異世界ジェダイ ~光の刃と聖なる剣~   作:三月MOUSE

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エピソード9:勇者の値札

翠都が近づくにつれ、街道を行き交う人の数は目に見えて増えていった。

 

荷馬車を引く商人、籠を背負った農夫、巡礼らしき旅装の老人、槍を携えた見回りの兵。道幅も村の周辺とは比べものにならないほど広く、ところどころには整えられた石畳まで敷かれている。遠くから見えていた白い壁は、近づくほどにその大きさを増し、陽を受けて淡く輝いていた。

 

「……大きいですね」

 

セレンが素直に呟くと、隣を歩くフィリアが少しだけ口元を上げた。

 

「でしょ」

どこか誇らしげな声音だった。

「翠の国の中心だもん。辺境の村とは比べものにならないよ」

 

セレンは高い外壁と、その向こうに広がる街並みを見上げた。

 

かつて一度だけ、マスター・ヨルに伴われて訪れたコルサントを思い出す。

空を埋め尽くすほどの建造物と無数の往来を抱えた、あの惑星都市には遠く及ばない。だが、この世界でこれほど多くの人と秩序が集まる場所は、間違いなく“大きな都”だった。

 

高い外壁の上には見張り台があり、門の前では旅人や商人が列を成している。荷の確認を受ける者、通行証のような木札を見せる者、教会の印を付けた馬車に頭を下げる者。都に入るという行為そのものが、すでに一つの秩序の中に組み込まれていた。

 

セレンはその様子を黙って見ていた。

 

整えられた導線。統制された人の流れ。

混乱を避けるためには必要なものだ。

だが同時に、こうした秩序は誰が管理し、誰が“正しい”と決めるのかという問いを、どうしても連れてくる。

 

「緊張してる?」

フィリアが横目で覗き込むように聞いた。

 

「少し」

セレンは否定しなかった。

「人が多い場所は、久しぶりですから」

 

「……そっか」

フィリアはそれ以上は茶化さなかった。

「でも大丈夫。変なこと聞かれても、私が説明する」

 

「助かります」

 

門番の前に立つと、槍を持った兵士が二人を見た。最初は流れ作業のような目だったが、フィリアの腰の聖剣に気づいた瞬間、その姿勢が変わる。

 

「勇者殿」

兵士は慌てて一礼した。

「失礼いたしました。ご帰還の報は受けておりませんでしたが……」

 

「急ぎで戻っただけ」

フィリアは簡潔に答えた。

「祠の件で報告がある。通して」

 

「はっ。もちろんです」

兵士はすぐに脇へ退いたが、その視線は一瞬だけセレンへ向いた。

「そちらの方は?」

 

「同行者」

フィリアが先に言う。

「私が連れてる」

 

その一言で、兵士はそれ以上を聞かなかった。

門は開かれ、二人は翠都へ足を踏み入れる。

 

中は、辺境とはまるで別の世界だった。

 

広い通りの両脇には石造りの建物が並び、二階の窓からは色布が垂れ、露店には果物や焼き菓子、布地や薬草が積み上げられている。子どもたちが駆け回り、楽師が弦を鳴らし、商人が声を張り上げる。人の生活の熱気が、都全体を包んでいた。

 

その中で、フィリアは迷いなく進んでいく。

 

声をかけてくる者もいた。

 

「勇者さまだ」

「本当に戻ってきた」

「聖剣の勇者アークライト……」

 

そのたびにフィリアは軽く手を振るか、小さく頷くだけで足を止めない。慣れているのだろう。だが、完全に気楽でもないらしい。肩に入る力が、ほんの少しだけ硬くなるのが分かった。

 

「やはり、有名なんですね」

セレンが言うと、フィリアは前を向いたまま答えた。

 

「……目立つのは間違いない」

「嬉しくはないんですか」

 

「嬉しくないわけじゃない」

フィリアは少し考えるように間を置いた。

「でも、“フィリア”を見られてるっていうより、“勇者”を見られてる感じの方が強い時もあるから」

 

