今際の国で飯を食う。   作:有栖結華

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すぺえどのなな(1)

 

(0/22)

 

しばらく進むと、矢印の看板が目に入った。

広い空港の会場だからか、案内はやけに丁寧だった。

進むたびに、次の行き先を示す看板が現れる。さらにその先にも、同じような表示が続いている。

迷わせないための配置。

ゲーム参加者を、確実に“どこか”へ誘導するためのものだ。

(……親切すぎるな)

ふと、そんなことを思う。

もしこれが、駅の複雑な案内表示のようなものだったら――

間違いなく迷っていただろう。

そう考えながら、幽鬼は足を進めた。

やがて、視界が開ける。

飛行機乗り場だった。

目の前に、巨大な機体が鎮座している。

幽鬼は、思わず足を止めた。

空を飛ぶもの。

遠く、小さく見える存在。

それしか知らなかったそれが、今は目の前にある。

(……こんなに、大きいのか)

静かに、そう思う。

「修学旅行ぶりです。飛行機に乗るのは」

玉藻の声が、少し弾んでいた。

その視線は、まっすぐ機体へ向けられている。

わずかに足取りも軽い。

何度も乗っているわけではないのだろう。

それでも、“知っている非日常”に触れたときの高揚が、そのまま表に出ていた。

ワクワクと、そわそわ。

両方が混ざったような様子だった。

やがて二人は搭乗口へと進む。

簡易的に設置された階段を上り、機体へと近づいていく。

外から見上げていたそれが、今度はすぐ横にある。

金属の質感。

閉ざされた扉。

そのすべてが、現実味を伴って迫ってくる。

一歩、踏み入れる。

飛行機の中へ――

 

 

やがて二人は搭乗口へと進む。

簡易的に設置された階段を上り、機体へと近づいていく。

外から見上げていたそれが、今度はすぐ横にある。

金属の質感。

閉ざされた扉。

そのすべてが、現実味を伴って迫ってくる。

一歩、踏み入れる。

飛行機の中へ――

中に入った瞬間、見慣れたものが目に入った。

 

参加人数 5名

一人一台まで

 

幽鬼は視線だけでそれを確認する。

「久しぶりだな、幽鬼」

 

声が飛んできた。

入り口近くの座席に、ひとり座っている。

視線を向ける。

大きい。

それだけで、まず印象が決まる。

二メートル近い長身。無駄のない筋肉。圧迫感すら覚える体格だった。

「……どちらさまですか」

短く返す。

「……真熊だ」

少し間を置いて、頭をかきながら名乗った。

 

「噂で聞いたことがあってな」

そのやり取りを遮るように、奥の座席から一人が立ち上がる。

薄い青髪。

感情を抑えたような、冷たい目。

「永世です。よろしく」

簡潔だった。

 

さらに奥。

もう一人が、ゆっくりと視線だけを向けてくる。

 

「……藍里です」

長い髪。整った顔立ち。

だが、その表情は暗い。

まるで、この場にいること自体にうんざりしているかのようだった。

「幽鬼です」

短く名乗る。

「初めまして、玉藻です」

隣で、玉藻も丁寧に頭を下げた。

その直後。

玉藻が、そっと幽鬼の耳元に顔を寄せる。

「……さすが幽鬼さん。有名人なんですね」

小さな声で、囁く。

少なくとも、自分にその自覚はない。

真熊と会った記憶もない。

同じゲームに参加したこともないはずだ。

 

(……面倒なことになりそうだな)

 

幽鬼は、わずかに目を細めた。

ひとまず、席に腰を下ろす。

 

(1/22)

 

座った瞬間、アナウンスが鳴り響いた。

 

エントリーが終了しました。

ゲームを開始します。

 

難易度 すぺえどのなな

ゲーム:「ふらいと」

ルール:無事に地上に帰ればクリア

 

 

 

 

 

次の瞬間。

低い振動が、機体全体を揺らした。

――動いた。

 

エンジン音が唸りを上げる。

 

機体は滑走路を走り出し、加速する。

一気に、速くなる。

 

想像していたものとは比べ物にならない速度だった。

幽鬼だけでなく、全員が反射的に立ち上がる。

 

視線は、開いたままの出入口へ。

そこから外を覗き込む。

地面は、まだ見える高さだ。

だが――

速い。

すでに、人が自力でどうにかできる速度ではない。

 

(……飛び降りるか?)

