異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード5:碧門の祠

碧光の森は、奥へ進むほどに音を失っていった。

 

鳥の声は遠のき、風に揺れる枝葉のざわめきさえ薄れていく。代わりに、森そのものが息を潜めているような静けさが満ちていた。地面には淡い青白い苔が広がり、木々の根元には、古びた石片が半ば埋もれるように点在している。自然に呑まれかけてはいるが、ここがただの森ではないことは明らかだった。

 

セレンは足を止め、地面から突き出した石柱の欠片へ目を向けた。

 

表面には、風化しながらもなお幾何学的な紋様が残っている。文字なのか、装飾なのかは分からない。だが、少なくとも人の手で刻まれたものだ。

 

「この辺りから」

 

前を歩いていたフィリアが、振り返らずに言った。

 

「聖剣が、ずっと反応してる」

 

セレンは彼女の背へ視線を向けた。

 

昨日までなら、彼女は一人でずんずん進んでいたのだろう。だが今は、数歩先を歩きながらも、時折こちらの足音を確かめるように歩幅を緩めている。それを本人が意識しているかどうかは分からない。

 

「碧門の祠、でしたか」

 

「うん」

 

短い返答。けれど、その声にはわずかな緊張が混じっていた。

 

「私が聖剣に選ばれた場所」

 

その言葉の重みは小さくない。

 

二人は森の緩やかな斜面を下っていく。木々の密度が薄くなり、代わりに古い石畳のようなものが地中から覗き始めていた。長い年月に削られ、ところどころ苔に覆われているが、もとは参道か何かだったのかもしれない。

 

その途中、不意に茂みが揺れた。

 

低い唸り声とともに飛び出してきたのは、大型の狼に似た魔物だった。灰黒色の毛並み、異様に長い牙、赤く濁った目。二体。左右から挟むように飛びかかってくる。

 

銀河で見た獰猛な獣種を、セレンは一瞬だけ思い出す。

だが、あれほど単純な生き物ではない。この森の魔物には、どこか不自然な飢えと歪みがあった。

 

「右、行く!」

フィリアが叫ぶ。

 

「お願いします」

 

セレンは左へ流れた。

 

狼型の魔物が空中で牙を剥く。セレンは最小限の動きで身をずらし、そのまま柄に手を添えた。青い刃が一閃し、牙の軌道だけを焼き切る。悲鳴を上げて着地を乱した魔物の背へ、軽く掌を向けた。

 

フォースの衝撃が走る。

 

魔物は地面を転がり、立ち上がろうとしたところへ、セレンはもう一度だけ刃を滑らせた。首は落とさない。前脚の筋を断ち、戦意を奪う。魔物は低く唸ったあと、森の奥へ逃げていった。

 

反対側では、フィリアがすでに一体を押し切っていた。

 

聖剣の光をまとった斬撃が横一文字に走り、狼型の魔物は弾き飛ばされる。追撃に踏み込む足は速く、迷いがない。逃げる隙も与えない勢いだ。

 

強い、と改めて思う。

 

だがやはり、踏み込みが深い。相手を仕留める意志が強いぶん、戦いそのものが一直線だ。

 

魔物が退いたあと、フィリアが肩越しに振り返った。

 

「今の、わざと逃がしたの?」

 

「そうです」

セレンは答える。

「もう戦えないなら、追う必要はありません」

 

フィリアは少しだけ眉をひそめた。

 

「でも、また襲ってくるかもしれない」

 

「その時は、また止めます」

 

「それ、毎回そんな感じで戦ってるの?」

 

「できるだけは」

 

フィリアは少し考えるように黙り込んだあと、前を向いた。

 

「私は、倒せるなら倒した方がいいと思う」

「ええ」

「迷ってる間に誰かが傷つくなら、その方が嫌だから」

 

その言葉は強かったが、乱暴ではなかった。

誰かを傷つけたいからではない。守るために早く終わらせたい。その発想が先にあるのだ。

 

「分かります」

と、セレンは言った。

「あなたの剣は、そういう剣ですね」

 

フィリアが足を止める。

 

「……分かるの?」

 

「少しは」

セレンも立ち止まった。

「切り開くための剣です。迷っている時間を、自分で潰して進む」

 

フィリアは返事をしなかった。だが、完全に否定する気もなさそうだった。

 

「セレンの方は逆」

と、彼女は続けた。

「守るために止まる剣。受けて、見て、それから返す」

 

「そうですね」

 

「見てて、ちょっと焦れる」

 

「よく言われます」

 

フィリアは小さく息を吐いて、また歩き出した。

 

「でも、そういうのじゃないと守れないものもあるんだろうな、ってのは……分かる」

 

その言葉は、前を向いたまま零された。

セレンは返事をしなかった。ただ、その一言は確かに胸のどこかへ落ちた。

 

やがて、森が大きく開けた。

 

二人の前に現れたのは、石造りの古い祠だった。

 

地面からせり上がるように築かれた基壇。その上に、半ば崩れながらもなお形を残している門。門柱には蔓草が絡みつき、上部の石板には、風化した紋章がかすかに刻まれている。左右には、剣を捧げ持つ騎士像が立っていた。片方は首が欠け、もう片方は腕が砕けている。

 

だが、そこに漂う気配は死んでいなかった。

 

