今際の国で飯を食う。   作:有栖結華

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くらぶのええす(2)

まさか、こんな場所で鉢合わせるとは思っていなかった。

「幽鬼さん。私を弟子にしてください」

間髪入れずに放たれたその言葉に、周囲の参加者たちの視線が一斉にこちらへ集まる。場違いなやり取りだと誰もが感じているのだろう。ざわめきこそ起きないが、空気がわずかに揺れたのが分かる。

正直、しつこい。苛立ちは確かにあった。

だが――ここはゲーム会場だ。

感情で対応する場面ではない。

このまま露骨に拒絶すれば、玉藻の動きに影響が出る可能性がある。それだけではない。周囲の印象も悪くなる。こういう場では、些細な感情の偏りが、そのまま生存率に直結することもある。

そして何より――玉藻は目立つ。

誰が見ても分かるほどに、美しい。

となれば、無意識にでも彼女に好意的な目を向ける人間は出てくるだろう。どちらの肩を持つかと問われれば、幽鬼よりも玉藻に傾く可能性の方が高い。

面倒だが、無視するわけにはいかない。

幽鬼は一瞬だけ考え、すぐに結論を出すと、周囲に聞こえないよう玉藻の耳元へ顔を寄せた。

「……今回のゲームの活躍次第では、考えるよ」

短く、低い声でそう告げる。

玉藻は一瞬きょとんとしたあと、ぱっと表情を明るくさせた。

「わかりました。よろしくお願いします」

深く頭を下げる。その素直さが逆に目立ち、再び周囲の視線を引き寄せた。

これ以上ここに留まるのは得策ではない。

幽鬼は視線を外し、そのまま歩き出す。支給されるスマートフォンの元へ向かった。

 

参加人数は六名。

一人一台まで。

 

テーブルの上に置かれていたスマートフォンは、ひとつだけだった。どうやら自分が最後の参加者らしい。

幽鬼はそれを手に取りながら、さりげなく周囲を見渡す。

以前のゲームのように、事前に組まれた関係性がないかを確認するためだ。

だが、特に不自然な動きはない。互いに距離を取り、様子を探り合っているだけだ。

この会場――工場という環境から考えても、カラオケ店のときのような対人戦形式の可能性は低いだろう。

 

そう判断したところで、ガシャンと、入り口がシャッターで勢いよく閉められた。

アナウンスが鳴り響いた。

 

エントリーが終了しました。

ゲームを開始します。

 

難易度:くらぶのええす。

ゲーム:「がすしつ」。

 

ゴールを目指してください。

ただし、会場内には時間経過とともにガスが散布されます。

制限時間は一時間。

それまでにゴールへ到達できなかった場合、ゲームオーバー。

 

静寂が落ちる。

誰も、すぐには動かなかった。

“ガス”。

その単語だけで、全員が理解したからだ。

このゲームは――時間との勝負になる。

 

空気が、わずかに張り詰める。

目に見えない死が、ゆっくりと満ちてくるタイプのゲームだ。焦燥は自然と全員の表情に浮かび上がる。

そのときだった。

 

 

「みなさん。落ち着いてください」

はっきりとした声が、場の空気を切り裂いた。

玉藻だった。

「このゲームはクラブです。チームワークが大切になります」

落ち着いた口調で、だが一切の迷いなく言葉を重ねていく。

「それに、この建物……外から見た限りでは、そこまで大きくありませんでした。難易度も“くらぶのええす”。条件を考えれば、無理な構造ではないはずです」

 

一度、周囲を見渡す。

「みんなでまとまって行動すれば、十分クリアできます。焦る必要はありません」

言い切った。

 

その声には、不思議と人を従わせる力があった。

先ほどまで張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩む。参加者たちの表情から、露骨な焦りが引いていくのが分かった。完全に安心したわけではないが、それでも“パニックにはならない程度”には持ち直している。

