異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード12:翠都の見回り

翌朝の翠都は、昨夜の騒ぎが嘘のように穏やかだった。

 

石畳は朝の光を受けて白く乾き、露店では焼きたてのパンの匂いが立ちのぼる。礼拝へ向かう人々、荷を運ぶ商人、見回りの兵。都は都として、変わらずに一日を始めていた。

 

けれど、セレンにとってもフィリアにとっても、昨夜がなかったことにはならない。

 

夜襲を受けた村のこと。助けられた命と、助けきれなかった命。ぶつかり合った言葉。扉越しに交わした、少しだけ静かな話。

 

朝食の席で顔を合わせた時、二人は少しだけぎこちなかった。

だが、そのぎこちなさは、もう冷たさではなかった。

 

「今日は、翠都の中を見て回ろうと思ってる」

スープを口に運んでから、フィリアが言う。

「見回りも兼ねて。あと、あなたに都のことも少し教えたいし」

 

「ありがとうございます」

セレンは素直に頷いた。

 

フィリアがじっと見る。

 

「そういうところ、ほんとまっすぐだよね」

「フィリアほどではありません」

「それ、ちょっと上手く返したつもりでしょ」

「慣れないことをしました」

 

フィリアは小さく笑った。

 

「じゃあ決まり。ついてきて」

 

そうして二人は、朝の翠都へ出た。

 

街を歩いていると、教会騎士の姿は思っていた以上に多かった。

 

白を基調とした鎧に、青い紋章。腰の剣や槍には、細い線のような模様が刻まれている。昨夜の戦いでも見たそれに、セレンは自然と目を留めた。

 

ちょうどその時、通りの向こうを数人の騎士が歩いていく。彼らの手には、槍だけでなく、白い光を淡く宿した灯があった。

 

セレンはその背を見送りながら、静かに口を開く。

 

「昨夜から気になっていました」

「どれ?」

フィリアが視線を向ける。

 

「あの武器に刻まれている印と、光る灯です」

セレンは騎士たちの方を見る。

「アンデッドに有効だった。あれは、どういうものなんでしょうか」

 

フィリアは少しだけ感心したように目を瞬かせた。

 

「さすが、でもあなたなら……そうだよね」

 

彼女は通りの脇へ少し寄りながら説明しはじめた。

 

「あれは聖印。教会騎士が持つ、アンデッドを倒すための力の一つ」

「力そのもの、ではないんですね」

「うん。聖なる力を武器に通すための印って感じかな」

フィリアは頷く。

「剣とか槍に刻むと、アンデッドみたいな“普通の武器じゃ止まりにくいもの”にも効くようになる」

 

セレンは小さく頷いた。

 

昨夜の騎士団の動きを思い出す。

槍が亡骸を貫いた時、ただ金属で刺しただけではない手応えがあった。

 

「誰でも刻めるのですか」

 

「それは無理」

フィリアは首を振った。

「聖印を付与できるのは、教会聖堂の中でもごく限られた神官だけ。しかも簡単じゃないし、たくさんは作れない」

 

「量産が難しい、と」

 

「そう」

フィリアは通りの先を指さす。

「だから教会騎士の武器って、それだけで結構価値があるんだよ」

 

セレンの視線が、今度は騎士たちの手にある灯へ移る。

 

「では、あの灯も」

「浄化灯」

フィリアがすぐに答えた。

「夜の見回りとか、アンデッドが出る場所で使う。世闇を照らして、アンデッドが嫌がる光を出す松明」

「昨夜も見ました」

「うん。あれも同じで、聖堂の中の神官だけが力を付与できる」

少しだけ真面目な顔になる。

「聖印も浄化灯も、教会が人を守るために持ってる大事な力」

 

その声音には、教会に育てられた者の実感があった。

 

セレンは淡く光る灯を見つめる。

聖印。浄化灯。

どちらも限られた者だけが扱える力であり、実際に死者の脅威へ対抗する手段でもある。

 

「この世界で、教会が必要とされる理由が少し分かってきました」

セレンが言うと、フィリアは少しだけ誇らしげに頷いた。

 

「そうだと思う」

それから、少しだけ視線を和らげる。

「祈りだけじゃ、人はついてこないから」

 

二人は市場通りを抜け、街の外れに近い訓練場の方まで足を延ばした。

 

