これは、とあるいかれた世界の話。
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大きなショッピングモールに、幽鬼は足を踏み入れた。
もし鬼ごっこをしたら楽しそうな――そんな、歩いているだけで迷子になりそうな広さだった。
休日には何人もの家族連れが買い物に来る。
以前までならほとんど訪れることもなかった場所だ。だが今は違う。
幽鬼は迷うことなく中へ進む。
フォン――。
軽い電子音が鳴った。
建物自体から鳴る、ゲーム会場への入場を知らせる音だ。
幽鬼は足を止めず、そのまま歩き続ける。この音を聞くのは初めてではない。
案内された会場へ向かうと、簡易的な机が置かれていた。紙が一枚、スマートフォンが一台。
紙にはこう書かれていた。
参加人数 6名
一人一台まで
幽鬼は周囲を見回す。どうやら自分が最後の参加者らしい。
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少し歩いたところで、騒がしい声が聞こえた。曲がり角を抜けると五人の女の子がいた。
一見、若い女の子たちが買い物をしている光景――だが雰囲気はまるで違った。
一人はおどおどしている。
一人は泣いている。
一人はそれをなだめている。
一人は周囲を警戒している。
そしてもう一人は、壁にもたれてどうでもよさそうにその様子を眺めていた。
仲が悪いわけではなさそうだ。だが、仲良しというわけでもなさそうだ。
幽鬼が姿を現すと、五人の視線が一斉に向いた。
幽鬼は軽く手を上げる。
「どうも」
そして言った。
「幽鬼です。よろしく」
数秒の沈黙の後、誰かが小さく答えた。
「……よろしく」
ぎこちない空気だ。
幽鬼は肩をすくめ、軽く呟いた。
「みんな、結構待ったのかな」
警戒していた少女が答える。
「いえ……一時間くらいだと思います」
「ごめんね。もう少し早く来ればよかった」
別の少女が小さく言った。
「やけに落ち着いてますね」
幽鬼は少し違和感を覚え、恐る恐る聞く。
「みんなは……今回が初めて?」
珍しいことではない。しかし、ここまで揃うのは初めてだ。
この世界では、ゲーム初参加は珍しくない。だが普通は、経験者がもっと多く混ざるものだ。
「えっと……事情が分からない人は何人?」
幽鬼は手を挙げながら訪ねる。
「この世界のこと、これから何をするか分からない人」
「手を挙げてみて」
四人の手が挙がった。残り一人は手を挙げず、少し気だるそうに口を開いた。
「私は二回目です」
「さっき皆さんにも説明しました。ゲームをクリアしないと死ぬって」
肩をすくめて続ける。
「まあ、それ以外は私もよく分かってないんですけど、色々ご教授願います」
そう言われても困る。
幽鬼は頭の中を整理しながら言う。
「そろそろアナウンスがあると思う……」
間を置き、ゆっくりと告げる。
「今から、私たちはゲームをする」
誰も動かない。
「ただのゲームじゃない。正真正銘のデスゲームだ」
「この世界で生き残るには、ゲームをクリアしないといけない」
その瞬間、全員のスマートフォンが同時に鳴った。
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エントリーが終了しました
ゲームを開始します
難易度 はあとのろく
ゲーム:「かいもの」
ルール:
今から皆さんに買い物をしてもらいます。
案内する五つの店で商品を選び、買い物します。
一つの店には代表者一人だけが入店可能。
入店後の買い物制限時間は10分。
各店舗には最低購入金額が設定されており、下回るか支払額不足で決済するとゲームオーバー。
ゲームオーバーになった場合、次のプレイヤーが1分以内に入店して買い物を行います。
五つの店すべてで買い物を成功させればゲームクリア。
ゲーム全体の制限時間は2時間。
今、財布を渡します
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ゴトッ。鈍い音が響き、全員がそちらを見る。
六つの財布――百円ショップのジッパー付き透明袋――が落ちていた。かなり使い古されたもので、各袋に十万円ずつ入っている。
「やけに汚いな……これを財布扱いしたくないです」
「別に使えれば何でもよいと思います」
各々が財布を手に取る。
「私のだけチラシが入っています」