――やはり、と思う。

玉藻には、人を引きつける何かがある。

容姿だけではない。声の出し方、言葉の選び方、視線の配り方。そのどれもが、自然と周囲の意識を自分に集めるようにできている。おそらく、本人に自覚はないのだろうが。

それに加えて――先ほどのやり取り。

幽鬼との約束を意識しているのか、明らかに積極的に動いている。

その姿勢は、少なくともこの場においては有効だった。

(……助かる)

幽鬼は内心でそう呟く。

正直なところ、クラブのゲームは得意ではない。

クラブ――バランス、そしてチームワーク。

それらを前提とした設計のゲームは、基本的に単独行動を選び続けてきた幽鬼にとって、相性がいいとは言えなかった。

誰かと連携すること自体に抵抗はない。

だが、“他人に依存する構造”を強制される状況は、どうしても不確定要素が増える。

だからこそ、こうして自然に場をまとめてくれる存在がいるのは――都合がよかった。

幽鬼は何も言わず、ただ一歩前に出る。

「……じゃあ、進もうか」

短く、それだけを告げる。

それだけで、動き出すには十分だった。

やがて隊列は自然と形を成した。

 

(4/17)

 

先頭に立つのは玉藻、その後ろに他の参加者たちが続き、幽鬼は最後尾につく。まるでどこかの有名なRPGのように、一列になって通路を進んでいく形だ。

 

幽鬼は、基本的に主導権を握るつもりはなかった。

今回のゲーム攻略は玉藻に任せる。その代わり、不審な点や違和感があれば即座に介入し、致命的なミスだけを潰す――それが今の最適解だと判断していた。

 

工場の中の色は薄い緑色で統一されていた。

歩きながら、意識の一部が別のことへと流れる。

今回のゲーム。

“くらぶのええす”。

正直なところ、あまり歓迎できる難易度ではない。クリアしてもビザは一日しか延びない。そのわりに、見落とせば即死に繋がるような要素はきちんと仕込まれていることが多く、労力と報酬が釣り合っていないと感じることがある。

難しすぎるのも困るが、簡単すぎるのもまた微妙だ。

個人的には、四か五あたりの難易度が一番ありがたい。適度な緊張感と、それに見合ったリターンがある。

 

そんなことを考えている時点で、集中力がわずかに散っているのは自覚していた。

だが、今のところは何も起きていない。単調な移動が続いているだけだ。

 

ふと、前を歩く人間の動きに視線が引っかかった。

左肩が、わずかに下がっている。

癖なのか、負傷しているのか、それともただの姿勢の問題か。断定はできないが、違和感としては十分だった。

 

(……念のため、か)

幽鬼は小さく息を吐き、前方に向けて声をかける。

「一応言っておくけど――銃とか、火が出るものは使わないで」

歩みは止めないまま、続ける。

「匂いはしないけど、たぶんもうガスは散布されてる。引火したら終わるよ」

短い説明だったが、それで十分だった。

何人かがわずかに肩を強張らせる気配が伝わってくる。

 

エースのゲームだ。

複雑な謎解きや高度な戦略が要求されることは少ない。その代わり、こうした“気づけるかどうか”に依存する即死要素は、むしろ丁寧に配置されている。

自滅。

あるいは、誰か一人のミスによる巻き添え。

そういった要素は、あらかじめ潰しておく必要がある。

クラブのゲームは、プレイヤーの間では比較的好まれる傾向にある。

肉体、知力、精神――どれか一つに極端に依存するわけではなく、バランスよく求められるからだ。どれにも自信がない人間にとっては、ある意味で“最もマシ”に思えるのだろう。

だが。

(……別に、簡単なわけじゃない)

幽鬼は内心でそう切り捨てる。

チームワーク。

それは言い換えれば、“他人に依存する構造”だ。

一人でも足を引っ張る者がいれば、それだけで全体が崩れる。どれだけ個々が優れていても、たった一つのミスで取り返しのつかない不利を背負うことになる。

覆せない状況を、強制的に背負わされる可能性。

それこそが――クラブの本質だと、幽鬼は理解していた。

 

(5/17)

 

やがて、通路の途中に小さな空間が現れる。

簡素な仕切りで区切られた一角。壁際には灰皿がいくつも並び、換気扇らしき設備も取り付けられている。

 