 

一瞬、考える。

頭を守れば致命傷は避けられるかもしれない。

最悪でも、複雑骨折で済む可能性はある。

 

だが――

(……この世界じゃ、それは“死”と同じだ)

 

まともな医療は期待できない。

動けなくなれば、それで終わる。

「席に戻れ!」

真熊の声が、機内に響いた。

 

同時に、出入口のドアが叩きつけるように閉じられる。

迷いはなかった。

幽鬼たちは、すぐに近くの席へ戻る。

シートベルトを締める。

体を固定し、衝撃に備える。

加速は、止まらない。

いや――むしろ、さらに強まっている。

機体が軋む。

重力が、体を座席に押し付ける。

実際に飛行機に乗ったことはない。

 

だが、それでも分かる。

これは、異常だ。

通常の離陸ではあり得ない。

機体はなおも加速を続ける。

そして、地上を離れた。

 

(2/22)

 

強烈な浮遊感が、全身を襲う。

内臓だけが、体の中で浮かび上がるような感覚。

重力の方向が、狂う。

(……っ)

思わず、歯を食いしばる。

機体は、異常な角度で上昇していた。

押し付けられるような圧迫感と、引き剥がされるような軽さが同時に襲ってくる。

吐き気が、込み上げる。

 

それでも――

意識だけは、手放さない。

 

ここで気を失えば、何が起きるか分からない。

隣を見る。

玉藻も、同じだった。

顔色は明らかに悪い。

それでも、必死に歯を食いしばって耐えている。

声は出さない。

ただ、耐えている。

カラカラ、と軽い音が響く。

室内に放置されていた何かが、床を転がっていく。

いや――“下”へと落ちていく。

重力が、完全に後方へと引かれていた。

時間の感覚が、曖昧になる。

数十秒か。

それとも、数分か。

判断できない。

ただ、ひたすらに耐え続ける。

やがて――

ふっと、圧が抜けた。

 

 

機体の上昇が、止まる。

「おい。全員生きてるか」

真熊が席から立ち上がり、周囲の状況を見る。

しばらくして、カチャカチャとシートベルトを外す音が聞こえ、そして、少し時間がたってから、全員立ち上がった。

「....大丈夫です」

明らかに大丈夫じゃなさそうな顔をして藍里は答えた。

藍里の隣に座っていた永世がどこかに置いていた袋を無言で差し出した。

「……っ」

口元を押さえる。

意識したことで、かえって吐き気が強まったのだろう。

 

しばらくして、全員の体調が落ち着いたのを見計らい、幽鬼が口を開いた。

「……このゲーム、何をすればいいと思う?」

シンプルなルール。

“無事に地上に帰る”。

それだけだ。

だが――

その“過程”が、まったく見えていない。

「……スペードのゲームですから」

永世が、静かに言う。

「おそらく、飛行機が異常な挙動をする中で、それに対応する形になるかと」

淡々とした分析だった。

「いや、それだけじゃねえだろ」

真熊がすぐに口を挟む。

「難易度は7だ。ただ耐えるだけで終わるとは思えねえな」

腕を組み、少し考える。

「映画みたいに、着陸のときにトラブルが起きるとか――そういうのもありそうだ」

「……現状、断定はできませんね」

藍里も、少し落ち着いた様子で続ける。

「なら、とりあえず機内を調べるべきです。飛行が不安定になる前に」

短い沈黙。

そして――

「じゃあ、手分けして調べようか」

幽鬼がまとめた。

 

そのやり取りを聞きながら――

玉藻は、ほんのわずかに取り残された感覚を覚えていた。

話している内容自体は、難しいものではない。

自分でも、同じようなことは考えていた。

けれど――

早い。

展開が、あまりにもスムーズすぎる。

 

(……私も、何か言わないと)

 

思った瞬間には、もう誰かが先に口にしている。

一歩、遅れる。

それだけで、入り込む隙がなくなる。

「じゃあ、私は奥の方を見てきます」

気づけば、少しだけ大きな声が出ていた。

一瞬。

全員の視線が、こちらに向く。

(……変なこと、言った?)

胸の奥が、わずかにざわつく。

「じゃあ頼むよ、玉藻」

真熊が、あっさりと頷いた。

それだけで――玉藻はすこしほっとした

 

(3/22)

 

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