異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード6:首なき守護騎士

首なき騎士は、音もなく門の奥から現れた。

 

闇の中から滲み出るように、その巨体が石段の上へ姿を見せる。全身を覆う甲冑は黒ずみ、かつては銀であったのかもしれない装飾は、今や煤けた鈍色へと変わっていた。胸には祠の紋章と同じ意匠が刻まれている。だが、その首から上だけが、ぽっかりと空白だった。

 

あるべき場所に頭がない。

 

それでも騎士は立っていた。

長大な剣を片手で引きずり、その剣先が石を削るたび、不快な音が森の静寂を裂いていく。

 

フィリアが小さく息を呑む。

 

「……これが、祠を守ってた騎士……?」

 

答えるものはない。

代わりに、首のない胴から黒い靄が立ち昇り、空洞の首元に青白い火が瞬いた。昨夜のアンデッドとは比べものにならない。冷たいのに重い。死者を無理やり現世へ縫い留める、深く濁った結びつき。

 

セレンは、皮膚の下を這うような違和感を覚えた。

 

「フィリア」

「……うん」

「これは、ただのアンデッドではありません」

「それは、私にも分かる」

 

言葉は短い。だが、強く突き放すような響きはなかった。

緊張の中で、フィリアもまた状況を正しく見ている。ただ、それを長く言葉にする余裕がないだけだった。

 

首なき騎士――デュラハンは、二人を“見た”。

 

頭がない以上、視線が合うはずもない。だが確かに、見られている。

侵入者か。試練を受ける者か。あるいは、排除すべき敵か。

 

次の瞬間、その巨体が信じ難い速さで踏み込んだ。

 

「っ!」

 

振り下ろされた大剣を、セレンは咄嗟にライトセーバーで受けた。

 

青い刃と、黒ずんだ長剣がぶつかり合う。

 

その瞬間、セレンの表情が初めて揺れた。

 

「……切れない?」

 

本来なら、金属の剣など受けた時点で焼き切れている。

少なくとも、こうして真っ向から拮抗すること自体があり得ない。

 

だが、デュラハンの剣は砕けなかった。

刃の周囲を覆う黒い靄が、青い光を拒むように軋み、呪いそのものが剣を現世へ繋ぎ止めている。

 

重い。速い。

 

セレンは反射的にフォースへ意識を沈めた。

 

本来なら、相手の動きは刃より先に見える。

踏み込み、重心、殺意の向き。戦場では、その僅かな先読みこそが生死を分ける。

 

だが、この騎士は違った。

 

異世界に満ちる力の流れは、フォースに似て非なる揺らぎを帯びている。読めないわけではない。だが、慣れ親しんだ戦場よりも感覚が半拍だけ鈍る。

その上で、このデュラハンは剣士としてあまりに手練れだった。

 

先読みだけでは足りない。

経験と技、その両方で受けなければ、この場は凌げない。

 

石段を砕きながら押し込まれ、セレンは数歩後退した。

 

「セレン!」

 

フィリアが横から飛び込む。聖剣の白光が一閃し、デュラハンの脇腹を狙う。だが騎士は半歩だけ身を捻り、その斬撃を甲冑で受けた。鈍い金属音。浅い。

 

「硬い……!」

 

フィリアが歯を食いしばる。

 

デュラハンはそのまま反転した。首がないはずなのに、迷いなくフィリアの位置を捉え、返す刃で横薙ぎに払ってくる。

 

速い。

 

フィリアが受ける。白銀の刀身と黒い長剣が激突し、火花が散った。だが力負けする。小柄な身体が弾き飛ばされ、石畳の上を滑った。

 

「フィリア!」

 

セレンがフォースで衝撃を緩める。完全には防げない。だが、彼女の背が門柱に叩きつけられる前に勢いだけは逸らせた。

 

デュラハンが追う。

 

セレンは割って入った。青い刃を縦に立て、斬り下ろしを正面から受ける。今度は真正面からではなく、角度をつける。流す。だが、それでも重い。腕の骨まで軋むようだった。

 

ソレス。

受け、逸らし、待つ剣。

 

それでも、この相手は受けるだけで削られていく。技量がある。力もある。死してなお騎士であることを忘れていない。

 

「……厄介ですね」

 

デュラハンは答えず、続けざまに剣を返してくる。下から掬い上げるような一撃。セレンは後方へ跳んでかわすが、黒い刃圧がローブの裾を裂いた。

 