そこでは傭兵や騎士見習いらしい若者たちが木剣を打ち合い、脇では荷車に武器や食糧が積み込まれている。どうやら小規模な討伐依頼が出ているらしい。

 

セレンはその準備の様子を眺めながら、ふと別のことを思い出した。

 

「そういえば」

「うん?」

フィリアが振り向く。

 

「以前、あなたは僕のライトセーバーを“魔法剣みたいなもの”と言っていました」

「言ったね」

「この世界の魔法や魔力は、どういうものなんでしょうか。教えていただけますか」

 

フィリアは少しだけ考え、それから苦笑した。

 

「説明はできるけど、たぶん私より詳しい人がいる」

「詳しい人?」

 

「ほら」

と、彼女が顎で示した先に、見覚えのある三人組がいた。

 

大剣を背負ったダルク。弓を持つ男。杖を提げた術師の女。元勇者一行だ。

 

「げ」

ダルクがこちらに気づいて顔をしかめる。

「なんで朝からいるんだよ、勇者様」

 

「そっちこそ」

フィリアが返す。

「もう次の依頼?」

 

弓の男が肩を竦めた。

 

「オーク退治。街道沿いに小さい群れが出たってさ」

「街道沿い?」

フィリアの声色が少しだけ変わる。

「じゃあ私も――」

 

「待て待て」

ダルクがすぐに手を上げた。

「民家の近くじゃねえ。見張りもついてるし、人里へ降りる前に片づけるだけだ」

「それに」

弓の男がにやりとする。

「勇者様が出てきたら、依頼主が“そこまで大事か”って腰抜かして、俺たちの取り分まで消えかねない」

 

術師の女も肩を竦める。

 

「あなたが行くと話が大きくなりすぎるのよ。今回は私たちで足りる案件」

少しだけ目を細める。

「昨日みたいに、人を助けに走るのとは話が違うわ」

 

フィリアはすぐには返さなかった。

行こうと思えば行ける。けれど、今の説明には理があると分かっている顔だった。

 

「……分かった」

少し不満そうに言ってから、セレンをちらりと見る。

「今日は見回りの方、優先する」

 

セレンは何も言わなかった。

ただ、ほんの少しだけ目を細める。

 

術師の女が今度はセレンを見る。

 

「で、旅人さんは?」

「見回りと勉強中」

フィリアが先に答える。

「この人、まだ世界のこと全然知らないから」

 

「へえ」

弓の男が面白そうに目を細める。

「そこまで何も知らなくて、よく今まで生きてたな」

 

「僕もそう思います」

セレンが真顔で答えると、ダルクがわずかに噴き出した。

 

「案外そういう返しするんだな」

 

セレンは術師の女へ視線を向ける。

 

「ちょうど聞きたかったことがあります」

「あら、なに」

「魔法と魔力についてです」

 

術師の女は一瞬だけ目を丸くし、それから面白そうに口元を上げた。

 

「勇者様より話が早いわね」

「私はだいたい感覚で使ってる方だから」

フィリアが少しだけむっとした声を出す。

 

術師の女は肩を竦め、杖を軽く持ち直した。

 

「簡単に言うと、この世界には魔力がある」

そう言って、空気を指先でなぞるようにする。

「目には見えないけど、空気みたいにそこら中にある力。それとは別に、人の中にも魔力は宿ってる」

 

「内と外、両方にあるのですね」

セレンが言う。

 

「そう」

女は頷いた。

「で、人の中にどれだけ魔力を溜められるかは、才能でかなり違う。多い人もいれば少ない人もいる」

「術師とか神官は、その魔力を形にできる」

と、弓の男が補足した。

 

術師の女はそのまま杖の先を軽く持ち上げる。

 

「たとえば、こう」

 

次の瞬間、杖の先に赤い火球がぽっと生まれた。拳ほどの大きさの炎は、数秒その場に揺れ、それから彼女が指を払うと掻き消える。

 

「魔力を炎として実体化したもの」

女が言う。

「人によって得意な属性が違う。火や氷……いろいろね」

 

セレンは目を細めた。

 

炎そのものを生む力。

フォースとはかなり性質が違う。

だが、世界に満ちる力を介して現象を起こすという点では、どこか通じるものも感じる。

 