声のする方に集まる。広告チラシだ。肉・服・家電などの安売り情報が並ぶ。
幽鬼はアイスの欄がないか軽く確認するが、特になかった。少しだけ残念だ。
「これを見ながら買い物するんでしょうか」
誰かが言う。
すると別の少女が言った。
「とりあえず移動しながら考えましょう」
チラシの端を指差す。
そこにはこう書かれていた。
1F 駄菓子屋へ
「それって、あそこかな」
幽鬼は指差した。
すぐ近くに、わかりやすく駄菓子屋があった。
私たちは駄菓子屋に向かう道すがら、軽く自己紹介を済ませた。
おどおどしていた子は青井。
泣いていたのが桃乃。
それをなだめていたのは紅野。
周囲を警戒していたのは金子。
壁にもたれて様子を見ていたのは黒糖。
幽鬼は今回のゲームは自分にとって大変かもしれないと感じていた。
幽鬼もある程度この世界で生き残ってきており、自分でベテランと名乗ってもおそらく問題はない程度にゲームに参加してきてはいるものの、こういったリーダー的な立場を任されるのは初めてだった。
これまではゲームの中で自分よりも熟練した人が毎回誰か一人くらいはいたため、頭を悩ませる必要などなかった。
しかしここにきて、幽鬼は自分のリーダー経験のなさを呪った。
「リーダーシップ経験がありますか」と採用面接で聞いてくる面接官がいるらしいが、その理由が少しわかったような、わからなかったような気もする。
ここはみんなが和むような、何かうまい話題を提供すべきか……
幽鬼が口を開けようとしたとき、背後から金子が訪ねた。
「あの……このゲームってどのくらい難しいんですか。例えばどのくらいの人が死んだりするのかとか」
もっともな疑問だ。
「そうだね。ゲームにもよるから何とも言えないけど、今回は難しいほうのゲームだよ。何人か死ぬくらいなら良いほうで、全滅しても全くおかしくない。でも今回のゲームはハートだから……私の経験上、ハートは全員クリアも十分あり得るゲームが多かった」
私たちは駄菓子屋のそばにたどり着いた。
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「代表者はどうしますか」
紅野が尋ねたその瞬間。
全員が視線を逸らした。
当然だ。
最初に行く役は、誰だって嫌だ。
幽鬼が手を挙げようとしたときだった。
先に手が挙がった。
「私、やってみます」
桃乃だった。
「こう見えても、お菓子大好きなんです」
「いつも買って食べてるので」
意外ではなかった。
その見た目を見れば、なんとなく分かる。
桃乃が駄菓子屋に入った瞬間、アナウンスが流れた。
買い物を開始します
最低購入金額は1000円です
ゲームの難易度とジャンルは、トランプで表される。
数字は難易度。大きいほど難しい。
スートはゲームの種類を表す。
スペードは肉体型。
ダイヤは知能型。
クラブはバランス型。
ハートは心理型。
今回のゲームは、ハートの六。
つまり心理型のゲームだ。
幽鬼は状況を整理した。
最低購入金額を下回らないように、できるだけ少なく買う。
お店は五つ。おそらく後半ほど最低金額が高くなる。
もし序盤でお金を使いすぎれば、最後に足りなくなる――そういう設計のゲームだろう。
ただし今回はハート。心理戦が仕掛けられる可能性が高い。
過剰に買わせて、後続を詰ませる。疑心暗鬼を誘発する。
そういう展開もあり得る。注意して進める必要がある。
結果から言えば、最初の店は驚くほど簡単だった。
税込100円のお菓子を十個。それをセルフレジで購入。無事クリア。
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「ずいぶん簡単なんですね」
桃乃はお菓子をばくばく食べながら言った。
幽鬼は首を横に振る。
「油断しないほうがいいよ。今回のゲームは、たぶん難しいほうだから」
駄菓子屋を出ると、桃乃は満足そうに袋を抱えていた。
「おいしかったです」
すでに三つほど食べ終わっている。
「ゲーム中なのに食べてるんだ……」
青井が小さくつぶやいた。
桃乃は首をかしげた。
「だってお腹すきますし」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
そのやり取りを見ながら、幽鬼はスマホを確認した。
画面が切り替わっている。
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