない!」

その返答に迷いはなかった。

「街道沿いの村なら、ここからそう遠くない。今ならまだ間に合う!」

 

「数も状況も分かっていません! 騎士団も出るのでしょう!」

 

「だからって、到着を待ってる間に人が死ぬかもしれない!」

 

中庭に出る。すでに数頭の馬が引き出され、騎士たちが慌ただしく鞍を確かめていた。フィリアはその脇をすり抜け、一頭の手綱を掴む。

 

「勇者殿!?」

若い騎士が叫ぶ。

「準備中です、少々お待ちを――」

 

「待たない」

 

聖剣の勇者の声音だった。鋭く、真っ直ぐで、一切のためらいがない。

 

軽やかに鞍へ飛び乗る。

 

「フィリア!」

セレンがもう一度呼ぶ。

 

彼女はようやく振り返った。

その目にあるのは焦りだけではない。決意だ。

 

「私は勇者だよ」

息を荒げながら、それでもはっきりと言う。

「助けを求める声があるなら、先に行く。それだけ」

 

馬腹を蹴る。

 

白い馬が石畳を鳴らし、中庭を飛び出した。

 

止められない。

 

セレンは短く息を吐くと、すぐ隣の馬の手綱を掴んだ。

 

馬そのものは知らない。

それでも、かつて辺境惑星で似たような騎乗獣をフォースで宥めながら走った記憶が、手綱を握る指をためらわせはしなかった。

 

「借ります」

 

半ば言い捨てるようにそう告げ、鞍へ飛び乗る。

 

教会の門を抜け、翠都の夜へと駆け出した。

 

夜気は冷たく、街道は暗かった。

 

前を行くフィリアの背中は小さい。だが、その小さな背は一度も揺らがない。街道脇の灯を次々に追い越し、馬は風を切って進む。

 

「フィリア!」

横に並びかけながら、セレンが声を張る。

「村へ着いても単独で飛び込まないでください! まず状況を――」

 

「見てる暇があるなら一人でも多く外へ出す!」

フィリアは前を見たまま叫び返す。

「それが間違い?」

 

「間違ってるかどうかじゃありません!」

セレンも声を強めた。

「あなたが死ねば、助けられたはずの命がその先でさらに失われる!」

 

フィリアは答えなかった。

だが手綱を握る手に、いっそう力がこもる。

 

やがて前方の闇の向こうに、赤い揺らめきが見えた。

火だ。

 

さらに、悲鳴。

 

村は小さかった。街道沿いに開けた農村で、柵と畑と数軒の家、それから中央に井戸。素朴で、脆い。夜襲を受ければ、ひとたまりもない規模だった。

 

その木柵の一角がすでに破られていた。

 

死者たちが流れ込んでいる。

 

骨の兵、腐った肉を引きずる亡骸、異様な速さで四肢をばたつかせる犬じみた死体。第一波――そう聞いたが、その数は想像よりはるかに多い。二十、三十では足りない。闇の奥にまだ影がある。

 

「……多い」

セレンが低く呟く。

 

フィリアは馬から飛び降りていた。

 

白銀の聖剣が抜かれる。夜を裂くように光が走る。

 

「みんな、下がって!」

 

最初に飛び込んだ先には、倒れた荷車の裏に身を寄せる母子がいた。その目前に腐敗した男の亡骸が迫っている。フィリアは間に滑り込み、一閃でその腕ごと断った。白い光に灼かれた死体が悲鳴もなく崩れる。

 

セレンも地へ降りる。

 

青い刃が起動し、村の夜に二本目の光が灯った。

 

ライトセーバーが骨の槍を焼き切り、返す動きで二体目の頭骨を砕く。さらに左手を向けると、フォースの衝撃で前列のアンデッドがまとめて吹き飛んだ。

 

「井戸の方へ!」

セレンが村人へ叫ぶ。

「火から離れて、開けた場所へ!」

 

泣き叫ぶ子どもを抱いた母親が、何度も頷きながら走っていく。

 

「セレン、右!」

「見えています!」

 

フィリアが左手の家屋へ突っ込み、セレンは右の納屋へ向かう。

もう言葉を合わせる必要はない。気づけば、互いの動きを前提に身体が動いていた。

 

納屋の前では老人が鍬を握ったまま腰を抜かしていた。三体のスケルトンが槍を構えて迫っている。セレンは踏み込みと同時に最前列の槍を受け流し、反転して二体目の脚を断つ。骨が崩れた隙に掌を突き出し、最後の一体を壁へ叩きつけた。