以前聞いた言葉を、セレンは思い出した。

アークライト。与えられた勇者号。

誇りであると同時に、時折自分を自分でなくする名。

 

通りをしばらく進んだ先で、白い石壁に青い紋章が刻まれた大きな建物が見えた。礼拝堂を兼ねた教会支部らしい。尖塔は白聖国の本山ほど大きくないのだろうが、それでも辺境の村で見たどの建物よりも威厳があった。

 

「あれが支部ですか」

 

「うん」

フィリアが頷く。

「翠都の教会支部。私は基本、あそこで報告したり、依頼を受けたりする」

 

セレンは建物の正面を見上げた。

 

白い石。高い扉。左右に立つ騎士像。

人々はその前で祈りを捧げ、出入りする神官へ頭を下げている。

都において教会は信仰の場であるだけでなく、救いと秩序の中心の一つでもあるのだろう。

 

騎士、という名に、セレンはわずかな距離を覚えた。

 

同じ呼び名でも、自分の知るジェダイの騎士やマスターたちとは立つ場所が違う。

あちらはフォースの導きに従い、人々と秩序を守るために剣を抜いた。

こちらの騎士たちは、祈りと秩序、そして組織の権威を背負って立っている。

どちらが正しいと簡単に断じるつもりはない。

だが、同じ“騎士”の名でも、その響きは少しずつ違っていた。

 

建物の前を通る時、フィリアはほんの一瞬だけ聖印へ視線を向けた。

それは癖のような、祈りの名残のような短い仕草だった。

 

村を失ったあと、行き場のなかった自分を受け入れたのは教会だった。

聖剣に選ばれた意味を教え、人を救うために立つのだと告げてくれたのも、ここに連なる人々だった。

勇者として人々の希望になること。前に出て、救えるものを救うこと。

その在り方そのものに、フィリアは今も誇りを持っている。

 

だからこそ、勇者という言葉を綺麗に飾るばかりで、手の届く場所の命から遠ざけようとする空気だけは、どうしても好きになれなかった。

 

「まずは、ここに?」

「……本当は、そうしたいんだけど」

 

フィリアの足が少しだけ鈍った。

 

「何か、問題が?」

 

「報告はしないといけない。でもその前に」

フィリアは小さく息を吐く。

「たぶん、見つかる」

 

「見つかる?」

 

問い返した直後だった。

 

「おやおや」

よく通る男の声が、石畳の向こうから響く。

「これはこれは。ようやくお戻りですか、勇者殿」

 

通りの向こうから、数人の騎士を伴った男が歩いてくる。年は三十代半ばほど。白を基調にした教会騎士の鎧を着ているが、その装飾は周囲より明らかに上等だった。背は高く、整った顔立ちをしている。笑みは丁寧で、隙がない。

 

フィリアの表情が、分かりやすく曇った。

 

「……騎士長」

 

男――教会騎士長は、わざとらしいほど優雅に一礼した。

 

「ご無事で何よりです。今度の任も、ずいぶんと長引いたようで」

その視線が聖剣からフィリアの顔へ、そしてセレンへと移る。

「しかも見慣れぬ同行者まで」

 

セレンは静かに男を見返した。

 

視線が鋭い。

戦う者の目でもあるが、それ以上に、人を値踏みするのに慣れた目だった。

 

「道中で協力してもらっただけ」

フィリアが先に言った。

「祠で異変があった。報告したい」

 

「もちろん、もちろん」

教会騎士長はにこやかに頷く。

「先に戻った三名から、辺境の村が襲われたことと、祠で何かが起きたらしいという概要だけは聞いております。ですが、勇者殿ご自身の報告は別です」

そのまま柔らかく続ける。

「あなたの口から、詳細を伺いたい」

 

その言い方は穏やかだった。

少なくとも表面上は、フィリアを軽んじてはいない。

むしろ“勇者本人の言葉”に重みを置いているようにも聞こえる。

 

