異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード4:勇者フィリア

風が草を撫で、戦いの熱を少しずつ攫っていく。

 

オークの巨体は地に伏し、散り散りになったゴブリンたちはもう戻ってくる気配がない。つい先ほどまで命のやり取りがあったとは思えないほど、碧光の森の広場は静まり返っていた。

 

その静寂の中で、フィリアはなおも聖剣を構えたまま、セレンを見据えていた。

 

「……あなた、何者?」

 

戦いの余韻が残る声だった。礼より先に警戒が来るのは当然だろう。見たこともない光の剣を振るう男が、突然背後から現れて自分を救ったのだ。事情を問わない方が不自然だった。

 

セレンはすぐには答えず、まず周囲へ意識を巡らせた。

 

残っている敵意はない。冷たい結びつきも、この場からはひとまず消えている。話す時間くらいはある。

 

そこでようやく、彼はライトセーバーを腰に戻した。

 

「旅の者です」

 

フィリアの眉がぴくりと動く。

 

「その答えで納得しろっていうの?」

 

「納得していただく必要まではありません」

セレンは静かに言った。

「ですが、敵ではないことは確かです」

 

「それを信じろって?」

 

「少なくとも、先ほどはあなたを助けました」

 

フィリアは聖剣を握る手に力を込めたまま、セレンを睨んでいる。反発の色は濃い。だが完全な敵意ではない。あの一瞬で、自分を救った剣筋だけは見ていたのだろう。

 

「……名前くらいは名乗って」

 

「では、あなたから」

 

ほんの一瞬、フィリアの表情が止まった。

 

問い詰めるつもりでいたところへ、逆に順序を正されるとは思っていなかったのだろう。だが、彼女は視線を逸らさなかった。

 

「フィリア」

短く、だがはっきりと告げる。

「フィリア・“アークライト”。勇者として、この森の異変を追ってる」

 

勇者――その言葉に込められた響きは重かった。

飾りではない。誇示でもない。背負うと決めた者の声だ。

 

「セレンです」

 

「それだけ?」

 

「今は、それで十分かと」

 

フィリアはわずかに目を細めた。

 

「随分と慎重なんですね」

「そうあるべきだと教わりました」

 

素っ気ない返答だったが、そこでそれ以上は追及しなかった。戦いの直後に無理に踏み込んでも意味がないと、彼女も分かっているのかもしれない。

 

代わりに、フィリアは視線を広場の端へ向けた。先ほど青白い影が揺らいでいた場所だ。もう何も残っていない。だが空気の冷たさだけは、まだそこにかすかに留まっていた。

 

「あれも……最近増えてる異変の一つ」

 

セレンもその方を見る。

 

「最近、というと」

 

「最初は魔物だけだった。ゴブリンとかオークが森の奥で群れ始めて、それだけでも十分厄介だったのに、ここ数日は違う」

フィリアの声が少しだけ低くなる。

「死んだ獣が起き上がる。埋めたはずのものまで動き出す。村の人たちが怯えるのも当然でしょ」

 

「教会は動いていないんですか」

 

「動いてはいる」

フィリアはすぐに答えた。

「でも、辺境まで手が回ってない。だったら、私が先に確かめるしかないでしょ」

 

その言い方には、責任感と焦りが同時に滲んでいた。

 

「それで、単独で?」

 

「……最初は違った」

フィリアは少しだけ視線を逸らす。

「仲間はいた。でも、今は別行動」

 

セレンの脳裏に、先ほど村で会った三人の顔がよぎる。彼らの口ぶりは荒かったが、完全に見捨てたようには聞こえなかった。

 

「村で三人組に会いました」

「……ダルクたちに?」

 

やはり、そうか。

 

「ええ」

「何か言ってた?」

 

「あなたが無茶をしている、と」

 

フィリアの目がわずかに険しくなった。

 

「そう」

 

短い返答だった。

怒っているというより、そう言われることに慣れている響きだった。

 

「否定はしないんですね」

 

「できないから」

フィリアは聖剣の切っ先を少しだけ下げた。

「無茶だって分かってる。でも、行かなきゃいけない時もある」

 

「それは勇者だからですか」

 

「……うん」

今度の返答には迷いがなかった。

「聖剣に選ばれた以上、見過ごすわけにはいかない。助けを待ってる人がいるなら、私が動くしかない」

 

その言葉に、セレンはわずかに呼吸を止めた。

 

選ばれた者。守るために動く者。期待を背負う者。

形は違っても、聞き覚えのある理屈だった。

 

「責任を感じているんですね」

 

「当然」

フィリアは真っ直ぐに答える。

「勇者であることは、名乗るためのものじゃない」

 

その目は強かった。まっすぐで、危うくて、嘘がない。

だからこそ、放っておけないのだろうとセレンは思う。彼女自身が、誰かを放っておけないように。

 

「ですが」

セレンは静かに続けた。

「危険だからこそ、単独で追うべきではありません」

 

フィリアの表情が硬くなる。

 

「私一人じゃ無理だって言いたいの?」

 

「そういう意味ではありません」

 

「じゃあ、どういう意味?」

 

「あなたが強いことは分かりました」

セレンは彼女から目を逸らさずに言った。

「ですが、強さと単独行動は別の話です。背後の気配に気づけていなかった」

 

図星だったのだろう。フィリアの唇がきつく結ばれる。

 

「……助けられたのは認める」

 

「なら十分です」

 

「でも、それとこれとは別」

フィリアの声は低い。

「私は自分の役目を果たそうとしただけ」

 

「その結果、倒れてしまっては意味がない」

 

「……分かってる」

 

今度の言葉は、先ほどより少し小さかった。

 

