異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード11:眠れぬ夜

翠都へ戻った頃には、夜もすっかり更けていた。

 

教会騎士団に伴われて帰る道のりで、フィリアもセレンもほとんど口を利かなかった。馬の蹄の音だけが、乾いた街道へ一定のリズムを刻んでいく。夜襲を受けた村に残っていた泣き声や、焦げた匂いだけが、まだ耳と鼻の奥に残っていた。

 

教会支部へ戻ると、神官たちは手早く二人に部屋を用意した。肩を掠めたフィリアの傷は浅く、浄化と治療で大事には至らなかった。セレンにも目立った外傷はない。だからこそ、誰もが「今夜は休め」と言った。

 

だが、休めるはずがなかった。

 

用意された部屋は質素だが清潔だった。白い壁、木の寝台、小さな机、祈りのための聖印。窓の外には翠都の夜が静かに広がっている。

 

セレンは寝台に腰を下ろしたまま、長いあいだ動かなかった。

 

ライトセーバーの柄が、机の上で微かな灯を受けている。

 

目を閉じれば、村の光景がすぐに蘇った。井戸のそばで震えていた子ども。助けきれなかった若い男。フィリアがためらいなく飛び込んでいった背中。そして、自分が口にした言葉。

 

――勇者が倒れたら、それが絶望に。

 

そこまで言いかけて、自分で気づいた。

あれは、教会騎士長の言葉とどこが違ったのか。

 

フィリアを一人の少女としてではなく、“勇者”という大きな名の側から見てしまったのではないか。守りたいと思っていたはずなのに、結果として自分もまた、その肩書を盾にして止めようとしたのではないか。

 

「……情けない」

 

小さく漏れた声は、自分でも思っていたより苦かった。

 

怒り。恐れ。執着。

それらに呑まれず、平静と調和を保て。

マスター・ヨルに、何度も繰り返し教えられてきたことだ。

 

ジェダイ・ナイトは感情を持たないわけではない。だが、感情に振り回されて剣を振るえば、その先で人を守れなくなる。だからこそ、立ち止まり、見極め、乱れた心を整えろ――そう教わってきた。

 

なのに今夜の自分はどうだっただろう。

 

フィリアを止めたいと思った。

死んでほしくないと思った。

その気持ち自体は偽りではない。

 

だが、その思いが強すぎて、言葉を誤った。

平静を保てていないのは、むしろ自分の方だったのではないか。

 

セレンはゆっくりと顔を覆った。

 

ジェダイ・ナイトとして、まだ未熟だ。

そんなことは分かっている。

けれど、分かっていても、自嘲したくなる夜だった。

 

その時だった。

 

控えめな音が、扉の向こうから聞こえた。

 

こん、こん、と二度。

 

セレンは顔を上げる。

 

「……セレン」

 

扉越しの声だった。

フィリアだ。

 

少し掠れていて、昼間よりもずっと小さい。

 

「起きてる?」

 

「ええ」

 

短く答えると、扉の向こうでわずかに息を吸う気配がした。

 

「その……」

珍しく、言葉を探している声音だった。

「ごめんなさい」

 

セレンは一瞬、何も言えなかった。

 

フィリアが続ける。

 

「さっき、変なこと言った」

扉一枚隔てた向こうで、彼女が俯いている姿が目に浮かぶ。

「見捨てろって言ってるみたいな言い方、した。そんなわけないって、分かってたのに」

 

セレンはゆっくりと立ち上がり、扉の前まで歩いた。

だが開けはしない。

今はまだ、この距離の方が自然だと思えた。

 

「……僕も、謝るべきです」

扉に向けて静かに言う。

「言い方を間違えました。あなたを止めたかったのは本当です。ですが、そのために口にした言葉は、よくなかった」

 

向こうで、小さな衣擦れの音がした。

たぶんフィリアも、扉の前に立っている。

 

「眠れなかった?」

彼女が聞く。

 

「ええ」

「私も」

 

そこで少しだけ、沈黙が落ちた。

 

静かな夜だった。

教会支部のどこか遠くで、見回りの足音がかすかに響く。

扉一枚隔てた向こうに、人の気配がある。

それだけで、不思議と先ほどまでの冷たさが少し和らいだ。

 

「……どうして、あんなに止めたの?」

フィリアがぽつりと聞く。

「助けたい気持ちは、セレンだって同じでしょ」

 

セレンはすぐには答えなかった。

 

だが、今ここで誤魔化すのは違う気がした。

 

「僕の師、マスターは」

やがて、静かに口を開く。

「大切な人でした」

 

扉の向こうが、しんと静まる。

 

「厳しくて、でも優しくて。僕がまだ何もできなかった頃から、ずっと導いてくれた」

少しだけ間を置いて、セレンは続けた。

「戦い方も、ジェダイの教えも、どう生きるべきかを教えてくれました」

 