「支部へお越しください」

教会騎士長は視線を再びセレンへ向ける。

「同行者殿も。現場にいたのであれば、話を聞く必要があるでしょう」

 

フィリアがわずかにセレンを見る。

その目は、気にするなと言うより、下手なことは言うなと警戒していた。

 

「分かりました」

セレンは静かに答えた。

 

教会騎士長は満足げに頷き、先に立って歩き出す。周囲の騎士たちも無言で従った。

 

二人はその後ろにつく。

 

「……嫌な感じがします」

小声でセレンが言うと、フィリアは前を向いたまま小さく眉を寄せた。

 

「ちょっと、セレン」

「すみません。控えるようにします」

 

「騎士長、なのですね」

「うん。翠都支部の実務を取りまとめてる人」

そこで少しだけ声を潜める。

「悪い人ってわけじゃない。ちゃんと仕事もできるし、信頼してる人も多い」

さらに少しだけ間を置いて、

「教会が人を支えてるのも、本当だし。私だって、それは信じてる」

 

少しだけ間があってから、フィリアは前を向いたまま続けた。

 

「……でも、勇者って言葉を大きくしすぎる時がある」

 

支部の扉をくぐると、ひんやりとした空気が二人を迎えた。白い床、彩色ガラスから差し込む光、壁沿いに並ぶ祈祷台。奥では神官たちが忙しなく動き、負傷者らしい人々が長椅子に座って順番を待っている。

 

教会は確かに、救いの場でもあった。

 

治療を待つ親子、祈る老人、静かに案内する神官。

目の前の光景そのものを嘘だとは言えない。

フィリアが教会を信じる理由も、ここには確かにある。

 

フィリアの目元も、ほんの少しだけ和らいでいた。

この場所に育てられ、支えられてきた時間も、彼女には確かにあるのだろう。

 

教会騎士長は二人を礼拝堂脇の一室へ案内した。簡素だが整えられた部屋で、中央には机と椅子、壁には翠の国とその周辺の地図が掛けられている。

 

「では」

教会騎士長が手を広げる。

「勇者殿、今回の異変について報告を」

 

フィリアが一歩前へ出る。

 

「碧門の祠で、昔からあそこにあった守護騎士みたいなものが目を覚ましてた」

「守護騎士?」

教会騎士長が眉を上げる。

「ただのアンデッドではなく?」

 

「ただのじゃない」

フィリアは首を振る。

「私が聖剣に選ばれた時にはいなかった。最近になって起きたんだと思う」

 

教会騎士長の指が机を軽く叩いた。

 

「なるほど。興味深い」

今度は視線が真っ直ぐフィリアへ向く。

「それで、あなたはその存在を討伐した、と」

 

フィリアがわずかに詰まる。

 

「……解放した、が近い」

「解放?」

教会騎士長がゆっくり繰り返す。

「実に勇者らしい言い方ですね」

 

その一言に、セレンは目を細めた。

 

褒めているようでもあり、結果だけを拾い上げようとしているようでもある。

言葉の選び方が巧い。

 

「脅威は止まりました」

代わりに答えたのはセレンだった。

「ですが、祠の奥にはまだ何かがある。あの異変は、祠だけの問題ではないはずです」

 

教会騎士長の視線が、静かにセレンへ向く。

 

「なるほど」

薄い笑み。

「旅の方にしては、ずいぶんとよく見ている」

 

「感じたことを述べただけです」

セレンは静かに返した。

 

フィリアが横でわずかに息を呑んだのが分かった。

だが教会騎士長は怒るでもなく、むしろ興味を深めるように頷く。

 

「ともあれ、報告は受け取りました。祠についてはこちらでも記録を確認し、必要な対処を検討しましょう」

 

そして、今度はフィリアへ向き直る。

 

「勇者殿。しばらくは都に滞在していただきたい」

「え?」

フィリアが眉を寄せる。

「どうして」

 