聖剣が、低く鳴るように光を帯びる。

 

フィリアが思わず息を呑んだ。

 

「やっぱり……」

 

そのまま数歩、祠へ近づく。聖剣の光はさらに強くなり、白銀の刀身に淡い紋様が浮かび上がった。

 

セレンもまた、フォースの流れの異質さを感じ取っていた。

 

この場所だけ、森の生命の流れとは別の層がある。沈んでいるのに、完全には途切れていない。何かが眠り、何かが待っている。そんな感覚だった。

 

「ここで、選ばれたんですね」

 

フィリアは門を見上げたまま頷いた。

 

「逃げてる途中だった」

声は静かだった。

「村が襲われて、みんなが私を逃がして……私はそのまま森の中を走ってた。どこへ行けばいいかも分からなかったのに、気づいたらここにいた」

 

セレンは何も挟まずに聞いていた。

 

フィリアは聖剣を見下ろす。

 

「この祠の奥で、聖剣が光った。最初は夢かと思った。でも、あの時の私は、何か掴まないと前に進めなかった」

その声に、少しだけ硬いものが混じる。

「だから、手を伸ばした」

 

それが勇者の始まりだったのだろう。

選ばれた、というより、縋りつくように掴んだ光だったのかもしれない。

 

「そのあと、翠都へ?」

 

「うん」

フィリアは短く答えた。

「聖剣を持ったまま翠都に行って、教会に保護されて……それで、勇者だって認められた」

 

そこで一度、彼女の声が止まる。

 

「教会の人たちと一緒に、村へ戻った」

わずかに、聖剣を握る手に力が入った。

「でも、その時にはもう遅かった」

 

森の静けさが、さらに深くなったように感じた。

 

セレンは彼女を見た。フィリアは泣いていない。声も震えていない。だが、その静かさそのものが、どれほど強く押し固められているものかは分かった。

 

「……そうですか」

 

他に言えることは、今の彼にはなかった。

 

フィリアは少しだけ口元を結んだあと、前を向く。

 

「だから、辺境だからって放っておけない」

 

その言葉は、誰かに説明するためのものではなかった。

 

「教会が間に合わないこともある。待ってるだけじゃ遅いこともある。だったら、私が行かなきゃいけない」

 

セレンはその横顔を見つめた。

 

選ばれた者。守るために動く者。

期待と喪失の両方を背負って、それでも前へ出る者。

 

違う形をしていても、その在り方には見覚えがあった。

 

「この祠、昔から伝承があるの」

と、フィリアは少しだけ話題を変えるように言った。

「かつて勇者がこの地を訪れた時、聖剣を納めた祠と、それを守る騎士がいたって」

 

「守る騎士」

 

「うん。勇者に仕えて、祠を守って、最後まで剣を置かなかった騎士」

 

セレンは崩れた騎士像を見上げた。

 

剣を捧げる姿勢。門を背に立つ構図。誇示ではなく、守護のための像だ。

この祠がただの聖地ではなく、何かを封じ、繋ぎ、残すための場所だったことが分かる。

 

「セレン?」

 

フィリアが少し不思議そうに振り返る。

 

「どうしたの」

 

「……いえ」

 

本当は、少し気になっていた。

勇者を支える騎士。守るために剣を置かなかった者。

その在り方が、どこか他人事には思えなかったからだ。

 

だが、それを口に出す前に、フォースが鋭く波打った。

 

「下がってください」

 

セレンの声に、フィリアの表情が変わる。

 

「来るの?」

 

「ええ。近いです」

 

祠の奥――正確には、門の向こうに続く暗がりの中から、冷たい結びつきが濃くなる。昨日までのアンデッドとは違う。もっと深く、もっと重い。長い時間をかけて染み込んだ呪いのようなものだ。

 

そして次の瞬間、金属が石を擦るような音が鳴った。

 

ギィ……と、錆びついた音。

 

フィリアが聖剣を構える。

 

「昨日までのと違う」

 

「ええ」

セレンもライトセーバーの柄に手をかけた。

「かなり強い」

 

暗がりの奥で、何かが動いた。

 

甲冑のような輪郭。重い足取り。だが、まだ姿は見えない。門の奥の闇に沈んだまま、こちらを見ている気配だけがある。

 

フィリアの聖剣が強く光を増した。呼応するように、祠の門柱の紋様が淡く浮かび上がる。

 

「聖剣が……警戒してる」

 

セレンはゆっくりと一歩前へ出た。

風が止む。森が息を潜める。

 

暗がりの中から、再び金属音が鳴った。

 

今度は、よりはっきりと。

 

重い剣を引きずるような音。

石段を上がってくる足音。

そして――首の高さにあるはずの場所だけが、ぽっかりと黒く空いた影。

 

フィリアが息を呑む。

 

「……騎士?」

 

その声に答えるものはない。

 

ただ、かつて勇者を守ったはずの存在は、もう祠の番人として正しく立ってはいなかった。

 

セレンは青い刃を起動した。

 

フィリアもまた、聖剣を握り直す。

 

門の奥、闇の中で、首なき騎士の影がゆっくりと剣を持ち上げる。

 

碧門の祠は、まだ終わっていない。

そう告げるように、冷たい気配が二人の前で静かに牙を剥いた。

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