その一瞬を狙って、フィリアが再び踏み込む。

 

「はあっ!」

 

今度は真正面からではない。低く潜り、膝を狙う。聖剣が光を放ち、甲冑の継ぎ目を正確に裂く。デュラハンの片膝が僅かに揺れた。

 

そこへセレンが続く。

青い刃で首元を払う――が、空を切る。

 

その瞬間、嫌な予感がした。

 

首を断てば終わる。

少なくとも、生きた相手ならそれで決着はつく。

 

だが、それはセレンが好む答えではなかった。

必要とあればそうするしかないと知っていても、できる限り選びたくはない。

 

まして、目の前の騎士には最初から首がない。

 

その異様さに、セレンの思考が一瞬だけ引っかかった。

ジェダイとして積み重ねてきた戦いの感覚が、その一点だけ空を切る。

 

――形に囚われるな、セレン。

 

不意に、マスター・ヨルの声が脳裏に蘇った。

 

――相手を倒す時、お前が見るべきは肉体じゃない。

何がそれを動かしているのかだ。

 

セレンは、はっと息を呑んだ。

 

「下がってください!」

 

叫ぶと同時に、デュラハンの空洞の首元から黒い霧が噴き出した。刃ではない。だが明確な殺意を持った瘴気の奔流。フィリアが聖剣を掲げて正面から受けるが、完全には防ぎきれず、押し戻される。

 

セレンも腕を上げ、フォースで衝撃を逸らした。黒い霧が肌を撫でるだけで、ぞわりとした冷気が骨の内側へ染み込んでくる。

 

「これ……っ、剣だけじゃない!」

 

「ええ。呪いそのものを纏っています」

 

フィリアが息を整えながら立ち上がる。だが、顔色は明らかに悪かった。

 

セレンはデュラハンを見据えたまま、短く言った。

 

「無理はしないでください」

「無理しないで勝てる相手に見える?」

「見えません」

「なら同じでしょ」

 

返ってきた声には、まだ火があった。

だが、いつものような勢い一辺倒ではない。強敵だと、彼女も理解している。

 

デュラハンが再び剣を構える。

 

その動きに、セレンはほんの一瞬、引っかかりを覚えた。

 

甲冑の胸。祠の紋章。首のない空洞。そして、剣筋の正確さ。

ただ暴れているわけではない。

守るために戦った者の剣が、そのまま歪んで残っている。

 

「フィリア」

「なに」

「この騎士、祠の番人だったという伝承は本当かもしれません」

 

「……そんなの、見れば分かる」

フィリアは聖剣を強く握り直した。

「でも、だからってこのままにできるわけじゃない」

 

「ええ」

セレンは頷いた。

「問題は、倒し方です」

 

デュラハンが踏み込む。

 

セレンが正面で受ける。重さを逸らす。フィリアが横から斬り込む。だがデュラハンは、こちらの連携にすら対応してきた。まるで生前の戦闘経験がそのまま残っているかのように。

 

フィリアの斬撃が甲冑を削る。セレンの刃が肩の継ぎ目を断つ。だが、致命には届かない。黒い霧が傷口を覆い、すぐに形を繋ぎ直してしまう。

 

「再生してる……!」

「いえ、違います」

 

セレンは息を切らしながらも目を離さない。

 

「これは、繋がっているんです」

「繋がってる?」

「首と胴、騎士と祠、誓いと呪い。その全部がまだ断ち切られていない」

 

デュラハンの大剣が振り下ろされる。セレンは受け流しきれず、ついに膝をついた。腕が痺れる。今までなら余裕を持って外せた軌道なのに、完全に押し込まれた。

 

「セレン!」

 

フィリアが割って入る。聖剣と大剣がぶつかり合う。火花が弾ける。だが彼女一人でも止めきれない。白い刃がじりじりと押されていく。

 

その時だった。

 

デュラハンの空洞の首元から、かすかに何かが聞こえた気がした。

 

声ではない。言葉でもない。

ただ、長い時間をかけて擦り切れた願いの残響のようなもの。

 

守る。

置かない。

退かない。

 

フォースが、その歪んだ残留思念を拾う。

 

「……そういうことですか」

 

セレンは歯を食いしばって立ち上がった。

 

「フィリア!」

「なに!」

「これは排除ではありません!」

「は!?」

「解放するんです!」

 