 

「立てますか」

老人は震えながらも頷いた。

「井戸の方へ。今ならまだ通れます」

 

振り返ると、フィリアはすでに別の家へ走っていた。

燃えかけた柵の向こうで、泣き叫ぶ少女を抱えて出てくる。その背後から腐敗した獣の亡骸が跳びかかった。

 

セレンは地を蹴り、フォースで一気に間合いを詰める。青い刃が獣の頭蓋を断ち、そのまま横薙ぎに振り抜いて後続までまとめて押し返した。

 

「大丈夫ですか」

「今のは助かった」

フィリアが息を切らせながら言う。

「でも、まだ終わってない」

 

村の奥で悲鳴が上がる。

 

二人は同時にそちらを見る。

 

半壊した家の前に、若い男が倒れていた。腹を裂かれ、血が石畳に流れている。そばで家族らしい女が泣き叫び、その声に引かれるようにさらに数体の亡骸が集まっていく。

 

フィリアが迷わず駆ける。

 

「待ってください!」

セレンも追う。

 

聖剣が走り、一体の胸を裂く。セレンの青い刃がもう一体の首を飛ばす。だが、若い男はもう動かなかった。

 

フィリアの表情が凍る。

 

間に合わなかった。

 

だがその背後で、別の村人がまだ生きている。悲しむ時間はない。フィリアは歯を食いしばり、再び聖剣を振るった。

 

夜風の中、聖剣の白とライトセーバーの青が何度も交差する。

 

倒しても、倒しても、終わらない。

 

井戸の周囲へ集めた村人たちを守りながら戦うには、二人だけでは手数が足りない。セレンはフォースで荷車を動かし、即席の障壁を築く。フィリアはその前に立ち、聖剣で押し寄せる死者を切り払う。

 

「第二波……っ」

フィリアが息を飲んだ。

 

村外れの闇から、さらに新しい影が現れる。

 

セレンの顔色も変わった。

 

「想定より多い」

「それでもやるしかない!」

 

「やるのは当然です!」

セレンの声も強くなる。

「ですが、押し切れる数ではありません!」

 

次の瞬間、骨の槍が飛んだ。セレンはそれを弾いたが、弾かれた切っ先が井戸の縁へ刺さり、避難していた少女が悲鳴を上げる。

 

セレンの胸に冷たいものが走った。

 

今のは危なかった。

自分たちが前へ出すぎれば、守るべき者のすぐそばへ戦いが近づく。

 

フィリアも見たはずだ。

それでも、その目はまだ前だけを見ている。

 

「セレン、左!」

「ええ!」

 

青い刃が左から迫る群れを薙ぎ払う。

その間にフィリアが右を断つ。

だが、その直後、彼女の肩口が腐った爪に掠められた。

 

「っ……!」

 

「フィリア!」

 

「平気!」

言葉とは裏腹に、呼吸は乱れ、足元もわずかに揺れる。

 

セレンは歯を食いしばった。

 

このままでは押し潰される。

 

その時、街道の方角から鋭いラッパの音が響いた。

 

続いて、祈りの詠唱。

 

白い灯が夜を裂く。

 

「教会騎士団だ!」

誰かが叫ぶ。

 

街道側から突入してきた騎士たちが、浄化灯の光を掲げてアンデッドの群れへ楔のように食い込んだ。聖印を刻んだ槍が死者を貫き、神官の詠唱が白い波となって闇を押し返す。

 

遅れたが、来た。

 

村の空気が一気に変わる。

 

「勇者殿!」

先頭の騎士が叫ぶ。

「村人を後方へ!」

 

フィリアは返事もそこそこに、すぐ井戸の周囲へ向き直った。

 

「みんな、今のうちに下がって!」

その声に村人たちが動き出す。

 

セレンは最後尾に立ち、迫る亡骸を青い刃で押し返した。騎士団の援護が入り、ようやく前線に余裕が生まれる。白と青の光が交錯し、押し寄せていた死者の波が少しずつ削れていった。

 

長く感じられた戦いが終わった時、村には焦げた匂いと、濃い血の匂いだけが残っていた。

 

死者は出た。

助けきれなかった命も、確かにあった。

それでも、井戸のそばで肩を寄せ合う村人たちの中には、二人が駆けつけたからこそ生き残った者もいた。

 

