異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード7:ジェダイの旅立ち

碧門の祠を離れてもしばらくのあいだ、二人は無言のまま森を歩いていた。

 

戦いの熱はすでに引いている。だが、首なき守護騎士と刃を交えた余韻は、まだ身体の奥に残っていた。腕に残る鈍い痺れ。肺に貼りつく冷気。祠の奥でわずかに開きかけた扉と、その向こうから滲んだ“眠る何か”の気配。

 

碧光の森は相変わらず青白く静かだったが、さっきまでとは見え方が違っていた。

ただの神秘の森ではない。古い誓いと、異質な呪いが、確かにそこに積み重なっている。

 

先を歩いていたフィリアが、ふいに足を止めた。

 

「……おかしい」

 

セレンも立ち止まる。

 

「何がですか」

 

フィリアはすぐには答えず、少し考えるように視線を落とした。それから、聖剣の柄に触れたまま口を開く。

 

「私が最初に祠へ来た時」

彼女は言った。

「あんな、首のない騎士はいなかった」

 

セレンは黙って先を促す。

 

「祠は静かだった。古くて、誰も来ない場所って感じで、怖くなかったわけじゃないけど……少なくとも、さっきみたいな気配はなかった」

フィリアは小さく息を吐いた。

「聖剣も、あの時は私を呼ぶみたいに光っただけ。警戒するみたいな感じじゃなかった」

 

それはつまり、あの守護騎士は最初からあの姿で祠にいたわけではない、ということだ。

 

「最近の異変と繋がっている可能性がありますね」

と、セレンは言った。

 

「やっぱり、そう思う?」

 

「ええ。少なくとも自然ではありません」

セレンは森の奥を振り返る。

「祠そのものは古い。ですが、あの冷たい結びつきはもっと新しい。後から染み込んだような違和感がありました」

 

フィリアがゆっくりと頷く。

 

「私も、そんな気がする」

声は低かった。

「あの騎士、本来はあんなふうに起き上がる存在じゃなかったはず」

 

スケルトン。ゴースト。動くはずのない死者。

この世界では、それらをただの魔物とは別に扱っているらしい。しかも聖なる力か、フォースに近い何かでなければ完全には断てない。そこには明らかに、この世界の生と死の流れを歪める“別の力”が介在している。

 

「祠の騎士まで起こすほどの異変、か……」

フィリアが呟く。

「やっぱり、放っておけない」

 

セレンはその横顔を見た。

 

疲れていないわけがない。あの戦いは、彼女にとっても明らかに限界に近いものだった。それでも視線は前を向いている。止まることを、まだ自分に許していない顔だった。

 

「その前に」

セレンが言う。

「休むべきです」

 

フィリアが少しだけ眉をひそめる。

 

「今?」

 

「そうです」

セレンの声は穏やかだったが、譲る気はなかった。

「このまま次の異変に遭遇すれば、今度は立て直せないかもしれません」

 

フィリアはすぐには返事をしなかった。

反論を探しているというより、自分でも分かっている事実を飲み込もうとしているように見えた。

 

「……分かった」

やがて彼女は短く答える。

「少しだけ休む」

 

「ええ。それだけでも十分です」

 

二人は森の斜面を少し下り、水音のする方へ向かった。ほどなくして、小さな沢に出る。陽はまだ高いが、木々に遮られて辺りは薄暗く、休むにはちょうどよかった。

 

フィリアは岩に腰を下ろすなり、ようやく大きく息を吐いた。

 

「はあ……」

そのまま顔を上げる。

「正直、助かった」

 

「無理をしていたのは気づいていました」

 

フィリアは少しだけ口を尖らせたが、反発はしなかった。代わりに、沢の水面へ視線を落とす。

 

「セレン」

「はい」

「さっき、私が最初に祠へ来た時のこと、聞いてたよね」

 

「ええ」

 

「その時、私は一人だった」

フィリアは自分の指先を見るように、静かに言った。

「村のみんなが逃がしてくれて、走って、気づいたら祠に辿り着いて……聖剣に選ばれて。それで翠都へ行って、勇者だって言われた」

 

そこで彼女は、ほんの少しだけ言葉を切る。

 

「最初は、よく分からなかった。勇者っていうものはいるんだって、ずっと思ってたし、教会の話も信じてた」

苦笑のようなものが、口元をよぎる。

「でも、それが自分だなんて全然思ってなかった。私なんかが選ばれるなんて、考えたこともなかった」

 

沢の音が静かに流れる。

 

セレンは口を挟まなかった。

ただ、聞いていた。

その沈黙が必要だと分かっていたからだ。

 