「先の三名からも聞いておりますが、辺境の異変は広がる気配を見せています」

教会騎士長の声は丁寧なままだった。

「だからこそ、勇者殿の動きは慎重であるべきだ。まずは都で正式な報告を上げ、必要なら本山への伝達も含めて、行動を調整したい」

 

その理屈自体には、もっともらしさがあった。

だがフィリアの表情は晴れない。

 

「辺境の異変は今も続いてる」

「ええ。だからこそです」

教会騎士長は言う。

「あなたは一人の剣士である前に、希望の象徴でもある。教会も国も、その力を軽くは扱えません」

 

その言葉には露骨な嫌味はなかった。

だが、敬意と同時に“管理すべきもの”を見る眼差しが混じっていた。

 

フィリアの肩がわずかに強張る。

 

「私は、道具じゃない」

低い声だった。

 

教会騎士長は一瞬だけ黙り、それから困ったように笑った。

 

「もちろんです」

その返答は滑らかだった。

「ですが、勇者殿。あなたがご自身の価値を過小に見積もるべきではないとも思っています」

少しだけ間を置き、柔らかく続ける。

「値打ちのある剣ほど、守らねばならないこともあるでしょう」

 

その言葉は、やはりセレンの耳に強く引っかかった。

 

値打ち。

守るべき剣。

大切に扱うという言葉の奥に、値札のような響きが微かにある。

 

フィリアも同じだったのか、聖剣の柄へ置いた手に僅かに力がこもる。

 

セレンは口を挟まない。

今ここで自分が前に出れば、フィリアの立場を余計に悪くするだけだ。

だが胸の内では、別の感覚が静かに強まっていた。

 

教会は勇者を敬っている。

それは本当だろう。

だが同時に、敬うことで囲い込み、失いたくない戦力として扱おうとしている気配も確かにある。

 

フィリアは数秒だけ沈黙し、それから言った。

 

「……報告はした。しばらく都にいるのも分かった」

だが視線は逸らさない。

「でも、必要だと思ったら私は動く」

 

教会騎士長の笑みが、ほんのわずかに硬くなった。

 

「勇者殿」

「私は勇者だから」

フィリアの声は真っ直ぐだった。

「人を救うために選ばれたんでしょ。それなら、ただ飾られてるだけのつもりはない」

 

その言葉に、教会騎士長は何も言い返さなかった。

ただ、しばし彼女を見つめたあと、ゆっくりと頷く。

 

「……本日はお疲れでしょう」

あくまで丁寧な調子に戻る。

「部屋は用意させます。旅の方も同様に。詳細はまた後ほど伺いましょう」

 

会話はそこで打ち切られた。

 

部屋を出ると、廊下には白い光が落ちていた。祈りの声と、遠くで誰かを案内する神官の足音が聞こえる。

 

フィリアが深く息を吐く。

 

「……疲れた」

 

「でしょうね」

セレンが言うと、彼女は小さく睨んだ。

 

「そこは否定してよ」

「難しい注文です」

 

フィリアは一瞬だけ目を丸くして、それから肩の力を抜いた。

 

「でも」

前を向いたまま、ぽつりと続ける。

「一人で戻ってたら、たぶんもっと嫌だった」

 

セレンはすぐには答えない。

 

教会の中にも救いはある。

同時に、息苦しさもある。

その両方をフィリアはたぶん、ずっと一人で背負ってきたのだろう。

 

「では」

少しだけ間を置いてから、セレンは言った。

「今回は、同行して正解でした」

 

フィリアは小さく笑った。

 

「なにそれ。ちょっと偉そう」

 

「気をつけます」

 

そう返すと、彼女はようやく少しだけ楽しそうに目を細めた。

 

廊下の先、開けた窓の向こうには翠都の街並みが見える。

都へ辿り着いた。

だが、それは休息ではなく、むしろ別の形の戦いの始まりなのだと、セレンは静かに理解していた。

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