ただの反発ではない。自分でも分かっているのだ。危うい綱渡りをしていることを。それでも止まれないから、こうして前へ出ている。

 

セレンはそれ以上、責めるようなことは言わなかった。

 

言葉を重ねるより先に、フォースがわずかにざわめいたからだ。

 

細い。だが確かに残っている。

先ほど断ち切ったはずの冷たい結びつきの残滓が、森の奥へと伸びている。

 

「まだいます」

 

フィリアもすぐに顔を上げた。

 

「……ええ。私も感じる」

 

彼女は聖剣を握り直す。さっきまでの言い合いは、それだけで終わった。戦いの前では、互いの主張を押し通すより早く剣を取るべきだと、二人とも分かっていた。

 

「右をお願いします」

セレンが言う。

「こちらで左を押さえます」

 

フィリアは一瞬だけ目を見開いた。

 

「指示するんだ」

「不都合なら変えます」

 

「……いい」

フィリアはすぐに答えた。

「右は、さっき傷を負ってた方でしょ」

 

「見えていましたか」

 

「あなたほどじゃない」

そう言ってから、彼女は小さく息を吐く。

「でも、戦える」

 

「十分です」

 

その短いやり取りだけで、互いの役割は決まった。

 

二人は同時に駆け出した。

 

倒木の陰に潜んでいたのは、傷を負いながらも退いていなかったオーク一体と、青白い火を宿した獣骨が二体。森の薄闇の中で、それらは不自然なほどはっきりと浮かび上がって見えた。

 

フィリアが右へ飛び込む。

 

「はあっ!」

 

聖剣が白く光り、オークの大剣と激突する。金属同士が軋む甲高い音とともに、火花が散った。華奢な体躯からは想像もつかない圧力で、フィリアは真正面から押し返していく。

 

一方、セレンは青い刃を起動し、左へ流れた。

 

獣骨の一体が低く跳ぶ。速い。だが、昨夜の戦いで感覚は掴んでいた。噛みつきの軌道を外し、着地の瞬間に身を捻る。青い刃がひと閃きし、骨ではなく、その奥にある“縁”を断ち切る。獣骨は音を立てて崩れ落ちた。

 

もう一体が側面から迫る。

セレンは半歩だけ下がり、刃を斜めに滑らせる。青白い火が弾け、二体目も沈黙した。

 

その時、オークの怒号が広場に響いた。

 

フィリアが押し込んでいる。だが剣筋が真っ直ぐすぎる。勢いがあるぶん、相手に合わせる余地が少ない。オークがそれを読んで、大きく刃を振り上げた。

 

「フィリア!」

 

呼びかけに、彼女は反応した。だが半拍遅い。

 

セレンが踏み込み、その一撃を横から受け流す。重さを逸らし、体勢を崩す。オークの胴が開いた。

 

「今です!」

 

「――はい!」

 

フィリアの返答は鋭かった。

 

聖剣が一直線に走る。先ほどまでよりも短く、深い一撃。白銀の刃がオークの胸を裂き、その巨体を膝から崩れ落とした。

 

倒れる音が、森に重く響く。

 

静寂が戻った。

 

今度こそ、本当に周囲から敵意は消えている。

 

フィリアは肩で息をしながら、ゆっくりと聖剣を下ろした。

 

「……助かった」

 

今度は、きちんと礼の言葉だった。

 

「こちらこそ」

と、セレンは答える。

「対応が早かった」

 

フィリアは少しだけ目を瞬かせた。褒められるとは思っていなかったのかもしれない。

 

「それは……あなたが隙を作ってくれたから」

 

「あなたが決めたんです」

 

フィリアはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「あなた、変な人」

「よく言われます」

「……そういうところは素直なんだ」

 

その声音は、さっきまでよりわずかに柔らかかった。

完全に警戒が解けたわけではない。それでも、戦える相手だとは認めたのだろう。

 

フィリアは改めてセレンを見る。

 

「セレン」

「はい」

「あなたは、やっぱりただの旅人じゃない」

 

「ええ」

今度は否定しなかった。

「少なくとも、普通の旅人ではありません」

 

「それ以上は?」

 

「今は話せません」

 

フィリアは少し考えるように視線を落としたあと、無理に問い詰めることはしなかった。

 

「……分かった」

そして、はっきりと言う。

「全部を信じたわけじゃない。でも、さっきも今も助けられた。それは事実」

 

それは、彼女なりの判断だった。

熱さだけではない。見たものを見たまま受け止める強さがある。

 

「私はフィリア。勇者として、この森の異変を追う」

彼女は言った。

「あなたも放っておけないなら……一緒に来る?」

 

誘いというより、確認に近い言い方だった。

 

セレンは短く頷く。

 

「行きます」

 

フィリアの目がわずかに細くなる。

 

「即答なんだ」

「迷う理由がありません」

 

「……そう」

 

その返答に、フィリアはほんの少しだけ口元を緩めた。笑みというほどではない。だが、先ほどまでの硬さだけでもない。

 

セレンはその変化を見逃さなかったが、何も言わなかった。

 

碧光の森の奥には、まだ消えていない冷たい気配がある。

異変の原因も、アンデッドの結びつきの正体も、まだ何一つ分かってはいない。

 

だが今は、一人ではない。

 

静かに守る青い光。

まっすぐ切り開く白い光。

 

並び立つには、まだ互いを知らなすぎる。けれど、背中を預けるだけの理由は、すでに剣を交えた中にあった。

 

フィリアが先に歩き出し、少しだけ振り返る。

 

「行こう、セレン」

 

「はい」

 

短く応じて、セレンもまた歩き出す。

 

勇者フィリア。

まっすぐで、危うくて、それでも確かな強さを持つ少女。

 

その背を見つめながら、セレンは彼女と並んで森の奥へ向かった。

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