バンッ バンッ バンッ バンッ バンッ バンッ バンッ
銃声が、
途切れることなく響き続ける。
その合間に――
ガシュッ ガシュッ
矢の射出音。
後方が、完全に崩壊していた。
幽鬼は走った。
金子のもとへ。
弾丸。
矢。
血。
それらが、
空間の中で入り乱れている。
花嫁たちは悲鳴を上げ、
統制を失い、ばらばらに迷路へ逃げ込んでいく。
「幽鬼さん!」
金子と御城が、
こちらへ走ってくる。
「ふざけてますわね……あのキャラメル女」
御城が吐き捨てる。
バンッ バンッ
まだ銃声は止まらない。
「どうしますか、幽鬼さん」
「……逃げる」
即答だった。
「ほかの連中が狙われてる間に、先にゴールを見つける」
三人は走り出した。
ワイヤーを踏みかける。
無理やり跨ぐ。
床が沈む。
構わず飛び越える。
完璧な回避は、
もうできない。
――それでもいい。
今は、止まるほうが危険だ。
迷路は、異様に広かった。
似たような道が続く。
曲がっても、また同じ景色。
進んでいるのか、戻っているのかさえ、わからなくなる。
十分ほど、ひたすら悲鳴から遠ざかるために走った。
(6/20)
「ハァッ……ゴホッ……!」
金子の呼吸が崩れる。
幽鬼は足を止めた。
「……ここまで来れば、大丈夫だ」
振り返る。
来た道を、わずかに戻る。
――静かだ。
銃声も、悲鳴も、もう聞こえない。
「幽鬼さん」
御城が口を開く。
「時間の猶予はありませんわ」
「あの女が来る前に、ゴールを見つけるべきです」
「……」
幽鬼は、
一瞬だけ考える。
「……御城は、先に行っていいよ」
「というか――」
「なんでまだついてきてるの?」
御城は、わずかに目を細めた。
「……そうですわね」
「合理的ではありませんでした」
踵を返す。
「では、わたくしは先にゴールへ向かいます」
一歩、踏み出してから。
「――足手まといに、気を取られすぎないように」
それだけ言い残し、
御城は走り去った。
ゲホッ――!
金子が咳き込む。
呼吸が、明らかに乱れている。
「幽鬼さん……」
「先に行ってください……」
「私は……あとから……」
言葉が、途切れ途切れになる。
「……それはできない」
幽鬼は即座に否定した。
置いていけない。
――それだけじゃない。
金子がいることで、
自分の生存率は確実に上がる。
あのとき。
ダイヤの9のゲーム。
金子がいなければ、自分は死んでいた。
年下だ。だが、それでも。
――強い。
本当に、強い子だ。
「一緒に行く」
幽鬼は短く言い、前を向いた。
(7/20)
幽鬼が先頭に立ち、罠に気を配りながら進む。金子は少し遅れながらも、その背中を必死についてきていた。
進むにつれて、天井の蛍光灯がまばらになっていく。
さっきまで見えていた床の細かな違和感も、徐々に判別しづらくなっていった。
自然と足取りは遅くなる。無理に進めば、見落としが増える。
大丈夫だ。音を立てず、確実に進めばいい。
ゲームが始まってから、どれだけ時間が経ったのかはもうわからない。
一時間は経っているのかもしれないし、まだそこまでではないのかもしれない。
暗闇の中を歩き続けていると、時間の感覚も、自分の位置も、ゆっくりと曖昧になっていく。
やがて、前方にわずかな光が見えた。
完全な出口ではないにしても、何かしらの区切りが近いのは間違いない。
そのときだった。
足音が聞こえた。
方向はわからない。
幽鬼は反射的に振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
気のせいか――と判断しかけた瞬間、嫌な感覚が背筋を走る。
幽鬼と金子は顔を見合わせることなく、足音を殺したまま歩く速度を上げた。
「――私は伽羅っていうの」
(8/20)
真横から、声がした。
同時に、何かが空気を切る音。
幽鬼は反射的に身をかがめ、そのまま横へ蹴りを放つ。
足に伝わるのは、肉ではなく柔らかい感触。
次の瞬間、破裂音がした。
血が飛び散る。
袋だ。血を詰めた袋を投げつけてきたのだ。
理解と同時に、嫌な予感が確信へ変わる。
ガシュッ、と壁の奥で何かが弾ける音がした。
矢が来る。
幽鬼は最小限の動きでそれをかわしながら、すぐに次の行動へ移る。
重要なのは、血ではない。
伽羅の位置だ。
視線を巡らせる。
――いた。
目の前。
ナイフが、一直線に突き出される。
狙いは内臓。
迷いのない、殺すための軌道だった。
幽鬼は体を反らし、ぎりぎりでそれを回避する。
そのまま体勢を崩した勢いを利用し、回し蹴りで反撃に転じる。
だが。
感触がない。
そこにあったはずの頭部が、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
代わりに、視界の前に手が差し出された。
次の瞬間。
右目に、焼けるような痛みが走る。
「――っ!」
視界が一気に暗くなる。