「教会は私に“アークライト”って名前をくれた」

フィリアは少しだけ顔を上げた。

「勇者としての名前。みんなの前でそう呼ばれて、聖剣の勇者だって言われて、最初は……悪くないって思った」

 

彼女の声音には、否定しきれない本音が混じっていた。

 

「でも今は、少しだけ分からなくなる時がある」

「どういう意味ですか」

 

「それが、本当に私の名前なのかなって」

フィリアは苦く笑う。

「村にいた時の私は、ただのフィリアだった。なのに、勇者になった瞬間から、教会の人たちは“アークライト”って呼ぶようになった。もちろん、それで助けられたのも本当。でも……時々、私じゃない何かを期待されてる気がする」

 

セレンはその言葉を静かに受け止めた。

 

勇者であること。与えられた名。背負わされた役割。

それは彼にも、まったく無縁のものではなかった。

 

「あなたは、フィリアです」

しばらくして、セレンはそう言った。

 

フィリアが顔を上げる。

 

「……単純に言うね」

 

「複雑にする必要がありません」

セレンは沢の流れを見たまま続ける。

「勇者であることも、アークライトと呼ばれることも、今のあなたの一部ではあるのでしょう。ですが、それであなた自身が消えるわけではない」

 

フィリアは少し黙り込んで、それから小さく息を吐いた。

 

「たまに思う」

彼女は呟く。

「セレンって、変に大人びてる」

 

「そうでしょうか」

 

「そう」

フィリアは即答した。

「落ち着いてるし、見てるところが少し遠い」

そこでわずかに目を細める。

「でも、全部分かってるって顔はしない」

 

その言葉に、セレンは少しだけ視線を伏せた。

 

全部分かっているわけがない。

この世界のことも、勇者のことも、教会のことも。

分からないことばかりだ。

それでも、自分が知っている“失う側の痛み”くらいは、見誤りたくなかった。

 

フィリアが沢の水をすくって顔を洗う。その動きはまだ疲れているが、少しずつ呼吸は整ってきていた。

 

「でも」

と、彼女は水滴を払ってから言う。

「そういう言い方、嫌いじゃない」

 

セレンは何も返さなかった。

ただ、ほんの少しだけ目を細めた。

 

沢で休んだあと、二人は村へ戻る道を選んだ。

 

祠で起きたことを、まずは整理する必要がある。

守護騎士が最近になって目覚めたという事実。祠の奥にまだ何かが眠っていること。あの冷たい結びつきが、自然のものではないという確信。

 

木柵が見え、煙の匂いが風に混じる。人の営みの気配が戻ってくる。どこか張りつめていた森の空気から、ようやく抜け出したような感覚があった。

 

村人たちは、二人の姿を見るなり安堵と緊張の入り混じった顔をした。昨夜と今朝のことがある。この森から無事に戻ってくるだけで、彼らにとっては十分に異常なのだろう。

 

「無事だったか!」

 

初老の男が駆け寄ってくる。フィリアは小さく頷いた。

 

「なんとか」

そしてすぐに続ける。

「でも、しばらく祠の方へは近づかないで」

 

男の顔が強張る。

 

「やはり、何かいたのか」

 

「いた」

フィリアは短く答える。

「ただの魔物じゃない。昔からあそこにあったものが、最近の異変で目を覚ましたみたいな感じ」

 

セレンはその表現に内心で頷いた。

真実のすべてではない。だが、今この場で伝えるには十分で、しかも誤魔化しすぎていない言い方だった。

 

「教会へも報告します」

フィリアが言う。

「でも、すぐに全部が片付くとは思わない。だから、夜は特に気をつけて」

 

勇者としての声だった。

無責任に安心させず、しかし必要以上に怯えさせもしない。

その在り方を見て、セレンは少しだけ認識を改めた。フィリアは勢いだけではない。未熟でも、ちゃんと“立とう”としている。

 

村人たちが散っていったあと、村外れの木柵にもたれかかっていた三人組が、ようやくこちらへ歩いてきた。

 

「よう」

先頭の大剣の男――ダルクが、渋い顔のまま言う。

「帰ってきたか」

 

その声は素っ気ない。だが、本当に興味がない人間の声音ではなかった。

 

術師の女がフィリアをじろりと見たあと、はっきりと息を吐く。

 

「生きてるならそれでいいわ。戻ってこないかと思った」

 

弓の男も肩を竦めた。

 

「まあ、半分くらいはそう思ってた」

 

「縁起でもないこと言わないで」

フィリアが即座に返す。

「ちゃんと戻ってきたでしょ」

 