「そして最後に、その人は自分を危険の中へ残して、僕を逃がしました」

 

裏切りのことは言わない。

クローン兵のことも、粛清のことも。

今ここで必要なのは、あの瞬間に自分が何を失ったかだけだった。

 

「僕は、生き延びました」

言葉は静かだった。

「けれど、思ったんです。助けられた側は、残される。守られた命は、その先を背負うことになる」

少しだけ目を伏せる。

「だから、誰かが自分を削るように前へ出るのを見ると……止めたくなる」

 

扉の向こうで、フィリアが息を呑む気配がした。

 

「……そっか」

 

それだけだった。

だが、その短い一言には、軽く受け流さない温度があった。

 

「ジェダイって」

少ししてから、フィリアが言う。

「前に話してたよね。あなたたちの生き方っていうか、教えみたいなの」

 

「ええ」

「それって、どんなものなの?」

 

セレンは扉へ手を添えた。

 

「感情を持つな、という意味ではありません」

ゆっくりと言葉を選ぶ。

「怒りや恐れ、執着に呑まれるな、ということです。それらに振り回されると、人を守るための剣が、自分のための剣に変わってしまう」

そこで少しだけ苦く笑う。

「冷静であれ。調和を見失うな。平静を保て。そう教わりました」

 

「……難しそう」

「難しいです」

セレンはあっさりと認めた。

「今夜の僕は、あまり守れていませんでしたから」

 

扉の向こうで、フィリアが小さく笑った気がした。

 

「そこ、自分で言うんだ」

「事実です」

「うん……でも、ちょっと安心した」

「安心?」

 

「セレンって、いつもちゃんとしてるから」

フィリアの声は少しだけ柔らかかった。

「だから、たまにそうやって迷ってるって分かると、変だけど……ちょっとだけ安心する」

 

セレンは目を瞬いた。

 

そういう返しは予想していなかった。

 

「あなたも」

今度はセレンが静かに返す。

「間違えるんですね」

 

「失礼だなあ」

拗ねたような声が返る。

「私だって分かってるよ。あんな言い方、よくなかったって」

 

それから、少し間を置いて続ける。

 

「でも、考えは変わらない」

声は小さいが、芯があった。

「助けを求める声があったら、私はたぶんまた行く。待てないと思う」

 

「でしょうね」

「また否定しない」

 

「しません」

セレンは扉に寄りかかるようにして答えた。

「あなたはそういう人ですから」

 

フィリアが、扉の向こうで小さく息を吐く。

 

「そっちは?」

「僕も、考えは変えません」

セレンは言った。

「前へ出ることは必要です。ですが、無謀であっていいとは思わない」

「……うん」

 

「だから」

セレンは少しだけ間を置く。

「次に似たことがあったら、せめて一言、僕に言ってから走ってください」

 

向こうで、くすっと笑う気配がした。

 

「それ、あんまり約束できないかも」

「でしょうね」

 

「でも」

フィリアの声が少しだけ近くなる。

「今度は、ちゃんとあなたの言葉も聞くようにする」

 

それは全面的な納得ではない。

考えが一致したわけでもない。

それでも、歩み寄ろうとする意志だけは、確かにそこにあった。

 

「僕も」

セレンは答える。

「あなたのやり方を、頭ごなしに否定しないようにします」

 

短い沈黙。

 

「ジェダイって、ほんと変だね」

 

冗談っぽく、少し気を抜いた声だった。

 

「よく言われます」

「嘘」

「半分くらいは」

 

今度こそ、フィリアははっきり笑った。

大きな笑いではない。けれど、さっきまでの刺々しさはそこになかった。

 

「……ありがとう」

彼女が言う。

「話してくれて」

 

「こちらこそ」

セレンは静かに返す。

「来てくれて、助かりました」

 

扉の向こうで、衣擦れの音がひとつする。

きっと彼女は、少し照れたのだろう。

 

「じゃあ、今度こそ寝る」

「ええ」

 

「おやすみ、セレン」

「おやすみなさい、フィリア」

 

足音が少しずつ遠ざかっていく。

 

セレンは扉に添えていた手を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

今夜の出来事が片付いたわけではない。

考え方の違いも、危うさも、まだそこにある。

 

それでも、さっきまでよりは少しだけ、呼吸がしやすかった。

 

ライトセーバーの柄を手に取り、その冷たい感触を確かめる。

マスター・ヨルの教えを、まだ完璧には守れない。

平静を失う夜もある。間違えることもある。

 

それでも、だからこそ進むしかないのだろう、とセレンは思った。

 

自分とは違うやり方で人を救おうとする少女と。

ぶつかりながらでも、同じ方角を向こうとするなら。

 

窓の外には、翠都の夜が静かに広がっていた。

 

見知らぬ世界の都の灯は、遠い銀河の星々とは違う。

けれどその光は、確かに明日へ続いているように見えた。

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