喫煙所だった。

こんな状況で立ち止まり、一服しようと考える人間はいない――普通なら。

だが、“普通なら”という前提が、この世界ではまるで当てにならないことを、幽鬼はすでに知っている。

現実でも、信じられないような理由で命を落とす人間はいる。

それが、この場所ならなおさらだ。

極度の緊張状態に置かれたとき、人はむしろ習慣に縋ることがある。

一息つきたい、落ち着きたい――そんな些細な欲求が、判断を鈍らせることもある。

 

(……まあ、さすがにいないか)

 

一応、確認するように視線を流すが、誰一人として足を止める気配はなかった。

当然といえば当然の判断だ。

全員がそのまま、何も言わずに通り過ぎていく。

その“当然さ”が、逆に不気味だった。

 

(6/17)

 

しばらく進むと、前方にひとつの扉が見えてきた。

銀色のドア。

それだけが、この空間の中で明らかに浮いている。

周囲の壁や床は、どこもくすんだ薄緑で統一されているというのに、その扉だけが異物のように光を反射していた。

無機質で、冷たい光沢。

まるで「ここから先は別だ」とでも言っているような存在感だった。

自然と、全員の足がわずかに緩む。

そのとき。

「みなさん、地面に触れてください」

玉藻の声が、落ち着いた調子で響いた。

一瞬だけ、何を言っているのか理解が遅れる。

だが彼女はすぐに続けた。

「たぶん、静電気です。この環境……乾いているし、服の素材も影響します」

自分の手を軽く見せながら説明する。

「ここでパチッと放電したら、引火する可能性があります。ガスがあるなら、なおさら危険です」

視線をドアのほうへ向ける。

「本で読んだことがあるんですけど……金属に触れる前に、先に地面に触れておくと、静電気を逃がせるみたいで」

少しだけ言葉を選びながら、それでもはっきりとした口調で言い切る。

「だから、念のために」

理屈は単純だが、状況を考えれば十分に現実的だった。

幽鬼は無言のまま、しゃがみ込むようにして床に手を触れる。

冷たい感触が、掌からじわりと伝わってきた。

(……ちゃんと考えてるな)

内心でそう評価する。

こういう“些細な可能性”に気づけるかどうかが、生死を分けることは珍しくない。

周囲の参加者たちも、わずかに戸惑いながらも同じように地面へ手を伸ばしていく。

誰も、軽視はしなかった。

 

銀色のドアに慎重に触れて開けた。特に何も起こらずに通ることができた。

 

(7/17)

 

しばらく進むと、通路の様子がわずかに変わった。

床に、何かが散らばっている。

視線を落とす。

マッチ。

そしてライター。

それも一つや二つではない。通路のあちこちに、ばらまかれたように転がっている。踏めば簡単に音が鳴りそうなほど無造作に、まるで“ここにあること自体が罠だ”と言わんばかりの配置だった。

異様だった。

誰かが落とした、というレベルではない。

意図的に、これでもかというほど置かれている。

 

(……露骨すぎる)

 

幽鬼は歩みを緩めることなく、その光景を見下ろす。

ガスが充満している可能性がある状況で、火を起こす手段がこれだけ用意されている。

意味は、考えるまでもない。

使え、と言っているのではない。

使わせようとしている。

あるいは――

使ってしまう人間が出ることを、前提にしている。

まるで、誰か一人でも使ってくれと、やけくそにばら撒いたような量だった。

床一面に広がるそれらは、もはや“道具”ではなく、明確な“誘い”に見える。

誰か一人ゲームを理解していない人がいれば、それで終わる。

そういう種類の配置だった。

 

(8/17)

 