「その“ちゃんと”が一番信用ならないんだよ」

ダルクが鼻を鳴らした。

「毎回毎回、一人で突っ込んでりゃそうなる」

 

フィリアは言い返しかけて、少しだけ言葉に詰まった。以前なら、ここで真っ向からぶつかっていたのだろう。

 

「……それは」

「図星か」

と、弓の男が言う。

 

術師の女が腕を組んだまま、セレンへ視線を向ける。

 

「で。そっちの旅人さんが、今度の命綱ってわけ?」

 

「そういう言い方はやめて」

フィリアが睨む。

 

「でも事実でしょ」

女はさらりと返す。

「少なくとも今回は、あんた一人じゃなかった」

 

セレンは三人を見る。

 

彼らの態度には棘がある。だが、悪意だけで出来てはいない。

むしろそれは、不器用に距離を取ろうとした者の物言いだった。

 

「あなた方は」

セレンが静かに口を開く。

「元々、フィリアと同行していたんですね」

 

「教会の依頼でな」

ダルクが言った。

「勇者様の補佐だの護衛だの、格好のいいことは色々言われたさ」

 

弓の男が続ける。

 

「でも実際は、ついていくだけで精一杯だった。魔物相手ならまだしも、ああいう死人相手じゃ決め手がない」

「足手まといになるくらいなら離れた方がマシだと思ったのよ」

術師の女が淡々と言う。

「それに、この子」

顎でフィリアを示す。

「人の忠告、全然聞かないし」

 

「……う」

フィリアが詰まる。

 

「無茶してでも前に出る。止めても出る。守られたくない顔をする。あんたと一緒にいたら、こっちまで道連れにされるわ」

女はそこで少しだけ表情を緩めた。

「だから離れた。……でも、別に死んでほしいわけじゃない」

 

その言葉に、フィリアは視線を伏せる。

 

ダルクが頭を掻いた。

 

「見捨てたって言われりゃ、否定はしねえよ」

低い声だった。

「だが、俺たちじゃもう付き合いきれなかった。それだけだ」

 

しばし沈黙が落ちる。

 

フィリアは聖剣の柄へ手を置いたまま、ようやく口を開いた。

 

「……ごめん」

 

三人がそろって目を瞬かせた。

 

「前のあなたなら、そんなこと言わなかったでしょうね」

術師の女が半ば呆れたように言う。

 

「言えるようになっただけ偉いんじゃない?」

弓の男が笑う。

 

ダルクはセレンの方をちらりと見た。

 

「へえ」

それだけ言って、口元を少し歪める。

 

「なによ」

フィリアが眉を寄せる。

 

「いや。少しは人の話を聞く顔になったと思ってな」

「それ、どういう意味?」

「そのまんまだよ」

 

術師の女が面白そうに目を細めた。

 

「でも分かる。前より少し落ち着いてる」

そして、セレンとフィリアをゆっくり見比べる。

「……なるほど、そういうことね」

 

「え?」

 

弓の男も口元を歪める。

 

「確かに。今度の同行者は、ただ一緒にいるだけじゃなさそうだ」

 

「ちょっと、何その言い方」

フィリアが眉を寄せる。

「そういうんじゃないから」

 

そのやり取りを見ながら、セレンはほんの少しだけ目を細めた。

三人の態度は荒い。だが、フィリアをよく見ている。離れた今でも、完全に他人になったわけではないのだろう。

 

術師の女がふっと表情を戻す。

 

「で、祠の方は?」

問いかけの声は真面目だった。

 

フィリアもすぐに空気を切り替えた。

 

「よくない」

短く言う。

「昔からあそこにあったものが、最近の異変で起きたみたい。教会に報告して、ちゃんと記録も調べた方がいい」

 

セレンが補足する。

 

「祠そのものも、最近のアンデッドと無関係ではないはずです。あの冷たい結びつきが、あそこまで染み込んでいた」

 

弓の男が顔をしかめた。

 

「冷たい結びつき、ね。あんたの言い方は分かりにくいけど、嫌な感じってことだけは伝わる」

 

「それで十分です」

と、セレンは答えた。

 

ダルクが腕を組む。

 

「なら、行き先は決まりだな」

「翠都」

フィリアが言う。

「私の拠点でもあるし、教会の記録もある。あの祠についても、最近の異変についても、向こうで調べる」

 

術師の女が頷いた。

 

「妥当ね」

そして、少しだけ口元を上げる。

「勇者様が真っ先に突っ込む以外の選択肢を口にしたの、初めて見たかも」

 