その言葉に、フィリアの目が揺れた。

 

勇者に仕えた騎士。最後まで剣を置かなかった守護者。

それがこんな姿で祠に縛られているのだとしたら――。

 

「……っ」

 

フィリアの表情に、迷いが走る。

それは当然だった。ただの怪物ならまだいい。だがこれは、かつて誰かを守った騎士の成れの果てだ。

 

「こんなの……」

フィリアの声が掠れる。

「こんなの、勇者に仕えた騎士の終わり方じゃない」

 

デュラハンが吼えるように霧を噴き出した。フィリアの言葉に応じるように、祠の門柱が鈍く光る。

 

セレンはその瞬間を見逃さなかった。

 

「核は祠と繋がっています! 聖剣で道を開いてください!」

「道?」

「呪いを裂くんです。僕が縁を断ちます!」

 

フィリアは一瞬だけ、セレンを見る。

 

いつもより余裕のない顔。呼吸も荒い。腕も震えている。

それでも、その目だけは静かだった。

 

信じろ、と。

言葉にしなくても、そう告げていた。

 

「……分かった!」

 

フィリアが踏み込む。

 

聖剣が、これまでで最も強く光を帯びた。白銀の刀身が眩く輝き、その軌跡が闇を裂く。

 

「はあああっ!」

 

正面からの一撃。

デュラハンが受ける。激突。

だが今までと違う。フィリアの剣は甲冑を断つためではなく、その奥にある“呪い”を暴くために振るわれていた。

 

白い光がデュラハンの胸元を貫く。祠の紋章が悲鳴を上げるように明滅し、黒い霧の奥で、絡みつく鎖のようなものが浮かび上がった。

 

「セレン!」

 

「はい!」

 

セレンが駆ける。

 

デュラハンの剣が横薙ぎに来る。受ける。流す。半歩入る。

ソレスのすべてを一瞬に込める。

 

見えた。

首を失った騎士に無理やり絡みつき、祠と縫い留めている黒い縁。誓いそのものを呪いへ変えてしまった、不自然な結びつき。

 

「――還ってください」

 

青い刃が、白い光の裂け目へ突き立つ。

 

フォースが奔る。

生命の流れに逆らう縁を断ち切る。

首と胴。騎士と祠。誓いと死。歪んだすべてを、一閃で切り分ける。

 

デュラハンの巨体が、びくりと止まった。

 

黒い霧が、裂ける。

 

そしてその中から、一瞬だけ、本来の姿が見えた気がした。

 

白い甲冑を纏った、首のある騎士。

膝をつき、剣を捧げるようにして、静かに頭を垂れる影。

 

フィリアが息を呑む。

 

セレンもまた、胸の奥に微かな安堵を覚えた。

 

次の瞬間、デュラハンの身体は音もなく崩れ落ちた。

甲冑は乾いた音を立てて石段に散り、黒い霧は風に溶けて消えていく。

 

残ったのは、祠の門前に落ちた一本の古剣だけだった。

 

静寂が戻る。

 

フィリアはその場に立ち尽くしていた。聖剣はまだ淡く光っているが、もう先ほどのような激しさはない。

 

「……終わった」

 

「ええ」

 

セレンも呼吸を整えながら答える。だが、腕は重かった。今までで一番きつい戦いだった。受け切れたのは紙一重だ。もしフィリアがいなければ、勝てていたとは思えない。

 

フィリアがゆっくりと、崩れた甲冑の前へ歩み寄る。

 

「守ってたんだよね」

誰に向けるでもなく、彼女は呟く。

「最後まで」

 

返る声はない。

 

それでもフィリアは、聖剣を胸の前で静かに立てた。

祈るような、見送るような仕草だった。

 

セレンは少し離れた場所から、その背を見つめる。

彼女の中で今、勇者という言葉の意味が、少しだけ変わったのかもしれないと思った。

 

やがて、祠が低く震えた。

 

二人が顔を上げる。

 

門の向こう、これまで闇に沈んでいた石壁の紋様が、淡い光を帯びて浮かび上がっていた。聖剣に呼応しているのか、それともデュラハンの呪縛が解けたことで、本来の機能を取り戻し始めたのか。

 

「開く……?」

フィリアが身を固くする。

 

だが、完全には開かなかった。

 

奥へ続く石扉は、わずかに震えただけで止まる。まるで、まだ何かが足りないと言うように。

 