「魔力は減るのですか」

「減るわよ」

即答だった。

「使えば疲れるし、尽きればふらつく。休んだり、眠ったり、時間を置けば戻る。体力に近いと思えばいい」

 

「回復にも使うんだっけ」

フィリアが横から口を挟む。

 

「そう」

術師の女は頷く。

「回復魔法も同じよ。魔力を使って傷の治りを早めたり、病気に対する耐性を持たせたりする」

少しだけ杖を持ち直す。

「教会の人間はその手の魔法が得意。昨夜あなたたちが受けた治療も、その類でしょうね」

 

セレンは小さく頷いた。

フィリアの肩の傷が、夜のうちにかなり落ち着いていた理由がそこで腑に落ちる。

 

「浄化、というのは?」

セレンが続けて尋ねる。

 

「アンデッド絡みの傷や穢れをきれいにする行為よ」

術師の女が答える。

「普通の傷を塞ぐだけじゃなくて、死の気配とか、嫌な魔力の残りを落とす感じ」

「それも教会側の得意分野だな」

ダルクが腕を組んだまま言う。

「死人相手じゃ、そこを雑にすると後が面倒だ」

 

「へえ……」

フィリアが少しだけ感心したように言う。

「説明されると、ちゃんと理屈あるんだね」

 

「勇者様、普段だいたい感覚で斬ってるからね」

弓の男が笑う。

 

「うるさい」

フィリアが睨む。

 

術師の女は肩を竦めた。

 

「まあ、回復魔法だけで何でも治るわけじゃないけど」

そう言って、少しだけ視線を細める。

「薬草や調合と組み合わせる方が、よく効く場合も多い。そういうのを専門に扱う人もいるわ」

 

その一言は、セレンの中に小さく残った。

 

薬草。調合。

昨夜の負傷者たちのことを思えば、覚えておくべき話だった。

 

フィリアが聖剣の柄へ手を添えた。

 

「私の聖剣は、ちょっと違う」

その声音に、術師の女が「そこは自分で説明しなさい」と目で促した。

 

フィリアは少しだけ照れくさそうに続ける。

 

「聖剣は、私の中の力だけじゃなくて、周りの魔力も集めて使う」

「集める?」

セレンが聞く。

 

「うん」

フィリアは頷いた。

「戦う時に光るの、見たでしょ。あれ、集まった魔力が聖なる力に変わってる感じ」

拳を軽く握る。

「その力で身体能力とか、剣の重さとか、全部一気に上がる。だからアンデッドも斬れる」

 

ダルクが腕を組んだまま鼻を鳴らす。

 

「勇者様の馬鹿力の正体だな」

「馬鹿力って言うな」

「だいたい合ってるだろ」

 

フィリアは不満そうに眉を寄せたが、否定はしなかった。

 

「持ち主が成長すると、扱える魔力量も増えるって言われてる」

少し真面目な声に戻る。

 

「なるほど」

セレンは小さく頷いた。

「聖剣の持ち主が強いのは、ただ選ばれるからではなく、選ばれた上で成長し続けるからでもあるのですね」

 

フィリアが少しだけ目を丸くする。

 

「そういうまとめ方、なんか賢そうでずるい」

「整理しただけです」

「そういうところだよ」

 

術師の女が呆れ半分に笑った。

 

「まあ、だいたいそんなところ」

そして荷車へ視線を戻す。

「こっちはそろそろ出るわ。オーク退治、放っておくと街道に出るかもしれないし」

 

ダルクが大剣を担ぎ直す。

 

「お前らは都の見回りでもしてろよ」

「勇者様がそれで済めば苦労しないけどな」

弓の男が笑う。

 

「今日はちゃんとそうする」

フィリアが言うと、ダルクたちは少しだけ意外そうな顔をした。

 

「へえ」

ダルクが鼻を鳴らす。

「少しは落ち着いたか」

 

フィリアは何も言い返さず、代わりにわざとらしくそっぽを向いた。

 

三人はそのまま訓練場を離れていく。

去り際、術師の女だけが振り返り、セレンへ目を向けた。

 

「旅人さん」

「はい」

「変な力を使ってるのは知ってるけど、今は突っ込まないであげる」

少し口元を上げる。

「代わりに、勇者様が無茶しそうなら止めなさい」

 