「踏まないように気をつけてください」

玉藻が、少しだけ声を強めて言う。

足元に視線を落としながら、続けた。

「誤って火がついたら、それだけで終わりです」

短く言い切る。その言葉には、無駄な装飾がなかった。

「ライターも、マッチも……触らない方がいいと思います」

一瞬だけ間を置く。

「中に何か仕込まれている可能性もありますし、どちらにしても危険ですから」

理屈としては単純だが、否定する理由もない。

むしろ、この状況では“疑う前提”で動く方が自然だった。

誰も反論はしない。

ただ、全員の足取りがわずかに慎重になる。

踏み抜かないように、触れないように、意識が足元へと集中していく。

その変化を確認して、幽鬼は小さく視線を巡らせた。

 

(……いい流れだ)

 

余計な事故は、起きにくい。

しばらく歩きまた銀色の扉が現れたので、地面に触れてから向こうへ進む。

また、似たような通路。

そして――

喫煙所。

先ほど見たものと、ほとんど変わらない配置。

灰皿、換気扇、区切られた空間。

誰も何も言わず、そのまま通り過ぎる。

足音だけが、淡々と続く。

しばらく歩く。

ただ、歩く。

変化のない景色が続く中で、時間だけが確実に削られていく。

そして――

行き止まり。

 

(9/17)

 

目の前を、シャッターが完全に塞いでいた。

誰かが足を止める。

それに引きずられるように、全員が止まる。

沈黙。

わずかに、空気が重くなる。

幽鬼はゆっくりと振り返り、来た道へ視線を向けた。

 

 

同じような通路。

同じような景色。

残り時間は三十分。

行き止まりの周囲を探っていると、壁の右下に小さく丸が描かれているのが目に入った。その中には、雑に書かれた「ゴール」の文字。

一見すれば、そこが終着点のようにも見える。

だが――違う。

ガスが充満していくこの状況で、その場に留まり続けるのは明らかに不自然だ。制限時間は一時間。即座に倒れるような濃度ではないにしても、長時間吸い続ければ確実に身体に影響が出る。

こんな場所が、本当のゴールであるはずがない。

幽鬼はわずかに視線を細め、周囲の構造を改めて見渡した。そして、ほとんど間を置かずに結論へと至る。

 

(……そういうことか)

 

ゴールの位置は、もう見えている。

だが――あえて口には出さなかった。

時間には、まだ余裕がある。ここで即座に正解を提示するよりも、この状況で他の人間がどこまで思考できるかを見ておく価値の方が大きい。

とはいえ、引き延ばしすぎればパニックが起きる可能性もある。

そのバランスを測りながら、幽鬼は心の中で区切りを決める。

 

(……五分)

 

そこまでだ。

それ以上は待たない。

玉藻を、弟子にするかどうか。

その判断を下すための猶予としては、十分すぎる時間だった。

視線を前方へ向ける。

先頭を歩く玉藻は、相変わらず落ち着いた様子で周囲に目を配っている。人をまとめる力はある。場の空気も読める。

だが、それだけでは足りない。

この世界で生き残るために必要なのは、極限状態でも思考を止めないことだ。

 

(金子ほどじゃなくていい)

 

せめて――

冷静に考え続けることができる人間かどうか。

そこさえ満たしていればいい。

 

足りない部分は、後から教えればいいのだから。

幽鬼は何も言わず、そのまま壁にもたれかかるようにして様子を見ることにした。視線だけを前に向け、誰がどう動くかを静かに観察する。

 

時間だけが、ゆっくりと削られていく。

――二十秒ほどだった。

「……ゴール、分かりました」

玉藻の声が、静かに通る。

 

(10/17)

 