それでも、扉の隙間の向こうには確かに何かがあった。

冷たくはない。むしろ、長い眠りの底から微かに呼びかけるような気配。

 

セレンは目を細める。

 

「何かが、まだ奥にあります」

 

「私も感じる」

フィリアは聖剣を見下ろした。

「でも、今は入れない」

 

その声音には、悔しさよりも確信があった。

終わっていない。けれど、今ここで無理に踏み込むべきではない。彼女もそれを理解している。

 

デュラハンとの戦いで、二人とも消耗していた。これ以上進めば、何が待っていようと対処しきれないだろう。

 

「一度戻りましょう」

セレンが言う。

「祠についても、この騎士についても、調べる必要があります」

 

「……うん」

 

フィリアは頷いたあと、ふとセレンの方を見る。

 

「さっき」

「はい」

「助かった」

言葉を選ぶような間があった。

「一人だったら、たぶん無理だった」

 

セレンは少しだけ沈黙したあと、答えた。

 

「こちらも同じです」

「え?」

「あなたがいなければ、断ち切れなかった」

 

フィリアの目がわずかに見開かれる。

たぶん、同じ重さで返ってくるとは思っていなかったのだろう。

 

「……そう」

それだけ言って、彼女は少しだけ視線を逸らした。

「なら、引き分けってことにしとく」

 

セレンはわずかに目を細めた。

 

「そうかもしれません」

 

フィリアは崩れた甲冑の前で一度だけ振り返り、それから石段を下り始める。

セレンもその後に続いた。

 

碧光の森は相変わらず静かだった。

だが先ほどまでの静けさとは違う。何かが終わり、何かが残されたあとの、澄んだ静寂だ。

 

勇者を守った騎士。

その成れの果てと刃を交えたことは、フィリアの胸に深く残るだろう。

 

そしてセレンにとってもまた、あれはただのアンデッドではなかった。

死してなお誓いに縛られる姿は、あまりにも痛ましく、それでいてどこか他人事ではない。

 

石段を下りながら、フィリアがぽつりと言った。

 

「さっきの、解放するんです、って言った時」

彼女は前を向いたまま続ける。

「ちょっとだけ、信じてよかったって思った」

 

セレンは、その背を見つめた。

 

まっすぐだ、と思う。

危ういほどに。眩しいほどに。

 

疑う時も、怒る時も、剣を振るう時も、フィリアはいつも正面から向き合ってくる。

だからこそ、言葉を濁したままでいるのは、少しだけ違う気がした。

 

「……ジェダイ・ナイト」

 

フィリアが足を止める。

 

「え?」

 

「僕は、そう呼ばれていました」

セレンは静かに言った。

「まだ、なりたてでしたが」

 

フィリアは振り返る。

聞き慣れない言葉に戸惑っているのは明らかだった。だが、茶化すような色はない。

 

「ジェダイ……?」

 

「あなたにとっての“勇者”に、少し近いのかもしれません」

セレンは少しだけ視線を伏せた。

「少なくとも、僕にとっては大事な名前です」

 

フィリアはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「私はそれ、知らない」

それから、少しだけ言いにくそうに続ける。

「でも、あなたにとって大事なことなんだっていうのは分かる」

 

セレンは彼女を見た。

 

フィリアはほんの少しだけ視線を逸らす。

 

「だから……ありがと」

そして、いつものように少しだけぶっきらぼうに言った。

「一応、感謝しておく」

 

その言葉に、セレンはほんのわずかに目を細めた。

 

「どういたしまして」

 

フィリアは小さく鼻を鳴らした。

 

「相変わらず、落ち着いてるね」

「そう見えるだけです」

「……見えるだけなんだ」

 

それ以上は言わなかった。

だが、二人の間にあった張りつめた距離は、確かに少しだけ変わっていた。

 

まだ互いに知らないことの方が多い。正体も過去も、全部は話していない。

それでも、あの祠の前で同じ窮地を越えたことだけは、言葉以上に確かなものとして残っている。

 

森の出口へ向かう途中、フィリアが一度だけ振り返って祠の方を見た。

 

「また来る」

 

それは誓いのように聞こえた。

 

「ええ」

セレンも頷く。

「その時は、奥まで行きましょう」

 

フィリアは短く頷き返した。

 

碧門の祠は、まだ終わっていない。

だが二人にとって、この戦いは確かに一つの始まりだった。

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