「努力します」

セレンが答えると、彼女は満足そうに笑って去っていった。

 

三人と別れたあと、二人は再び街を歩いた。

 

市場の喧騒が少し遠のき、道はゆるやかに川沿いへ下る。翠都の外縁には小さな水路が走っており、石橋の上からは街並みと空が一緒に見えた。

 

フィリアがそこで足を止める。

 

「……で」

わざとらしく言った。

「次はこっちの番」

 

「何がでしょうか」

 

「あなたの変な力」

フィリアはきっぱり言った。

「前からずっと気になってた。相手を吹き飛ばしたり、草を見分けたり、あれ何?」

 

セレンは少しだけ空を見上げた。

 

「説明が難しいんです」

「逃げないで」

「逃げてはいません」

 

フィリアはじっと見上げてくる。

こういう時の彼女は、妙に強い。

 

セレンは観念したように息を吐いた。

 

「フォースです」

「フォース」

「ええ。ジェダイが信じ、使う力です」

 

フィリアは少し眉を寄せる。

 

「魔力とは違うの?」

「少し違います」

セレンは橋の下を流れる水へ目を向けた。

「世界に満ちる、生きるものの流れというか……生命と、それを包む大きな力のつながりに近いんです」

 

「……分かったような、分からないような」

「僕も、最初はそうでした」

 

フィリアが半眼になる。

 

「あなたがそれ言うんだ」

 

セレンは続ける。

 

「相手の気配を読む。危険を感じる。手を伸ばさずに物を動かす。衝撃として放つ。あとは、生き物の状態を探ることもできます」

「草を見分けたのも?」

「ええ。毒や腐りの違和感は、ある程度分かります」

 

フィリアは腕を組んだ。

 

「便利すぎない?」

「便利なだけではありません」

セレンは静かに言った。

「怒りや恐れに呑まれたまま使えば、簡単に人を傷つける力にもなる」

 

フィリアはそこで少しだけ黙った。

昨夜の話を、たぶん思い出したのだろう。

だが、何も言わずにその先を待った。

 

「そして」

セレンは腰のライトセーバーへ触れる。

「この剣と合わせることで、僕はアンデッドにも対抗できています」

 

「高熱の魔法剣みたいなもの、だっけ」

フィリアが言う。

 

「そう思ってもらうのが、今は一番近いです」

「でも、それにフォースが合わさってるから、ただの剣じゃない」

「そうですね」

 

フィリアは少しだけ黙り込み、それからぽつりと呟いた。

 

「やっぱり、変」

 

「またですか」

「また」

彼女は小さく笑う。

「でも、前よりちょっと分かった気がする」

 

そう言って橋の欄干へ肘を乗せる。

風が彼女の髪を揺らした。

 

ほんの少しだけ、何でもない時間だった。

戦いでも、報告でも、口論でもない。

ただ同じ景色を見て、言葉を交わしているだけの時間。

 

その静けさが心地よいと感じて、セレンは少しだけ驚いた。

 

その時、橋の向こうを教会騎士が二人、足早に通り過ぎていくのが見えた。

 

「翠都最大の薬屋だと?」

「先の村の負傷者を運び込むなら、今のうちに薬を押さえねえと足りん」

「騎士団の分も回すとなると、かなり要るぞ」

 

通り過ぎざまの会話だった。

だが、二人には十分だった。

 

フィリアが顔を上げる。

 

「薬屋……」

その声音から、さっきまでの柔らかさが少しだけ消える。

「昨日の村の人たち、都まで運ばれてきてるんだ」

 

セレンも頷いた。

 

「おそらく、かなりの人数が」

 

フィリアはすぐに歩き出した。

 

「行こう」

「ええ」

 

「私たちも、関係ないって顔してる場合じゃない」

その横顔には、迷いより先に責任感があった。

「昨日の件、全部が私たちのせいじゃない。でも、一端は背負ってると思う」

 

セレンはその言葉に何も異を唱えなかった。

 

都の穏やかな昼は、また少しずつ緊張を取り戻していく。

教会騎士たちが急ぐ先、翠都最大の薬屋。

そこにはきっと、昨夜の続きがある。

 

フィリアとセレンは並んで石橋を下り、都の中心へ向かって歩き出した。

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