全員の視線が、一斉に彼女へ向いた。

「ゴールは――スタート地点の壁にあります」

迷いのない口調だった。

幽鬼は、わずかに目を細める。

「この会場、さっきのマッチとライターが落ちていた部屋を中心に、左右対称の構造になっていました」

玉藻は振り返り、来た道の方角を軽く示す。

「ここに書かれている“ゴール”は、本当のゴールじゃありません。対称の位置を示しているだけです」

一歩、壁へ近づく。

「つまり――この位置の反対側。スタート地点の壁に、本当のゴールが隠されているはずです」

一度、言葉を区切る。

全員が、その説明を咀嚼する時間を与えるように。

「それに……」

少しだけ視線を落とし、続ける。

「ここまで来るのに、だいたい三十分かかりました。制限時間のちょうど半分です」

顔を上げる。

「最初から“戻る前提”で設計されているなら、この時間配分も納得できます」

空気が、わずかに動く。

理解が、全員に広がっていく。

「帰りは、同じ道を戻るだけです。さっきより警戒も減らせるので……」

ほんの少しだけ、柔らかく笑った。

「二十分もあれば、十分間に合うと思います」

玉藻がこちらを見て笑顔を向ける。

どうやら幽鬼が自分を試していたとちゃんと気づいていたようだ。

その後はスムーズだった。

 

(11/17)

 

さっきよりも早く、だが十分に注意しながらスタート地点に戻り、壁を調べる。

壁を触っていると、一部がガコッと押し込まれた。その瞬間

シャッターが開き、換気扇のような音が大音量で鳴り響いた。

アナウンスが鳴った

――「こんぐらちゅれいしょん……ゲームクリア……」

 

(12/17)

 

幽鬼と玉藻は並んで会場の外へ出た。

さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように、外は静かだった。わずかに湿った夜の空気が、熱を帯びた身体を冷ましていく。

「幽鬼さん。どうでしょうか」

玉藻が、少しだけ緊張した声で問いかける。

その横顔は、さっきまでの落ち着いた指揮とは違って、どこか年相応の不安を滲ませていた。

幽鬼はすぐには答えなかった。

視線を前に向けたまま、数歩だけ歩く。

靴音が、やけに大きく響いた。

(……決まってる)

答えは、最初から出ている。

考えるまでもない。

それでも――

あえて、少しだけ間を置いた。

「……まあ」

ぽつりと、低く漏らす。

玉藻の肩が、わずかに強張るのが分かる。

「合格」

短く、それだけを告げた。

 

(13/17)

 

幽鬼と玉藻は、そのまま廃墟で共同生活を送ることになった。

本来なら、玉藻は密会の施設で生活を続けることもできたはずだ。それでも彼女は、自ら望んで幽鬼のもとに来た。

断る理由はなかった。

ただ――ほんの少しだけ、引っかかるものがあった。

衣食住の整った場所から、結果的に引き離してしまったのではないか。

そんな罪悪感が、わずかに胸に残る。

こんなに出来た人間に、ひもじい思いをさせるかもしれない。

まるで昔話に出てくる老人のような感情を、まだ十代の自分が抱いていることに、幽鬼はどこか可笑しさすら覚えていた。

 

その日の夕食は、ウサギ汁だった。

いつものカップ麺ではない。

玉藻が捕まえ、捌き、調理したものだ。

幽鬼は、これまで料理というものをほとんどしたことがなかった。ましてや、野生動物を扱うなど考えたこともない。

久しぶりに口にする“まともな食事”だった。

玉藻は、育ちがよさそうに見える。

それでも、狩りができる。

この世界に来てから誰かに教えてもらったのか、それとも独学なのか。理由は分からないが、確かな手つきでそれをこなしていた。

幽鬼も試してみたが、うまくはいかなかった。

 

(……すごいな)

素直に、そう思う。

 

ウサギ肉は、滋養強壮にいいらしい。

何かで見た記憶がある。

そんなことを思い出しながら、目の前の湯気を眺める。

玉藻のような人間が、こうして自分のために料理をしている。

それだけで――どこか、いけないことをしているような気分になった。

妙に、落ち着かない。

湯気が揺れる。

香りが、やけに濃く感じる。

気づけば、ぼんやりと玉藻の顔や体つきを目で追っていた。

「どうぞ、幽鬼さん」

不意に差し出された器に、意識が戻る。

「あ……ありがと」

玉藻は、柔らかく笑ったまま、おかわりを手渡してくる。

その仕草は、あまりにも自然で――

幽鬼は、何も言えなくなった。

 

(14/17)

 