「だから、うるさいってば」

 

けれど今度のフィリアは、本気で噛みつかなかった。

言い返しながらも、その頬には少しだけ赤みが差している。

 

ダルクが踵を返す。

 

「じゃ、俺たちは先に行く」

「え?」

フィリアが顔を上げる。

 

弓の男が肩を竦めた。

 

「依頼主には、こっちから先に状況を入れとくよ。あんたが無茶して死んでないってことも含めてな」

 

「翠都で落ち合いましょ」

術師の女が言う。

「勇者様と、その新しい同行者さん」

 

フィリアが何か言い返そうとしたが、その前に三人はもう歩き出していた。

 

「ちょっと、待って――」

 

「待たねえよ」

ダルクが振り返りもせずに言う。

「無事は確認した。なら十分だ」

 

そのまま三人は、夕暮れの街道へ消えていく。

不器用で、そっけなくて、でも最後まで他人になりきれない背中だった。

 

フィリアはしばらくその背を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……勝手なんだから」

 

そう言いながらも、その声音には怒りより安堵の方が強く混じっていた。

 

村人たちが、食事と水を用意してくれた。今は断らない方がいいと、誰もが分かっていた。

 

木製の器に入った温かいスープを受け取り、フィリアが小さく肩の力を抜く。

 

「生き返る……」

 

「それは何よりです」

 

「今の言い方、年寄りくさい」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

フィリアは一瞬きょとんとして、それから少しだけ笑った。

大きな笑いではない。けれど、これまでより自然なものだった。

 

食事のあと、セレンは村の外れで空を見上げた。

異世界の夜空には、やはり見慣れた星座はない。

 

だが、その空の下で守るべきものがあるという事実は、もう変わらなかった。

 

後ろで足音が止まる。

 

「セレン」

 

「はい」

 

振り返ると、フィリアが立っていた。聖剣はもう腰に収められている。表情は朝よりも、祠へ向かう前よりも、少しだけ柔らかい。

 

「明日、翠都へ行く」

彼女は言った。

「祠のことも、最近の異変のことも、ちゃんと調べたい。勇者として報告もしないといけないし」

 

「ええ」

 

「あなたも来る?」

その問いには、確認以上の響きがあった。

「……って、聞くまでもないかもしれないけど」

 

セレンはすぐには答えなかった。

 

翠都。教会。勇者の拠点。

その先には、この世界の異変の手掛かりがあるだろう。祠に染み込んでいた冷たい結びつきの正体も、フィリアが背負わされている“勇者”という名の意味も、何か分かるかもしれない。

 

だがそれだけではなかった。

 

オーダー66。崩れ落ちた聖堂。倒れていったジェダイたち。

マスター・ヨルの最後の姿を、セレンはまだ知らない。知ることすらできないまま、この世界へ落ちた。

 

自分だけが生き残ったのだとしたら。

銀河で果たせなかった教えがあるのだとしたら。

それでも今、目の前で救える命があるのなら――。

 

フォースは、遠い銀河の記憶と、この世界の静かな夜気を、奇妙な形で繋いでいた。

 

マスター・ヨルなら、何と言うだろう。

答えはもう、聞かなくても分かる気がした。

 

進め、と。

 

救えるものがあるなら、そこで立ち止まるな、と。

 

セレンはゆっくりとフィリアを見た。

 

勇者フィリア。

まっすぐで、危うくて、目を離せない少女。

放っておけば、また一人で飛び込んでいくのだろう。だがその危うさの奥には、本気で誰かを救いたいと願う光がある。

 

眩しい、と思った。

だからこそ、目を逸らしたくなかった。

 

「行きます」

セレンは静かに答えた。

「ジェダイ・ナイトとして。今度は、ちゃんと前に進みたい」

 

フィリアが目を瞬く。

 

「……そっか」

 

それだけ言って、彼女は少しだけ視線を逸らした。

けれど、その横顔にはわずかな安堵が浮かんでいた。

 

「じゃあ、決まり」

フィリアは前を向く。

「明日から、一緒に翠都へ行こう」

 

「ええ」

 

ただ偶然並んでいるだけではない。

もう二人は、同じ異変を追う者として、確かに同じ道を見始めている。

 

碧門の祠は、まだ終わっていない。

守護騎士が目覚めた理由も、祠の奥に眠るものの正体も、何も分かってはいない。

 

それでも、旅立つ理由は十分だった。

 

セレンは静かな夜気の中で、もう一度だけ空を見上げた。

見知らぬ星々の下でも、自分が進むべき道は、きっと変わらない。

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