何をされたのか、正確にはわからない。
だが、右目が使えないことだけは、はっきりと理解できた。
「幽鬼さん!」
金子の声が遠くで響く。
痛い。痛い。
思考が乱れる。
それでも幽鬼は止まらない。
ナイフが飛んでくる。
回避よりも優先するものがある。
幽鬼はそのまま前に踏み込み、敵との距離を詰めた。
肩に衝撃が走る。
刃が食い込んだ感覚。
それでも構わず、腕を伸ばす。
掴む。
はずだった。
しかし、そこには何もなかった。
まるで空気を掴んだかのように、手応えがない。
伽羅の姿は、またしても視界から消えていた。
背後で金属音が響く。
頬を伝う液体の感触。
右目から流れた血だった。
そのとき。
バンッ――と乾いた音が横から響いた。
銃声。
反射的にそちらへ視線を向ける。
伽羅ではない。
少し離れた位置に、金髪の花嫁が立っていた。
御城だった。
(9/20)
「死んだ人の血には、矢は反応しないんじゃないのか?」
幽鬼は頬を伝う血を手の甲で拭いながら、
何でもないことのように問いかけた。
「うん。もちろん、生きてるよ」
すぐに返ってきた。
「ほんっとに、めんどうくさかったんだよ?」
軽い調子。
まるで、世間話でもしているかのように。
「せっかく切ったところ、ちゃんと止血してあげたのにさあ」
「暴れるんだもん」
声はやわらかい。
響きは優しい。
だが――
その言葉の中身だけが、決定的に、現実からずれていた。
「ねえ、ひどくない?」
少しだけ首をかしげる。
「せっかくかわいい子だったのにさあ」
「もう死ぬんだから、動かないでほしかったよ」
笑っている。
何の疑いもなく、
何の迷いもなく。
――気持ち悪い。
その感情は、
頭で考えて出てきたものではなかった。
目に映ったもの、
耳に入った言葉、
そのすべてが、順番もなく一度に押し寄せてきて、
気づいたときには、胸の奥に重く沈んでいた。
外見と中身が噛み合っていない、
などという単純な違和感ではない。
もっと根本的なところで、
「存在の形」がずれているような、
そんな感覚だった。
言葉は通じているはずなのに、
意味が通じていない。
同じものを見ているはずなのに、
見えている世界が違う。
理解しようとするほどに、
足場が崩れていく。
視界に入れたくない。
関わりたくない。
理解したくない。
そう思うよりも先に、
体の奥が拒絶していた。
呼吸が、わずかに浅くなる。
肺に入ってくる空気が、
どこか冷たく、薄く感じられる。
背中に、じわりと嫌な汗がにじむ。
それは暑さのせいでも、疲労のせいでもなく、
ただ「ここにいること」そのものに対する、
純粋な拒否反応だった。
目を逸らせ、と。
これ以上見るな、と。
関わるな、と。
逃げろ、と。
言葉にならない命令が、
内側から何度も押し上げてくる。
それでも幽鬼は、視線を逸らさなかった。
逸らした瞬間、
何か決定的に終わる――
そんな確信があった。
だから、見る。
理解できなくてもいい。
理解したくもない。
それでも、
目を離した瞬間に、この“遊び”の中で、自分がどうなるのかだけは、
はっきりと想像できてしまったからだ。
(10/20)
バンッ。
乾いた銃声が空間を裂いた。
御城の銃だ。
このゲームに、
あらかじめ持ち込んでいたのだろう。
続けざまに、バンッ、バンッ、と発砲が重なる。
だが――
伽羅は、避けない。
微動だにしないまま、ただ幽鬼を見ている。
次の瞬間、一歩、踏み出した。
弾丸が空気を裂く。
その軌道を、
わずかに体を傾けるだけで外していく。
まるで、
最初からそこに弾が来ると知っているかのように。
あるいは――
当たるかどうかなど、最初からどうでもいいかのように。
御城は撃ち続ける。
間断なく、隙間を埋めるように。
それでも伽羅は止まらない。
一直線に、
ぶれることなく、
幽鬼へと歩いてくる。
その動きは、
どこか、舞台の上を歩くモデルのようだった。
無駄がなく、迷いもなく、ただ歩くためだけに整えられた歩き方。
異様だった。
弾丸の中を歩いているというのに、
緊張も、焦りも、
何一つ感じさせない。
金子は動いた。
一瞬だけ幽鬼を見る。
そして、
すぐに視線を切った。
巻き込まれないために。
足を引っ張らないために。
判断は速かった。
そのまま、来た道を引き返すように走り出す。
迷いはない。
ここに残ることが、最悪の選択だと理解しているからだ。
――音がした。
どこかで、小さく、
乾いた何かが弾けるような音。
気のせいかもしれない。
だが、幽鬼の耳には、はっきりと届いていた。
それはまるで、
「始め」の合図のようだった。
次の瞬間、
地面を蹴る音が同時に二つ、重なった。
伽羅は幽鬼へ。
幽鬼は、その正面から外れるように、
一気に横へ跳ぶ。
選んだのは、金子とは反対方向。
あえて、最も危険な位置へと、自分から踏み込む。
逃げるために。
生き残るために。
(11/20)