その夜。

幽鬼は、玉藻と同じ布団で眠ることになった。

どちらが床で寝るか、布団を使うか。

そんなやり取りをいくつか重ねた末――

なぜか、互いに抱き合うような形で落ち着いた。

途中で、ふと思い出す。

はあとのろくをクリアしたあと、青井や金子、黒糖、桃乃に使わせた布団が、まだどこかにあったはずだと。

それを使えばよかった。

そうすれば、こんな状況にはならなかったはずだ。

――けれど。

(……まあ、いいか)

心のどこかで、そう思ってしまった。

だから、あえて口には出さなかった。

すぐ近くに、玉藻の寝顔がある。

整った顔立ち。

傷ひとつなく、どこまでも滑らかな肌。

静かな呼吸に合わせて、わずかに上下する身体。

それをぼんやりと眺めながら、幽鬼は思う。

(……綺麗だな)

――金子。

不意に、名前が浮かんだ。

思考が、一気に現実へと引き戻される。

金子は言っていた。

青井を殺した犯人を探す、と。

黒糖と桃乃は、どうなったのか。

あのあと、どこへ行ったのか。

いまだに、何も分かっていない。

 

(……生きてればいいけど)

ゲームとは関係のないことで、頭を使う。

それ自体が、幽鬼らしくなかった。

青井が殺される理由も分からない。

黒糖と桃乃が逃げ延びたとして――なぜ戻ってこないのかも分からない。

考えたところで、答えは出ない。

自分に推理が向いていないことくらい、分かっている。

それでも、思考は止まらない。

幽鬼は夜型だ。

普段なら、こんな時間に眠ることはない。

だが、今日は違う。

隣には、玉藻がいる。

その眠りを邪魔する気にはなれなかった。

ゆっくりと、目を閉じる。

考えるのを、やめる。

――やがて、意識が沈んでいった。

 

(15/17)

 

「大将……次はどうしますか?」

低い声が、静かな室内に落ちる。

「わかってるだろ」

間を置かず、短く返される。

「もちろん」

わずかに笑みを含んだ声。

「今度のゲームは――あの人を向かわせますよ」

 

(16/17)

 

珍しく、目覚めは良かった。

深く、何も考えずに眠れたせいかもしれない。

意識はすぐに浮上し、体の重さもほとんど残っていなかった。

幽鬼は、ゆっくりと目を開ける。

隣には、まだ玉藻が眠っていた。

その日も、二人は狩りに出た。

森の中を歩き、気配を探り、罠を仕掛ける。

やがて、一羽のウサギを仕留めた。

前よりも、うまくできた。

無駄な動きが減り、判断も少しだけ速くなっている。

自分でも、それが分かる。

(……悪くない)

戻ったあとは、調理を手伝い、食事を取る。

そのあと――

幽鬼は、玉藻にいくつかのことを教えた。

これまで自分が生き延びてきた中で得た知識。

判断の基準。

危険の見極め方。

そして――実際のゲームを想定した、簡単なシミュレーション。

言葉にするのは、思っていたよりも難しかった。

だが、玉藻はそれを一つずつ、丁寧に吸収していく。

その様子を見て、幽鬼はわずかに目を細めた。

(……ちゃんと、やれてるか)

自分が“教える側”に立っていることに、まだどこか違和感がある。

それでも――

悪くはないと、思えた。

 

そんな日々が、しばらく続いた。

数日が、静かに過ぎていく。

 

(17/17)

 

幽鬼たちは、空港に来ていた。

拠点にしている廃墟からは、かなり離れた場所だ。

理由は単純だった。

最近、あの周辺ではゲームが行われなくなっていたからだ。

このまま同じ場所に留まっていても、状況は動かない。

それなら、自分たちから動くしかない。

ゲーム会場を探すため。

そして――これまで出会わなかった人間と接触するため。

この世界についての情報。

黒糖や桃乃の手がかり。

どちらにせよ、外へ出なければ何も始まらない。

広い空港の中は、不自然なほど静かだった。

人の気配はある。

だが、それはどこか現実味に欠けている。

ここもまた、“会場”だ。

フォン。

乾いた音が、空間に響く。

幽鬼は、玉藻と並んで一歩を踏み出した。

 

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