泣きながら子どもを抱き締める母親が、何度もフィリアへ頭を下げている。

セレンが納屋から逃がした老人も、震える手で祈りを口にしながら座り込んでいた。

 

教会騎士たちは生存者の確認と遺体の回収に追われている。

その喧騒から少し離れた場所で、フィリアはようやく聖剣を下ろした。

 

「……来てよかった」

息を切らしながら、それでもはっきりと言う。

「間に合った人がいた」

 

セレンはすぐには答えなかった。

 

彼の視線の先には、先ほど助けきれなかった若い男の遺体がある。白布をかけられたそれは、夜風にわずかに揺れていた。

 

「セレン」

フィリアが振り向く。

「聞いてる?」

 

「聞いています」

返答は静かだった。

「ですが、賛成はできません」

 

フィリアの眉が寄る。

 

「どうして」

「あなたは数も戦力も分からないまま、突っ込んだ」

「でも、そのおかげで助かった人がいた」

「その一方で、あなたが倒れていればどうなっていたかも考えるべきです」

 

フィリアが一歩、詰め寄る。

 

「私は倒れてない」

「結果論です」

セレンの声音も、珍しく硬かった。

「あなたが死んだら、今夜救えた命だけでは済まない。これから先、救えたはずの命まで失われる」

 

フィリアの目が強くなる。

 

「でも行かなかったら、今この村で死んでた人がもっと増えてた!」

「ええ、増えていたかもしれない」

セレンも退かない。

「ですが、無謀な突撃で逆に危険にさらされた命もありました」

 

井戸の縁へ刺さった骨槍のことが、二人の間によぎった。

 

フィリアの唇がきゅっと結ばれる。

 

「それでも」

絞るような声だった。

「それでも、私は行くよ。目の前で助けを求められて、後から来る誰かを待つだけなんて無理」

 

「分かっています」

セレンは短く息を吐いた。

「あなたがそういう人だということは」

 

「じゃあ何で止めるの!」

 

火が爆ぜるような声だった。

 

セレンは一瞬だけ沈黙した。

その沈黙の中に、銀河の記憶がよぎる。

助けたかったのに間に合わなかった顔。

守ると言いながら、守れなかった命。

 

「……死んでほしくないからです」

 

低く、抑えた声だった。

 

フィリアが言葉を失う。

 

「あなたが無茶をするたびに、救われる命はあるのでしょう」

セレンは続けた。

「ですが、あなたが倒れた瞬間に失われるものもある。あなた一人の命だけでは済まない。勇者が倒れたら、それが絶望に――」

 

そこまで言って、セレンは息を呑んだ。

 

自分の口から出た“勇者”という言葉が、ひどく冷たく聞こえた。

教会騎士長が口にしていたものと、どこか似た響きになってしまった気がした。

 

フィリアの表情が揺れる。

 

「じゃあ何!?」

今度は彼女が叫ぶ。

「あの親子を見捨てろっていうの!?」

 

言った瞬間、自分でも違うと分かった顔だった。

 

セレンがそんなことを言いたいわけではない。

分かっている。分かっているのに、引き返せない。

 

セレンはすぐに言い返さなかった。

ただ、その沈黙がかえって痛かった。

 

フィリアも唇を噛む。

互いに、今の言葉が本心そのままではないことだけは分かっていた。

 

想いがぶつかり、夜気が張り詰める。

 

その時だった。

 

「勇者殿」

後ろから、教会騎士の声がかかった。

「生存者の確認が終わりました。あなたが先に来てくださらなければ、井戸の周辺はもっと厳しかったかと」

 

フィリアの目が揺れた。

 

騎士はそれだけ告げて去っていく。

残された言葉の重みが、二人の間へ落ちた。

 

セレンは目を閉じ、短く息を吐いた。

 

「……だからこそ、余計に危うい」

 

それはフィリアへの反論であり、半ば自分自身への言葉でもあった。

 

フィリアはそれ以上言い返さなかった。

ただ、唇を引き結び、背を向ける。

 

「今は、話したくない」

 

そう言って歩き出す。

セレンも追わない。

 

夜襲のあとの村には、まだ助かった命の泣き声と、助からなかった命の静けさが同時に残っていた。

 

どちらも本当だった。

フィリアが駆け出したから救えた命がある。

同時に、その無謀さが紙一重だったこともまた、本当だった。

 

だからこそ、二人の言葉は噛み合わない。

 

聖剣の勇者と、ジェダイ・ナイト。

人を救いたいという願いは同じでも、その歩き方はまだ少し違っていた。

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